第5話 混迷の時代にまた一人子供部屋おじさんが爆誕した

 そんなわけで実家に帰ってきましたよ。

「おかえり京ちゃん。本当に大変やったね。

 先のこととか色々不安やろうけど、今はゆっくり休んでいったらいいわよ」

 母さんウキウキだなあ。

 ここ数年、盆と正月くらいしか顔合わせてなかったからな。

 しばらくは精々親孝行でもさせてもらおうか。

 でも京ちゃんはやめてくれ。俺ももう30歳だよ。

「おう京介。色々お疲れさん。

 まあ俺も今すぐあれこれ言う気はない。

 でも、先のことはちゃんとしっかり考えていくんやぞ」

 堅物の親父も、この時ばかりは優しく俺を迎え入れてくれた。

 離婚騒動からこっち、心配のかけ通しだった。

 少しでも安心させてあげないとな。

「ただいま、父さん、母さん」

 最終出勤日の翌日。俺は富山の実家に帰った。

 今後の話をしようとする俺を制止し、まずはゆっくり休むよう言ってくれた。

 って言っても、治験バイトの優雅な日々で肉体的疲労はほぼ消えているんですがね。

 とはいえ、実家は精神的解放感が違うわ。

 40日間、話し相手がほとんどタナカさんだったからなー。いや、悪い人じゃないんだけど。

 2、3日は真面目な話皆無でダラダラ過ごしたったわ。

 3日で2回、回転寿司行ってるからね。相変わらず死ぬほど旨かった。

 富山県民の回転寿司にかける情熱ははっきり言って異常だ。個人的には香川県民のうどんに匹敵すると思っている。

 県民一人が年間に回転寿司に費やす金額が日本1位だからね。あとスーパー銭湯も日本一消費しております。

 スパ銭も3日で2回行った。土地が安いから設備が段違いだわ。

 東京でこのレベルを味わおうとするとラクーアで2,500円前後払うけど、富山なら550円とかだから。サウナまじ整う。

 そんで、昆布の消費量も日本一でございます。

 リブラン(地元のパン屋)の昆布パン旨すぎ問題。

 寿司屋の帰りにおやつ用に買って帰るとか普通にするからね。

 炭水化物アンド炭水化物アンド炭水化物。アカンこれじゃ内臓が死ぬぅ!

 地元の友達にも召集をかけたわ。

 このホーム感、安心感、半端ない。皆全然変わってないな。

 というか、時間が完全に停止してるんじゃないかこいつら。

 30男がガストで深夜まで延々たむろってるとかあっちじゃあんまなかったな。まるで成長してない。

 ヤマちゃんとヨッキーとの会話が男子高校生なら、地元のツレとの会話は男子中学生のソレだわ。

 1年ぶりに会ってんのに5時間くらいの会話でハンターハンターの話しかしてないとかヤバない?

 魂に酸素供給されてる感ある。俺、元気出たわ。

「で、この先どうしていくつもりなんやお前は」

 こんな日々が一生続けばいいな、と思っていたある日。

 親父がとうとう切り出してきた。

 はい。正常な判断だと私も思います。

「うん、今後の方針を説明に当たり、ちょっと準備させてくれ。

 その前にお茶も入れるし、母さんも呼んでくるよ」

 そう言って、細々と準備を開始する。

 ダイニングテーブルの上にノーパソとデュアルディスプレイを設置し、事前に作成していたパワポの画面を広げる。

 加賀棒茶と甘金丹かんこんたんの準備も万端。

 長期戦も辞さない構えを整える。

 ここが俺の正念場だ。

 正面に並ぶ両親に向かい、俺自身の人生プレゼンを開始する。

「まず、これからの話の前に今の現状を説明します。

 俺の現時点での資産状況は、この画面を参照してくれ」

 元々持っていた預金が約1,000万円。

 離婚の際の慰謝料が800万円。

 引っ越し前に不要な家具や家電、服などを処分して得た約15万円。

 勤務最終の4ヵ月で入った給料が手取りで約200万円。(250時間くらい残業してたからね……)

