第39話 これが唯一の選択肢なんだ。

 俺が迷宮ダンジョンに駆けつけるその直前。

 矢も楯もなく飛び込もうとするところを、ギルド職員のサナエさんに呼び止められた。



「お待ちくださいウツミさん!

 オサムさんの死亡した際の現場の状況につき、不審な点が発見されました!

 同様の事例が、渡辺氏の死亡現場にて確認されています!



「忙しいから後にしてくれ?

 いえ、必ず今聞いて頂かなければなりません!現在の状況に非常に関係する事柄です!



「彼らの遺体が発見されたのは死亡してからしばらく経ってからですが……。

 体内の"魔素"吸入器の反応から、死亡直後に遺体に近づいている者がいました!

 そう、現在マリさんの追跡を依頼しているあなた方と同期の冒険者、タナカ氏です!

 はい、2件ともです!



「2件とも連続で被害者の装備品が奪われていることが確認されています。状況から言って、確実に人の手で。

 お二人とも高級な上級装備を所有していたことは、皆が知る通りです。

 そしてこれらの事件は、ある時期の直後に発生しています。

 田中氏のガチャ記録にて、”白銀の指揮棒タクト”が出現した後の時期です!



「これは相当の高位魔物モンスターをも調教テイムできる超高性能品です。

 ギルドに直売すれば2,000万円、冒険者同士で売買しても末端価格で3,000万円は下らないというほどの。

 そして、その直後に彼が県外の冒険者と共に第7層に進出していることも記録から明らかです。



「これらはあくまで状況証拠です。

 しかし、無視できる状況ではありません。

 そして現在、高位装備を所持しているサワタリ氏が迷宮ダンジョンに潜っています。これは過去の状況から言って、危険な状況とギルドは判断しました。

 万が一事件に巻き込まれることを防ぐため、迷宮ダンジョン入口を封鎖しました。



「現在ベテラン冒険者を中心に声をかけ、サワタリ氏やマリさんといった今迷宮ダンジョンに潜っている冒険者たちの救助隊を準備しています!

 単独行動は危険です!ウツミさんも、こちらに加わってください!

 あと、一時間もしないうちに準備は完了する見込みですので!



「ウツミさん!?お待ちくださいウツミさん!

 危険です!どうか、他の方が揃うのを待ってください!

 ああ!誰か!誰かこの人を止めてください!」



 ーーー



「今すぐマリから離れろって言ってるんだ!

 汚ねえ手で俺の相棒に触ってんじゃねぇっっ!

 聞こえねえのか、タナカぁぁぁぁっ!」



 俺の怒号を受け、慌てるような素振りタナカさん。

 だがすぐに気を取り直したのか、やれやれという表情を浮かべ、平然と言い返してきた。



「ーーーいやいやウツミ君。誤解だよ。

 俺はただ、怪我をしたマリちゃんを介抱しようとしただけさ。

 見る角度によっては誤解させるような体勢だったかな?


 彼女も大ケガで気が動転しているんだ。

 妙なことを口走るかもしれないけど、そこは大人の余裕を見せるってことで……」


「しらばっくれてんじゃねえぞ。ネタは上がってるんだ。

 ……白銀の指揮棒タクト。それがアンタの手品の種だ。


 渡辺氏の時、オサム君達の時、そして今回。

 偶然が重なったなんて寝言は言わねえだろうな?」


「……いやあ、心外だなあ。

 確かに俺はガチャで超レアアイテムをゲットしたよ?

 でもそれだけで人殺し扱いなんて、ひどいんじゃないかい?」


「人殺し、か。

 俺は一言も殺しの話なんざしてないんだがな」


「っ!」


「……まあ細かい調査は警察の取り調べだか何だかに任せるよ。

 とにかく、マリに手は出させねえ」



 微かな手の震えを押さえつけて、俺は刀を抜く。

 タナカさんと、戦う。……戦えるのか、俺は。この人と。

 そもそも人間相手に刃物を振るうことができるのか?

