第16話 ガン・ポイント(その4)
『だが下着丸見えではしゃぎ回るのは頂けねぇ。俺ぁもうちっと恥じらいのある女の方が好みだな。例えば――こっちのちっこい嬢ちゃんみたいにな』
「英美里っ!!」
男の腕の中。そこには英美里がいた。彼女はグッタリとしていて男に囚われているにもかかわらず微動だにしない。
「テメェ……!」
『そう怒んなって。せっかくの美人が台無しだぜ? 大丈夫、ケガはさせてねぇよ。暴れられんのも面倒だし俺も女子供に手を上げるような品のねぇことはしたくねぇからな。ちょいとばかし眠ってもらっただけさ』
激昂仕掛けたユカリだったが、男のその言葉に幾分冷静さを取り戻して英美里の様子を確認する。
なるほど確かに男の言う通り英美里は眠っているらしい。だらりと下がった腕は微かに動いているし、彼女の寝言らしい声も聞こえる。寝顔は美少女らしい穏やかな様子だが、口の端からはよだれが垂れていた。
コッチがこんなにも心配してるってのにのん気なもんだ、とつい悪態がユカリの口をついて出るが、同時に彼女の無事が確かめられてホッとしている自分がいた。
『……そうかよ。それを聞いて安心したよ。ガッコを無茶苦茶にしてくれたテロリスト様にお気遣い感謝しなきゃなぁ』
『褒めんなよ、照れるじゃねぇか』
『褒めてねぇんだよ、クソが。まあいい。感謝ついでに教えてやるよ。アンタの腕でグースカ寝てやがるその女、一見絶世の美少女だけど中身はそこらの変態も真っ青なエロオヤジだぜ?』
『おいおい、冗談はよせよ……冗談だよな?』
『冗談ならよっぽど良いんだけどな。
ああ、おまけに男よりも女の方が好きで被虐属性もあると来たもんだ』
『……ニヴィールの女ってのは業が深ぇな』
『だろ? 残念ながらアンタの手に負える女じゃねぇよ、英美里は。だからとっとと英美里を離しやがれ、クソッタレの山賊オヤジ』
『バカ野郎、このヒゲはダンディっていうんだ。
まあいいぜ。今の話聞いて気が変わった。そうだな――』髭面の男は首を鳴らしながらユカリを見るとニヤリと笑った。『アンタと交換なら構わねぇ。どうだ?』
ユカリはジッと男を睨む。彼の手には大ぶりのコンバットナイフ。それが英美里の首元にずっと添えられている。
『……さぁて、どうすっかな? あいにくアタシはヒゲモジャ男は好みじゃなくってな』
『つれねぇなぁ……ま、いいさ。それよりも慣れねぇ時間稼ぎなんざ止めとけ。この場合、不利なのは嬢ちゃんの方だからよ』
『そうとも限んねぇぜ? アルヴヘイムがどうかは知らねぇけど、中々ニヴィールの警察は優秀なんだ。こんだけけたたましくベルが鳴ってりゃ、あっという間に逃げ場はなくなるぜ?』
『おっかねぇ話だがそん時ゃ交渉決裂だ。この中身オッサンの嬢ちゃんをブラッディ・バスで溺れさせてトンズラする。ただそんだけだな。そしてまた日を改めてやってきてやるよ』
グッと男のナイフが英美里の首に押し付けられる。刃が彼女の柔肌を浅く傷つける。ユカリは苦虫を噛み潰したように下唇を噛んだ。
『……わざわざアルヴヘイムから来たってことは、アンタの狙いは最初からアタシだろ。なら……英美里を傷つけんな。わざわざ人質取ってまどろっこしい真似するくらいならハナっからアタシんトコ来いってんだ』
『へぇ。ってことは――』
『要求通りアタシがアンタに付いて行く。どうせいつか、あの王女サマにゃ、も一発かましてやりてぇって思ってたからな』
ユカリは手を上げて男――オルヴィウスに近づいていく。割れたガラスを踏みしめ、そしてオルヴィウスとの距離が一足となったところで立ち止まった。
『ほら、さっさと英美里を離せよ』
『そう焦んなって。俺ぁちゃんと約束は守る男だぜぇ?』
おどけるように肩を竦めてみせ、オルヴィウスは腕の中の英美里を壁にもたれるようにして寝かせた。
それを見届けて、ユカリはホッと安堵の息を漏らす素振りを見せた。
だが次の瞬間、彼女は地面を蹴っていた。
一瞬の隙をつきオルヴィウスの懐に潜り込む。そして彼女は未来を見た。