 最後の賞与が130万円。 (餞別のつもりか、上司が最高評価を付けておいてくれた)

 早期割増を含む退職金が、なんと600万円。

 治験バイトで得たお金が120万円。

 そして、マンション売却で得たお金が7,000万円 - ローン残高4,000万円 = 3,000万円。

 合計、約5,865万円。

 売却手数料やらなんやらで端数がひかれるが、なんにせよ6,000万円近い金額が手元にある。

 改めて考えるとすげーな。こんな30歳いる?まあいるとこにはいるんだろうけど。でもすげーよな。

 なお住宅ローンの残高は、物権価格5,000万円に対して、親が500万円援助してくれて、かつ自力で5年かけて500万円くらい返済したって計算です。

 この500万円は親に返却するって考えもあるけど、さしあたり親にそれを言われるまでは黙っとこう。

 むしろ返そうとすると俺から親への贈与ってことで贈与税かかっちゃうしね。

 あと、元々の預金が1,000万ってのも誰に話しても引かれるポイントだ。

 もうね、「えっ、どういう生活してんの?」「奥さんにちゃんとプレゼントとかしてんの?」「服を最後に買ったの何年前?旅行に行ったのは?」「ちゃんと人に会ってる?俺以外の友達と飲みに行ったりしてるの?」みたいに本気トーンで心配されるのしんどいものがあるよね。

