第5話

 私が自宅の電話番号を伝えると、白衣の女性はすぐにどこかへ行ってしまった。

さすがに、ここまで来ると私も動揺し始める。そんなに悪いのだろうか。もしかして死ぬのだろうか。

現金なもので、そうなるともっとああしておけば良かった、こうしておけば良かったと考え始める。しかし全てが手遅れだ。

 しばらく私は一人でベッドに寝ていた。それまで気づかなかったのだが、カーテンで仕切られていて見えない先のベッドに、もう一人患者がいるようだった。

声からして老婆のようで、医師だろうか若い男性が話しかけている。男性は家族は?旦那さんは?子供さんは?と言っているので、私と同じ事を聞かれているのだろう。

しかし老婆の答えは


「誰もいない。みんな死んでしまった」


だった。とても悲しい答えだと思うと同時に、人生なんてそんなもの、なのかもしれないという妙な達観したような考えになったりもした。

なぜなら私も死に直面しているだろうから。老若男女、環境がどうあれ老婆と私の置かれている立場に何ら違いは無い。

 一人であれこれ考えていると、私の足元方向になる場所に白衣を着た白髪混じりの中年男性と、先ほどの若い白衣の女性が現れて何やら相談している。

恐らく医師の上司と部下が、私の処置について相談しているのだろう。

 そうしているうちに私の父がやってきた。どうも自宅に偶然いたようだ。私は父の顔をまともに見る事が出来なかった。こんな事になってしまって恥ずかしいという気持ちでいっぱいだったからだ。

 重い病気になると、人によっては自分に不幸が降りかかった事を他人に原因を求める事がある。こうなったのはアイツのせいだ。或いは人間ではなく事象に求める。こうなったのはアレのせいだ。

だが、私はこうなったのは全て自分のせいだと思っていた。これは自画自賛ではなく、そうなるだけのだらしのない生活をしてきた自覚があるからだ。いわば反省である。自分が恥ずかしかった。

 白衣の女性は何枚か書類を持ってきて、私の傍らの椅子に腰かけた父に署名を求めてきた。病院は何かと同意書が必要だ。父は複数の書類に署名した。

 それが終わると、また看護師がどこからともなく複数現れる。それと同時に車輪がついていて移動出来る、大き目のベッドがやってきて私の隣に横づけされた。


「このまま入院してもらいますね。今から病室へ移動します」


そう言われた後、私の体の下に長い板状の物が差し込まれ、複数の看護師で一瞬持ち上げられて可動式ベッドに私は寝たまま移動した。

点滴や各種ケーブル類は付いたままで、手際よく私ごと全部移動する。


「それじゃ移動しますね」


そう言われるとベッドは動き出した。しかし私には天井しか見えなかった。

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