第11話 思ってもいない掘り出し物に出会ってしまった

「さ、さて。

 それじゃあ気を取り直して迷宮に突入しようか」

 俺たちは何も見ていない。

 いい年をこいた中年がギャンブルに手を出して敗れ去り、絶望の淵に至る姿などここにはない。

 いいね?

 マリ的にもそれはどうでもよかったらしく、何事もなかったかのように活動を再開してくれた。

 で、再スタートした冒険だが、予想外のことが起きた。

 作戦会議の結果、マリの靴と俺のポーターバッグを導入し、効率がそれなりに向上することを予想していたのだが。

「あはっははははーっ!

 ウツミんさん、この靴すごーいっ!

 メッチャ早く走れるーっ!」

「お、おいマリ!

 戻ってこい!」

 マリの戦闘靴の性能が思ったよりも高かった。

 元々は戦闘時に蹴りの威力を増す程度にしか考えていなかった。

 だが、迷宮ダンジョンの床から発する"魔素"と靴から発する"魔素"を反発させて、バネ仕掛けみたいにして体を弾ませることができるみたいだ。

 いやもう、速い速い。

 元々デタラメな脚力を誇るマリだったが、この靴を履いてからはトランポリンの上を跳ねるかのようにビョンビョン飛んで行ってしまう。

 その結果何が起きるかというと。

「マリ、その二つ先の角を右に行って、すぐに左に曲がったところに2匹のゴブリンが……」

「うんわかった行ってくるね!」

 いうが早いかすっ飛んで行って、慌てた俺が追いついたころにはすでにゴブリンが死骸になっていた。

 呆れつつも死骸から生まれる拾得物ドロップアイテムをポーターに詰めようとすると。

「ねえウツミんさん、この近くに魔物モンスターはいる?」

「……ああ。そこの通路を30メートル進んだところの角を左にいって右に行って一つとばして左に曲がったとこに2匹。

 さらに、そのまま進んで15メートルの角を右に行ったところに4匹のゴブリンが……」

「了解!回収してくるから、ウツミんさんはボーキサイトをポーターに入れてて!」

 制止する間もなくすっ飛んで行く。

 俺が元々の拾得物ドロップアイテムをポーターに詰め終わったかどうかというところで、リュックに大量のボーキサイトを詰め込んだマリが戻ってくる。

 あ、倒してきたんですね。

 無言でポーターの口を広げてマリに差し出すと、拾得物ドロップアイテムをポーターに詰めこんだ。

 うん、速すぎ。生き急ぎすぎだ。

 効率という観点から言うと素晴らしいが、これは保護者としてどうなんだ。

 迷宮内での単独行動とか、印象悪いんじゃないの?

 というか危険だよ。

 もしマリが離れてる間に俺が魔物モンスターに襲われたらどうするんだ。(自分中心)

 まあそうはならないように、周囲の敵を探知したうえでマリに情報を伝えているけど。

 この辺はしっかりコミュニケーションしないとな。俺が危ない。

 一応、ケガをしたとき用の回復薬ポーションは用意してるけどね。

 高いんだよ、これ。一本5千円とかする。

 飲むか傷口にかけるかすると、薬の中に溶けてる濃厚な"魔素"が、猛烈な勢いで肉体の修復を助けるんだってさ。

 実際試したことはないけどね。

 治るとかの前に、そもそもケガなんてしたくない。

 痛いの嫌だよ。インフルの予防接種でさえ決死の覚悟で臨む俺だ。

 そんなこんなで、ポーターのおかげでギルドに寄る頻度はかなり減らせたけど。

 それでも俺は30分に一度くらいは休憩タイムを設定した。

 やっぱ、迷宮内だとビタミンやミネラル、アミノ酸の消費が激しいよ。

 さっきまではギルドのロッカーに入れてたサプリだけど、ポーターがあるなら迷宮内に持ち込める。

 水の消費が激しいけど、15リットルくらい持ってきてるから大丈夫。

 自分とマリの欠乏栄養素を検出し、どっさりとサプリを摂取する。

 ああ、満たされていく。

 "魔素"を身体に反応させるのは、やっぱり栄養素を激しく消費するものなのか?

