第9話 俺は問題を先送りにするタイプのスタンド使いだ

「宇津美さん。

 貴方はこのままでは、冒険者としての活動実績が認められないおそれがあります」

 え?

「ちょ、ちょっと待って下さい。

 え、相棒バディを断ったら実績を認めないとか、そういう意味ですか!?」

 それはおかしいだろ!

 悪質なパワーハラスメントだよそりゃ!

 恐ろしいわー!この子、こんな若さでそんな老害みたいなことすんの!?

「いえ、この件とは全く関係ありません。

 あくまで、宇津美さんの活動内容とギルドの定める基準を照合して出した、客観的な評価です」

 あ、そうでしたか。

 失礼な事考えてすみません。

 いやいやいや!そうじゃなくて!

「で、でも!

 確か、俺ぐらいの活動でも認められた事例はあるはずですよ!

 お、おかしいじゃないですか!人によって評価を変えるんですか!?

 み、認められないと困るんですよ!人生設計がめちゃくちゃですよ!」

 困る。それはマジで困る。

 俺が必死になるのもわかってほしい。

 まずは養成所期間の補助金。30万円+学費。

 合計100万近くを返納しなきゃいけなくなる。

 さらに冒険者に認められた103万円の所得控除。

 マンション売却益で累進課税の最高域に達してるからな。実効税率55%の状態でこの控除がなくなるのはキツすぎる。

 55万円以上失うことになる。

 しかも、敢えて冒険者稼業も色々と調整してたっぷり赤字を出しすよう税金対策してるんだ。

 これが冒険者稼業を認められずに雑所得にされたら、一体何十万、いや、何百万円の損になるのか。

「……みなさん、そういうことは本当によくお調べになるんですよね。

 宇津美さんが仰っているよう、主婦の方が週3回、4時間程度の活動で認められた事例は確かにあります。

 しかしこれは事前によくギルドと協議し、実績認定後も活動を継続することを約束した上で、信頼して認定したものです」

 うっ……。

 そんな背景があったのか。これは俺の調べが足りなかったな。ワキが甘過ぎた。

「なにより宇津美さん。貴方は魔素を全く提供していないでしょう。

 件の主婦の方は入手した魔素を全てギルドに売却しておりました。それも含めて活動実績と見做しています」

「ま、魔素を売るかどうかは個人の自由でしょうっ」

「ええ、勿論。

 ただ、魔素を売らない冒険者は通常、自分の体に魔素を取り込み、戦闘力を向上します。俗に言うレベルアップというやつですね。

 そうした方々は、それまで以上に効率的に拾得物を回収したり、深層に進出して貴重な資源を回収してくれたりしますので、ギルドとしては大歓迎です。

 しかし宇津美さん。貴方は入手した魔素を取り込んでもいませんね。まあ、大体考えていることはわかりますが」

 オゥ……。

 目論見がバレておる。

 俺は長く冒険者を続ける気はない。

 だから魔素を取り込んで強くなる気なんかない。

 売って金にできればそれでいい。

 だもんだから、年が明けてから纏めて売って、来年に所得を寄せる予定だった。

 それがバレてた。

 ギルドからしたら、

  「コイツ今年の課税を下げるためだけに冒険者になって、実績認められて利益出したらすぐに引退するつもりだな」

 ってのがバレバレだってことだ。

 これは心証がよくない。

 向こうも税金で働いてる人達だ。この先冒険者として世の中に貢献しないことがわかってる人間に、税金を投入してまでいい思いをさせる理由がない。

 つまり実績を認定してくれない可能性が高い。

 どうしよう。

 今から魔素を売るようにしても、旗色は悪いよな。なにしろ魂胆がバレてるんだから。

 なんとかして改心したフリを信させる方法はないものか。

 活動時間を増やすか?

 でも、結構この仕事キツいんだよな。すげー疲れる。

 タナカさんとかたまに見るけどゾンビみたいな顔になってるからな。

 また仕事的にも美味しいわけじゃないんだよな。

 時給換算で1,500 - 2,000円くらいか?

 学生ならうれション級だろうが、大人にとっちゃ命を賭けるには安すぎる。

 失業手当とのコンボありきだろ。

 レベル上げたら実入りも変わるんだろうけど、どの程度上げたらペイできるものか。

 それにそういうのって長く続けてこそ活きてくるもんだし。

 失業手当が止まった後も冒険者を続けるつもりは全くない。

 無理でしょ。冒険者が増えれば国の補助だって段々減るだろうし、あんま長く続けてると普通の仕事に戻るのが難しくなりそう。

「そこで、ギルドとしては救済措置を提示したいと思います。

 このマリさんと相棒バディとなり、大人として青少年の冒険者活動を支え、教育し—」

「待ってよサナエさん。

 要はこの人は保護者になれないんでしょ?

 だったら、私としては付き合う理由がないんだけど」

「最後まで聞きなさい!貴女の為に言ってるのよ!

 ええと、大人と子供が相棒バディ制度に則って十分な期間、十分な内容で活動を継続していることが認められた場合、ギルドはその大人を「迷宮探索に関するその子の保護者」として認定することができます。

 もちろん単なる金稼ぎだけではなく、大人側の素行や人間性も問われますが、まあこちらは普通は大丈夫でしょう。

 そして宇津美さん。ここからが本題です。

 もしマリさんの保護者として認定されることができたら、それをもって貴方の冒険者としての活動実績として認定いたします。

 これはギルドの規定上、「未成年冒険者の相棒バディとして十分な活動をする者を保護者として認定できる。またその際冒険者としての活動実績は認定されるものとする」と明確に定められているので間違いありません。

 ですので、是非、マリさんと相棒バディとなり、彼女の活動を支えてあげては頂けないでしょうか」

 ……。

 んー。んーんーんー。

 それしかないのか?