 ……やるしかない。マリを守れるのは俺しかいないんだ。



「……やれやれ、参ったなあ。

 君とはいい友達になれると思ったんだけどね。

 ここで捕まるわけにはいかない。排除させてもらうとするか」



 タナカさんが白銀の指揮棒タクトを腰の後ろのホルスターに仕舞い、禍々しいオーラを纏う杖を両手持ちする。

 ス……。自然な動作で中段に構える。隙がない。

 彼も剣道経験者と言っていたな。それも、俺よりずっと上位の。



「ま、待ってウツミんさん!

 私だけじゃない!サワタリやモキチさんの命が危ないんだ!

 ここは私が食い止めるから、先に二人に回復薬ポーションを使ってあげて!」



 マリが両腕でタナカさんの脚にしがみつき、叫ぶ。

 言われてみるとーーー確かにサワタリ君らがズタボロで倒れている!

 極めて危険な状態だ。俺の”眼”じゃなくてもわかる。

 反射的にそちらに駆け出し、回復薬ポーションの栓を開け、彼らに振りかけようとーーー



 ドゴォっ!!



 ーーーマリが顔面を蹴り飛ばされて引きはがされる!

 こ、この野郎!

 さらに弾丸のような勢いでタナカさんが飛び込んでくる。


 杖での横薙ぎ。

 想像をはるかに超えるの速度に、やや反応が遅れる。



 パリィンっ!



 バックステップしたものの、躱しきれなかった。

 手に持っていた3本の回復薬ポーションが瓶ごと砕かれる。

 ……むしろそっちが狙いだったか!


 飛び散る破片。虎の子の回復薬ポーションが飛沫となる。



「……っ!」



 明確に向けられた殺意。暴力。

 その事実が今更に俺の精神を震えさせる。

 砕かれた回復薬ポーションは、3分の1もサワタリ君らにはかかっていないだろう。

 彼らの容態を鑑みれば、あまりにも不十分。



「タナカさん……あんた、本気かよっ!?」


「ん?

 今更何言ってんだよ、ウツミ君。


 殺すに決まってる・・・・・・・・だろ・・


 そこの二人も、マリの奴も。

 当たり前じゃねえか、目撃者を生かしておけるかよ」


「なんで……なんでだよっ!?

 なんでこんなことを!?

 マリが、オサム君が、何をしたっていうんだ!?」


「うるせえなぁ……どいつもこいつも。

 恨みだとか、そんな下らねえことじゃねえって言ってるだろうがよっ!!!」



 唐突に沸点を超えたのか、無造作に杖を再度振るう。

 ーーーその一撃が、異常に速い!


 辛うじて刀で受けたものの、激しい衝撃に俺の体の重心ごとブラ・・され、1,2メートル後ずさる羽目になる。

 ……速いだけじゃない、重い。

 この攻撃力は一体……!



「気を、付けて……ウツミんさん……。

 その杖は、餓者の杖……マトモに受けると、"魔素"を奪われる、の……。

 靴も、サワタリの高級品が、奪われた……」



 息も絶え絶え、という風情でマリが俺に忠告してくれる。

 ……なんて、ザマだ。助けに来たはずの俺が、気を遣わせてしまっている。

 マリは危険な状態だ。一刻も早い処置が必要だ。



 腰のポーチで回復薬ポーションのストックを確かめる。

 先ほど砕かれてしまってせいで、あと1本しかない。

 普段ならばポーターバッグに大量に持ち運んでいるが……。

 今回は急いでいたので、手元にあった分を適当に持ってきているだけだ。


 クソ……こんなことなら準備を万全にしてくるんだった。

 いや、この状況は予想できなかったし、何よりそこに時間をかけていたらそもそも間に合わなかったか。



「ゴチャゴチャうるせえなぁ……。

 さっさと死んどけよ。クソが。

 苛つく、苛つく、苛つく、苛つく……クソがっ!!!」



 タナカさんがブツブツと呟きながら、頭をガリガリとかき、つま先で地面を断続的に蹴り付ける。


 ……なんだ?この落ち着きのない態度。

 いや、凶悪犯罪を犯そうって状況だ。冷静な方がおかしいのか……?



 ほうっ……と一つ息を吐く。

 あっちはどうでも、こっちは冷静になれ。

 焦ったら終わりだ。



 刀を構えなおし、今度はこちらから切り込む。

 狙いは前に出た右脚の腿。

 可能な限り初動を消し、反応させないタイミングで斬撃を放ったつもりだったがーーー



 ガン!



