第26話 格の違い


「総司令。聞こえるかしら?」

『なにか手があるのかね?』

「戦術部を出来るだけ一カ所に集めて。大至急よ」

『――わかった』

 キュンメネンは声のトーンを落として答えた。

「イシニコ、私を回収しなさい」

「どうするつもりだ?」

「単純な話よ。衛星砲を墜とすわ」

「本気だったのかよ」

 レッドローズは何度も衛星砲を撃墜すると口にはしていた。しかしハッタリだと思っていた。

 スワーラの狙撃の腕は知っている。だが、地上から人工衛星がある静止軌道まで三万六千キロ。狙撃に関して多少の心得がある自分から見ても、狙える距離ではないのはわかる。

「狙撃は数学であり、心理戦でもあるわ。セダム・ナエストという男は無駄を嫌う性格よ。衛星砲が最大出力で五分に一回しか撃てないことを考慮すれば、一撃で最大の効果を発揮する場所を狙う。

 つまり狙われる部隊を絞ることが出来るわ。

 衛星砲の位置はこれまでの攻撃と地上の観測でわかっている。位置がわかれば、砲口の位置を割り出すことが出来る。あとは私がその位置に向かって撃てば良いだけ」

「理屈としてはわかるが、最適な位置なんて刻一刻と変わるんだぞ。命中させるなんて不可能だ」

 特に戦術部は機動力がある。iPoweredほどではないが、ネフアタルは優れたパワードスーツだ。状況によって動きは変わる。

「そのために戦術部を一カ所に集めるのよ。衛星砲が真っ先に狙うのは最も脅威となる戦術部。位置の予測はしやすくなるわ」

「戦術部は災難だねえ」

 ブルーティアは戦術部に同情した。

 まあこのままでは勝てないのだから、状況を打開するためには必要な手かもしれない。しかしレッドローズが失敗すれば、真っ先に吹っ飛ぶのは戦術部だ。

「心配はいらないわ。私にはソレイユ・アイがある」

「それは知っているけどさ」

 狙撃手と指揮官を同時にこなせるのは、スワーラのソレイユ・アイのおかげだ。もちろん彼女の能力の高さもあるが、ソレイユ・アイの素晴らしさがどれほどのものかは理解している。

「飛鷹、スフィル、エルヴァ。あなたたちはグランドコンプリケーションを叩きなさい。いまの通信でセティヤが位置を特定したわ」

「あの短い通信でか。うちのオペレーターは優秀だな」

 さすがは精鋭部隊のオペレーター。その実力は折り紙付きだ。

 すぐさま戦況ウィンドウにグランドコンプリケーションの位置が表示された。

「ブルーティア、合点承知の助だ!」

「イエロープミラ、了解だ!」

「パープルドラゴン、拝命しました」

 ブルーティアが目的地に向かって飛び、イエロープミラ、パープルドラゴンの三人が一歩遅れて飛び出した。

「リンは三人がグランドコンプリケーションとの戦いに専念できるように、クロックロイドの掃討をしなさい」

「グリーンジェミニ。了解!」

 リンの援護とは心強い。

「三人で掛からないと倒せないんでしょうね」

「ルッツ・ロングを敬重する俺としては、あまり好きではないがな」

「ジェシー・オーエンスにスポーツマンシップで接したドイツ人のことか」

「おっ、よく知っている。エルヴァならばわかると思っていたが、飛鷹も知っているとは」

「昔、『栄光のランナー』というジェシー・オーエンスを扱った映画を見たからさ。カッコいいよな、ベルリンオリンピックで2回ファールをしてあとがないオーエンスに、適切なアドバイスをしたスポーツマンシップ」

「人生の大切な部分は映画で習ったという感じですね」

「アニメと漫画を追加してくれ」

 多分、比率でいえば漫画が一番多いのだろう。

「しかし複数で同時に掛かるとか、どうすればいいんだ? 逆はいつもしているけどさ」

「がははっ、簡単だ。囲んで一度に殴りかかればいい! 互いに攻撃が当たらないように気をつけることくらい、我らの技量があれば可能であろう?」

「私はあまり接近戦は得意ではありませんが――」

「俺と飛鷹が当たると思うか?」

「――そうですね。心配は無用でした」

 パープルドラゴンが頷く。

「囲んで攻撃するメリットを教えてやる。至近距離から、しかも高い技量を持つ複数の敵から攻撃されるのを想定してみろ。攻撃される側の心理的な負担は大きい」

「なるほど。勉強になります」

「同士討ちを避けるように互いに気をつける。注意点はそれだけだ」

「つまり、いつもやっていることと変わりありませんね。距離が近いだけで」

「そういうことだっ。いくぞ!」

 イエロープミラがグランドコンプリケーションの正面に立ち、パープルドラゴンが右に、ブルーティアが左に陣取った。イエロープミラが正面に立ったのは、囲んで攻撃することに一番慣れているからだろう。