彼の拳がユカリ目掛けて振り下ろされる。一瞬遅れてその幻視が現実と重なる。オルヴィウスの拳は彼女が見たとおり顔面めがけて振り下ろされてきて、ユカリは体を捻り攻撃をかわした。
耳たぶを拳が擦り、しかしユカリはオルヴィウスを見上げる。狙いはガラ空きの顎。いかに屈強な男でもそこだけは鍛えようがなく、ダメージを与えられるはずだ。
下から突き上げられた掌底がオルヴィウスを捉え――
「なっ……!」
――るよりも早く、一回り以上大きな手のひらによってそれは受け止められた。
『ひゅー……あっぶねぇ。素人だとなめていたが、嬢ちゃん中々やるじゃねぇか。そこで伸びてるウチの連中よりゃよっぽどセンスあるぜ』
『くっ……このっ、離せっ!!』
『可愛い子のリクエストにゃ応えてやりてぇとこだけどよ、残念ながらそうはいかねぇんだな、これが』
『くっ、あ……』
ユカリの腕を掴むとひねり上げる。流れるような動作で背後に回り込み、またたく間に彼女を拘束してしまう。
そのまま太い腕で首を締められる。呼吸は何とかできる。しかし苦しい。何とか脱しようとユカリはもがく。だが捕まった状態で幾らオルヴィウスを殴り、蹴ろうが彼はビクともしなかった。
『そうだ、せっかくだから嬢ちゃんの勘違いを幾つか訂正しとくぜ』
『な、に……?』
『一つ、この件にゃエレクシアの嬢ちゃんは一切関わっちゃいねぇ。それどころか手を出すなってまで言われちまったぜ。友好的な関係を作りたいんだとよ。まったく、冷てぇようでいて甘ぇよなぁ、エレクシア嬢ちゃんも。ま、そこが可愛いトコじゃあるんだけどよ』
『ふ、ざけるな……』
『まあそう邪険にすんなって。ああ見えてエレクシアもまた必死なんだ。気が向いたら協力してやってくれや。
で、二つ目の訂正だ。嬢ちゃんは、自分が俺の目的だって言ってたが、実はちょいと違うんだなぁ』
そう言ってオルヴィウスはユカリの腰へと手を伸ばした。女性としての部分が恐怖を訴え、ユカリの体が強張った。
しかしオルヴィウスの手はそのままユカリのスカートのポケットへと滑り込んだ。そこから彼女の携帯端末を抜き取る。
『これがニヴィールの携帯端末か。なるほど、アルヴヘイムよりゃよっぽど進んでんな。とはいえ、扱うのもそう難しくはなさそうだが――』
言いながら片手で端末のボタンを押していく。そうして画面上にリストが表示されるとそれをユカリに見せた。
『悪ぃがここに書いてんのを上から順に読み上げてってくれや、なぁ?』
首を締める力が強くなる。喉が潰されるような感覚と息苦しさを何とか堪えながらユカリは画面を睨んだ。
『え、英美里、店長、店長、英美里、羽月――』
『オーケー、いい子だ。上から五番目が羽月・伊澄だな?』
『そう、だよ……って、アン、タ、まさか……!?』
『ご明察』
『ぐぅ……!』
オルヴィウスはユカリを引きずり歩き出す。途中でユカリに倒された部下を「いつまで寝てんだ」と蹴り起こしながら、ユカリの携帯端末から電話を掛けた。
『おー、旦那。アンタ、羽月・伊澄でいいか?
おう、そりゃ間違っちゃいねぇぜ。間違いなくその嬢ちゃんの電話だ』
『ぐっ、伊澄、さん……』
『おっと、彼氏とはおいさんがお話中なんでな。ちぃっと黙っといてくれや。
――誰かって? まぁそうだわなぁ。こっちだけがそっちの名前を一方的に知ってちゃケツの座りが悪ぃわな。
俺はオルヴィウス。
よう、色男。――アルヴヘイムから迎えに来てやったぜ?
はは、そういきんなって。大丈夫大丈夫、さっきまでピンピンして俺に殴りかかってきたよ。元気な嬢ちゃんだ。
アンタの大事な嬢ちゃんは今からアルヴヘイムに連れていく。大切な彼女を助けたきゃエレクシア嬢ちゃんの城までやってきな。そんでノイエ・ヴェルトで俺に勝てば素直に返してやるよ。んじゃな』
携帯を切り自分のポケットに突っ込むと、オルヴィウスは獰猛に口元を歪ませた。
『さぁて、これでお膳立ては完了だ。後はシルヴェリアでやってくるのを待つだけ。
――がっかりさせてくれるなよ、羽月・伊澄よぉ』
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