 こともなげにタナカさんは俺の攻撃を受け止める。

 止まることなく、杖の反撃。ーーー速い!

 ギリギリで受け止めるものの、やはり重い!


 下がり続ける俺に、さらに連撃を叩き込んでくる。

 やはり速い!そして巧い!



「オラぁ!オラオラオラっ!」



 この技巧は剣道経験によるものだろう。

 俺が小学生から高校生までやってて二段だったのに対し、彼は幼稚園から大学院卒業までがっつりやって四段だったって話だからな。

 迷宮ダンジョンでの経験で俺も強くなったつもりだが、純粋な技量ではまるで敵わない。


 体格も175センチの俺より2-3センチ高い。

 身体の厚みと言い、パワーでもあちらが上か!

 いやこの攻撃の重さ、レベルアップの量も相当なものだ。



「舐めるなよウツミ君!

 こっちは週に7回、ほぼ一日中迷宮ダンジョンに籠ってるんだ!

 君は週3だって言ってたか!?

 遊び感覚で冒険者やってる奴に、負けるわけがねえだろうがっ!!!」



 っ……!

 痛いところを突いてきやがる。


 だが、努力ってのは量の問題じゃあない。

 戦闘の工夫ならこっちにだって自信はある!



 いつかのように、脳内の海馬に"魔素"を流す。

 衝動的な反応が抑制され、冷静に彼の動作を観察する。


 流石に初動が少ない……いや、攻撃のパターンごとの初動の差が小さいというか。

 ギリギリのタイミングまで、その攻撃が小手打ちなのか、突きなのか、正面打ちなのか、左右面打ちなのか判断ができない。

 魔物モンスターを大量に狩るにそれほど有効な技術でもないだろうが……対人戦だと厄介なことこの上ない!



 焦るな。剣道の試合と違って場外はない。

 下がりながら、微かな挙動を全神経で捉える。

 真正面から攻撃を受けちゃだめだ。


 攻撃の出鼻を崩せ。

 それが高難易度な相手だが、それでも最善を尽くせ。

 小脳ーーー運動系を司る脳内器官に"魔素"を流す。

 少しずつ、本当に少しずつだが敵の技術ににじり寄り、致命傷を避け続ける。



「……ほぉ。

 なんだなんだ、案外上手いじゃないか。

 動きはイマイチだが、反応がやたらにいい。

 どういう才能なんだ?そりゃ」



 余裕綽々でタナカさんが論評をかましてくる。

 おしゃべりのために攻撃を止めてまで。

 ……舐めやがってという気持ちはあるが、純粋に助かる。

 こっちが攻める貴重なチャンスだ。行くぞーーーー。



 ガクっ・・・



 踏み込もうとしたその瞬間、踏ん張りがきかずに膝をつきかけた。

 ……なんだ!?急激なバランスの変化。

 身体がイメージについて行かない!



「わかってねえなあ。せっかくマリが忠告してくれたってのに。

 これは”餓者の杖”。敵の"魔素"を強奪するすんばらしーアイテムだよ。

 刀だの、肩だの腕だので気楽に受けてくれたよな?

 上手く有効打を躱したつもりだったんだろうがーーーこっちの計算通りってわけだ」



 身体能力の・・・・・レベルダウン・・・・・・



 ヤバい。

 これは本格的にヤバい。


 今までの戦いでは、時間は俺の味方だった。

 スタミナ消費を抑えるフォームの追及。

 敵や戦場の観察、分析、作戦立案。

 マリのスタミナ切れが要注意とはいえ、長期戦に持ち込むことは基本的に有利な戦略だった。



 だが、この相手には通用しない。

 戦いが長引くほど、パワーが、スペックが、奪われていく。


 ……どのみちマリやサワタリ君たちの容態を思えば、長々と戦っている暇はない。

 優位に立てそうな土俵で、一気に決着を付けるしか勝ち目はないんだ……。



 だらり・・・

 あえて上体を脱力させ、隙を見せる。


 俺の武器。それはやはり”眼”。

 そして足捌きフットワーク


 攻撃のタイミングを完全に見切り、ベストの呼吸で自分の間合いに入り込み、無防備な相手に渾身の一撃を叩き込む。

 敵の攻撃を誘いこんでのカウンター攻撃こそが活路となるはず!

