第21話 敵地

「皆。悪いが撤退の援護を頼んだ!」

『ちょっと、飛鷹! 勝手に持ち場を離れるのは――』

『合点承知! 大勢の雑魚を相手にするのは俺の方が得意だからな、がははっ!』

 副官のリンは止めるが、スフィルは納得してくれた。

 こういうときにスフィルは柔軟に対応してくれる。腕も立つし、こうしてすぐに事態を察してくれる。

『総隊長を頼んだぞ!』

「任せとけ!」

 スワーラになにが起きているかは想像がつく。その想像は間違っていないだろう。この三ヶ月間は戦いの連続だった。疲労はたまり、休暇もない。

 その状況を打破するための今回の決戦だが、スワーラの疲労は限界に達していて、スワンの死というショックから限界を突破してしまったのだろう。 

 ――あいつは目が見えないんだ。それを忘れていたわけじゃないが、ハンデを抱えて生きているんだ。

 暗闇のなかで迷子になっている。

 誰かが手を差し伸べてやらなければいけない。

 その役目は誰か? 最も速く動ける自分が最適だ。

「スワーラ、大丈夫だ」

 ブルーティアはレッドローズの腕を掴んだ。

 途端、空中にいるのに視界が百八十度反転し、ブルーティアのスラスターで体勢を立て直す。

 ただ触れただけなのに、投げ飛ばすとは。スワーラがシステマの使い手なのはわかっていたが、改めて恐ろしさを実感した。

「飛鷹……?」

「ああ、俺だよ。スワーラ。あんたのすぐ近くにいるんだ、わかるか?」

「声は聞こえるけど、iPoweredだからはっきりしないわね」

「そうだな、高性能なスピーカーだが生身とはどうしても違うからさ。わかりづらいか」

 しかしいま装着を解除するわけにはいかない。戦場だし、なにより空中に浮かんでいるのだ。

「あんたは疲れているんだ。疲労とショックで一時的に視力が閉ざされている。でも、帰還して休めば元に戻るさ」

「帰還する間、私はこのままなの?」

「そうなるかな」

「……いや、くらやみはこわい……」

 スワーラらしくない。

 いつもの屹然としているスワーラの姿とはかけ離れている。まるで殻に閉じこもる小さな女の子だ。

「大丈夫だ。心配はいらない」

「いや! こわい! いつころされるかわからないのよ! くらやみのなかで誰がいるかもわからない! あなたにはわからない恐怖よ!」

「大丈夫だ! 俺がついている!」

「あなたにはわからない! 私の苦労も、かかえているものも!」

「知らないに決まっているだろ! あんたは話してくれないしさ!」

「そう! わからない! あなたには……」

 駄目だ、完全に錯乱状態だ。

 疲労とショックで冷静さを失っている。

「あなたには……わからない……この恐怖を……ぜったいに…………」

 レッドローズはそう呟いて、だらりと肩を落とした。レッドローズが解除され、スワーラへと戻る。

 彼女の目は閉じられていて、意識は感じられない。

 そのまま頭から地面に向かって落下していく。

「しっかりしろよ!」

 ブルーティアはとっさにスワーラの下に回り込み、背中から抱き寄せた。お姫様だっこに形にして、ゆっくりと高度を落とす。

 ヘルメット内には、セキレイ粒子の残量が殆ど尽きているアラートが鳴っていた。

 さきほどまでの激しい戦いとレッドローズに追いつくために多くのセキレイ粒子を使ったため、セキレイ粒子がほとんどなくなってしまったのだ。

「こちらブルーティア。セティヤ、そっちでも把握しているだろうがセキレイ粒子が切れた。自力での脱出は不可能だ。誰か回収を回せないか?」

「こちらセティヤ。いま回せる部隊はありません」

「状況は?」

「戦術部の撤退はほぼ完了。スミーヴァのメンバーもセキレイ粒子の残量的に厳しいです。バックアップに入った保安部と情報部も激しい戦闘のため、セキレイ粒子がほぼ使い切りました」

「余裕はないってことか……」

「はい。負傷者が多く、回収された隊員たちも撤退時にセキレイ粒子を使い切っています」

「わかった。こっちはなんとかする」

「大丈夫ですか?」

「親父からサイバイバル訓練は受けているんでね。それにザ・クロックもかなりの戦力を消耗している。機械だから生産すればいいだけだが、時間は掛かる。生き残っている陸戦隊や海兵隊と合流し、適当に戦っていれば、セキレイ粒子は回復するさ」

「それは……大丈夫なんですか?」

「さあてね」

 ブルーティアは肩をすくめた。

 今回の作戦は、インタグルドは戦力の補充を行うために日本連邦と北米同盟を誘った。無論、誘いに乗ったのは自己責任だし、全滅の覚悟もしていただろう。しかし八つ当たりをしたくなるのが人間というものだ。

 この島で見慣れない制服を着ている自分たちは、インタグルドの一員だとすぐにわかるだろう。これからのことを考えれば顔がばれることは避けたいのだが、背に腹はかえられない。