 まあ、んなこたどうでもいい。

 これを聞いて親父の反応は。

「そうか。思ったよりちゃんと貯蓄してるな。

 それで、この先はどうするつもりなんだ」

 このテンションですよ。

 もうちょっとリアクションあっても良さそうなものだが、6,000万くらいじゃこの人は動揺しない。

 ウチの親金持ちなんですよ。

 医者。まあまあデカい私立病院の雇われ院長やってはります。

 ビビるで。65歳、週休三日の生活で年収4,000万とかだからね。

 ごくつぶしの一匹や二匹飼ったところでびくともせん。

 働く気なくすわ。むしろ扶養に入った方が家計に貢献するまである。

 それはおいといて、

「うん。短期視点と長期視点それぞれの考えがある。

 まず短期視点について。とにもかくにも税金だね。

 マンションの売却益を筆頭に、今年一年に所得が集中しちゃってるから、折角の資産が国にごっそり持っていかれちゃう」

「それは仕方ないだろう。法律なんやから。

 それともまさかお前、脱税でもするつもりじゃないだろうな」

「まさか。そんなの犯罪じゃん。

 そうじゃなくて、あくまで合法的に、規則に則って、正当な権利に基づいて税金対策を打とうと思ってるんだ」

 そう言いながら、冒険者ライセンス関連の資料を画面に表示し、各種税金面での優遇措置を解説した。

「京ちゃん、貴方冒険者になりたいの?」

 母さんが心配そうに尋ねてくる。親父も眉をひそめているな。

 そりゃそうだ。親からすれば30過ぎてミュージシャンや漫画家を目指すと言われているのと変わらんだろうからな。

 命の危険がある分、それ以上か。

 この人たちが古い人間だからってわけじゃない。

 俺も似たような偏見を持っていたし。というか、偏見ではなく正しい考え方なのかもしれない。

「税金のことはわかった。だが、目先の小金のために、おかしな仕事に就くのは感心しないな」

「ああ、いや。

 そうじゃないんだ。ちゃんと長期的な視点もある」

 さて、用意していた言い訳をたっぷりと披露するショータイムの始まりだ。

 親を説得するのって、お客さんを説得するのとはまた違う難しさがあるよね。

 こっちに対する情感が段違いだし。父さんと母さんとで説得するポイントが違うし。

 母さんには、ドリーマー方面の説得と身の安全の保証を重視した説明をした。

 この仕事にはやりがいがある。世のため人のためになる仕事だ。社会貢献ができて、夢がある。そんな感じ。

 かつ一方で、安全性のプレゼンは統計を用いて徹底的にロジカルに攻めた。

 公式な統計データをもとに、攻略階層ごとの事故率、死亡率。

 冒険者の技能や装備の状況によってどのようにそれが対処できるか。睡眠や栄養状態、休息との関連性。

 全てを数字に落とし込んで、表やグラフで直感的に理解できるようにし。

 これこれこのような対策を打てば危険はない。むしろ、交通事故の方が死亡率が高い。

 ホワイトカラーのストレスの悪影響や生活習慣病リスクとの対比まで持ち出して安全性のイメージを強調した。

 親父の方には、もっとビジネス寄りの発想を前面に押し出した。

 これからの社会、AIと同様、迷宮ダンジョン産業の影響は避けられない。

 今後どんな仕事をするにしても、迷宮ダンジョン産業が経済にもたらす影響を把握したうえで行動しないとビジネスでは勝てない。

 勿論一生肉体労働に身を捧げるつもりはない。自分にその適性があるとも思えない。

 しかし、迷宮ダンジョン産業の発展の方向を肌で感じるためには現場に身を投じるのが一番吸収率が高い。

 本を読んだりセミナーに参加したりでは身につかない経験をインストールできる。

 それが今後の自分の持ち味、オリジナリティになる。

 勿論自分は30歳。20代の若者ではない。

 でも今後の人生の中で今が一番若い。40歳の自分にはできないことが今の自分ならきっとできる。

 ピンチをチャンスに変えるじゃないけど、こんなチャレンジをできる機会は今しかない。

 仮に、仮に思うほどの経験を得られなかったとしても、自分の年齢やキャリア、資格があれば、人生の軌道修正はまだまだ利く。

 自分の幅を広げる機会に、ぜひとも飛び込んでみたい。

 こんな感じの、その手のビジネス本に載ってそうなことを捲し立てたら神妙な顔で頷いていた。

 よっしゃ成功。この人ビジネス本とか大好きだからな、この手のワードに弱いんだ。

 それっぽい資料を作ってそれっぽい説明をするのは得意分野だ。

 前職がそんなんばっかの仕事だったからね。

 その後いくつかの質疑応答を経たが、すべて用意していた想定問答の範疇だった。

 年寄りの考えそうなことなんてお見通しよ。

 ……親に向かってなんてこと考えてんだ俺は。今のはよくないな。反省。

 冒険者家業に対して夢や情熱、将来性や社会への貢献意欲を胸に抱いた若々しさをアピールしつつ。

 世の中の酸いも甘いも噛分けたうえで、現実的なリスク管理や代替案も用意できるしたたかさも見せつつ。

 社会に対して現実的な折り合いを付けながらも、根っこのところで世の中に対する希望は捨てきれず、

 損失を承知で果敢に挑戦をした上で、臨機応変に常に状況を把握して最適な行動を実践できる、そんな理想的で魅力ある若者像を演出し抜いてやったわ。

 光と闇の両方の力が合わさって最強に見える。

 まあ実際は働きたくないだけなんですけどね。

 週3-4の短時間労働で月の手取り30-35万の生活を絶対に手に入れてやるという強い決意が俺を動かす。

 楽をするためにはどんな苦労をもいとわない"覚悟"が、俺にはある。

「そんなわけで、心配かけて申し訳ないけど、しばらく俺を実家においてください。

 来週から冒険者養成所に通おうと思います」

「京ちゃん……!すっかり大人になっちゃって!

 お母さんは応援するわ!頑張って、立派な冒険者になるのよ!」

 母さんはあっさりと陥落した。オレオレ詐欺とかに引っかからないか心配だ。

 やっぱ専業主婦はあかんね。

 でも俺みたいに働きに出しても不倫されるリスクもあるしね。難しいね。(涙)

「……まあ、お前がそう言うなら、やってみるのもいいだろう」

 親父は完全には納得せずか。

 まあ、とりあえずは言質は取った。

 宇津美 京介。30歳。

 かくして、混迷の時代にまた一人子供部屋おじさんが爆誕した。

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