第4話 こんなの法律のバグだよ
「知りたくないか?労働ゼロで手取り月35万稼ぐ方法」
アフィカス宣伝クソサイトの見出しのような発言に、不意に俺は視線を上げる。
サウナ上がりのお昼時。無料カフェテリアでハーブティー片手に新聞ダラ見中。
現在参加中の治験バイトで知り合った、タナカさんだ。
年は39歳とまあまあ上だが、ここで会った人たちの中じゃ気が合うので、結構話す間柄だ。
「なんですかタナカさん、藪から棒に」
「いやいや。俺も宇津美君も恥ずかしながら無職の身じゃないか。
再就職活動は最重要事項だけど、必ずしもうまくいくとは限らないし。年齢的にも。
だから、ちゃんと社会保障制度は正しく活用する必要があると思うんだよ」
「それはまあ。そのためにアホほど税金納めてきたわけですし。
不正受給とかは論外ですけど、俺は正当な権利はしっかり主張するつもりですよ」
「そうそうそう!
それでさ、まず普通に失業手当は申請するじゃない。
お互い会社都合で失業した身だから、これはすぐに支給開始されるはず」
なんかイキイキしてるなあ。おカネの話が好きなのかしら。
俺も好きだけどね。
コスパ話なら夜通しできると見せかけて翌日の疲労や体調のコスパを鑑みて早く寝て早く起きて再度盛り上がれるくらい好き。
タナカさんも40日拘束の治験に参加しているだけあって失業者だ。
俺とほぼ同時期に解雇された(正確には有給消化期間で、これから解雇される)身で、会社都合ってとこも共通してる。
自己都合ってのは自分から辞めること。会社都合ってのは会社の命令で辞めることね。
自己都合だと失業手当が支給されるまで3ヵ月待たされるけど、会社都合だとすぐに支給されるって違いがある。
もちろん俺も退職後すぐに受給するつもりだ。
俺の元の収入だと月20万円くらい。これが最大6 - 9ヵ月支給される。
はっきり聞いたわけじゃないが、タナカさんも似たようなもんだろう。
「でさ、最近"冒険者"需要、すごいじゃない。国もそこにすごい力入れててさ」
また冒険者か。最近は本当、どこもかしこも。
「いや、キツいんじゃないですか?それ。特に俺らの年齢じゃ。
切った張ったの肉体労働でしょ。危険もあるし。30の手習いってのも限界あるんじゃないですかね。
俺は無理かなあ」
「いやいやいや!それがそうでもないみたいなんだよ!
というか、本格的に活動するとか以前に、制度だけ有効活用する手があるんだよ!」
胡散臭いこと言い出した。というか、アゲアゲすぎるだろう。
絵とか壺とか売りつけてこないよな?
とはいえ、タナカさんの気持ちはわかる。お互い話し相手には飢えている。
マトモな人が本当に少ないんだよ、ここ。
ヤマちゃんに紹介してもらった治験バイトの環境は、聞いてた以上に快適だった。
リゾート施設かな?と思うほどの広くて清潔な環境。
西東京の外れでにある施設は緑に囲まれ、散歩してるだけで健康になってしまいそうだ。
実際、リゾートの施設が近隣に集まってるくらいだからね。
グランピングだっけ?キャンプの豪華版で、ホテルみたいなテントでシェフが飯提供とかしてくれる金持ち用のナメた遊び。
あれの施設とかある感じ。
予想外だったのが栄養面。
普通の食事(美味)に加えて、大量のビタミンサプリや粉末プロテインをやたら頻繁に飲まされる。
まあ俺は薬を飲むことに苦痛を感じないタイプだからいいけど、タナカさんは苦手みたいで結構嫌がってた。
現代人は本来必須の栄養がすごく不足してるとかで、完全栄養状態での臨床データを集める目的らしい。
別の施設では対照用に、逆に栄養不足の状態でデータとってるらしいけど。
おかげさんで体の調子がすこぶるいい。本当、リハビリ的にはグッドな環境だ。
ただなー、コーヒーまで禁止されるのはしんどいな。
一日7-8杯飲むタイプだったからな、俺。
人間って急にカフェイン抜くと、猛烈に肩が凝るんだな。知らんかったよ。
施設内なら無料でマッサージも受けられるからそれで切り抜けてるけど。天国かよここは。
タナカさんは元々チェーンスモーカーだったってんで、ここに来る2か月前から禁煙外来に通って卒煙に成功したらしい。
どんだけ本気なんだよと思ったが、素直にすごいとも思う。
この治験は本来、そのぐらいしないと入れないくらいの競争率みたいだ。
口を利いてくれたヤマちゃんには感謝だな。この世は所詮コネコネ社会や。
「まあこの手の話は俺としか、しづらいですよね。
他の人たちだと、ちょっと難しい話だと煙たがられるというか」
「そうそう!底辺ばっかりだからねここ!
