第47話 願いよ、届け(その3)




 エーテリアの上空を一体のソルディニオスが泳ぐ。それが機体の真上を通り過ぎると、何かがエーテリアに向かって落ちた。

 左腕を真っ直ぐに掲げ、その手に収まるのは一丁の銃。デリンジャーのような、ノイエ・ヴェルトが使うにしては小さめのそれは、かつて初めて伊澄がこの国で戦った時に使ったものと同じもの。弾数は二発だけだが、伊澄が使うと妖精の力を以て破格の威力を発揮する。

 それをしっかりと掴むと、彼は眼下のバアル・ディフィルに銃口を向けた。


「システムは使えないけど――」


 シルヴェリアの武器であるため、エーテリアとシステムは連動していない。だからオートフォーカスも無いし、武器のクセも分からない。だがそんなもの、普段から自分の感覚で銃を使う伊澄にとって障害足りえない。


「魔法も使えないけど――」


 けれども、傍に妖精がいてくれる。緑の妖精が伊澄の手の上で立ち、腰に手を当ててバアル・ディフィルを指さしていた。

 妖精の全身から光が発せられるに伴って銃口が輝き始める。正確に敵へと向けられたそれが、バアル・ディフィルの中心を捉えた。

 そして――


「これで――終わりです」


 伊澄は引き金を引いた。




 閃光が破裂した。銃口のサイズにそぐわない巨大な光の柱が、夜に染まった世界をまたたく間に塗りつぶす。


『おおおおぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!』


 広大な夜空に伸びる一筋の鮮烈な白。それはバアル・ディフィルの真紅をも白に染め上げた。

 飲み込まれていくノイエ・ヴェルト。オルヴィウスの叫びが白閃に溶け込んでいく。やがて閃光は地面を穿ち、抉り、そして爆発した。


「……っ、く……!」


 着弾付近のあらゆるものを吹き飛ばし、巨大なクレーターを作り上げる。爆煙がもうもうと立ち込め、それが雨粒と結合して重みを増し地面に着地していった。

 そうして煙幕が収まっていくと、そこから現れたのは傷だらけのバアル・ディフィルであった。突き刺さっていたソードによって障壁の展開が阻害された状態で直撃を受けた機体は、真紅だった塗装の半分以上が焼け焦げ、左の肩から先がほぼ吹き飛ばされた状態。頭部カメラも破壊され、両脚も膝から下がなくバチバチと火花を断続的に発している。


「っ、あれに耐えたのか――!?」


 その強度に伊澄は驚きを禁じえない。しかしその機体がグラリと傾いた。右半身を下にして力なく落下していく。伊澄は機体を捕まえようとバーニアを噴射しようとした。だが伊澄が近づくより先に、バアル・ディフィルへ新たな機影が接近してくる。

 やってきたのは濃紺の機体だった。居並ぶ木々の上のギリギリを飛行し、空を滑るように伊澄たちの戦場へと到着すると、落下していくバアル・ディフィルを捕まえてそのまま真っ直ぐに戦場から離れていく。


『大丈夫ですか、オルヴィウス様?』

『う……へっ……まあ、死にゃあしねぇ程度には大丈夫だよ』


 部下の女性に声を掛けられ、うめき声を上げながらも自嘲めいた口調で応じてみせる。それを聞いた女性の声は依然として堅苦しいものの、やや緊張が解けた様だ。


『それを聞き安心しました。ではこのまま拠点へとお連れ致します』

『……アイツらはぁどうだ?』

『ご安心を。すでに撤退の指示を出しております。二機ほど撃墜されてしまいましたが、そちらも回収済みです。もちろんパイロットごと。彼らには治療完了後に特別訓練を受けることも合わせて通達済みです』