 囲まれた敵が一番注意を向けるのは正面の相手だ。自分が包囲されたとしても、包囲を抜けるためにはまず正面から突破する。一番負担が重い役割をイエロープミラは敢えて引き受けたのだ。

 囲まれたグランドコンプリケーションは動かない。じっとしている。迂闊に動けば、やられると思っているのか。しかし動かないとしても、自分たちはグランドコンプリケーションへの攻撃を躊躇うつもりはない。

 先陣を切ったのはイエロープミラだ。

 右腕からストレート。そのフォームはいつみても美しく、無駄がなく、速かった。

 ブルーティアもレフトセンテンスを振るい、パープルドラゴンもバルディッシュを振り下ろす。しかし左右からの攻撃をグランドコンプリケーションは間隙を縫うように僅かに動いただけでかわし、イエロープムラに肉迫。

「――受け取れ」

 イエロープミラの腹に、シールドの尖った先端を叩きつける。ずしんっと重い音が響く。イエロープミラが左手で腹を抱え、座り込む。iPoweredの衝撃吸収能力がなければ、即死だっただろう。

「スフィル!」

 パープルドラゴンがハルバートを突き出す。グランドコンプリケーションはシールドで受け流しながら、ロングソードをパープルドラゴンに向けて振るう。パープルドラゴンはハルバートを引き、柄でロングソードを受け止めた。 

 グランドコンプリケーションがパープルドラゴンの腹を蹴りあげ、パープルドラゴンの体が宙に浮く。その浮いた体にグランドコンプリケーションは右回し蹴りを浴びせた。

 パープルドラゴンが地面を転がる。

「よくも!」

 ブルーティアは鞘に収めたレフトセンテンスを抜き放つ。神速の一撃。間合いを詰め、目にも止まらぬ速さで抜き放たれる一撃は、理論上は誰にもかわすことは出来ない。しかしグランドコンプリケーションは容易く、ロングソードで受け止めた。

 ――俺の抜即斬を受け止めただと!

 飛太刀二刀流の免許皆伝で、抜即斬の速さは歴代でナンバーワンと評される。その速度はブルーティアの性能により、さらに向上していた。

「――ッ」

 ブルーティアは後ろに跳んだ。

 眼前をグランドコンプリケーションの右足が通過し、冷や汗をかく。一瞬でも遅ければ、あの強力な蹴りを顎に食らっていたはずだ。iPoweredは優れた衝撃吸収能力を持っているが、パープルドラゴンはいまだ地面に転がったまま起き上がれない。

 ガキンッ――と金属がぶつかる音が響く。

 反射的にレフトセンテンスを下に向け、シールドを受け止めた。

 レフトセンテンスを抜いて、ロングソードを受け止める。

 グランドコンプリケーションが自然に前へと倒れ込み、左足で大地を蹴る。その反動を活かして、腹に蹴りを放ってきたので膝で受け止めた。

 歯を食いしばりながら頭突きで返すことで相殺する。

 ロングソードがレフトセンテンスの峰を滑り、ブルーティアの首に迫る。

 ブルーティアは後ろに跳びながら腰を捻って回転し、回転の勢いを利用して横凪の一撃を放つ。

 ロングソードで流し、突きつけてくる。

 レフトセンテンスで防いだが、グランドコンプリケーションはロングソードを持つ手首を捻り、のど元に突き刺そうとする。

 後ろに下がりかわすが、シールドをレフトセンテンスを握った右手に押しつけられて動きを封られ、何度目かのロングソードの突きが迫ってくる。

 レフトセンテンスで防ぎ、後ろに大きく跳んで距離を取る。

 一瞬の隙もない。流れるような剣戟で、僅かな隙を見せればやられる。

「――セダム・ナエストだな」

「――飛鷹・トレか。成長したな」

 剣戟の応酬を繰り返しながら、互いの名前を確認する。

「やはりあんただったか。見覚えがあると思ったぜ。ヨーロッパの剣術。イギリス式、イタリア式、スペイン式、ドイツ式。それらの流派を学び、独自の剣術として昇華したナエスト流。あんたはナエスト式を代々受け継いだ剣聖、セダム・ナエストだ。認めたくなかったが」

