第3話 やっぱり社会には勝てなかったよ……
"働いたら負けだと思っている"という常套句がある。
今ならこの言葉に素直に賛同できる。
俺は働いた。そして負けた。
何に?全部だ。世の中の全てにだ。
やっぱり社会には勝てなかったよ……(即落ち二コマ)。
「どーすりゃいいのかわかんねえ……。マジでもうどうーすりゃいいのかわかんねえよ、俺……」
「何べん聞いても今回の話はひどいな。上の連中は何を考えとんねん。
切ってええ人間とダメな人間の区別もつかんのか」
「俺もおかしいと思うよ。
ウツミんは絶対にウチに必要な存在だって!」
深夜0時。繁華街の焼き肉屋は賑わっている。
あれからさらに一か月。
延び延びになっていた飲み会を開催するまで、さらなる炎上案件の鎮火作業に駆り出されていた。
どうせ辞めていく人間にはサブロク協定も関係なしと言わんばかりだ。
引継ぎやらなんやらの業務負担を合わせると、今月は90時間くらい残業する羽目になった。
まああんまりイキると『FF外から失礼します(以下略)
途中途中バラバラと電話やメールで相談してたし、彼らもコトの顛末は承知済みだ。
当初は俺が奢るはずだったが、逆に奢られることになってしまった。
まあ無職の奢りで酒は飲めませんわな!(自暴自棄)
ヤマちゃんとヨッキーの言葉に慰められつつも、心のどこかで会社に残れる二人に嫉妬している自分がいる。
……嫌だな。友達にこんなこと思っている自分。惨めだ。
「……嫁さんに捨てられたときは、まあまだギリギリ耐えられたんだよ。
あのバカ女が俺の良さを理解せず、自分を過大評価して自爆しやがったって方向で自尊心を保ててたとこがあった。
でも、追っかけで会社にまで捨てられたのは、マジでキツい。
多くの人間が冷静に客観的に公平に俺という人間をジャッジした結果、価値なしという結論に至りました感がある。
自信喪失だよ。もう、どうしたらいいかわかんねえ」
「まあでも決まったモンはしゃーない。何とかして切り替えていくしかないやろ。
実際のとこ、ウツミんなら再就職も可能やろ。
キャリアも実績もあるし。何より俺らの国家資格があれば、食うに困る言うことはない」
……まあ、ねえ。
反感買われるのが嫌だから詳しく言う気はないけど、俺たちは某大型国家資格を持っています。
だから、今のところ本気で食い詰めるって状況ではない。
でも同業他社はどこも同じような状況だろうしなー。
他業種にもある程度潰しのきく資格だけど、待遇面を考えると悩ましい。
というか、正直先のことを考えるだけの精神的余裕がない。
「実際どうなんや?それこそヨッキーの実家の不動産会社で、求人出してたりせえへんの?」
「ウチは中規模会社だからなあ。ウツミんのスペックと希望年収だと役員手前クラスになっちゃうね。
掛け合ってもいいけど、相当ハードに働くことになると思う。
ウツミん働くの嫌いな人だけど、その辺どう?」
「いや……、とりあえずいいよ。再就職のことはまあ、おいおい考える。
それよりさ、頼んでたことはどんな感じかな?」
就職も大事だが、抱えている問題が多すぎて迂闊に動けないところはある。
「ああ、あの件ならすごくいい話が見つかったよ。
いまウツミんが住んでるマンション、すぐにでも買いたいってお客さんがいた。
今マンション価格上がってるからね。いい時期に売れて羨ましいよ」
お、それは助かる。
とにかく住宅問題はいち早く解決したかった。
俺の精神が持たない。
「7,000万円で即決だってさ。ウツミんが買ったときは5,000万円だったよね?
相当いい感じじゃん。退職金もあるし、当面の生活には困らないね!」
おお!すげえ!めっちゃ助かる!
「ただね、入居希望日に問題があってね……」
聞くと再来週とかに入居希望で、それ以降だと別の物件にするとのことだ。
早すぎるな。その時期なら既に溜まった有給の消化期間に入ってる(30営業日くらいある)が。
それまでに引っ越し先を決めなきゃならないのか?
残務とか考えると日程的に厳しいな。
「いっそ荷物とかは実家に送っちゃったら?富山だっけ?
引っ越し先も就職先も焦って決めることないでしょ。
親御さんとかその辺なんか言ってる?」
「いいから早く帰ってこいって言ってる。
お袋、また泣かせちまったよ……」
「あー、それは……」
しんみりしちゃった。
まあ、実家に帰るのもいいかもなあ。
就職活動も東京を拠点としたほうがいいけど、マンション売却の機会考えるとなあ。
働いてもないのにアパート借りて無駄に家賃払うってのもね。
今なら新幹線も通ってるし、実家に住みながら東京の再就職先探しても、まあ何とかいけるかな。
別に地元就職でも構わないし。コスパのいい仕事があればの話だけど。
なにしろやりたい仕事とかこだわりとか皆無だからね!