『はっはっ! そいつはしかたねぇなぁ……とは言える立場じゃあねぇがな、この有様じゃあ』

『貴方様の戦いぶりに意見を申し上げることなどできようはずがありませんよ』


 言外に「相手が強かった」と告げる部下の言葉に悔しくもあり、まだまだ戦いたい思いもある。だがそれ以上に今はやり切ったという満足感があった。

 とはいえ、今回の結果に対しては満足行こうはずもない。オルヴィウスは通信チャンネルを開き叫んだ。


『羽月・伊澄ィっ!!』

「オルヴィウスさんっ……!」

『今回は俺の負けだっ! だが次は俺が勝つからなっ! 覚悟しとけっ!』


 伊澄のモニターに彼の顔は映らない。だがオルヴィウスが最高にイイ・・表情をしているだろうことが容易に想像できた。


「次なんてありませんよっ!」

『がははははっ! 勝ち逃げは許さねぇぜ! こんな楽しい戦い、一回きりで終わらせるなんざいかにも惜しいじゃねぇか!』

「この戦闘狂がっ!」

『戦うのが好きじゃなきゃノイエ・ヴェルトになんて乗っちゃあいねぇよ! テメェも同類なんだから分かんだろう!?』

「一緒にしないでください!」

『はっはっはぁ!! いずれテメェも分かるだろうぜ!

 それじゃあ俺らはもう行く! ユカリの嬢ちゃんにもよろしく伝えといてくれ! あばよっ!!』


 部下の機体に抱えられてバアル・ディフィルは遠ざかっていく。そしてさらに遅れて、王国軍と戦っていた濃紺のノイエ・ヴェルトたちが追いかけていく。


「戦闘狂、か……」


 戦場の熱は去り、本来の夜の静寂が戻ってくる。小さくなっていくノイエ・ヴェルトたちを伊澄はコクピットの中でホッとしたような、少し残念そうな、そんな何とも言えない表情で見送って、しかし小さく頭を振るとゆっくりと機体を地上へと下ろしていった。


「エル」

『なんでしょうか?』

「戦ってる時……僕はどんなだった?」

『質問が抽象的ですのでお答えしかねます。バイタルデータには非常に高揚した様子が見られますが、戦闘中の一般的な搭乗員のそれからは大きく外れてはいません』

「そう……ありがと」


 やっぱり自分もオルヴィウスと同じなのだろうか。いずれは戦いのために周りを犠牲にし始めるのだろうか。


(いや、そんな人間にはならない……!)


 ノイエ・ヴェルトは好きだが、そうまでして戦うような人間になりたくない。あくまで私利のない仕事として、そして誰かを助けるためだけに戦うだけだ。戦いを終えてまだ熱を持つ左手を見下ろし、伊澄は握りしめた。

 着地すると伊澄はコクピットを開けて外に出た。雨は降り止まないが多少は小降りになったか。顔に打ち付けてくる小さな衝撃が心地よく、火照った頭を程よく冷ましてくれる。


「伊澄さんっ!!」


 目を閉じて感慨にふけっているところに少女の声が届く。振り向けばユカリが、そしてその後ろをクーゲルと女性騎士が走り寄ってきていた。


「ユカリ!」


 伊澄はコクピットから飛び降り、ちょうどそこにユカリたちが到着した。肩で息をしていたが顔をあげると伊澄とユカリの眼が交差した。


「良かった、無事だったんだね」

「ん……まあな。伊澄さんも無事みたいだな」

「危なかったけどね。でもユカリが助けてくれたから」

「そ、そうか? なら良かった」


 互いに一言二言言葉を交わし合い、しかしそれ以上の会話が続かない。ユカリはバツが悪そうに伊澄から眼を逸らし、伊澄は伊澄でいざ彼女を前にすると伝えたいことがあるはずなのに言葉が出てこない。

 そんな妙な気まずさが二人の間に流れるが、そんな雰囲気を明るいクーゲルが打ち壊した。

 シリアスとともに。


「なーに二人して照れてんだ、よっ!」


 瞬間、指を重ねて――伊澄のケツにめり込んだ。


「……っっ!!」


 世界の終焉の到来。そんな顔芸を披露して伊澄は空へと飛び上がったのだった。




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