 いや、本当にそうか?

 落ち着け。安請け合いするな。

 こういう時は即答しちゃダメだ。

 冷静になって考えれば、色んな疑問点や代替案が浮かんでくるものなんだ。

 まずは得られる情報を得よう。

 考える材料を揃えないとな。

「その、保護者として認められるには、どういう要件を満たせばいいんですか?」

「それは教えられません」

「へ?何故ですか。

 ゴールがわからないと、努力のしようがないのですが」

「教えてしまうと、ギリギリそれを満たしたことにするようなアリバイ作りに走るのでしょう?

 それでは意味がありません。

 決して難しいことではありませんよ?

 人として、冒険者として、保護者として。

 後ろめたいことのないよう、誠実に活動頂ければ、普通に達成可能な要件となっています」

 そりゃまいったな。

 そういうの、1番苦手なタイプだよ。

 何が普通なのかわかんないんだよね、俺。

「ええと、認定までにかかる期間ってどんな感じですか?」

「活動内容次第です。

 おそらく気にされてるのは、失業手当の受給終了までに認定が下りるかということですよね?

 断言はできませんが、他の方の例ですと3ヶ月程度で認定されることが多いようです。

 宇津美さんの場合は6ヶ月ほど猶予があるので、おそらく大丈夫なのではないでしょうか」

 そうか。

 んー。大丈夫なんだろうか。

「大丈夫でしょ。

 なんだったら迷宮に入る時と出る時だけタイミング合わせて、中ではバラバラに動いて、報告の時にちゃんと仲良くやってましたー!って言えば通るでしょ。

 保護者になってもらってからもその方法でいけば、余裕で活動時間だけ延ばせるし」

「こんなこと言ってますけど」

「そんなのを許してる内は保護者として認定されることはありませんね。

 マリさん、そういうことをすると必ずこちらはわかるようになっているのよ。方法は機密事項だけど」

 バレるのかー。どうやってチェックしてんだろ。

 体内の魔素吸入器にGPS的なものでも埋め込んでるのかな?

「わかりました……。

 いや、そもそもどうして俺なんです?

 救済措置を与えてくれるのはありがたいですけど。

 見ず知らずの男に大事な従姉妹を預けようなんて、よく信用できるなってのが疑問で」

「これも方法は機密事項ですが、信頼に足る人物だけを選定して相棒バディ制度を打診しています。

 これはマリさんに限らず、青少年との相棒バディ全般の話です。

 きっと、宇津美さんが想像している以上の情報をこちらは保持しています。

 学歴、職歴、資格、家庭環境、前職での勤務態度養成所や治験バイトでの生活態度に至るまで」

 怖っ!国家権力怖っ!

「わ……かりました。

 ただ何分急なお話なもんで。

 今日の所は一旦持ち帰って、検討させてもらっていいでしょうか」

「もちろんです。

 十分検討頂き、ご納得の上でお返事下さい」

「えー、いいじゃん。

 とりあえずやってみようよ。

 やってみてダメだったらまた考えりゃいいじゃん」

 マリさんは乗り気だな。

 30歳のオッさんとかキモくないのかな?

 まあ保護者を得て沢山稼ぐって目的があれば、そんなもんか。

「とりあえず明日も来るんだよね?

 私も学校の後から冒険するからさ。

 そこから合流して、保護者の練習始めてみようよ」

 保護者の練習て。

 教育されるのは君の方って話なんだけどなー。

 やっぱ若い子の考えはわからんわ。

 なんなら新卒の22歳相手でも、こいつが何を言ってるのかマジでわからんって余裕でなるからね。

 高校生とか上手くやれる自信ないなー。

「ああ、ごめん。

 明日はちょっと用事があるから来れないよ。

 じゃあ、明後日は来るから、その時にお返事させてもらうということで」

 明日はね。

 漫画喫茶に篭って『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い』の8巻(京都修学旅行編)から読み返して作風の変遷を辿るという崇高な使命があるからね。

 人生最推しの田村ゆりちゃんが表情筋を失う過程を楽しむのに忙しすぎて、とても仕事している暇などない。

 というのは半分冗談で。いや実際に漫喫には行ってわたモテ読むけど。

 考える時間がとにかく欲しかった。

「了解!よろしくね!」

 マリさんに弾けんばかりの笑顔を向けられると若干良心が痛む。ていうか、この子美人だなー。

 養成所の頃の孤高キャラは何だったのか。

 利害関係のある相手と無関係な相手で対応が違う人なのかしら。

 一方で、サナエさん。

 俺に特に予定などないことを看破しているのだろう。

 若い子にジト目で見られるのもなんか妙な興奮があるよね。

 そんなこんなで、一旦解散の運びとなった。

 —-

 以上の回想を終えたころには、チキンクリスプもホットアップルパイも水もたいらげ、大学ノートにも書くべきことは書き尽くしていた。

 様々な情報や要因、俺自身の希望を胸中で反芻する。

 よし、決めた!

「とりあえず今日は帰ってご飯食べてお風呂入ってギアッチョ戦見て寝よう!」

 俺は問題を先送りにするタイプのスタンド使いだ。

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