 ……かなり怖いが、恐怖は"魔素"を脳に流し込んで押さえつける。



 フッ。

 タナカさんが鼻で笑いつつ、突進を仕掛けてくる。

 上等だよ……ここだ!


 絶対必中の距離。呼吸。

 相手に俺以上の反応速度と足捌きフットワークがなければ回避は絶対に不可能!

 勝った!確信と共に突きを放った俺に対してーーー



 ダンっ・・・



 信じがたいタイミング、そして速度でバックステップで俺の攻撃をあっさり躱しーーー



 ダンっ!ダンダンダンっ!ダンっ!



 床を蹴り、壁を蹴り、天井を蹴り。

 反応不可能な三次元機動で戦場を駆け巡る。

 ……嘘だろっ!?マリじゃあるまいし!!!

 そして俺の背後に回り込みーーー



 ドゴォッ!!!



 全体重を乗せた蹴りが俺の側頭部に炸裂する!



「……っ!」



 声さえ上げられず吹っ飛ばされ、壁に激突する。

 痛ぅ……!く、……とんでもない威力だ。



 ぐわん。ぐわん。

 視界が揺れる。

 眼がチカチカする。

 咄嗟に立とうとするが、まるで脚がいうことを聞かない。


 ドサっ。

 自分の体重さえ支えきれず、前のめりに倒れこんでしまう。


 お、起きろ!起きるんだ!

 寝てる場合じゃねえぞ!



「おっ……?……っかしぃなあ。

 今の蹴り、死んでなきゃおかしい間合いだったんだよ。

 なのに・・・お前・・打点を・・・外しやがったな・・・・・・


 ……見えていたのか?さっきの動きが」



 頭をガリガリかきながら。

 しきりに身体を揺らしながら。



 またも独り言モードに入ってくれたようだ。

 一体どういう精神状態なんだ?この集中力のなさ、違和感がすごいが……。

 ……こっちにとってはありがたいことこの上ない。


 少しでも回復につとめ、反撃の機会を探るべし……そう思ってはいるのに。



 ブルブルブル。

 手が震える。

 手だけじゃない。身体全体が。


 ドクドクドク。

 心臓が早鐘を鳴らす。

 ガチガチガチ。

 奥歯が震え、口の中が渇く。



「さっきのカウンター攻撃も完璧だったな。

 反応速度はともかく、俺の素のか脚力じゃあ躱しきれなかった。


 この靴、やっぱりすげえな。

 あのガキの真似事までできるたぁ、信じられねえ性能だ。


 ……やっぱり君には何かあるね、ウツミ君。

 出会ったころから、何故か君のことが気になって仕方なかったよ。

 俺なりに何か感じていたのかな」



 恐ろしい。

 恐ろしい恐ろしい恐ろしい。



 唐突に胸から湧き出る恐怖。

 押さえつけていた想いが濁流となって脳内を埋めつくす。


 この男が恐ろしい。死ぬのが恐ろしい。

 負けるのが恐ろしい。失うのが恐ろしい。

 痛いのが恐ろしい。怖いのが恐ろしい。

 罵倒されるのが恐ろしい。失望されるのが恐ろしい。

 変わるのが恐ろしい。守れないのが恐ろしい。



 理由がわかった。

 あの靴だ。"魔素"の吸収効果のあるあの靴。

 そして頭部への攻撃を受けたこと。



 脳内機能の・・・・・レベルダウン・・・・・・



 今まで"魔素"で押さえつけていた恐怖が、弱さが。

 張りぼての強さが剥ぎ取られたことで、一気に表に噴出する。



 何故だ。

 何故俺はこんなところで命の危険に晒されているんだ?

 関係ない。俺には関係のない出来事じゃないか。


 金目当ての犯行?

 今の俺にどれだけ手持ちがあるっていうんだ。

 ……狙うなら他の奴を狙ってくれよ。

 それともあれか?ダンジョンを出てから金を出せばいいのか?


