第16話 お金なんて、いくらあっても足りないんだ

「悪いけど、私はもう帰るよ」

 そう言って、マリはスッと席を立つ。

「おいおい、そりゃねえだろお前。

 人の話は散々聞いといてよ」

「そっちが勝手に話したんでしょ。

 ……わかんないな、たいして関わりのない者同士で、家の事まで話して。何がしたいのよ。

 悪いけど、私は忙しいから。

 とても付き合ってらんない」

「何だと、お前っ」

「あ、タナカさん、無理強いは……」

 制止するオサム君を一瞥し、マリはフゥっと嘆息した。

「お金がいるから。それだけよ。

 ウチ苦しいから。私が稼がなきゃいけないの。

 これでいい?じゃあ帰るね」

 そう言って荷物を片し、スッサスッサと立ち去ろうとして。

 途中でピタり止まって、鞄から財布を出し。

 律儀に自分の分のドリンクバー代を俺に押し付けて再度出口に歩き出す。

 マリ……!

「ご、ごめん。

 俺ちょっと追っかけるわ。フォローしてくる!」

「す、すみませんウツミさん!

 俺が無神経な話題始めたせいで。

 その、呼び戻したり謝らせたりは不要ですから。

 一緒にいてあげて下さい!」

 恐縮するオサム君に2人分の料金を渡し、俺も支度してマリを追いかける。

 いや、帰るのはあいつの自由だけど。

 このままじゃ禍根が残るだろ。

 ……気持ちはわからないでもないけどさ。

「マリ!」

「ウツミんさん?どしたの?」

「あ、いや、その」

 キョトンとした表情で問いかけられ、逆に返答に窮してしまった。

 なんだ。機嫌を損ねたわけじゃないのか?

 でもあんなタイミングで帰ることないだろ。

 あ、でもこいつ。元々早く帰る予定だったっけ。

 いや。それにしたって、あんなタイミングピッタリってこともないよな。

「あー。あれだ。

 送ってってやるよ。家まで。

 バスだと15分くらいは待たされるし、金も勿体ないだろ?」

「ん?

 いや、いいよ。そんなことのために。

 ウツミんさんは皆んなと楽しんでくりゃいいじゃん」

「あー、いや。

 俺ももう帰ろうかなって。

 ホラ、あの話題。ちょっとしんどいとこあったろ。

 シラフで夢とか語るのも、自分の境遇皆んなの前で話すのも、俺はちょっとね。

 んで、どうせ帰るんなら、マリも送ってってやろうかなってさ。

 その方が、時間的にもバス代的にもコスパいいだろ?

 ていうか、まあ俺が抜けるのにマリを口実にさせてもらってるとこもあってさ」

 なんかめっちゃ早口で言ってしまってる。

 変な汗かいてきた。

 なんで高校生相手にこんなにキョドらなきゃいけないんだ。

「ふーん……?」

 訝しげな目で俺を見るマリ。

 う、出まかせがバレてるかな?

 嫌がってるわけではないと信じたいけど。。。

 ポツポツ、ポツ。

 ちょうどそこで、雨粒がパラついてきた。

 俺もマリも傘は持っていない。

 最寄りのバス停には屋根とかなかったよな?

 フッ。

 苦笑と共にマリが肩を竦めた。

「いいよ。

 それじゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな。

 ありがとね、ウツミんさん」

 しつこいが、富山の飲食店の駐車場はやたら広い。

 少しでも濡れないように、2人は小走りで俺の車にのりこんだ。

 —-

「こっちの方でいいんだっけ」

「うん、次の次の信号で左」

 そんなわけで、車中の2人。

 なんだかよくわからないうちにマリを家まで送ることになってしまった。

 別に女子高生の住所ゲットしたいわけじゃないよ!?(必死)

 ダッシュボード上のスマホが、通知を受けて震える。

 赤信号で止まった際に確認したら、オサム君からのLineだった。

『今日は本当にすみません。後日マリちゃんに謝るチャンスをくれるよう、お伝え頂けますか。

 今日は来てくれてありがとうございます』

 本当に律儀な奴だな。

「オサムさんから?」

「ああ、今度謝りたいってさ。

 ……この件だけどさ、あまり責めてやるなよ。

 ホラ彼帰国子女じゃん。

 習慣的に、自分の考えとか夢とか人に説明するのが普通なんだよきっと。

 俺達日本人はあんまそういうことしないけどさ」

「別に怒ってるわけじゃないんだけどな。

 話したくはなかったけど。

 普通にもう帰んなきゃいけなかったんだよね」

 なんでも帰国子女のせいにしてんな俺。

 これも一種のコンプレックスか。

 でもまあ結局そういうことなんだと思う。

 加えてオサム君やモキチさんがガンガン語ったのは、冒険活動で困った事があったらどんどん自分に相談して欲しいことを伝達する目的があってこそだろう。

 タナカさんが語ったのは、まあ流されたトコもあんだろうけど、しんどい状況を誰かに吐き出したい心理もあったのかもしれない。

「その、マリは今日なんか用事でもあったのか?