 その辺は諸説あるらしいけど。

 ああ、補給系の物資もポーターがあるから大量に持ち込めるのがありがたいな。

 ビタミン剤やミネラルサプリ、プロテインパウダー。水も15リットル。糖分摂取用に飴やキャラメルも沢山持ってきてる。

 ピクニック気分かって?いやいや生命線だよ。

 やはり栄養分の消耗は相当激しい。この辺軽く見ちゃうと、肉体や精神に悪影響を及ぼすんじゃないかな。

 ガブガブ水飲んでるのに全然トイレ行きたくならない。どんだけ体内で消費してんだって感じだ。

「やっぱりマリは膝と足首が弱いみたいだな」

「あははー。まあ苦戦するようになったらレベルアップも考えるよ」

「それもそうだな、現状問題なく戦えてるわけだし。

 俺は自分の体幹を少し強化しようかな?姿勢維持に使う筋肉に柔軟性が欲しくなってきた。

 マリは左の膝は特に機能が低いみたいだな。

 庇ってるようにも見えるけど、ケガでもしてるのか?」

 言ってから、しまったと思った。

 マリの表情が少し曇っている。

 そもそも、バスケで全国大会に行ってるような子が、高校で部活にも入らず冒険者やってる時点で事情がありそうなものだ。

 多分……、故障とか。

 デリケートな問題だろう。相棒バディを組んだとはいえ、まだまだ他人同然の俺が不用意に踏み込んでよい領域ではない。

「……ごめん。無神経だった。

 忘れてくれ」

「あはは。いいよ、大丈夫。ウツミんさんは何にも悪くないって。

 それにどっちみち、高校じゃバスケしてる暇なんてないしさ」

 少し気まずい沈黙が流れてしまった。

 誤魔化すような気分で話題を変える。

「さて、そろそろ休憩は終わりにするか。

 時刻は……17時半ちょっと前か。もう1回狩りをして、今日はそれでお開きにするかい」

「了解。ウツミんさんと組めてよかったよ。

 一人の時よりはるかに効率よかったし」

「それはこちらのセリフだな。

 完全に助けられっぱなしだったけど、マリの側は俺が相棒で不足なんじゃないか?」

「全然そんなことないってー」

 和やかに会話をしていたその時。

「!」

 俺の知覚が強く反応する。

 数十メートル先に、強烈な"魔素"の塊が複数。

 これは……。

「マリ、移動するぞ。

 大型ホブが2体、通常のゴブリンが3体の群れだ。

 危険な相手だ。一旦撤退するぞ」

「ふーん、いいじゃん。戦おうよ。

 私達なら大丈夫だって。私一人で大型ホブ1体に勝ったこともあるしさ」

 マジでか?すごいな……。

 でも、やっぱり不要なリスクだ。

 マリに敵の所在を説明しつつ、退避する方向を打ち合わせる。

「とりあえず大型ホブは、次回の冒険で1体から徐々に慣らして挑戦するってことでさ……

 ……いや、待て。このままだと、別の冒険者がその群れに遭遇するぞ。

 冒険者は一人、それも多分俺たちと似たり寄ったりの新人だ」

「ヤバいじゃん!すぐに助けに行かないと!」

「あっこら!」

 言うが早いか、マリは超特急でゴブリンの方向に走り出した。

 このバカ!軽率すぎるぞ!鉄砲玉かよ!

 いや俺も、冒険者を見殺しにする気はないよ。

 でも先回りして冒険者の所に行って、危険を知らせて一緒に逃げるとか、安全な方法もあるだろうが。

「チキショウ……」

 放っておくわけにもいかないか。

 これでも保護者見習いだ。

 俺は荷物になるポーターを床に放り出し、全速力でマリの後を追った。

 ---

「せいっやぁぁっ!」

 俺が追いついた時には、マリが先制攻撃を加えていた。

 配下のゴブリンにトンファーの一撃。これで一匹は打倒した。

 だが、その結果敵に気付かれることになる。

 通路の手前側に、1.2m程のゴブリンが2体。

 その奥に3m近い巨体のホブが2体横に並んでいる。

「どおおぉぉぉぉりゃあっ!」

 勢いそのままに突っ込むマリ。

 ゴブリンの横をすり抜けて、飛び上がり、左側のホブの顔面にトンファーをぶち込む。

 眼球周辺をしたたかに撃ち抜かれ、左のホブがたたらを踏むが---

(あのバカ!悪手だ!)