 ろくな装備を持たないいまの状況下で、再び戦える状況になるまで保護してくれるか武器を提供してくれる相手が必要だ。

「スワーラが大変な状態だしな。覚悟を決めるさ」

 着地したのがわかる。

「通信を切る」

 スワーラをそっと地面に置く。

 ブルーティアを解除して、飛鷹に戻った。

 スワーラの頬を軽く叩いた。

「スワーラ、起きてくれ」

「……飛鷹? 飛鷹なの?」

「ああ、悪いけどお姫様だっこして敵陣を歩くほど、鍛えてはいなくてさ。悪いがおんぶして移動したいんだ」

「わかったわ」

 スワーラは頷く。

 飛鷹は後ろを向いて、スワーラに近づいて、腰を下ろした。スワーラは飛鷹の背中を触りながら、なんとか首に手を回す。背中を触られたときにはくすぐったかったが、首に手を回されるとスワーラの豊富な胸が背中に当てられて、なんというか、ドキドキする。

「よしっ、手を回したな」

 ほんの少しだけ早口で言いながら、飛鷹は立ち上がる。

 スワーラの重みが掛かり、以外に重いんだな、と内心で思った。

 ブルーティアのときは殆ど重みを感じなかったが、生身だと重さを感じる。当たり前のことだが、なんだか新鮮だった。

「レディーの体重を考えるのは失礼よ」

「いや、はははっ」

 飛鷹は苦笑するしかない。

「さて、どこに向かうかね」

 上陸した陸戦隊と海兵隊の生き残りはどこにいるのか? 気配は感じられない。

「陸戦隊か海兵隊の残存兵と合流するんでしょう?」

「そのつもりだが、どこにいるんだか」

「戦闘音がある方向ね」

「静かだぜ」

「いずれ音がするわよ。ザ・クロックが自分たちの本拠地にいる残敵を見逃すとは思えないわ」

「だよな。脅威じゃないんだから、見逃してくれてもよさそうなものだが」

 見逃してくれるような甘い相手だったら、ここまで大打撃を被らなかっただろう。

「生き残っている陸戦隊と海兵隊は徒歩よ」

「その根拠は?」

「クロックロイドが優先して排除するのが車輌など、脅威度の高いものから排除していくことで知られているわ。必然的に武装した兵士の順位は低くなり、こんな状況だから車輌を囮に逃げてくると考えたほうがいいわね」

「なるほど」

「多分、こちらと合流するためにこちらに向かっているはずよ」

「その根拠は?」

「私たちが着地したのを見ているはず」

「もし見ていなかったら?」

「セキレイ粒子が貯まるまで無事なのを祈るばかりね」

 最後は神頼みか。しかたない、戦場で生死を分けるのは結局は運だ。

「このまま待つか?」

「いいえ、移動したほうがいいわ。セキレイ粒子が戦闘可能な状態までチャージされるまで、二時間。その間に襲われたら一巻の終わりだから。少しでも速く合流したほうがいいわね」

「すれちがうかもしれないぜ」

「それはないわね。そのうち、戦闘音が聞こえてくるはず。その戦闘音を頼りに向かえば、速く合流できる」

「了解した」

 飛鷹は陸戦隊が担当していた左翼エリアに向かって歩き出した。

 十分ほど、歩いた。会話はなかった。

「助かったわ」

「十分もあったんだがな」

「お礼を口にすることにエネルギーを使うならば、早く回復したほうがいいと思ったのよ。目が見えないと大変なのよ」

「不便だろうしな」

「怖いわ。とても怖い……」

 そう言って、しばらく黙り込む。

「私がスワンを殺した。戦場で相手を苦しませないように殺すなんて、自己満足でしかないわ。大勢の敵を仕留めるために、敵の足を撃って餌にして、助けに来る仲間を仕留めていくなんて残酷な戦法をとるのがスナイパーよ。

 私はそれをしなかった。もし足を撃てば、グランドコンプリケーションの動きは鈍るわ。そうなれば、スワンが止めを刺したはず。つまり私は自分の甘さと自己満足から、大事な仲間を死なせてしまった」

「あんたのそういうところ、嫌いじゃないぜ」

「でも! 私の甘さがスワンを死なせた!」

「そうだな。それであんたはどうしたい? これからは敵を苦しませて殺すのか? スナイパーらしく、冷酷に死なせるつもりか?」

「――ッ、それは祖父の教えに反するわ」

「だが、あんたは軍人――といって良いのか。とにかく私設武装組織の隊員で軍人のようなものだ。軍人は上官の命令を実行するためには、残虐なことをしなければいけない場合もあるはずだ。スナイパーの足を撃つなんてまさしくそれだよな」

「私は軍人である前に、サーミの猟師よ。あなたが飛太刀二刀流の剣士であることを誇りとしているように、私は猟師としての挟持があるわ。その挟持を捨てるつもりはない」

「その結果、仲間が死んだとしてもか?」

「――それは、嫌ね」

 スワーラは言いよどみ、こう宣言した。

「だから腕を磨いてみせるわ。猟師としての極地に辿り着けば、私の甘さはマイナスにはならない」

「頑張れよっ」


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