第24話 約束
それから一時間弱。
何度もクロックロイドの襲撃を受けた。
生き残った陸戦隊と合流し、数が増えたことが大きいだろう。パーティーが増えれば、その分発見されるリスクは増える。生身での戦闘はiPoweredを装着したときよりもキツく、陸戦隊と合流したのは失敗だった。
合流しなければ、多分、なにもせずにセキレイ粒子が貯まっただろう。
しかし陸戦隊が犠牲になっていたかもしれないことを考えれば、悪い判断ともいえない。
どちらが正解か、考えるのはあとでいいだろう。
瑠璃川少佐と部下達が目を見開いていた。
「二十体のクロックロイドを、八発で仕留めるとは――まさか、ここまでとは」
回復したスワーラは神業的な狙撃で、襲ってきた二十体のクロックロイドを破壊した。
もちろん生身だ。
「さっき言ったはずよ。衛星砲は私が破壊すると」
「そうだったな」
瑠璃川少佐は苦笑を浮かべるしかない。
「時間ね」
「ああ」
セキレイ粒子の残量は十分だ。
いつでもiPoweredを装着出来る。
しかしその前にひとつ伝えておかなければいけないことがあった。
「グランドコンプリケーション、奴はドイツ式剣術をベースにしている」
「ドイツ式剣術?」
「リーヒテアウナー式が正しいが、ドイツ式のほうが語呂はいいからな。他のドイツ剣術は資料が殆どないこともあり、リーヒテアウナー式=ドイツ式と呼ばれている。戦場でロングソードを使わなくなったから十七世紀の終わり頃に途切れたが、もの好きが復活させたのさ。
まさか現代でドイツ式剣術が役に立つとは、リーヒテアウナーも思わなかっただろうがな」
飛鷹はたははっ、と笑った。
洋の東西を問わず、古流剣術など戦場では基本的に役に立たない。どんな剣の達人であっても、武装した一個分隊に対しては蜂の巣にされるのが関の山だ。
尤も忍術を習った兵士たちが、感覚が鋭くなり生存率が上がったという話もあるので、あながち役に立たないとはいえないのかもしれないが。
ただ感覚が鋭くなった兵士たちも、手裏剣などを使って戦っているわけではない。身体能力を向上させるうえでは古流剣術は役に立つが、まさか現代の戦争で刀による斬り合いが通じるなど想定の範囲外だろう。
「西洋人の私が言うのもなんだけど、西洋剣術ってあんなに早いのかしら?」
「YouTubeに上がっている動画を見てみればわかるが、かなり早い。日本の剣術と違ってシールドを使った技があるのも特徴のひとつだな。ハルバートを使ったりな。まあハルバート術については、エルヴァを見ればわかるだろうが。
あいつはハルバート術の達人だからな」
「エルヴァは強いわね。SASだし。なぜハルバート術を学んだかは知らないけど」
「あんた、隊長だろう? 部下の事情くらい知っていてもいいんじゃないのか?」
「エルヴァをスカウトしたのは兄なのよ。昔からの知り合いとかいっていたけど」
「そう言えば、エルヴァもそんなことを言っていたか」
はじめてあったときの自己紹介で、キュンメネンからスカウトされたといっていた。
庭師なのに博識だし、元SAS隊員だ。錬金術師の集団であるオルテュスに属していたことも過去も含めて、どこか謎めいた存在ではある。
「それでドイツ式だとわかっても、なにか対処方法があるのかしら?」
「多分、知り合いだ。つーか、師匠だな」
「師匠?」
「小学校高学年から長期休みのたびに、海外で武者修行をさせられてさ。剣聖と呼ばれている人に稽古をつけてもらった。その人に太刀筋が似ているっていうか、ドイツ式剣術をベースにした流派なんて限られているからさ。
ほぼ間違いないと思うぜ」
最悪な可能性だから除外したかったが、改めて考えると師以外には思い浮かばない。
「結論から言えば、勝てるのかしら?」
「切り結んでいけば、慣れる。太刀筋に覚えがあるからさ。勝てるかどうかは出たとこ勝負だ。だが負ける気はしない」
「勝ちなさい、必ず」
「もちろんだ。イレブンオーは残らずぶった斬る! あいつの仇だし、みんなを守ってくれって、頼まれたからな」
飛鷹はクレセントムーンを鞘から抜きながら、叫ぶ。
「ブルーティアァァァ!」
クレセントムーンを引き抜くときの動作と音声。動作認証と音声認証のふたつで、装着者が適切かどうかが判断される。装着者本人ではないと判断された場合には、柄から大量のセキレイ粒子が体に流し込まれて命を落とすという。