「我が弟子よ、よくぞ成長した。才能はあると認めていたが、我と渡り合えるほどになるとは思わなかった」

「相変わらずの自信家だ。剣聖と言われるだけある」

 剣技はさらに冴えている。

 六十を超えていたはずだが、スタミナが切れる様子もない。

「ひとつ聞いていいか?」

「いいだろう」

 グランドコンプリケーションが後ろに跳んだ。その動作はふわりと軽く、質量を感じさせない。一体どれほどの鍛練を積めば、あんな動きが出来るのか。

「なぜ、あんたは世界征服なんてしようと思ったんだ? いまどき、流行らないぜ」

「聞きたいことはそれか。戦いの最中に聞くことではあるまい」

「せっかく倒す相手なんだ。死んだら聞けないだろう?」

「ふむ、この状況を見て我を倒す自信があるということか」

「戦いは勝つ気がなければ、まず勝てないんだよ。俺たちが負けるわけにもいかないしさ」

 虚勢だ。三人がかりでこの有様なのに、勝てる自信は微塵もない。それでも勝たなければいけない。そのためには二人が回復するまで待つ必要があるし、個人的に聞いてみたかったことでもあった。

「我は世界を統治したいわけではない。ただ、世界を変えたいだけだ」

「それを世界征服と言うんじゃないのか?」

「貴様は我が世界を征服し、自分の思うままに支配すると思っているようだな」

「それ以外にないだろう」

 そう口にしてみたが、自分で納得はしていなかった。

 ブルーティアの知るセダム・ナエストは、欲望のために世界征服をするような人間ではない。剣聖という名声にあぐらをかかず、鍛練を積み、六十を過ぎてもスタミナ切れを起こさない。そんな人物が世界征服? 馬鹿げている。

「心配は無用だ。我は処刑されるからだ」

「処刑? 革命でも起きるのか?」

 ブルーティアはヘルメットの下で眉をひそめた。

 世界を征服した組織のボスを殺す。それは革命でも起きなければ不可能だ。だが、ザ・クロックの支配に立ち向かえる組織など存在するのか?

「世界を統治するのは我ではない。統治を行う専用のAIを用意してある。膨大なデータを基に、より正しい治世を行えるようにプログラムされている。プロの将棋指しにAIが勝つようなものだ。

 そして統治専用AIが真っ先に行うのが、我の処刑だ。我は大義のために大勢の人たちを殺してきた罪人だ。真っ先に処刑されなければおかしいであろう」

「あんた正気か……? 自分が死ぬなんて」

「世界を征服しようとしている時点で、まともではあるまい」

「そりゃそうだけどさ」

 正論だが、頭が追いつかない。自分を惑わすための戯れ言か。心理戦を仕掛けているのかもしれない。だが、処刑されるというのは直感的に本当だと思わせる、なにかがあった。

「我が処刑されれば、遺族も新しい道へと進めるはずだ。そのためならば、我の命を捧げる覚悟がある」

「まるで自殺だな」

「否定はしない。どんなに言い繕ったとしても、我らの行いはテロでしかない。いずれ処刑されることが決まっている。我らは囚人だ。フォーミュラーシリーズは我ら囚人を拘束するための囚人服だ」

「囚人服だと?」

「そうだ」

 グランドコンプリケーションは頷く。

「鍛錬を欠かさぬと見栄を張ったが、白状すれば我の体は限界だ。ゲリラ時代の無理が祟ったうえに、グランドコンプリケーションのボディーで戦い続けた代償は大きかった。貴様のiPoweredも肉体に高い負荷を掛けるだろう?」

「iPoweredを装着したあとは疲れるぜ。装着していられる時間は限られているしな」

 超人的ともいえる力を与える、iPoweredの肉体への負荷はかなりのものだ。天候を操る化け物達と互角に渡り合える力を無理やり人間に与えるのだから、代償はどうしてもある。