「んでも、最終出勤日のこと考えると微妙なとこがあるな。
ほら、1か月以上休暇取るけどさ。最後に職場に来て色々備品返したりするじゃん。
そのためだけに一回東京来るってのがね」
「別にいいじゃん」
「別にいいんだけどね」
「あ、それやったらええ話があるわ。
ウツミんお前、"治験バイト"って聞いたことあるか?」
治験バイト。
たしか新薬の効果を計測するために、一か所に一定期間拘束されて色々データを取られるやつだな。
悪く言えば人体実験だが、動物実験やらなんやらで安全性は確保済みの薬しか使われないとか。
俺はやったことないけど、かなり見返りは大きいらしい。
行った人に聞くと、悪い話は全然出てこない。
「ウチの叔父さんがな、そういうの管理してる仕事してるねん。
んでな、最近の"
その業界もそれで相当フィーバー来てるらしくてな。
それ絡みの仕事やと国からたんまり金が出るってんで、謝礼も弾んでるんやて。
そんで、ここからが本題やけど。
丁度ウツミんの有給消化開始から最終出勤日のあたりまでのスパンでの治験があるねん。
これが40日くらい拘束で、謝礼が120万くらい。
これは治験バイトとしても、ありえへんくらいの高給や。
冒険者がらみの仕事ならではの金額やな。
なんかな、
これが上手くいったら、日本の
その間家賃、水道光熱費、ネット代、食費、その他もろもろ全部タダ。
洗濯とか掃除とかも係の人が全部やってくれるんやて。
これ行ったらええんちゃう?荷物だけ実家に送っといて。そいだら無駄な移動もせんでええやん。
今のウツミんの状況なら、金はいくらあっても困らんやろ」
40日で、120万!?
すげーな、渡りに船とはこのことだろ。
「それ、マジでか?
でもそんないい話、引く手数多なんじゃないのか?」
「まあなあ。でも叔父さんが、どうしても必要やったらねじ込んだるで、って言ってくれたで。
まず募集要件が"30代男性"、"喫煙習慣なし"、"治験開始前1週間から飲酒禁止"、"既往の病歴なし"、"身体障碍なし"とか制限かかってんねん。
そもそも30代男性で40日拘束なんて、普通の仕事してる人は無理やん。
無職とかフリーターとか、大体その手の人らはなぜか必ず煙草や酒に依存してるし。案外ハードル高いみたいなんや。
ウツミんならどれも問題ないけど」
「結構なヘイトスピーチが出たな。
でもまあ、なるほどね。……一応聞くけどさ、危険な実験とかではないよね?」
「大丈夫やよ」
間髪入れずに大丈夫宣言いただきました。
その速さが逆に不安になる。
「大丈夫やよ。問題あれへん。
大丈夫大丈夫大丈夫。問題あれへん問題あれへんって」
「ちょっとやめて。連呼されると怖くなるから。
既に行く気になってるのに、二の足踏むから」
もうちょっとこう、大丈夫な根拠とかを提示してほしかった。
「マジメな話、問題が出た言う事例はないそうやで。
むしろトラブル起きようもんなら、一気に日本の
俺も一回施設見学行ったけど、居心地よさそうやったぞ。清潔やし、ジムやプール、サウナや図書室まで完備や。
食事は管理栄養士が監修。食べたけど味も良かったで。
無料のカフェとかあって、雑誌や新聞も読み放題。漫画とかもあったかな。Wifi飛んでてタブレットの貸し出しもあったからネットも普通に見れる。
被験者は、診察やらなんやらで一日2時間くらいは拘束あるけど、あとは自由。
あー、ただ就寝だけは決められとったな。22-5時の7時間睡眠プラス、昼の1時間昼寝。
生活習慣と新薬の効果の相関性を図る目的でそうなってるとか言うてたかな」
それは良さそうだな。特に図書館に惹かれた。
早寝早起きの健康的な生活で、本も読み放題。
むしろ理想の人生がそこにはあるんじゃないか?
疲れた心を癒すには最適の環境かもしれん。
まあ行ってみるか。他に選択肢もなさそうだし。
まずは荷物を実家に送付。
んで、治験バイトに突入。
纏まった金を手にして、最終出勤、最後の給料(残業代込)、最後の賞与(賞与支給月に辞めるよう調整済)、退職金をゲット。
そこにマンションの売却代金を合わせて、実家に凱旋。
あれ、これ働かなくてもいいんじゃね?手元に慰謝料もあるしさ。
住宅ローン返しても、元々の預金合わせたら6千万近く手元に残りそうなんだけど。
そのぐらいあれば、変に焦燥感を持つことなくじっくり仕事とか探せそう。
なんかの勉強とかしてもいいかもしれん。
前向きな気持ちになってきた。
あー、こう考えると、逆に離婚してよかったかも。
上司の言ってたこともあながちデタラメじゃなかったりして。
それもこれも、こいつら二人の協力のおかげだな。
ヨッキーがマンションの買い手を探してくれて。
ヤマちゃんが治験バイト斡旋してくれて。
「あー……、その、さ。
ありがとうな。二人とも。本当。何から何まで」
「何を言うとんねん気持ち悪い。水臭いわ。俺らこんなんしかできへんし」
「そうだよ。気にするなよウツミん。俺たち、ずっと最高の友達だろ!?」
「お、おう」
30男三人でズッ友宣言いただきました。
我に返りそうな自分を押しとどめるには、努力が必要だった。
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