第8話 お金が必要じゃない人間なんていない(確信)

「チキンクリスプとホットアップルパイ1つずつ。ええ、単品で。あと水下さい」

 洗練された手際でいつもの注文を済ませ、待機列に移動する。

 この練度、リカルド・マルチネスの左ジャブを彷彿とさせる

 幹線道路沿いのマクドナルド。ちょっと1人で考えたいことがあり、座れる店に寄り道した。

 近くにコメダ珈琲があるから迷ったけどね。

 あそこは居心地は最強だけど、価格帯が安くても500 - 600円くらいはかかるから。長居する時用だな。

 ドミグラスハンバーグサンドがマジで旨いからたまに食べたくなるけど。帰ったら母さんが夕飯用意してくれてるから今日はいいや。

 注文した品を受け取り、適当な席に着く。

 椅子の座り心地はコメダに劣るが、短時間で考え事を済ますつもりなので、むしろ都合がいい。

 ビタミンサプリを水で流し込み、チキンクリスプを左手で食べつつ、卓上に大学ノートを広げる。

 考え事は書きながらするのが1番だ。

相棒バディ制度、か」

 嘆息しつつ、先程の出来事を思い出す。

 まったく、困ったことになったもんだ。

 —-

「じゃあこの人でいいわ!保護者同伴なら問題ないんでしょ!」

 俺の腕を掴みながら、唐突に女子高生はそう叫んだ。

「マリさん、いい加減にして下さい。

 お気持ちはわかりますが、宇津美さんに迷惑ですよ」

 ギルド職員の言葉に我に返ったのか、女子高生は慌てて手を離し、ばつが悪そうに俺に頭を下げた。

「えっと、何かあったんですか?俺に関係のある事ですか?」

 とりあえず2人に聞いてみたが、

「いえ、大丈夫よ。

 ウツミさん、だっけ。こっちの問題だから。

 もう行っていいよ。掴んじゃってごめんなさい」

 女子高生が割とタメ口きいてくるのに軽くたじろぐが、まあ別にいいか。

 指導すんのは親とか教師の役割だ。

 恨まれるリスク負ってまで苦言を呈す気はない。

「そう、じゃあお疲れ様」

 乗りかかった船だ。事情を聞かせてくれよ。何か力になれるかもしれない。

 なんて精神はからっきしない。俺に関係ないならそれでいい。

 今この瞬間も地球上では無数のトラブルが生じている。

 そしてそのほとんどが俺と関係なく発生し、解決したりしなかったりしている。

 その全てに関わってたんじゃ身がもたない。

 この件もただ距離的に近い所で発生したってだけだ。

 おうち帰って母さんの作った夕飯を食べよう。

 今日は魚系がいいな。

 風呂は買い置きのちょっと高い入浴剤入れようかな。

「……あっそうだ!待って下さい宇都美さん!

 むしろ丁度いいかもしれません!

 よければ、少し話を聞いて下さい!」

 ギルド職員が何かを思い付いたような表情で、急にそんなことを言ってきた。

 えー。なんだよ。

 俺は自分の生活リズムを乱されることに強いストレスを感じるんだ。

 若くて可愛い姉ちゃんだからって、なんでも自分の思い通りにいくと思うなよ。

「お願いします!

 宇津美さん自身にもいいお話だと思います!