 ホブの頑丈タフさは並ではない。

 肉体派とはいえ、スピード重視タイプのマリの腕力では、一撃で倒すことはできない。

 着地したマリに、4体のゴブリンが一斉に襲い掛かる。

 完全に囲まれている。危険な状況だ。

「そらっ!」

 俺は大慌てで、右のゴブリンの顔面目掛けて投石・・する。

 魔石。"魔素"の伝導率が高いただの石ころだ。

 ギルドのショップで1個200円。使い捨てだが、"魔素"を込めれば魔物モンスターにダメージを与えられる。

 パンっ!ホブの顔面に直撃し、魔石は砕け散る。

 さしたるダメージを与えた様子はないが、それでも一応動きは止まる。

 マリは、左の小型ゴブリンの攻撃をステップで回避し、右の小型のゴブリンの攻撃は左手のトンファーで受け止める。

「右手を上げろっ!」

 俺の声に反応したマリが右手のトンファーで胴体を庇うが、その上から左のホブが大型の棍棒を思い切り打ち付けた。

 細い体が軽々と吹っ飛ぶ。トンファーの防御は完璧ではなかった。骨の数本は折れているだろう。

 俺はそれに一瞥もくれず、開封済みの回復薬ポーションを投げつけ、ゴブリン達に対峙する。

「イヤァァァァッ!!」

 日本刀を両手持ちし、気合を吐く。

 少しでも敵の意識をこちらに向けて、マリが回復する時間を稼ぐためだ。

 勿論俺の戦闘力でこの4匹に敵うわけがない。

 上手く時間を稼いで、連携して戦わねば。

 小型のゴブリンの片方が棍棒で襲い掛かってくる。

 タイマンなら躱しざまに斬り付けてやれるが、大きな動作は他のゴブリンに隙を見せることになる。

 足捌きを駆使して後退しつつ、体勢を維持しながら棍棒の攻撃を回避する。

("魔素"吸収!脊柱起立筋群と右足の親指を重点的に!)

 ありったけの"魔素"をレベルアップに使用する。

 換金する予定だったが、背に腹は代えられない。

 全身が熱くなり、自分の姿勢が急速に合理化されるのを感じる。

 苦手意識のあった右足先端の動作が大幅に柔軟になり、これまでよりはるかに柔軟で正確な足捌きができそうだ。

 姿勢が向上してみると、ゴブリンの攻撃の雑さがより明確に感じられる。

 数センチ頭が後ろに位置しているだけで、俯瞰するような視点で戦況が眺められた。

「コッテェェェェっ!!」

 前に出すぎたゴブリンに右手首に、最小動作で斬撃を放つ。

 切り落とすには至らないが、骨まで斬った手応えはあった。

 深追いせずに後ろに飛び退く。4体のゴブリンの意識は完全に俺に集中していた。

「行けっ!!」

 回復したマリが入れ違いにゴブリン達に飛び込む。

 俺が斬ったゴブリンとすれ違い、もう1体のゴブリンを一撃で葬る。

 それに留まらず、今度は右のホブの股下をスライディングしながら通過した。

 その際、トンファーで敵の膝を打撃するところが抜け目がない。

 これで挟み撃ちの態勢だ。

 ……マリのやつ、さらにスピードが上がっている。

 どうやら助言通り、膝と足首をレベルアップしたようだな。

 痛めつけたはずの人間が復活したことに、多少なり動揺しているのか。

 数瞬の硬直を見逃すはずもなく、マリは右のホブを後ろからトンファーで滅多打ちにする。

 左のホブが慌ててマリに襲い掛かろうとするが---

 ガンっ!

 俺の投擲した魔石(200円)が顔面にヒットし、一瞬動きを止める。

 金のかかる戦いだぜ!

 右のホブが、殴られながらもマリに向き直る。

 やはりタフだな。マリも深追いせず、一旦バックステップで距離をとる。

「どぉりゃぁっ!」

 俺は思いっきり、小型のゴブリンを蹴り飛ばした。

 俺の靴はただのスニーカー。"魔素"がこもらない攻撃では魔物モンスターは倒せない。が。

 蹴とばされたゴブリンは、左のホブの足元に転がっていく。

 今まさに攻撃に踏み込もうとしていたホブは、突然の障害物につんのめり、ゴブリンを下敷きにして転倒した。

 俺はそれを見届けることなく、刀を床に投げ捨てて右のホブを後ろから羽交い絞めにする。

 力比べで敵う相手じゃない。簡単に引きはがされ--

 ガンっ!

 壁に投げつけられた。

 全身を激痛が襲い、呼吸が止まる。

 ゲホっ。咳こむと、胸部に痛みが響く。肋骨にヒビぐらいは入っているかもしれない。

 だが、俺がそこまでして作ったわずかな時間。

 マリはそれを完璧に活かした。

 ダンッ!ダンッ!ダンダンダンダン!ダンッ!

