第17話 最後のが最高に条例違反
迷宮の各階層を守る番人。
通称、ボスモンスター。
広大な迷宮には、階層と別の階層を繋ぐゲートがいくつか点在する。
一般に、階層を移動する度に出現する魔物は強化され、得られる魔素や拾得物も多くなる。
第1層より第2層、第3層という具合に。
勿論階層内には戻るゲートもあるが。
だが。各ゲートはそこに向かえば、誰でも次の階層へ進めるわけではない。
そこに至る
そこに出現する
入り組んだ迷宮の通路。
1つのゲートに至る道は何通りもあるはずだが、どのルートを選んでも必ず1つは
誰がどんな意思で迷宮をそうデザインしたのかはわからない。
そもそも迷宮自体がどんな原理で世界に現れたのかすらわからないのだから当然だが。
ボスとの遭遇は、次のゲートが近くにあることを示すため、冒険者に取って重要な情報だ。
問題はボスモンスターの実力。
当然と言うべきだろうか、強い。
その階層で遭遇する魔物とは明確に一線を画す、強力な殺傷能力を秘めている。……らしい。
その分見返りも大きい。
例えば俺たちの潜る迷宮の第1層。
“ゴブリンキング”と呼ばれる強力なボスは、なんと「
ほんの5g程だが、換金すれば約2万5千円。
収穫する魔素を含めれば、一体で5万円程の稼ぎになる。
さらに、ボスのもう一つの特徴。
それは決まった場所に出現して、そこから動かないこと。
つまり、遭遇するのに運に左右される要素がない。
事前の調査に基づき確実に挑戦できる。
まあ、直前に誰かに倒されていたら、その限りではないが。
ボスは誰かに倒されても、一定の周期でリポップする。
ゴブリンキングの場合は1時間に1度だ。
リポップって言い方が最高にゲーム脳でローファン感がえぐいね。
—-
「というわけで。
今日は第1層のボス、ゴブリンキングに挑戦したい」
「また急だねウツミんさん。
これまでずっと安全重視だったのに。
どしたの?」
「別に。
ただ、俺達も強くなってきたじゃん。
個人としても、
そろそろ次の段階に行ってもいいと思って、な」
目的は、マリに稼ぐ力を得させるためだ。
一体倒せば5万円の収入。
リポップの時間を考えても、一箇所にへばりついてさえ、時給で1人2万5千円の収入だ。
もし、1人で倒せば時給5万円。
さらに、複数のポイントを巡れば収入は更に上がる。
……マリの家庭の問題について、俺が何かしてやれる訳ではない。
でも、経済的に安定してるかどうかで、精神状態は全く異なるだろうよ。
時間当たりの収入が増えれば、家族と過ごす時間も増やせるだろう。
それも、焦りやプレッシャーもなく。
勉強とか、遊びとか。
他にやりたいことがあるなら、その時間だって捻出できるはずだ。
当然、危険はある。
だが、これまで危険を言い訳に挑戦を避けてきたのは俺のエゴだ。
なんだかんだで俺は、経済的には安全圏にいるからな。
俺個人でもかなりの資産があるし、何より親が裕福だ。
実家のローンも返済済みだし、最悪スネを齧れば困窮する事はない。
情け無い発想だが、金の為に命を賭ける理由は俺にはなかった。
だがマリの才能を鑑みれば、もっと先を目指すのは当然のことだ。
この子は格が違う。
どんどん上のステージに行き、どんどん結果を出し、どんどん幸せになる。
……そうならなきゃ嘘だろ、マリの場合。
俺なんかの都合で才能に縛りをかけるなんて、あっていいわけがない。
「まあねー。
でも私、怖いよ。
えと、大ケガしたり、死んじゃったり、するのは困るんだよね」
困った顔でマリは言う。
これも今までの俺なら、単に危険に対して警戒してると解釈してたんだろう。
でも違う。
この子は多分、自分が死んでしまったら、家族が路頭に迷う事を憂慮している。
高校生にして、自分のことより家族のことを優先している。
それがわかった。
「大丈夫だ。
その為にオサム君を呼んだ。
彼はもう何度もゴブリンキングを倒してるからな」
「あー、成る程。
オサムさんに一緒に戦ってもらうわけね。
それなら安心かも」
「いいや、マリちゃん。
