第13話

 複数の人が部屋に入って来る音が聞こえたかと思うと、医師が私の右手を持ってベッドとは別にある専用の台の上に置き、高さや角度を調節し始める。

何度も高さが上がったり下がったり、向きを変えてみたりしていたが、丁度良い角度になったのか手にも冷たい感触のシートのような物がかけられた。

 どうも話の内容からして医師は二人のようで、主治医ではなく声色からしてもっと年配の医師と、若い医師の二人のようだった。

年配の医師が若い方にあれこれと指示や説明をしながら作業が進む。私は若い医師の練習台に選ばれたようだった。


「では始めますね。気分が悪くなったら言ってください」


 冷静な声で医師がそう言うと右手にチクリと注射された感触があった。これが結構痛い。注射されている時の時間ほど経つのが遅く感じる事もなかなか無い。

注射器が離れると、名前は憶えていないが麻酔薬何mmg投与、と医師が言う。それを隣のモニター室からだろうか、スピーカーから同じ内容を復唱する声がする。そのやり取りは何か薬を投与するたびに必ず行われていた。

 そして右手首にメスが入るのだが、私はその時刺すような痛みを感じて「痛いです」と言った。

すると医師は麻酔薬を追加で注射する。二回目の注射は痛みの感触が薄かった。麻酔は効いてはいるようだ。

 そのあとは右手に感触が無くなった。仰向けで天井を見ているだけの私には何が行われているのか何も分からない。

ただ、血管の中を右手から肩を通過するカテーテルの感触が少しあった。体の中にワイヤーが通っているという、とても不思議で気持ちが悪い感触だ。

 年配の医師は逐一若い医師に説明している。内容は素人の私には理解不能だ。

時々看護師が私の顔を覗きにきて、大丈夫かと聞いてくる。私は特に異変を感じてはいなかったので「大丈夫です」とだけ答えた。

 私には天井を見ているだけの退屈な時間だ。始まる前は恐怖で一杯だったが始まってしまえばどうという事は無かった。顔を横に向けて天井からぶら下げられているモニター群を見ようと思ってもよく見えない。もちろん時間は全然分からない。

 かなり長い時間やっているような気がする。ずっと硬く真直ぐのベッドに同じ姿勢で寝ていて腰が痛くなってきた私は、正直に腰が痛いですと伝えた。


「ああ、ごめんね。すぐ終わらせるね」


年配の医師はそう言って作業を若い医師から変わったようだ。後で知った事だが、やはり若い医師の練習台だったので通常よりかなり長く作業していたようだ。病室で待っていた母が、三十分で終わると聞いていたのに二時間近くかかっていたと教えてくれた。


「造影剤を入れますね。少し体が熱くなります」


 そう言われると本当に体の一部が急に熱くなり、あっという間に全身を巡って股間に行った。それは驚くほど速いスピードで、血液とはこんなに速く流れているのかと驚いてしまう。

 そして頭上のロボットが動き出した。モーターの駆動音を出しながら不思議な動きを繰り返す。

天井を眺めていても仕方がないと思った私は目を瞑っていたのだが、気になって目を開けてみると眼前にロボットの先端があって驚いた。キス出来そうな位に近い。

そしてしばらく静止していたかと思うと大きな音を立てて離れてゆく。

 一通り終わったのか一旦退避していた医師と看護師が戻ってきて、後始末を始めた。

丁度その時に他の用事があって今やってきたのだろう、主治医の声が聞こえて年配の医師と何か会話を交わしている。


「うーん、柔らかそうだしいけるんじゃないか?」


年配の医師がそう言ったことだけはよく覚えている。言い方からしてきっと明るい話題に違いない。私はそう感じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る