 第二世代iPoweredのころは、戦いが終わったあとに一年以上の入院を余儀なくされた。現在の第三世代は第二世代ほど負担は掛からないが、ザ・クロック戦争が終わったあとに自分がどうなるかは考えたくもない。

「もはや我はグランドコンプリケーションのボディーがなければ、生きていけない体にまでなった。グランドコンプリケーションは我の命を支える生命維持装置だ。世界征服が完了すれば、このグランドコンプリケーションは自動的に燃えるように設計されている。死を恐れて逃げようとしても、逃げ場はない。さしずめ、我は機械仕掛けの囚人といったところか」

 グランドコンプリケーションは自嘲的に言った。

 ――機械仕掛けの囚人、か。

 その表現は間違っていないかもしれない。だが、同じくパワードスーツを纏って戦う自分たちはどうだろうか? パワードスーツを纏い、人を殺している。人々を守るためという大義を掲げているが、人殺しに変わりはない。

 いずれ自分たちも裁かれる日が来るかもしれない。だが、いま裁かれるつもりはない。

「どうしてあんたはそこまでして世界征服をしたいんだ?」

 世界を征服したあとで、自ら処刑される。それはあまりにも壮大な自殺だ。まともな思考だとは思えない。いや、まともでないとは本人も認めている。一体、この男を突き動かすものがなにか、ブルーティアは知りたくなった。

「貴様は買い物にいくときに狙撃を恐れたことがあるか? 爆撃や銃声で目が覚めたことがあるか? 我が育ったのはそんな場所だ。政府の一方的な弾圧、弾圧に対抗するための反政府運動。戦闘は常態化し、殺し合いが日常と化している。この世の地獄だった」

 話としては知っているが、経験したことはない。

「同じことが世界中で起きている。我が生きているうちに、この惨劇の連鎖を止めたいと思った」

「それで世界を統一して、AIに統治させるのか」

「争いの火種になるものたちは、クロックロイドが粛正する」

「ディストピアじゃないか」

「否定はせぬ」

 そこは否定しろよ、とブルーティアは内心で思うだけに留めた。

「貴様は自分とは関係ないと思っているのだろう?」

「あんたには悪いが、一部の地域のことだしさ」

 遠い国の紛争など、自分とは無関係だ。ただニュースを見て、世界は平和ではないなと思うだけだ。

「それは大きな間違いだ。はじまりは小さな火種に過ぎない。だが火種は瞬く間に広がり、戦禍は多くの人を巻き込むことがある。その最大だったのが過去の二つの大戦だ」

「だが、必ずしもそうじゃないだろう? あんたらが現れるまで、世界は平和だったんだっ。俺たちはずっと平和に暮らしていたはずだ!」

 雫といた自分たちの世界は平和だった。ザ・クロックさえ現れなければ、あの平和はずっと続いていたはずだ。

「平和な日本で暮らしていたものらしい楽観主義だ」

「その平和な国を滅茶苦茶にしたひとりがあんただがな」

「貴様の国は平和だったのだろう。だが、平和は次なる戦争の準備に過ぎない。舵取りを誤れば、いつ戦争が起きるとも限らない」

「ただのご託だ! あんたは平和な世界が羨ましくて、妬ましかった。だからこんな馬鹿げたことを起こしたんだ!」

「否定はせぬ。我は平和な世界に生まれ育ったものを妬んでいた。それは事実だ。どんな大義を掲げようとも許されるものではない。我は罪人だ。故に裁きを受ける。我は自分の子供のために、平和な世界を与えたいのも理由のひとつだ。

 だが、我は争いが憎い。なによりも憎い。我の大切なものたちを奪った争いが憎い。我自身もだ! 英雄と呼ばれた我自身が憎い!」

「そんなに自分が憎いのか」

 知らなかった。セダムはいつも自信に満ちていた。剣聖と英雄と呼ばれるのに相応しい風格と生活をしていた模範のような人物だ。そんな自分を憎んでいたなんて、ショックだった。

「英雄は悲劇から生まれる。悲劇が大きければ大きいほど、英雄は輝く。我を讃える声は悲劇が大きかった証左だ。我は呪いで作られた存在してはいけないものだ。そんな我が出来ることは、英雄を作る環境を破壊することだ! 争いを根絶する! そのために我はこの身を捧げよう!」

