第27話 狙撃

 レッドローズは右膝を上げ、左膝をイニティウムの上面に付けながら、ライフルを構えていた。

 片膝撃ちの姿勢は最も慣れた狙撃の姿勢でもある。寝転がることも考えたが、普段からの感覚で狙いたいという気持ちもあり、敢えて膝撃ちの姿勢を取った。

「ふぅ……」

 レッドローズは大きく息を吐いた。ブルーティアには大口を叩いたが、見栄を張っただけだ。部隊の指揮官として、狙撃手としてのプライドから自信に満ちた話し方をしたが、成功するかは五分五分だ。

 ――成層圏の外にいる衛星砲を撃ち落とすなんて、あまりにも無謀だわ。

 レッドローズの性能を持ってしても、あまりにも難易度が高い。

 それでも成功させなければいけない。ここから逃げれば、戦術部は終わる。自分の狙撃のために囮となってくれた仲間たちを、犠牲にするわけにはいかない。

 今回の戦いでは日本連邦の第一パトロール艦隊と北米同盟の第七艦隊を失うという失態も犯している。もはや日本連邦と北米同盟の助けは期待できず、他の国家も自分たちに戦力を捻出してくれないだろう。

 ここで決着をつけなければいけない。

 しかも残り二分。

 ソレイユ・アイをフル活用し、衛星砲を目視した。

「クッ……」

 苦悶の声が漏れる。

 三万キロを超える場所のものを、しかも砲口を正確に捉えたことは一度もない。見るだけで脳に多大な負担が掛かり、倒れそうになる。それでもやらなければいけない。

「イシニコ。30メートル下がって」

 イニティウムが音もなく、正確に三十メートル下がった。寸分違わず、余計な振動もない。エアトゥース級の性能もあるが、なによりイシニコのパイロットとしての腕がいいからだ。

 良い部下を持ったなと思い、その部下の技量に答えるためにも衛星砲の砲口を捉えなければいけない。

 静止軌道上は35786キロ。ここまで長距離の狙撃を成功させたことはない。撃つだけでかなりのエネルギーが必要だし、集中力も必要だ。脳への負担も大きい。

 撃てるのは一度だけ。

 外すことは許されない。

 そんなことを考えて――自分がいままで的を外したことがないことを思い出す。

 ――私は狙撃については天才なのだから、脅える必要はないわ。

 そう自分を説得して、機会を待つ。

 砲口にビームをたたき込む。それだけでは足りないかもしれない。衛星砲のエネルギーが充填され、ほぼ満タンになった状態で撃つ。そうすることで衛星砲に溜められたエネルギーが内部で爆発する可能性を高められる。

 残り一分。

 タイムリミットまでごく僅かに迫っていた。

「セティヤ。いまのポイントは」

 彼女の声が遠い。

 緊張で頭が真っ白になりかけて、頭を振るって意識を保つ。

「イシニコ――」

 もはや自分がなにを言っているのか、よくわからなくなっていた。

 まるで耳にヘッドホンを掛けたような感じだ。段々と音が聞こえなくなってくる。

 しかし意識は鮮明として、衛星砲の砲口が目の前にはっきりと見えた。

 いままでこんなことは経験したことがない。

 不思議な感覚。

 衛星砲は成層圏の向こう側だ。果てしなく遠く離れているはずなのに、すぐ目の前にあるような錯覚を覚える。

 この距離で外すなんて、子供でもあり得ない。

 ましてや自分は天才スナイパーだ。サーミの村で一番狙撃が上手くて、それがなによりの誇りだった。自分の出生とか、そんなことは関係ない。ただ、狙撃が好きだった。狙撃が上手くいったときに、祖父が頭を撫でてくれるのがなにより嬉しかった。

 忘れていた感覚を思い出し、ふと飛鷹の顔が浮かんだのはどうしてなのだろうか?

 レッドローズは引き金を引く。

 衛星砲の砲口にエネルギーが注がれて――一瞬の間のあとに、大爆発を起こす。

 そこで意識がふっ、とほんの一瞬だけ消えた。

 ――まだ休むわけにはいかない。

 自分の役目は終わっていない。

「飛鷹。終わったわよ――次はあなたが使命を果たしなさい」

「おう! 任せろ!」

 威勢の良いその言葉がたまらなく聞きたかった。そんなことにいま初めて気がついた。

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