俺も最初はそう思ってたけど、ウツミさんの提案は違った。
俺は何もしない。
戦うのはウツミさんとマリちゃんだ。
俺はただ後ろで見ているだけ。
ただし、本当に危険だと感じたら助けに入る。
これなら、自力でボスを倒せるかどうか、安全に試すことができるだろう?」
オサム君にボスを倒して貰ってたんじゃ、マリ自身の稼ぐ力には繋がらない。
あくまで戦うのは俺達じゃなきゃダメだ。
正直俺達、というよりマリの実力ならばボスにだって勝てるとは思う。
とはいえ、確証はない。
ボスの実力が想定外に強力でしたと言って死んでいくわけにはいかない。
マリもそうだが、俺も悲しませてしまう人がいるからな。
というか死にたくない。当たり前か。
オサム君を後ろに控えて、3回か、できれば5回くらいボスを倒す。
その間も俺達の実力は上がるだろうし、そこまで安定してやれれば、補助は無くして大丈夫だろう。
逆に少しでも不安が残るようなら、鍛え直しだ。
肉体をレベルアップして、連携を強化。
個々の戦闘技能を向上させる必要もあるだろうな。
なんならモキチの爺さんの道場に通ってみるのもアリかもしれない。
「しかしオサム君、本当にロハでいいのか?
こりゃれっきとした仕事だよ。
対価なしで格下の子守りなんて、ビジネスとして健全じゃないと思うぜ。
こないだの事をきにしてんなら、それはやりすぎだ」
俺はコスパは気にするが、不当なダンピングや価値の盗用は反対する主義だ。
違法無料漫画DLサイトとか全部滅びてしまえと思う。
まあ親父のアカウントでNetflixとか利用してるから説得力薄いけど。
「いえいえ、これはアイデア代です。
こういうサービスが成立するかどうか、テストになりますからね。
多分、需要はあると思います。
だから、実際どの程度の負担か、コストか、適正価格はどうか。
分析するためのデータ取りだと思えばこっちもありがたいんです。
俺も今の所金に困ってはないですからね。
先行投資を惜しむ気はありません」
気前のいい事を言う。
そしてマリの表情が曇る。
あんまり相性良くないのかもね、この2人。
2人ともいい子なんだけどな。
そればかりは仕方ないか。
オサム君のおかげで、ボスに挑むリスクは解消できる。
だが、同時にもう1つのリスクが発生してしまう。
それは、マリの実力が周囲に知られてしまうこと。
これまで、俺だけがマリを独占して囲っていたからな。
マリの価値を知る人が増えたら、よりよい待遇で迎え入れる者も出るだろう。
保護者探しは振り出しに戻るが、時間当たりの収入が向上するなら長時間労働する理由もない。
……というか、その方がいいよな。マリにとって。
高校生が長時間労働で家計を支える方がよっぽど不健全だ。
チャチャっと働いて、バッと稼いで、後はゆったり過ごす。
理想の人生だ。
俺が代わって欲しいくらいだ。
ただそうなると、俺は……捨てられるかもしれんな。
それは、困る。困る。すごく、困る、が。
稼ぎも落ちるし、活動実績の認定も遠ざかる。
税制優遇や補助金の事を思うと人生最大のピンチだ。
それに……。
マリと離れるのは正直寂しい。
この子といるの、楽しいからな。
いや変な意味じゃないよ!?
条例とか前科とかマジ勘弁だし!?
ただ、この子のさっぱりとした性格とか、竹を割ったような物言いとか、太もものラインとか、一緒にいて凄く楽しいんだよ。
最後のが最高に条例違反。
でもさ。
例えば取られる相手がオサム君みたいな奴なら、まあ仕方ないって思うじゃんね。
今は相性悪い2人だけどさ。
そもそも俺に縛り付ける方が健全じゃないよ。
やだ凄いNTR感。
「ま、そんなわけで。
ボスに挑む為にも、準備を整えよう。
回復薬もそうだけど、装備も見直さなきゃな。
オサム君、その辺もアドバイスお願いできるかな?」
「勿論です。
任せといて下さい」
俺達はギルド二階のショップに向かった。
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