 グランドコンプリケーションは言い切った。

 剣聖と讃えられる実力者を支えるのは鋼の信念。もはや殺すしか止める手段はない。

 生かして帰すつもりは毛頭ないし、任務はグランドコンプリケーションの殺害だ。知り合いだとわかり、話を聞いても、手を緩めるつもりは欠片もない。しかしやりづらい。

 敵を知ることは、血の通った人間だと認識する作業だ。人間を殺す、そのことを意識してしまうと途端に戦いづらくなる。

「同士になるつもりはないか?」

「――あんたの仲間を散々ぶった斬っていた俺をいまさら?」

「見くびるな。誰も恨んではおらぬ。道半ばで倒れたとしても、いままで多くの敵に同じことをしたのだから自分の番が回ってきたと考えるだけだ」

「そいつは気が楽になるね。人殺しは気分がいいもんじゃない。少しでも恨まれていないとわかると、肩の重荷がほんの少し軽くなる」

「手駒が足りぬ、それが理由のひとつだ。本拠地が暴かれ、切り札も晒した。貴様らを撃退したとしても、世界中の軍隊が押し寄せてくる。消耗したザ・クロックでは、世界と戦う力は残念ながらザ・クロックには残されていない」

「俺一人を仲間にしただけで、戦況がどうにかなるとは思えないけどな」

「貴様は戦士としての才能がある、それも理由だ。人生は才能を発揮してこそ、光り輝くものだ。だが戦士の才能など、戦いのない世界では不要。才能という原石を発揮出来ない人生など、路傍の石と変わらない。

 自分の才能を見つけたのに、発揮出来ぬことほどつらいものはない。貴様は我とともに戦い、全てが終わったあとに我とともに滅びるべきだ」

「買いかぶりだぜ。俺に戦士の才能なんてない」

「我らをここまで追い込んでおきながら、才能がないとは侮辱に等しいぞ」

「そうかい。わかったよ。一応、あんたは師のひとりだから、俺に才能があるということで納得しておくさ」

 正直、才能があるかどうかなんてどうでもよかった。自分が戦っているのは、才能を証明するためではない。

「返答は?」

「お断りだね」

 ブルーティアはきっぱりと言った。

「人類が自発的に争いをやめるとでも思っているのか?」

「まさか――人間は争いを辞めないさ。ルールを作っても破る奴は現れるし、この先も現れ続ける。絶対的で公正な第三者が監視しないと、馬鹿をやり続ける。俺は自発的に人間が争いを辞めるなんて期待しちゃいない。

 どこかのアニメや特撮のヒーローみたいな期待を抱くほど純真じゃないんでさ。あんたが間違っているとも思えない。

 あんたが作ろうとしている世界はディストピアなんだろうけど、俺は悪いとは思わないぜ。創作物の規制はご免だがな。それさえしなければ、ディストピアは大歓迎だ」

「何故、断る?」

「あんたが暴走しているからだ」

「暴走?」

「大のために小を犠牲にしても、その小は犠牲となるのをよしとしない。禍根となり、大きな争いへと繋がる。だから犠牲を強いない平和的な解決に命を掛けなければいけない、そう説いたのはあんただろう」

 かつての師の言葉は、しっかりと胸に刻まれている。

「かつてのザ・クロック、旧ザ・クロックと言ったほうがいいか。旧ザ・クロックと戦ったのは大切な人たちを守りたかったからだ。

 雫を守りたいという気持ちもあったし、あんたの言葉もあったからさ。だから俺は戦えたと思っているぜ。あんたに叩き込まれた技があったから俺は生き残れた! 感謝している!」

 ナエスト流を習っていなければ、自分は死んでいた。

 生きて雫のもとに帰れなかった。感謝してもしきれない。

「暴走している師匠を止めるのは、弟子の最大の恩返しだ。だからあんたを止める!」

「……そうか」

 数秒の間を置いて、グランドコンプリケーションは短く呟いた。

「あんたの言葉通りだったぜ。俺は大切な人を失った。あんたの大義の前には小さな犠牲だったかもしれない。だがその小さな犠牲によって、あんたの仲間は失われた。大義のための犠牲なんて間違っているってことだ」

「謝罪はせぬ」

「いまさらして欲しくはないね。謝罪であいつが帰ってくるわけじゃないしさ。あんたをぶった斬ればいいだけだ」

 ブルーティアは両手をだらりとさげる。

 無形の位。

 無防備に見えるが、変幻自在な敵の攻撃にも対処できる最強の構えのひとつだ。ナエスト流は熟知している。どんな技があるかもわかっている。だが自分の知らない技を使ってくる可能性はある。

