第23話 取引

「スワーラ」

「頼んだわ」

 飛鷹はスワーラを地面に下ろした。

 銃声と怒号。戦闘が行われている。

 生き残った陸戦隊か海兵隊が戦闘を行っているのだろう。

 どちらにしても助けに入れば、すんなりと合流できる。自分たちの姿からすぐにインタグルドだとわかるだろうし、インタグルドの誘いに乗ったから現在の惨状なのは相手もわかっている。

 だが自分たちの危機を救ってくれた相手には好意を抱くのは、人として当たり前のことだ。通りすがりのヒーローに助けてくれて、そのヒーローに一目惚れするのは決して珍しいことではない。

 クロックロイドは三体。三体が転がっているので、六体がいたことになる。

 精鋭の陸戦隊相手には少ないように思えるが、ザ・クロックも大きな打撃を被ったのだ。生産が出来るとしても、出来る限り温存しておきたいという思惑があるのだろう。

「さて、行きますか」

 飛鷹は最寄りのクロックロイドに向かって走った。

 クロックロイドは危険度の高い存在から排除する。武器を持たず、手ぶらで接近してくる相手よりも、ライフルから銃弾を放つ相手に攻撃を優先させるのは当然のことだ。普通に考えれば、素手の相手など恐れる必要もない。

 人間だとしても、同じ判断をくだすだろう。

 そこにチャンスがあった。

 クロックロイドの本体に、飛鷹は飛び蹴りを食らわせる。高速移動をするクロックロイド相手に普通ならばかわされるだろうが、飛鷹は付き合いが長い。その動きは見慣れている。飛び蹴りを食らわせて、本体をタイヤと離すことなど簡単すぎた。

 クロックロイドは本体とタイヤが分離すると自動的に爆発する。回収されないための措置だが、その機能が今回は役に立った。

 ――まずは一体!

 爆発するクロックロイドを傍目に、転がっている兵士の死体からライフルを拾い、自分をターゲットに選んだ二体のクロックロイドに向けた。

 武器を持っていなかったとしても、クロックロイドを倒したのだ。最優先の撃破すべきターゲットと選ばれるのは当然の帰結であり、飛鷹の計算通りだった。

 クロックロイドがビーム砲の砲口を向けてくる。その砲口に飛鷹はライフルの弾をたたき込む。

 ビーム砲が爆発。飛鷹を狙った二体のクロックロイドは爆発に巻き込まれて、粉々に散った。

「これで纏めて二体。終わったな」

 飛鷹はライフルを投げ捨てて、呟いた。

 陸戦隊の隊員たちが疑心と驚きを混ぜ合わせた視線を向けてくる。

「あんた、一体何者だ?」

 陸戦隊の一人が尋ねてくる。

「インタグルドの一員さ」

「……凄い腕だな」

「まあ射撃の練習も、ガキの頃から親父から教わっていたからな。この程度のことは出来るさ」

 スワーラとは比べものにはならないが。そう心のなかで付け加える。

「色々と言いたいことはあるだろうが、共同戦線を張りたい」

「あっ、ああ――俺は賛成だが、隊長はなんて言うかな」

「隊長さんは誰だ?」

 飛鷹は陸戦隊の隊員たちを見渡した。

 懐かしい顔がいた。

「私だ」

 壮年の男が名乗り出る。兵士にならなければ俳優になれたであろう、整った顔立ちをしている。そしてどこか雫に似た面影があった。

「君は……娘の幼なじみの飛鷹くんか」

 瑠璃川雫の父、瑠璃川少佐がいた。

「お久しぶりです」

 飛鷹は思わず、視線を逸らす。

 自分が近くにいるのに、雫を守れなかった後ろ暗さがある。あの状況で守るのは不可能だったと頭ではわかっているし、彼もプロだからわかっているはずだ。それでも顔を合わせるのは気が引けた。

