第12話 こんな誰にでもできることで仕事したことになるんだから、美味しい役どころだよな

 迷宮ダンジョン1階層の小さな部屋。

 今日も今日とてマリは跳ぶ。

「そいっやぁっ!」

 "魔素"をふんだんに籠めたトンファーが、ゴブリン達を紙細工のように粉砕していく。

 相変わらず派手なアクロバットを決めるもんだ。

 あの靴俺も買おうかな。いや、マリ並のセンスがないとすっころぶだけかな。

「ヨシ!」

 お得意の現場猫も頂きました。

 マリと相棒バディになってから、はや2週間。

 お互いレベルアップもある程度こなし、戦闘自体にもかなり慣れてきた。

 と言って、戦ってるのは9割近くマリだけどね。

 敵の数が多い時だけサポート的に飛び込んで、戦況を調整している。

 これでギャラは同じでございます。

 いやもう、マリと組んで以来効率が全然違うわ。

 最近だと時給5,000 - 6,000円程度の収入だ。

 そこにプラスして、都合のいい所にホブゴブリンがいれば、1日の最後に1匹狩って1万5000円ゲットする。

 コツも覚えてきたお陰で、慎重に奇襲すればかなり安全に圧倒できるようになった。

 いや、本気出せばもっとジャンジャン狩れるよ?

 それこそ結成初日のテンションで間断なく狩っていけば、下手すりゃ2倍近く稼げるかもしれない。

 でもなー、疲れるんだよ。

 別にサボりで言ってるわけじゃない。

 本当に、肉体の疲労が大きいんだ。

 迷宮ダンジョンの中にいるときはむしろ大丈夫なんだよ。

 でも、家に帰って一晩寝ると、体がバッキバキに痛み出すんだ。

 加齢によるものか?と青ざめたが、マリも同様の症状だったらしい。ホっ。

 "魔素"を使って強引に肉体を動作させてるのはやっぱ、それなりに負担なんだよなー。

 途中途中サプリやプロテインで補給してるから、まだマシなのかもしれないけど。

 二人して、姿勢強化系統の筋肉や脚力を中心に身体能力を強化した。

 あと神経系や靭帯なんかもレベルアップできるんで、主要な関節を強化して動作の安定性と力強さがかなり増している。

 でもあれだな。

 人によって、部位によって、"魔素"の適合度って違うんだよな。

 マリは下半身の適合度がずば抜けている。

 俺はしいて言えば体幹系の姿勢維持に使う筋肉が得意のようだが、マリにははるかに及ばない。

 顔の中でも部位によって適合度って違うんだなー。

 マリは目より耳のが得意そうだ。

 自分の顔は自分で見えないけど。鏡に映すと魔素の反応が見えないんだよね。

「ところでさ。今度の打ち上げ、マリは行く?

 ほら、オサム君が主催のやつ」

「あー、なんかあるらしいね。小耳にはさんだ。

 私、ウツミんさん以外の冒険者とLine交換してないから詳しく知らないけど」

「あ、マジで?

 冒険者養成所の同窓会的な感じで集まるんだってさ。

 18時くらいからだっけ?高校生組の冒険の終了後に合わせたみたいだ。

 未成年も多いからファミレスらしいけど。タナカさんは行くって言ってたけど」

「あのオッサンかー……」

 嫌そうな顔をするマリ。

 印象悪いなータナカさん。

「ぶっちゃけ、稼ぐ時間が減るのも帰りの時間が遅くなるのも嫌なんだよね」

「わからんでもない。

 でもまあ、一応顔だけでも出しといたほうがいいんじゃないか?

 迷宮ダンジョンでも顔を合わせる連中だし、関係は悪いよりはいい方がいい」

 この手の集まりって、楽しいとか盛り上がるとかじゃなくて、開催することと参加することに意味があるからな。

 全然盛り上がらなかった打ち上げでも、なんなら後日歴史を改竄して盛り上がったことにして話題にすることさえある。

「会場は迷宮ダンジョンとマリの家の間ぐらいだろ?

 そこまで車で送ってやるよ。いつもはバス通いだっけ。

 30分だけとかで抜けてもいいと思うし。あの辺バス停あったよな?」

「まあ、ウツミんさんが言うなら、一応少しだけ出ようかな。

 ね、そろそろ休憩終了しない?時間ないし、もうちょっと稼ぎたい」

「了解」

 眼に意識を集中して周辺の魔物モンスターを探す。

 戦闘はマリに任せきりだから、この手の雑用は俺が担当している。

 こんな誰にでもできることで仕事したことになるんだから、美味しい役どころだよな。

 ---

「こんな時間に出勤か。相変わらずいい御身分だな」

 打ち上げを控えた金曜の午後。

 母さんの作った昼飯(出汁からひいた野菜たっぷりの坦々麺。砕いたカシューナッツが味の決め手だ)をゆったりと頂き、そろそろ迷宮に向かおうかという頃合いに。

 出し抜けに親父に声を掛けられた。

 なんだよ。折角そっちは休日なのに朝から不機嫌で何も言わないと思ったら。

「ああ。

 仕事仲間はもうちょっと後に合流だけど、先に行って備品やらの準備を進めておこうと思ってね」

 マリがいないのに迷宮に潜っても効率が悪いからな。

 だがマリが迷宮に来るのは学校の後なんで、15時半くらいになる。

 そこから2時間強の探索が俺たちの仕事の全てだ。

 それで月水金しか迷宮に行かないんだから、親父が何か言いたくなるのもわかる。

 空いた時間は、まあ、ゆったりしてるよ。

 読書とか、映画とか。往年の名作と呼ばれるものを片っ端から見ている。

 今じゃ当たり前のテンプレートとか、ここが元ネタだったんだなーとか新鮮な感動があるのいいよね。

 ……我ながらいい御身分だ。親父に言われるのも仕方ない。

 でも前にも言ったけど、この仕事本当に疲れるんだよ。

 休養はとても大切だ。週5回8時間とかで冒険してる連中とか、体どうなってんだ?

