第18話 君、人に教えるの向いてないんじゃないか?

「え、この辺のゾーンに入るの?

 私初めてだ。ちょっと手が出ないよ、高すぎて」

「必要な投資なら俺が用立てる。

 勿論、一方的に負担するわけじゃない。

 成果で回収できたら、後で払ってもらうぞ」

 俺達が足を踏み入れたのはショップの中でも、今までよりも一段階高級な装備品を売るスペースだ。

 今使ってるエントリーモデルが通用するのは精々第2層、長くとも第3層まで。

 それ以上を探索する冒険者は、このあたりの装備品を使用するという。

 マリのトンファーで言えば、これまでのアイテムが新品で22万円、中古で14万円ほど。

 それがこのレベルだと、新品で49万円、中古でも37万円ほどはする。

 ……それでも日本刀に比べるとまだマシだなー。

 中古で78万円とか。

 いや、本気出せば買えるけどさ。

 うーん、悩むぜ。

「うーん、必要かな?

 お金借りるのってちょっと怖いんだけど」

「気持ちはわかるけど、投資は必要だと思う。

 掲示板の『今月の事故者』に載りたくはないだろ?」

 ギルド受付近くの掲示板にはそんなリストが貼られている。

 20XX年7月 該当なし

 20XX年8月 該当なし

 20XX年9月 該当なし

 20XX年10月 該当なし

 って感じだ。

 まあ皆んなマージン取った上で活動してるし、滅多にそこに名前が出ることはないけどね。

「身の丈に合わない武器を使うと、魔素伝導が却って狂うっていうけどな。

 マリならこのレベルくらい行けるだろう。少し早いけど、先行投資ってやつだ。

 オサム君はこの辺のやつ使ってるの?」

「いえ、俺はさらに上のやつですね。

 ほらこのグローブ。わざわざ金沢のショップまで行って調達したんですよ。

 新品で220万円くらいましたけど、彼女が買ってくれました」

 黄金色に輝くオープンフィンガーグローブを誇らしげに見せつけるオサム君。

 死なねーかなこいつ。

 ……いかんいかん、マリを取られるかもしれないからって、やさぐれすぎだろ俺。

「俺は防具を見ようかな。

 刀だし、籠手の類があると体当たりとかしやすくなるな。

 んー、それもまあまあするなあ。

 マリの防具はどうする?

 戦闘スタイル的に、重くなるのは避けたいだろうけど」

「そうだねー、関節を守れると安心かも。

 膝サポ、肘サポくらいなら動きの邪魔にならないし。

 オサムさん、他に用意しといたほうがいいのとか、ある?」

「そうだなー。

 お、面白いのを入荷してるな」

 そういって、黒い棒のようなアイテムを指さした。

「何だこりゃ、えーと、『指揮棒タクト』?」

「ええ、魔物モンスター調教テイムに使用するレアアイテムですね。

 調教テイムに成功すると、それ以降魔物モンスターを戦力として自由に使役できるそうです」

「それいいじゃん!

 え、ずっと言うこと聞いてくれるの?

 じゃあ、私が寝てる間に代わりに稼いどいて、とかもできるのかな!?」

「いやー、厳しいみたいだよ。

 まず性能に比べてレア度が高すぎる。

 ほらこれなんて92万円もするのに、ゴブリン1匹調教テイムできるかどうかって性能だってさ。

 しかも、調教テイムした魔物モンスターも複雑な命令は聞いてくれない。

 例えば魔物モンスターが落とした拾得物ドロップアイテムを集めとく、なんてのも複雑すぎて無理みたいだ。

 戦う以外は実質無理って言われてるんだってさ」

「んー。微妙すぎ!

 折角、可愛い魔物モンスターを捕まえようかと思ったのに!」

「マリ、そもそも可愛い魔物モンスターってのはいないみたいだぞ。

 現在確認されてる限り、魔物モンスターは全部臭くて汚くて醜くて恐ろしい、とてもペットにできないようなのばっかりらしい」

「残念!」

 軽い波田陽区を挟みつつマリが悔しがる。

 わからんでもない。

 俺もワンコ系愛玩型魔物モンスター (ただしすごい強くて俺に懐いている)を従えて仲良く冒険したいだけの人生だった。

 なんなら中盤あたりで美少女に変身して変わらぬ愛情を注いでくれても私は一向に構わん。

 一部では強烈に侮蔑されている展開だが、美少女が増えることはいいことじゃないか。

 何の問題ですか?