「ひとついいかな?」

 瑠璃川少佐は飛鷹に向かって歩いてくる。

 頬を殴られた。

 殴られた部分は痛かったが、それ以上に心が痛かった。

「気味が悪くないのはわかっている。だが感情としては許せないものがあってね」

 飛鷹は瑠璃川少佐を睨む。

「一発は一発だ」

 瑠璃川少佐は自分の頬を叩く。

 なにが言いたいのかは理解できた。だから飛鷹は瑠璃川少佐を殴った。

「いいパンチだ。君は格闘家にも向いているな」

 瑠璃川少佐は血と混じった歯を吐いて、殴られた左頬をさする。

 少しやりすぎたかとも思ったが、気にしていないようなのでこれ以上はいわないことにする。 

「さて、我々は殴り合った仲だ。過去のことは水に流そうではないか」

「助かります」

 飛鷹は殴られた頬に手を当てながら答えた。

「やはり、君がブルーティアだったのか」

「驚いていないんですね」

「君の戦う姿を映像で何度も見た。あの動きはどう見ても君のものだ。見間違えるはずがない」

 瑠璃川少佐ははにかみながら言った。

「意外にわかるもんなんですね」

「君のご両親も安心している。むしろ幼少の頃からスパルタ教育を施していないと、誇らしげに言っていたよ」

「うちの両親らしいぜ」

 そんなもんだろうなと思っていたが、やっぱりだった。

「しかし連絡が取れたんですね」

 ザ・クロックが現れてから、しばらく連絡が取れなかった。もしも取れていたらどうなっただろうと考えて――多分、インタグルド二酸化したことは変わらないだろうなと考え直す。

「君たちに協力したために、我々は大損害を被ってしまった。貴重な第一パトロール艦隊の艦艇は残らず海の藻屑。陸戦隊も散り散りだ。ここにいる三十人以外がどうなっているかもわからない。無事であればいいのだが、全滅を避けるために方々に逃げたため、どうなっているかも定かではない」

「すみません。こちらが誘ったのに」

 自分に責任がないのはわかっているが、謝りたかった。

「君がここにいるということは、エネルギー切れか?」

「残り一時間弱。ブルーティアは使えない」

「その間、我々が君を守れということか」

「話が早くて助かります」

「いいだろう」

 瑠璃川少佐は頷く。

「それで悪いですが、連れがいます」

「インタグルドの仲間か」

「ええ」

 飛鷹はスワーラを背負って連れてきた。

 ざわめきが起きる。

 無理もない。真紅のシスター服姿の絶世の美人が、こんな地獄にいるのだから。

「彼女は目が見えません。悪いが彼女を守りたい。瑠璃川少佐の部下に背負っていただけませんか? それ以上の働きでカバーしますから」

「わかった。浪川、背負ってやれ」

 瑠璃川少佐はすぐに部下にスワーラを背負わせる。

「助かります」

「彼女の素性は問わない――と言いたいところだが、我々も多大な犠牲を払っている。教えてもらっても罰は当たらないと思うが」

「それは――」

 飛鷹はスワーラの素性を教えたくはなかった。瑠璃川少佐は雫の父親だが、インタグルドの情報は極力伏せておきたい。秘密組織は秘密だからこそどこの国家にも属することなく、自由に動くことが出来る。

 瑠璃川少佐に接触したのは仕方ないからであって、自分が接触した程度ではインタグルドの正体には辿り着かれないだろうという打算があってのことだ。  

 スワーラも彼女の情報を教えた程度ではわからないだろう。しかし彼女について話すことは、それだけ情報が漏れることを意味する。

 インタグルドの正体がばれるリスクをほんの少しだがあがるわけであって、出来るだけ避けたほうが懸命だろう。

「飛鷹。構わないわ」

「いや、しかし、いいのか?」

 スワーラは頷く。

「あなたが指揮官ね」

 スワーラは瑠璃川少佐の方を向いて話しかけた。

「私はインタグルド総司令直属、スミーヴァ。隊長を務めている、スワーラ・フィーア騎士長よ。レッドローズと言った方がわかるかしら」

「あんたがあの……うちの狙撃手が自信を無くしていたよ。あんたの腕前はあのパワードスーツの性能だけではなく、純粋にあんたの腕だろうって」

「その方の評価は正しいわ。レッドローズは狙撃に特化したiPoweredだけど、私の腕があってこそよ」

「大した自信だ」

 瑠璃川少佐はスワーラの自信たっぷりな様子に気圧されている。

「私のiPoweredも飛鷹と同じでエネルギーが切れているわ。守ってくれれば、あなたたちは無事に帰還できる。多大な犠牲を払いつつも、任務をこなしたという名誉と共にね」