 実は俺には、密かにリスペクトしている人がいる。

 人呼んで筋トレ社長こと、Testosterone氏という人物だ。

 筋トレの素晴らしさを説くとともに、人生に対する前向きな考え方や困難への挑戦の重要性を人々に伝え続ける男だ。

 "人を傷つけるな。筋繊維を傷つけろ"とは屈指の金言。

 そんなストイックな彼でさえ、口を酸っぱくして強調し続けていることがある。

 それは、睡眠の大切さ。

 睡眠、運動、そして栄養。これらを高水準で確保しながら己のメンテナンスを継続すること。

 それは成功の絶対的必要条件であると彼は言う。

 実に示唆に富んだ発言だと思う。

 彼の言葉はいつも俺を勇気づけ、深い共感を与えてくれる。

 もはや、他人とは思えない程筋トレ社長には心酔している。

 筋トレをしていないことと社長でないことに目をつむれば、もはや俺も彼と同一人物だと言って、過言ではあるまい。

「その仕事仲間というのは、例の女子高生のことか」

 現実逃避的な考えに浸る俺に、親父は強い口調で問い掛けた。

「あ、ああ。知ってたんだ。母さんから聞いたのか。

 でも、大丈夫だよ。別に、やましいことはないから」

「そんな心配はしておらん。

 お前がそんな、ヨソの幼い娘さんにおかしなことをする人間じゃないことはわかっとる。

 ただお前、この先どうするつもりなんだ。ずっとその高校生と一緒に仕事をしていくつもりなのか?」

「んー、まあ。そうだね。

 一応、保護者見習いってことで取り組んでるし」

 どうにも痛いところを突っ込んでくる。

 ばつの悪い思いをしながら、俺は返答する。

「今のお前が保護者か。嫁も子供も持たない身で。

 ……いや、今のは失言だ。すまない。許してくれ。

 だが、本当に今の生活が続くと思っているのか?俺もいつまでも支えてはやれないぞ?

 その高校生の進路なんかはどうなんだ。大学に進学したりはしないのか。

 受験勉強をするなら、いつまでも冒険者などやれないんじゃないのか?」

「わからないよ、そんなこと。」

「そんなこと、だと!?

 お前、保護者の自覚はないのか!その子の将来に責任を持てるのか!

 まて、お前税金対策に冒険者をやると言っていたな!

 ……自分の権利を行使するために、制度を利用することはいいだろう!

 だがお前、まさかその子を途中で放り出す気じゃないだろうな!

 ヨソの娘さんに無責任なことをしたら許さんぞ!そんなことになるくらいなら、今すぐ冒険者など辞めてしまえ!」

 ……。

 ……。


 言い返しようのないことを言われてしまった。

 そう、だよな。そりゃあ、そうだよ。

 そうするのが、当然だ。

 大人として、そう振る舞うことこそを期待して、サナエさんも俺にマリを預けてるんだから。

「わかってる……、いや、わかったよ。

 その通りだと思う」

「ああ、いや、わかってくれているならいいんだ。

 声を荒げてすまなかったな」

 親父は堅物だが、決して激しやすい人ではない。

 俺のことを思い、言わずにはいられなかったのだろう。

 熱くなったことに対してばつが悪そうに、親父はコキコキと首を左右に振る。

 首や肩が痛むのか、しきりに手で首を抑え、顔をしかめている。

 ……最近、よくその仕草をするな。デスクワークで肩が凝りやすいのだろうか。

「大丈夫か?ちょっと、肩でも揉もうか?」

 このタイミングで言うと話を逸らしてるみたいだけど。

 ええい、親孝行をして悪いこともあるまい。

「俺のことなどいい。

 お前のことが心配なんだ。もちろん母さんもな。

 お前の前では応援しているだの、かっこよく戦っているところが見たいだの、浮ついたことを言っているが。

 真に受けてはいないだろうな。

 お前が迷宮ダンジョンに向かうたびに、毎日必死で仏壇の前で拝んでいるんだぞ。

 どうか、京介がケガなどしませんように。とな」

 ……!

「お前は俺たちの大事な息子だ。

 大人になろうが。仕事をしようが。30になっても40になっても50になっても。一生な。

 ずっと心配する。それが親だ。

 きっとその女子高生にも、同じことを思っている親御さんがいるはずだ。

 だからというわけじゃないが、しっかりと向き合ってやれ。大人としてな。

 そして、いつかきっとお前にも、そういう親になってほしいと願っている。

 兄さんや姉さんのように」

「……ごめん。

 その、前の結婚生活。

 すごく喜んでもらったのに、その、……上手くいかなくて。

 仕事も、折角、いい大学行かせてもらって、資格の勉強も支えてもらったのに……」

「謝るな。自分で選んだ道だろう。

 生きていればいろんなことがある。

 お前が辛い状況の中、しっかり頑張れる奴だということもわかっている。

 やるべきことをやっていれば、いつだって変われるし、何歳からでもやり直せる。

 ……仕事の前に引き留めて悪かったな。

 考え事をしながら務まる仕事ではないんだろう。

 しっかりやってこい。それが今のお前のやるべきことだ」

 今日は普段よりも遅れて出発することになった。

 この顔をどうにかするために、少々洗面所にこもる必要があったから。

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