いやーマトモな話できる人がいてくれて助かったよ!」
でかい声でそういうことハッキリ言われるとハラハラするなあ。
世間から見たら俺たちも同じ失業者だからね。あんま優越感持っちゃうとね、笑われちゃうからね。
SNSとかやらせちゃいけないタイプの人だな。
そう、豪華な環境に対して客層が低いってのは事実だ。
30代の無職、フリーター、失業者を集めたのだからやむなしって感はあるけど。
マイナスのオーラがすごいよ。38歳童貞就職経験なしとかゴロゴロいてカイジのエスポワールみたいになってる。
いつ利根川さんに「Fuck you」と言われてもおかしくない。
生活習慣の向上のためにラジオ体操やリズム体操、ヨガやアクアビクス、ダンベル運動なんかを強制されているんだけどさ。
丁度気持ちいいくらいの運動強度でいい感じで、俺は運動不足を解消できて楽しんでる。インストラクターさんも丁寧だし。
これとかも彼ら、僕はやる気ありませんよーってわざわざ伝えたいのかな?ってくらい不貞腐れて参加してるからなあ。
ぶち殺すぞ、ゴミめら。
んで、偉そうなこと言ってる俺やタナカさんも解雇されてるっていうね。
弱い者たちがフフフフン、さらにフフフフフフフフフン。
ブ○ー○がアレしすぎてディストピア感あるわ。
上のは著作権対策だ。歌詞は各々ググって欲しい。
「話を戻すけどさ、公認冒険者ライセンス制度ってあるじゃない。
冒険者養成所に通って、カリキュラム終えて試験通ったら免許取得っていう」
「ええ。たしか自動車免許の学校と同じくらいのボリュームとか聞いたことあります。
卒業まで早い人で2か月、ゆっくり目で6ヵ月くらいだとか」
「そうそうそう!
でさ、それが最近、入学者に国から補助金出ることになったんだって!
授業の受講コマ数に応じていくらずつ支給って感じで、卒業試験突破までで、合計約30万円 + 学費くらいらしいんだ。
つまり、2か月で卒業すれば月に15万円の黒字、これに失業手当で約35万円の手取りってわけ。
普通、失業手当受給中に収入を得ると需給が止まるけど、この補助金はその対象外なんだってさ。
本来ならコンビニバイトでもダメなのに。これが国策ってやつだね。
長い人なら6ヵ月っていうけどさ、大体これは大学生とかが学校通いながらポチポチ受講してるからこうなってるんであって、
俺たちみたいな失業者が集中的に通えば普通に2か月で免許とれるみたいだよ。
それも週に4回、一日3コマ(1コマ2時間)くらい取れば十分。
本当、車の免許ぐらいの温度感らしい」
「へー!それすごいっすね!」
「でしょ!でしょ!
しかも、補助金は所得税とか非課税らしいよ。失業手当と同じで。
だから受給額がイコール手取り。俺とかさ、失業と同時に嫁さんにも逃げられちゃってるからさ。
マンションの売却とかで、今年の課税対象の所得が膨らんじゃってるんだよね。
だから、これ以上税金取られないのは本当ありがたい」
「ほうほうほう!」
つい俺までテンション上げちゃったよ。
そう、タナカさんも家庭を最近失ってるんだよね。その辺もあって仲良くなっちゃったわけ。
傷のなめ合いと言わば言え。彼は娘さんもいた分なおさら辛いだろう。
しかし。はっはーん。それで冒頭の労働ゼロで手取り月35万稼ぐ方法って発言か。
確かに労働はゼロだな。
学生さんなんかが聞くと、「いやそれ、結局養成所で講義受けてるじゃん。労働ゼロじゃないじゃん」って思うかもしれない。
でもね、違うんだよ。働いて成果出さなきゃいけないのと、ただ授業受けてればいいのとでは全然違う。
大体拘束時間も圧倒的に軽いしね。この治験ほどの天国ではないけど、まあここは特別過ぎる。
社畜ならわかると思う。一生その生活やれって言われたら喜んでやるよ俺は。
「非課税はマジありがたいっすね。
俺も似たような状況で税金ヤバいです。普通に累進課税の最上位ゾーンに足踏み込みそうっす。
でも、そんなんだと応募者殺到しそうじゃないですか?