 床を、壁を、天井を蹴り付ける。

 スーパーボールのように縦横無尽に戦場を駆け巡る少女を誰もとらえられない。

 すれ違いざまに、トンファーが、蹴りが、魔物モンスターを打ち付けていく。

 時にはスピニングバードキックみたいにして一度に複数の魔物モンスターを攻撃する。

 制服姿でそれをやるもんだから、いろいろと丸見えだが、なぜか爽やかな印象さえ受ける。

 色気ではなくスポーティーなムードしか漂わない。エアマスターみたいな動きだ。本当にすごいなこの子は。

 あとは回復薬ポーションでも飲んで一息入れたいところだが……。

 そうもいかないな、どうやら。

 マリの動き。魔物モンスターの動き。漂う"魔素"。

 このままじゃ倒しきれない。

 痛む体を引きずり、刀を拾う。

 静かに敵に接近する。まだだ、まだ、今!

 ドンピシャのタイミングで右のホブにショルダータックルを仕掛ける。

 今まさにマリに反撃を仕掛けんとしていたホブだが、それで体勢を崩して大きな隙を作る。

 待ってましたとばかりにマリが渾身の一撃で、ホブの顔面を粉砕する。

 やっと死んだか。あと2匹

 小型ゴブリンが俺に向かって棍棒を振りぬいてくる。

 回避することは可能。だが、俺はあえてそれを左腕で受け止めた。

 メキっ!

(痛ってぇぇ……っ!)

 これまた骨折くらいはしているだろう。

 だが、お構いなしだ。右腕一本で、残ったホブの腹部に刀を突きさす。

 俺の腕力では、まして片腕では決定的な一撃など放てない。

 だが、ヤツの意識を下に向けさせるには十分。

 パァンっ!

 マリのトンファーがホブの後頭部を撃ち抜いた。

 ドサっ。巨体が崩れ落ちる。

 スタっ。

 静かに着地したマリが、残ったゴブリンを無慈悲に見据える。

 どこか怯えたようにさえ見えるゴブリンの顔面を、マリは無言で吹っ飛ばした。

「ヨシ!」

「ヨシ!」

 俺までヨシ!って言っちゃったよ。

 なんだよヨシ!って。

 なんにせよ、俺達の勝利だ。

 ---

「大丈夫!?ウツミんさんっ!」

「ああ、大丈夫だ。今、回復薬ポーションを飲む」

 全身を"魔素"が駆け巡り、骨折が回復していく。

 あー、これめっちゃ気持ちいいわ。

 ていうかこれ、医療目的に使えるんじゃないの?

 最初から骨折した人を迷宮ダンジョンに連れてきて回復薬ポーションを飲ませるとか。

「危なかったね。ごめん、私が軽率だった。

 回復薬ポーションも沢山使わせちゃったね。弁償するから」

「いいよ、相棒だろう?共同財産ってことで、さ」

「戦闘中、何度も体を張って私を守ってくれてたよね?

 ありがとう……怖くはなかったの?」

「マリの動きが止められちゃったらその時点でジエンドだからな。

 最初っから回復薬ポーションでの回復ありきの判断だし、問題ない」

 1本5,000円の回復薬ポーションはもったいないが、仕方ない。

 こちとら6,000万円の資産家よ。(ドヤ顔)

 5,000円ケチって命を捨てる選択肢はあり得ない。

「それに、まあトータル黒字だろ。

 ほら、見てみ。ホブの死骸。凄い量のアルミニウムが出てきてるぜ」

 そう、ゴブリンの死骸はアルミの原料のボーキサイトに変化するが、ホブはアルミに変化する。

 どういう理屈か、なんてもはやどうでもいいだろう。

 補助金込みで、1匹1万円相当ぐらいのアルミが取れている。

 地元の雄、三協立山アルミ様が有効に活用してくれることを願おう。

 "魔素"の取得も合わせると、ホブ1匹で15,000円くらいの収入か。

 ゴブリン1匹で200円くらいと思うと破格だが、命の危険を考えるとなー。

 装備とかレベルを考えれば、狙っていけるか?いや、危険すぎるかな。

 とりあえず、ギルドに戻ろう。

 今日はこれでお開きだ。

 ---

 帰りの車中、俺は今日の出来事を振り返っていた。

 かえすがえすも、マリの戦闘力は異常だ。

 イヤイヤ引き受けた保護者ごっこだったが、彼女と組めば、圧倒的に効率的に冒険者家業で稼げる気がする。

 もちろん、当初の予定とはかなり違う展開となる。

 最低限の稼ぎで、費用をかさませて赤字を出し、税金のみ逃れるって感じではなくなるな。

 長く続けるつもりのない商売だから、装備やレベルアップなどで長期的な投資をするつもりはなかった。

 だが、あの子の力があるなら、投資する価値はあるかもしれない。

 案外、あっという間にペイできる気もする。

 ただなー。あの無鉄砲さは減点対象だ。

 ホブとの闘いは、マジで死ぬかと思った。すげー痛かったし。

 その辺はしっかりと言って聞かせていかないとな。

 幸い、全く話の分からない子でもなさそうだし。

 今後はしっかりと安全対策をとったうえで、効率的な稼ぎを追及していかないとな。

 この分なら、保護者認定も問題なくいけるんじゃないかな?