 上手い言い方だと感心する。このままでは第一パトロール艦隊は負け犬というレッテルを貼られる。だが、ザ・クロックを倒せば、勇猛果敢に戦った英雄という評価が付く。瑠璃川少佐としては仲間のためにも後者が欲しいはずだ。

「しかし目が見えないお嬢さんを一時間弱も守るのは厳しい」

 瑠璃川少佐は神妙な顔で言った。

「私を守らなければ、あなたたちは死ぬわよ。レッドローズがいなくて、この島を脱出することは出来ないわ」

「随分な言い方だ」

 瑠璃川少佐は不快感を隠さずに言う。

「はっきり言わせてもらおう。インタグルドの作戦に参加したために、第一パトロール艦隊は壊滅状態だ。私はインタグルドに強い不信感を抱いている」

「危険なのはわかっていたはず。戦いに予期せぬ事が起きるのは珍しいことではない。あなたも指揮官ならば、理解しているはずよ」

「無論だ。だが、君を守ることで無事に帰還できるプロセスがわからない」

「ザ・クロックが使った衛星砲。あれがある限り、ザ・クロックを倒すことは出来ないわ。逆に言えば、あの衛星砲を私が破壊すればザ・クロックを倒せる」

「君が破壊できると?」

「私の狙撃の腕はご存じのはずよ」

「君の姿を見て、些か疑問を抱いている」

「目が見えない女が、あんな狙撃を出来るのか? ということね」

「わかってもらえると話が早いな」

「私は『ソレイユ・アイ』という超能力を持っているわ。簡単に言えば、健常者以上に物を見ることが出来る。ただし、疲れていると見られないのだけど」

「俄には信じがたい話だ。まさか超能力など」

 瑠璃川少佐の気持ちはわかる。

 いきなり超能力など言われて、簡単には納得できないはずだ。

「あなたの常識はザ・クロック事変を予想できたかしら? ある日、いきなりロボット兵士が大量に現れて、世界を蹂躙するなんて。SFみたいな話を現実に経験することがあるなんて、予想も付かなかったはずよ」

「そうだな。まさか信じられない気分だよ」

「あなたの常識で計れないことがあるものよ。私のソレイユ・アイも同じことね」

「それは詭弁というものではないか? 君の超能力が本物という保証にはならない」

「そうね」

 スワーラは一旦、引き下がる。だが彼女が黙っているはずがない。

「指揮官はときに賭けに出なければいけない。部下を守るために、敢えて危険を冒す必要があるわ」

「その通りだ」

「ザ・クロックを倒せなければ、殉職したあなたの部下や仲間は犬死にね。あなたが賭けに出なかったために、犬死にさせるのよ」

「むぅ」

 瑠璃川少佐は顔を歪める。

「一時間弱。精鋭と誉れ高い第一パトロール艦隊陸戦隊は、目が見えない女を守ることも出来ない腰抜け揃いということかしら?」

「その程度の挑発で、部下を危険にさらすつもりはない」

「あなたの部下が死んだら、私を好きにしていいわ」

「君は自分が美人だとわかっているのか?」

「ええ、絶世の美女でしょう」

 スワーラは自信満々に言った。

「私は飛鷹を仲間として信じている。彼がいれば、私たち全員を無事に守り切ることが出来ると。だからこんな提案が出来るのよ」

 瑠璃川が飛鷹の方を向いて、こう尋ねてきた。

「飛鷹くん。もし私の部下が彼女を放置したらどうする?」

「俺はここに残る」

「一カ所にとどまるのが危険だとわかっての発言だね?」

「あんたこそ、俺がいないと部下の生存率が落ちるとわかってるんだよな?」

 瑠璃川少佐は一拍の間を置いて、

「――わかった。引き受けよう」

 ため息を吐きながら言った。

「助かるわ」

 スワーラはにっこりと微笑んだ。

「確認するわ。あなたの部下が私を背負う。戦力の穴埋めは飛鷹が行う。それでいいかしら?」

「仕方あるまい。貴女がしっかりと役目を果たしてくれることを祈るばかりだ」

「その点は心配ないわ。必ず、役に立ってみせるわ。私はインタグルド精鋭部隊の隊長よ」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る