 自分が飛太刀二刀流も修めているように、グランドコンプリケーションも別な流派を習っている可能性は高い。

 どんな技が来ても対処できる無形の位は最適であり、また師を倒すと確実に宣言している。

「あんたの罪は俺が精算する!」

 ブルーティアは自分に言い聞かせるように、高々と宣言した。


 ※





「レベルが違いすぎますね」

 パープルドラゴンはブルーティアとグランドコンプリケーションの戦いをそう評した。

「弱気なことだな」

 イエロープミラが起き上がりながら呟く。

「あなたは怖くないんですかスフィル?」

「がははっ、怖いに決まっているぜっ! 恐怖を抱くなというのが無理がある」

 イエロープミラが笑う。

 いつもは楽しそうに笑うのに、今回はどこか悔しそうだ。

「私はあの戦いの渦中に入る自信がありませんよ。足手まとい以前に、根本からレベルが違います。このままずっと寝転がっていたいですよ」

「がははっ、気持ちはわかるぜ」

 スフィルは再び、悔しさを滲ませながら言った。

「俺のボクサーとしての自信は完全に崩壊しちまった――いや、元から自信なんてなかったのかもしれねえ。ベースティア一味を追いかけるために刑事になったが、言い訳なのはわかっていたんだ。奴らが許せないのはほんとうだぜ。だが、都合のいい逃げ道があったと思っていたのも事実だ。情けねえ話だがよ」

 イエロープミラは弱音を吐いた。こんな風に弱音を聞くのは初めてだったが、無理もないのかもしれない。自分の本職は庭師だ。戦闘で後れをとっても仕方ないと諦めが付く。

 だがイエロープミラを装着しているスフィル・ビショップは元ボクシングの世界チャンピオン。自分の力には自信があっただろう。その自信を砕かれて、平然といられるほうがどうかしている。

「飛鷹の野郎は、侍の家系だったな。侍なんて舐めていたし、血の滲みような努力をすれば生まれ持った才能を凌駕することが出来る。二世、三世なんて糞食らえ! そう思っていたんだがよ、俺が限界を感じた防衛戦に挑んできた若手ボクサーも、二世だったのを思い出しちまった。親が元世界チャンピオンだ。まったく、才能のまえには努力は意味をなさねえってのか! 理不尽じゃねえかよ!」

 イエロープミラは吠えた。よほど悔しい思いをしたのだろう。同情はする。しかし付き合うつもりはなくなった。同僚の情けない姿を見て、自分も同じだとわかったからだ。

 才能のなさに嘆いたのは自分も同じだ。才能が欲しいと何度、渇望したか。そうして頑張ったからいまの自分がいる。ここで同僚と愚痴をこぼしていたら、いままでの自分の努力を否定することになる。それだけはご免だ。

「あの戦いには参加できなくても、クロックロイド程度ならば相手に出来ますからね」

 パープルドラゴンは起き上がる。痛みはあるが、仲間が戦っているのに寝転がっていられない。

「頑張るねえ」

「ええ、庭師には庭師の挟持がありますから。恩師が言っていたんです。「庭師は人を笑顔に出来るんだ」と。私は人を笑顔にするために戦っています。

 庭が荒れていたら、いじります。私は戦場という庭をいじる。人々を笑顔にするためにね」

 パープルドラゴンはドラーケススヴァンスを振るう。何十体ものクロックロイドが破壊された。だが、それはこの戦場ではごく僅かでしかない。それでも一体でも多くのクロックロイドを破壊すれば、それだけ戦場にいる兵士の生存率は上がる。

「あなたにもありませんか? 挟持が」

「がははっ、言われちまったぜ」

 イエロープミラが風圧でクロックロイドを纏めて殴り飛ばす。

「あなたが情けないことを言っているからですよ。」

「はっ、ちっとショックを受けていただけよ! 俺にも挟持くらいはある! 刑事として皆の笑顔を守るっていう大層なものがよ!」

「では守ってください! 我々にもやれることがあるはずです!」

「当たり前だ! 俺はユーロポーロの敏腕刑事スフィル・ビショップ! 機械人形ごときにこれ以上誰も殺させやしねえ!」

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