 むしろこれを聞かないと、宇都美さんは大変なことになるかもしれません!」

 ぴくり。帰ろうとしていた肉体が急停止する。

 むむ、この姉ちゃん、俺の扱いをわかってるな。

 冒険者になってまだ1週間ちょいなのに。

 聞かないと大変なことになるってフレーズ、便利だよね。強制的に話を聞く気にさせられる。

 詐欺師とか占い師とか宗教家がよく使う脅し文句だ。

 俺は得をするのが大好きで、それ以上に損をするのが大大大嫌いだからね。

 このバナーをクリックしないと、貴方は18万8千円損します!みたいなアフィがあったらうっかり押しちゃいそうだわ。

 人は悲しい生き物だ。

 女子高生は怪訝そうにギルド職員を眺めている。

 お前が掴んできたのが発端だろうが。

 いい根性してるなこいつ。

「実はこの子、及川 真理さんというのですが、ご覧の通り18歳未満でして、条例で18時以降の迷宮ダンジョン探索は禁止されてるのですが」

 及川 麻里。

 オイカワ マリ、ね。

 そうだ、そんな名前だったな。

 ご覧の通り、というのは普通に高校の制服を着てる。

 学校帰りに迷宮ダンジョン探索ってとこか。

 高校生は割とみんなそんな感じだ。

 武器の類はギルドの貸しロッカーでも契約してるのかな、この……えーと、オイカワ、及川 真理さんは。

「ええ、確かにそんな条例ありましたね。青少年の育成のためとかいう」

 確かに、ゲーセンは入っちゃダメな時間に迷宮はOKってのもおかしな話だからな。

 妥当な規制に思える。

 むしろ俺が18歳未満になることは今後未来永劫ない訳だから、どんどん厳しくしちゃえ。

 迷宮が空いて都合がいいぜ。(老害)

「はい。なのですが、この子ときたら、何度言っても18時を過ぎても潜り続けていて。

 迷宮内の事なので、魔物と戦っていて予定通りに出られないということもあるでしょう。

 我々もたまの偶然ならば黙認するのですが、この子の場合ほぼ毎回時間超過していて」

「仕方ないじゃない。お金が必要なのよ」

 お金が必要じゃない人間なんていない(確信)。

 遊ぶ金欲しさの犯行ってやつか。

 気持ちはわかるよ。お金は大事だよな。俺も大好きだ。

 何しろ便利だ。本質以外ならなんでも買える。

 いい事言うだろ俺。ユダヤに伝わる諺の丸パクリだ。

 流石他人が考えた名言だけあって真実を突いている。

 で、それが俺になんの関係が?

「あ、わかった!

 やっぱりこの人、えっとウツミさんに私の保護者になってもらおうってんでしょ!

 保護者同伴なら20時まで迷宮に入れるもんね!

 流石サナエさん、わかってるぅ!」

「違います。そもそも見ず知らずの相手が保護者になれる訳がないでしょう」

「見ず知らずじゃないわよ。養成所で一緒だったし。

 一度も会話してないけど」

 それは見ず知らずと変わらないんじゃないのか?

 というか、こんなに喋る子だっけ?

 養成所とキャラ違うな。職員さん、サナエさんってのか、には心を開いてるんだろうか。

「宇津美さん。折り入ってお願いがあります。

 しばらく、この子の事、迷宮内で面倒を見てあげて頂けないでしょうか。

 条例破りもそうなのですが、なにしろ冒険の仕方もイケイケで、危なっかしくて仕方がないんです。

 宇津味さんのような慎重派の方と行動を共にして頂けると、こちらとしてはとても安心なのですが」

「それはまた……随分と急な話ですね」

 いやマジで何言ってんだこの人。

 なんでまた俺にそんなことを言ってくるのか。

 全然関係ないじゃん。

「お話はわかりましたが、僕にも都合がありますし、もっと他の信頼できる方にお願いした方がいいんじゃないですか?」

 ガキの子守なんて冗談じゃない。

 面倒ごとを全て排除した気楽な無職生活を楽しむ為に冒険者になったんだ。

 そもそもこの商売も長く続けるつもりもない。

 活動実績を確保して補助金と減税措置をゲットしたらその日で引退の腰掛けだ。

 再就職までのモラトリアム期間を邪魔されちゃたまらんし、途中で見離されたらこの子にも迷惑だろう。

「そもそも保護者というのも、誰でも認められるものじゃなかったと思いますけど」

「あれ?そうだっけ?大人なら誰でもいいんじゃないの?」

「マリさん!貴女、養成所を卒業して冒険者になったんでしょう!?