 行く前から、早く帰らなきゃとか言ってたけど」

「今日はっていうか、まあ基本的に早く帰らなきゃなのよ。

 ママが夜勤に出るから、家の事やらないと。

 ウチ、小さい兄弟いっぱい居て私が1番上だから、色々面倒みなきゃなんだ。

 ご飯作ったり、お風呂入れたり、宿題させたり」

「そっか、マリはお姉さんなのか。立派だな。

 あれ。でもそれじゃ、俺が保護者になっても、遅くまでは冒険できないんじゃないか?」

「曜日によってはママが家にいるからね。

 そこでガッと纏めて稼ぎたいの。

 ママ、あまり身体が強くないから、私が家族を支えないと」

 そりゃ大変だ。

 しかしママ、ね。

 どうしても、余計なこと考えちゃうな。

 詮索する気はないんだけど。

「あはは。まあ気になるよね。

 もう面倒だからウツミんさんにだけは話すね。

 ウチ、パパはいないんだ。

 私が高校に入る前に、出てっちゃった。

 10歳以上若い女作って蒸発。

 気持ち悪いよね。

 子供5人も残してさ。

 家のローンも全然残ってるし。

 ママが連帯保証してるけど、払えないと家なくなっちゃうからね。

 下の弟なんてまだ4歳だよ。

 お金なんて、いくらあっても足りないんだ」

 ……!

 言葉が出ない。

 そんなに大変な状況だったとは。

 ……オサム君の話に反発する気持ちもわかる。

 意気揚々と将来の野望を語る彼を、受け入れられないのも責められまい。

 勿論オサム君が悪いわけでは断じてないが。

「だからさ、ウツミんさんには感謝してるんだよね。

 一緒に冒険してくれて、凄く収入が安定したもん。

 土日もママは家にいないんだけどさ。

 もしウツミんさんがいなかったら、多分そこも冒険しなきゃならなくなってたと思う。

 ウツミんさんのおかげで、土日に兄弟の面倒を見ることができるんだ。本当にありがとう」

 ん……。

 なんだろうか。

 “ああ、すごい!なんて家族想いで感心な子なんだ!大変な状況の中支え合う、美しい家族愛に感動した!”

 とは、何故か全く思えなかった。

 何故だ?

 マリはもの凄く頑張ってるじゃないか。

 どうして俺は、それを素直に尊敬できないんだ?

 違和感……、なのか?

 俺の胸の中。

 マリが嘘を言ってる様子は全くない。

 俺に感謝してくれているというのも、きっと偽りない本音だ。

 ……よそう。

 ヨソ様の家の事だ。口を出すまい。

 ロクに知りもしないくせに、わかったような気になって、評論家気取りの上から目線で能書き垂れるとか、ないだろ。

 自分がされたら「ハァ?」ってなるわ。

 まして、俺は自分の家庭も守れなかった男だ。

 他人の家にどうこう言えるような身分じゃ全くもってないんだ。

「そこ曲がってすぐがウチだよ。

 そう、そこ。そこに止めて」

 マリの案内に従って駐車する。

「ありがとうウツミんさん。

 助かっちゃった。

 よかったら、お茶くらい飲んでかない?

 今だったら、ギリギリママは出ちゃってると思うけど」

「いや、いいや。

 さっきドリンクバーも飲んだしな。

 俺ももう帰るわ」

「そ、了解。

 また来週も、迷宮でよろしくね。

 ……一応だけど、さっきのこと、他の人には内緒でね」

「当たり前だろ。

 じゃ、また。お疲れさん」

 俺は車を発進させた。

 心が、妙にザラついている。

 うっかり事故なんか起こさないよう、いつも以上の安全運転を心掛けて帰宅した。

 —-

 明くる月曜のギルドにて。

 学校が終わって現れたマリを、俺はカフェテリアに誘った。

「どしたのウツミンさん。

 できればどんどん迷宮に行きたいんだけど」

「悪いな、ちょっと話がある」

 そう言って着いた席には、オサム君が座っている。

「やあ、マリちゃん。

 こないだは本当にゴメン。

 俺が無神経だった」

「あ、いや別にいんだけど。っていうか、こっちこそ。

 ウツミんさん。話ってこれ?

 言いにくいけど、できればこういうの冒険の後にして欲しいな」

「いや違う。

 オサム君はあくまで今日の作戦のアドバイザーとして呼んだだけだ」

「作戦?」

 キョトンとした顔でマリがおうむ返しする。

 この表情可愛いなこいつ。

 コホン、と軽く咳払い。

 あれから俺は考えた。

 今の俺にできること。

 やるべきこと。

 してやれること。

 これで正しいのか、正直自信はないけど。

「マリ、今日は第1層のボスに挑戦しよう」

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