第三者に奪われないための処置らしいが、なかなかに過激だ。適切ではない第三者に悪用されたときの被害を想定すれば、当然の処置なのはわかる。しかしなんらかの原因できちんと認証されなかったらどうしようかと、いつも考えてしまう。
――今回も大丈夫か。
飛鷹――いや、ブルーティアは両手を握り、開く。
そうすることで無事に装着できたことを実感する。
隣にいるレッドローズも無事に装着できたようだ。
「こちらレッドローズ。セティヤ、聞こえるかしら」
『こちらセティヤ。隊長、ご無事だったんですね!』
セティヤの歓喜の声は、ブルーティアにも届く。
「心配を掛けたわね。なんとか無事よ」
『よかったです……』
セティヤは心底ホッとしているのがわかる。その音声が作られたものだとしても、感情は本物だ。文章でも人の気持ちは伝わる。だから打ち込まれたものだとしても彼女の気持ちは伝わってくる。
「セキレイ粒子は戦闘可能な段階まで回復したわ。私と飛鷹は共に負傷なし。上陸した陸戦隊の生き残りと合流している。現状はどうなっているかしら?」
『衛星砲のターゲットは各国の軍事基地に向けられています。地上で確認されているザ・クロックが、衛星砲で一掃されたからだと推測されます。ザ・クロックの降伏勧告に対し、徹底抗戦を宣言した北米同盟、地理的に近いオセアニア会議の海軍基地が攻撃されていますね。
衛星砲の発射間隔は五分と短く、一撃で基地一つが吹き飛ぶ威力を誇っています。このままではどれだけの被害が及ぶか。被害を少しでも抑えるため、再度の攻撃部隊を派遣したところです』
「了解したわ」
レッドローズがこちらを見る。
「聞いての通りよ」
「最高で最悪だな」
ブルーティアは肩をすくめた。
「ザ・クロックの弱体化は大歓迎だが、各国家の軍事力が低下するのはご免被りたいな」
今回の作戦が終わったあとに休暇が来るはずなのに、これではその休暇も先延ばしになりそうだ。
『あっ、総司令が替わるといっています』
キュンメネンに切り替わった。
『キュンメネンだ。聞いての通り、攻撃部隊を送り込んでいる。予備戦力を全て投入したインタグルドの総力を挙げた攻撃だ。失敗は許されない』
「本部が攻撃されたら終わりね」
『どのみちムーブメントを陥落させなければ、いずれ本部に衛星砲が叩き込まれるだろう。それならば、攻撃に転じたほうがいい』
キュンメネンらしい合理的な考え方だ。もはや自分たちに猶予はない。生き残るためにはムーブメントを墜とすしかないのだ。
「問題はこちらも少なくないダメージを負っていることだ。殉職者は戦術部の隊員、三百二十八名。ピンクガーベラ。他、負傷者多数』
第一パトロール艦隊に比べれば、損害は軽微に見えるかもしれない。だが、インタグルドは秘密組織だ。スカンジナヴィア・バルト王室の私兵から補充しようにも大っぴらにするわけにはいかないし、貴重なiPoweredの損失も痛い。
今後の戦いに少なからず影響するだろう。
衛星砲により、ザ・クロックが大打撃を被ったのがせめてもの救いか。
「ザ・クロック側もダメージは大きいわ。合流した陸戦隊を狙ってきたクロックロイドは合計で二十一体。戦力にあまり余裕がない証拠ね」
『衛星砲を使ったのも、追い詰められたと考えれば合点がゆく』
「北米同盟とオセアニア会議の海軍基地を狙ったのも、戦力を送られると困ると考えたからね」
――ここが正念場ってことか。
追い詰められているのはザ・クロックも変わらない。そう考えると、希望が見えてくる。
『他になにか情報はあるかね?』
「ないわ」
『まだなにか切り札があると思うかね?』
「断言はできないわね」
レッドローズは言葉を切り、
「切り札があったとしても、こちらも優位なものがひとつあるわ」
『君たちがムーブメントにいることかね?』
「いいえ、衛星砲を撃ち落とせる狙撃兵がいることよ」
レッドローズはさも当然と言った風にいう。
ほんとうに大した自信だ。どれだけ離れているのか、わかっているのだろうか? いや、彼女ならば出来るだろう。そんな気がした。
『成層圏の向こう側だが、やれるのかね?』
「陸戦隊と衛星砲を墜とすと約束したのよ。それにどのみち落とさなければいけないわ」
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