 今日は金曜。まずはゆっくり体を休めよう。

 土日の休暇は交渉の上、確保できたよ!

「及川 真理、か……」



 思ってもいない掘り出し物に出会ってしまった。

 この魚、逃すわけにはいかない。

 絶対絶対、俺のことを、有用な相棒バディと思わせなくてはならない。

 ---

 なんだったのだ、あの男は。

 私がウツミんさんに相棒バディ役を頼んだのは、単にお金を稼ぐために保護者役になってもらおうと思ったというだけだ。

 他のオッさんどもと比べればまだ、見た目も汚くはないから選んだだけのこと。

 というか、他のオッさんどもがキモすぎるのだ。

 話すことも意味不明だし、下心丸出しで接近してくるのが生理的に無理だった。

 流石はいい歳こいて無職の連中だ。

 不躾に肩に触りながら、保護者になってやろうなどと言ってきたあのオヤジなど、ぶん殴ってやればよかったと今でも思っている。

 だからウツミんさんにも、適当に懐いているフリでもしつつ、ダメもとのお試しで組んでみただけだった。

 サナエさんの顔を立てる意味もある。

 使えるようならそれでよし。キモくて無理ならそれでサヨナラ。

 まあ、トロいオッさんでも荷物持ちにでもなってもらえれば上出来かな、なんて思っていたのだが。

 なんなのだ、あの"眼"は。

 数十メートル離れた、それもいくつも角を曲がった先にいる魔物モンスターの位置や数を常時把握している、だって?

 そんな冒険者、聞いたことがない。

 何人か、迷宮で共に戦ってみた人たちもいたが、誰もそんなことはできなかった。

 サナエさんに聞いたが、ベテラン冒険者のスペックと比較しても夢物語とのことだ。

 本人は気づいていないようだが、あの能力のおかげで、狩の効率が何倍に跳ね上がっていることか。

 どうも一人でやっていた時は、やたらに休憩を入れ、ビタミンだのプロテインだのの摂取で時間を潰していたから目立たなかったようだが……。

(そもそも彼は働く時間が短すぎだ。暇人のくせに。)

 "魔素"を感知する能力の高さは、戦闘面でも覿面に働いていた。

 特に集団戦。主に戦っていたのは私だが、場を支配していたのは彼だ。

 私やゴブリン達の"魔素"の動きを完璧に把握し、そこから数秒先の戦闘の展開を読んでいる。

 そうとしか考えられない。

 完全な、完璧な読みで最適なポジションに移動し続けていた。

 中学時代、バスケで全国大会に出場した時も、あれほど完璧にいてほしい位置に仲間がいてくれたことなどなかった。

 どうも本人は、読んでいるという自覚がないようだったが……。

 集団競技の経験がないのだろうか。自分がどれほどすごいことをしているのか、気付いていない。

 さらに驚いたのは、肉体の状態を視る能力だ。

 疲労、栄養の状態を精密に察知し、常に適切な処置をとる能力。

 ビタミンだのプロテインだのをやたらに摂取しているのも、その一環なのだろう。

 詳しいことはわからないが、"魔素"を使用している時には、ビタミンやアミノ酸を激しく消費してしまうのだろうか。

 彼の補給を受けながらの今日の冒険は、かつてないほどコンディションが最高潮だった。

 "魔素"と肉体の親和を見抜く力も異常だ。

 彼の指摘を受けて少し膝と足首を"レベルアップ"しただけで、信じられない程動作が安定した。

 あの眼を信じて鍛錬していけば、自分はいったいどれほど強くなれるのだろう。

 もし部活時代に彼のようなトレーナーがいてくれていたらと、思わずにはいられない。

「宇津美 京介さん、か……」

 思ってもいない掘り出し物に出会ってしまった。

 この魚、逃すわけにはいかない。

 絶対絶対、私のことを、有用な相棒バディと思わせなくてはならない。

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