 何も問題はないね。

 全てはチャンス。

 でも地の文でモフモフモフモフうるせぇのは勘弁な。

「おっ。

 新商品がいま展示されるみたいですよ。

 ……さらに上のランクの武具ですね。靴、か。

 性能次第で、僕がゲットしようかな?」

 オサム君の言うように、ギルド職員が箱詰めの新商品をショップ内でも最も目立つ位置に展示する。

 あの丁寧な手付きからして、相当高価なものだろう。

 ここのギルドの目玉商品的な扱いになるのかしら。

「これは……すごいな。

 県内のギルドでも、一番の品物なんじゃないか?」

 そのアイテムとは、靴だ。

 それもマリが使っているものとは、比較にならないスペック。

 強度、柔軟性、軽さ、魔素伝導率、エトセトラ、エトセトラ。

 単純なスペックでもかなりのレベルだが、その靴には大きな特徴があった。

「"魔素"吸収特性……。

 これ、どういうこと?

 ウツミんさん。これがあると、何が得なの?」

迷宮ダンジョン内は、床や壁からも"魔素"が放出されてるだろう?

 これを履いてると、歩いてるだけでその"魔素"を靴が吸収してくれるってことだ。

 マリの場合は壁を蹴った時も吸収できるかもな」

 ドラクエのしあわせのくつみたいなもんだな。

 歩くだけでレベルアップとか。

 一昔前のなろうタイトル大喜利かよ。

「でも高いなー。270万円って。

 実際、一日中歩いてどのくらい"魔素"を回収できるのかわからんのがネックだ」

「うーん、多分希少性コミで値段が上がってるパターンですね。

 ネタ枠というか。

 俺もちょっと即決は無理ですね。彼女に相談してみないと」

 当たり前のように女に金出させようとしてんなこいつ。

 その根性でまともにビジネスなんかできるのか?

 いや、むしろビジネスで勝てるやつってこうなのか?

 女にモテたことがないからわかんねぇや。

 どう考えてもお前らが悪い。

 ……この靴も、俺がマジで本気出せば買えなくはない。

 これがあればマリの特性はさらに活かされるだろう。

 でもなー、それはちょっと違うよなー。

 高級品を買い与えることでマリの力になるとか。

 そういうのがしたいわけじゃないねん。

 足長おじさんになりたいわけじゃない。

 こんなに足の短い足長おじさんもないだろう(涙)。

 あくまで常識の範疇で、公平な立場で。

 マリの人格とか金銭感覚にも悪影響を与えたくないし。

 まあ冒険者としてジャンジャン稼げるようになればまた感覚も変わっていくのかもだけど。

 そんなこんなで、マリのトンファー、膝サポーター、俺の籠手と安価な靴、あとは魔石や回復薬なんぞを買った。

 結構な出費になったな。

 ゴ、ゴブリンキングを乱獲しなきゃ!(使命感)

 イロモノには手ぇ出せへんよ。

 とかやってたら、

「おお、もう……」

 蚊の鳴くような声が聞こえて、向き直る。

 ガチャマシンの前に薄汚いゴミ袋が落ちてると思ったら知ってる人だった。

 大金をつぎ込んだギャンブルに敗れ苦悶の表情を浮かべるタナカさん。

 大変な状況なのに、経済ガチャ回してる場合かよ……。

 最近だらしねぇな。救いはないんですか?

 ---

 さて、そんなこんなで迷宮ダンジョンへ。

 道中のゴブリンは鎧袖一触。

 マリのトンファーの威力を試すために、何匹かホブを狩ってみた。

 攻撃力は、体感的には1.7倍程度にまで跳ね上がっているようだ。

 高い金を払ったかいがあったぜ。

「さて、あそこが通過チェックポイントです」

 オサム君の指すほうを見る。

 一体の金色に輝くゴブリンが起立している。

 あれこそが俺たちの獲物。

 第1層のボスモンスター、ゴブリンキング。

 タッパは2mほどか。

 ホブより小柄だが、密度が違う。

 パワー、スピード、タフネス。

 何もかもが段違いらしい。

「聞いてた通りだな。

 こっちのことは見えてるはずなのに、一定以上接近しないと襲い掛かってこない」

「あの岩の出っ張り位まで近づくと戦闘開始です。

 注意してください。」

「まずは作戦通りいこうねウツミンさん。

 オサムさん、何かアドバイスはある?」

「ゴブリンキングの弱点は脳みそと心臓だ。

 それをぐちゃぐちゃにすれば多分勝てる」

「君、人に教えるの向いてないんじゃないか?」

 大抵の生き物はそうだろうがよ。

 こいつの意外とポンコツなところが今日沢山見えたぞ。

 なんにせよやるしかない。

 戦闘開始だ!

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