 出す。出す出す出すよ。

 いくらでも出す。


 タナカさん。金ならいくらでも払います。

 だから僕を殺さないでください。

 貴方のやったこと、絶対誰にも言いません。

 だから僕を殺さないでください。



「なあウツミ君。

 やっぱり俺の仲間にならないか?」



 出し抜けにかけられた言葉に、一瞬思考が止まる。



「さっきも言ったけど、やっぱり君のことはいい友達だと思ってるんだよね。

 他のガキとか底辺連中とは違う。

 気が合う、話が合う、いい友達だよ。

 君ならきっと俺の気持ちもわかってもらえるしね。


 そうだ。

 よかったら、この後相棒バディにならないか?

 ガンガン稼いでさ、一緒に勝ち組になろうぜ」



 ……!

 助かる、のか?

 助けてくれる、のか?



 なります。なります。相棒バディでもなんでもなります。

 殺さないでくれるんなら、貴方の靴でも舐めます。

 だからどうかーーー。



「でもさ、タダってわけにはいかないよね?

 いや、金払えとか言わないよ?友達にそんなこと言うもんか。


 単純な話さ。

 仲間になったフリをして、迷宮ダンジョンを出た途端に通報、ってんじゃ困るからね。

 いや、君のことは信じてるよ?


 でもな。それでも、同じ罪を背負ってもらいたい。

 わかるだろ?俺の気持ち。

 思えば俺と君とはよく似た境遇じゃないか。

 共に、会社に捨てられ、家族に捨てられ、こんなところに流れ流れて。

 だからとことん同じになって、共犯になって、一蓮托生でやっていきたいね。そのためにーーー」



 タナカさんは、マリを指さしーーー



その女を犯せ・・・・・・

 それが仲間にする条件だ。

 安心しろよ、こいつらをぶっ殺すのは俺がやるからさ。

 なあ、優しい条件だろ?」



 ……!



 思考がフリーズした。

 何を言っているのか、理解するのに、十数秒の時間を要し。

 そこから、状況の把握に、意思を固めるのに、それぞれたっぷり時間をかけ。



 のそり。

 すっとろい動きで俺は立ち上がった。

 そして、ゆっくりと、マリに向かって歩き出す。



 これしかない。

 これが唯一の選択肢なんだ。



「ウツミんさん……?」



 眼を見開いたマリが、やがて目を伏せる。

 しばし瞑目したが、最後には微笑みさえ浮かべて。



「……いいよ。ウツミんさんなら。

 来てくれただけで、嬉しかったからっ……!」



 涙を浮かべるマリの顎をクイっと持ち上げる。

 眼を閉じて覚悟を決めるマリの唇を指でこじ開けて。



 俺は、回復薬ポーションを彼女の口に流し込んだ。

 最後の一本の、三分の一ほどの量を。



「……っ!?」


「こいつが最後の一本だ。

 これだけじゃ不十分だろうが、残りをサワタリ君とモキチさんに飲ませてやってくれ」


「う、ウツミんさん!?でも!!!」


「一本全部お前に飲ませて一緒に戦ってもらうことも考えたが……。

 これが唯一の選択肢なんだ。みんな揃って生きて帰るための。

 理解できないだろうが、信じてくれ。

 俺に考えがあるんだ」



 そう言って、俺は再度タナカさんに向き直る。

 横目で、マリの身体を微弱な青白い光が包み、癒していくのを感じ取る。



「……どういうつもりだ、テメエ」


「早くしろマリ!間に合わなくなるぞ!!!」



 日本刀を構え、タナカさんに対峙する。

 恐怖は相変わらず俺の脳内を駆け巡っている。


 逃げたい。捨てたい。従いたい。

 勝てっこない。自分には関係ない。投げ出したい。



 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。



 "魔素"による張りぼての強さはもう、俺にはない。

 だから、ありったけの勇気を振り絞って立ち向かう。

 他の誰でもない、俺自身の勇気で。



「ウツミぃっ!!!テメェっ!!!」



 イキり立って襲い掛かってくるタナカさんに向かってーーー



 ーーースパァ!



 ここしかない、というタイミングで手元に反撃を決める。

 彼の利き手の人差し指が呆気なく吹っ飛ぶ。



「ア、アガぁぁぁぁっ!!!

 て、テメエ!!!何しやがった!!!」



 血が噴き出す手元を抑えながら、タナカさんが叫ぶ。

 俺は構わず、マリに再度呼び掛ける。



「こいつは俺が必ず倒す!だからお前は2人を助けるんだ!!!」

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