免許だけ取って補助金ウマウマ冒険はしない勢が量産されちゃうような」
「そこはちゃんと制限かけてるみたいだよ。
ほら、
免許取得後、ちゃんと冒険者として活動してるかどうか、採取物の上納状況とかで監視してるんだって。
実質的に活動実績なしとみなされたら補助金も没収されちゃうんだって」
なるほどなー。よくできてる。
「でもそれだとハードルきつそうですね。
俺、そんなにちゃんと活動できる自信ないですよ」
「そこは意外と大丈夫らしいよ。
週三回、一日4時間程度の探索を6ヵ月とかでも活動実績ありと認定された例もあるらしい。
専業主婦のパート替わりって扱いも認める方向でいかないと裾野が広がらないからね」
「へえー。まあそのぐらいでもガチの冷やかし勢は弾けそうですね。
しかし、やっぱりおっかないですよ。魔物モンスターと殺し合うんでしょ?
多少メリットあっても。命あっての物種というか」
「でもメリットが捨てがたくない?
まず、さっきの主婦レベルの冒険でも月10万くらいは稼げるみたいだよ。初心者でも。
で、しかも、この収入も失業手当の受給停止の要件にならない。
つまり失業手当20万円と合わせて月30万円くらいはゲットできる。
その時点で失業手当の終了まで6-7ヵ月かな?半分貴族の生活だよね
それにそこまで冒険すれば、活動実績も確保できて二重にウマーってね。」
「ぬぬぬ。それはなかなか。でもやはり」
「で、しかも、一番すごいのは。
やっぱり税制上の優遇だよねー。
まず冒険者の免許をもって活動実績があるだけで、年間103万円の所得控除を受けられる。
これは冒険者活動の収入に限らず、給与や事業の所得からも控除できる。
さらにすごいのは。
冒険者活動にかかる費用って結構ガバガバでなんでも経費にできちゃうんだって。
回復薬とか武器防具に限らず、「これは冒険のために購入しました」と言い張ればなんでも税金減らせる。
しかも、冒険活動からの収入って総合所得から除外して一律15.315%なんだって。株とかと同じで。
つまり、ここで多少稼いでもほかの所得からの税金が増えることはない。
それで、ここからが一番あり得ないんだけど。
冒険者活動の費用って他の所得に付け替えて損益通算できるんだって。
つまりマンションの売却で一時的に所得膨らんでる人も、冒険活動で費用計上すれば税金減らせるってわけ」
…………!
そマ?
ありえんのそんなの!?
聞いたことないわそんなの。
こんなの法律のバグだよ。他にないって。悪用する人続出すると思う。
そうしてでも冒険者を増やしたい国の意向なんだろうけど、まあ1-2年でこの制度はなくなりそうだよね。
マンションの売却益とは下手すりゃ半分税金で持ってかれるからね!
あぁ^~。課税がぎゃんぎゃん来るんじゃぁ^~。
昔はマンションの売却益なんか、3000万円の特別控除があったっていうけどなー。
その後もタナカさんと喧々諤々議論が盛り上がりすぎて薬飲む時間に遅れた。
20代前半の女性職員にガチ目で叱られて結構なダメージを受けた。
おのれ、許さん、タナカ。
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治験はつつがなく終了した。
宇津美ら被験者が揚々と帰路に就くのを見届け、研究者たちはデータの解析に乗り出す。
関係者以外立ち入り禁止の研究室。
若き研究者は被験者たちのデータ推移を満足げに眺めている。
「うん、うん。良好良好。やはり今回の新型は成功だな。
早ければ2年以内に実用化が見込めそうだ。投資したかいがあったよ」
そこで、ある被験者のデータに目がとまる。
平均を逸脱した、圧倒的な、常識を超えたパラメータ。
特にある数値に限って言えば、日本一の冒険者、神崎 直人をすらはるかに上回っている。
「……!?なんだ、この異常な数値は。
被験者の名前は……宇津美 京介、か」
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