 はい。宇津味さんの仰るよう、保護者としてギルドが認めるには、いくつか要件があります。

 通常ご両親や親族を対象とする制度ですからね。

 例えば年齢は22歳以上となっていますが、これは最低でもという基準で、実際には30歳以上の大人でなければ認められることはありません。

 年齢以外にも青少年を預けるに足るだけの保証が必要で、学生と学校の先生くらいでも弱いです。担任や、所属する部活の顧問として一定期間直接指導した実績があれば認められた事もありますが」

「じゃあムリじゃん」

 そうだよ(便乗)。

 年齢がアレだから、爽やか大学生レスラーのオサム君に押し付けるのもムリか。

 また人に仕事を押し付けようとしている俺。

 しかし、30男と女子高生なんて、別の条例に引っかかりそうでリスクしか感じない。

 そもそも高校生とか俺の年代からしたら宇宙人みたいなもんだからな。話が噛み合う気がしない。

 性欲の対象にはなるけど、人間同士の付き合いなんかできる気がしない。

 女子校・生は割と好きだけど、女子高・生はお呼びじゃないよ。(動画的な意味で)

 一番子供を任せちゃいけない人材ですな。

「ですので、保護者としてではなく、相棒バディとして冒険に付き添ってあげて頂きたいのです。

 勿論、この方法では条例に定める時間の制限を超える事は出来ません。

 規定通り、18時までにマリさんを迷宮外に連れ出して頂くことになります」

 相棒バディ制度。

 冒険者同士がコンビを組む際に使う制度で、冒険で得た金や魔素、拾得物、それにかかった費用なんかもコンビ単位で管理される。

 軽い法人化みたいなもんだな。

 僅かだが税金的にも優遇措置があったような。

 3人以上の場合は徒党パーティ制度っていうもうちょっと複雑な制度が用いられる。

「随分この子を気にかけるんですね。冒険者になって1週間かそこらの新人に。

 それもお仕事の範疇ですか?」

「迷宮探索の過酷さから少しでも青少年を守るのは我々ギルド職員の職務ですが……。

 実はこの子は私の従姉妹なんです。昔から知っているだけに、放って置けなくて」

「それはまた」

 ああ。それでファーストネームで呼んでいるのか。

 及川さんも心を開いているワケだ。

 だったらアンタが自分で面倒見てやりなさいよ、とは言いますまい。

 冒険者ってのもやっぱり危険な商売だし、女性がやるにはハードルも高かろう。

 でもやっぱり俺には関係ないなー。

 というか、正直イライラしてきた。

 もう何分もしょうもない話に付き合わされている。

 その子が心配なら、親族でも友達でも金で雇ったプロでも、自力で信用できる人を用意してやりゃあいいだろう。

 アンタにとっちゃ大事な親戚でも、俺にとっちゃアカの他人だ。

 どうでもいい。

 俺は帰ってご飯食べて風呂入ってアニメでも見て寝るんだ。

 Netflix でジョジョの5部でも見よう。今夜はギアッチョ戦にしようかな。

「残念ですが、他を当たって頂いた方が……」

「待って下さい!

 宇津味さん。このままでは貴方は、冒険者としての活動実績を得られないおそれがあります!」

 え?

 —-

 帰り道のマクドナルド。

 思い出すと、また頭が痛くなってきた。

 ホットアップルパイを齧りつつ、大学ノートに視線を落とす。

 ページは、4つの象限に区切られている。

 引き受ける / 引き受けない。

 メリット / デメリット。

 それぞれに書き込んだ内容の量と質。

 思わず溜め息が出る。

 わかっている。

 引き受けないという選択肢は選びようがないという現実は。

 むしろ、職員さんがこの話を持ってきてくれてなかったらと思うとぞっとする。

 しかし、失うものは大きい。

 本当に面倒な事になった。

 楽な話はないということか。

「まさか、自分がそんなに危うい状況にいたなんてな……」

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