第20話 罠

『右三十度。距離三百で、陸戦隊がクロックロイドに圧されています』

「了解した」

 ブルーティアはセティヤの言葉に従い、そちらに進路を傾けた。

 クロックロイドの大群が陸戦隊に迫り、接近戦が行われていた。

 ブルーティアは高度を落とす。

 03式装甲車を飛び越え、セキレイ粒子の放出をカット。平らな大地のうえを走る二体のクロックロイドに音もなく迫り、すれ違い様に横薙ぎの一閃を浴びせた。

 破壊したクロックロイドの爆風を浴びながら、両足を大地に突き下ろす。強烈な摩擦で靴底から火が発生。ブルーティアの体は、一両の陸戦隊の03式装甲車輛の目と鼻の先で止まった。

 レフトセンテンスでクロックロイドを斬り捨てながら、陸戦隊に目をやった。

 03式装甲車輛の周りには、陸戦隊の隊員が陣形を組んでいた。

 手には最新鋭の国産アサルトライフル――十二式自動小銃を握っている。実戦の洗礼を受けていないといわれ続けた八十九式と比べて、十二式自動小銃はアジア各国で採用されている評価の高いアサルトライフルだ。

 装備の優劣は戦闘力を大きく左右する。もちろん戦闘員が使いこなせなければ意味はないが、厳しい訓練を受けているのはここに来るまでに見ていた戦闘でわかる。

 クロックロイドがビームサーベルを突き出しながら、ブルーティアに迫る。半身をそらしてかわし、レフトセンテンスをクロックロイドの胸に埋めた。

 クロックロイドが後退を開始。ブルーティアが現れたことで、体勢を立て直そうとしているのだろう。分厚い弾幕を張り、ビームを浴びせてくる。

 戦い方としては悪くない。接近戦で攻撃するよりも、弾幕を張ったほうが攻撃は当たる。事実、ブルーティアは避けきれなかったいビームを全身に浴びていた。クロックロイド程度のダメージではそう簡単には倒されないが、あまり浴びているのもよくはない。

 後ろ腰からミニ手榴弾を投げ、クロックロイドの眼前で爆発。爆風の中を突き進み、クレセントムーンとレフトセンテンスで斬り伏せていく。

 ほんの数分で百を越えるクロックロイドをスクラップに変えた。

「こちらブルーティア! 敵を排除した!」

 スレンダートを使えば、もっと楽に戦えるはずだ。

 しかしどうにも新兵器というのは慣れない。

 体に染みついた敵に突撃して倒すという習慣は、そう簡単に抜けてくれそうにない。

 これだからセキレイ粒子の消耗も――おかしい消耗が激しすぎる。

「セティヤ。セキレイ粒子の消耗がおかしいんだが、他のみんなも同じか?」

『消費量の異常な増加が各部隊から届いています』

「ヤバいな」

 iPoweredは強力だ。ネフアタルも十二分に高性能だ。しかし動かなければ冷たく重い棺桶でしかない。

「スワーラ。あんたの残量はどれくらいだ? 俺は二七%だが」

『十五%ね』

 自分も怪しいと思っていたが、レッドローズはさらに激しい。

 しかしレッドローズは答えながら、引き金を引く手は休めていない。背後に爆発があり、横目で確認すれば複数のクロックロイドの破片が飛び散っているのが見えた。

 レッドローズは戦場の全体を見渡し、味方の危機を適切にフォローする。スミーヴァだけではない。戦術部の各隊員の命も救っているはずだ。

 消耗の激しさはそれだけ仲間の命を救った証しだ。無駄に消耗させている自分が情けなくなるが、しかたない。接近して戦うスタイルなのだから。

『総司令から撤退命令が出たわ。保安部と情報部が撤退の援護をするわ。私たちも殿として、撤退する戦術部を守るわよ』

 粒子残量が厳しいのに、殿を務めろとはキツい。

「殿はかなり難しいんだよな。昔から殿を勤めた部隊は大打撃を被って、全滅する恐れこともあるんだぜ」

『そのためのスミーヴァよ。困難な任務だからこそ精鋭部隊としてのやりがいがあるわ。見事に殿を務めなさい』

「そういうと思ったぜっ」

 スミーヴァはブラックな部隊だ。

 敢えて聞いたのは、この通信を聞いている仲間に聞かせるためだ。

 みんなが思っている不満を敢えて聞くことで、納得させる。

 自分でなくてもかまわない役回りだが、今日は誰も聞かないので俺が聞いた。

『ただし私たちの目的であるグランドには注意すること。こちらに与える損害を増やすため、出てくる可能性も考えられるわ。グランドが現れた場合、最優先で撃破しなさい』

「俺たちのターゲットだからな」

 五人の敵指揮官は全て始末した。

 残るは首魁であるグランドのみだ。この厳しい状況もグランドが苦し紛れに出したと考えれば、十二分に追い詰めているといえるはずだ。

 クロックロイドもセキレイ粒子で動いている。戦場にいるクロックロイドも粒子の消耗の激しさで動きを止めるかもしれない。尤もセキレイ粒子が切れた機体は、セキレイ粒子が満載された機体と入れ替われば済む話だが。

『七六ユニットから援護の要請です! ミニッツリピーターが出現したとのことです! 八二ユニットからもトゥルービヨンドから攻撃を受けているとの報告が!』

「なっ!? あいつらは倒したはずだぞ!」

 セティヤからの続けての報告に、ブルーティアはヘルメットのしたで顔をしかめた。戦況マップを表示して、七六ユニットと八二ユニットの現在地を確認するのも忘れない。

「スワーラ。八二ユニットのほうが近いが」

『無駄よ。両ユニットのアタッカーはともに殲滅されたわ』

「確かなのか?」

『ミニッツリピーターは私の狙撃をかわしたわ。トゥルービヨンドも同じよ」『データ照合しました。ミニッツリピーター、トゥルービヨンドで間違いありません』

『だそうよ』

 レッドローズとセティヤの話から、本物で間違いないらしい。自分が殺した二人の幹部が生き返った。そんなことあるのか?

『敵指揮官が二七人、現れました!』

「はっ! 二七人ってなんだよ!? 敵指揮官は全て倒したはずだぞ!」

『情報部も把握できるとは限らないわ』

「敵の数なんて作戦の大前提じゃないか」

 この三ヶ月の戦いはなんだったのか。

 敵指揮官を減らすために頑張ったのに。

 敵指揮官を五人にまで減らせば、インタグルドの総攻撃で撃破できる。敵指揮官がいなくなれば、ムーブメントも攻略できる。グランドコンプリケーションを倒せば、この戦いは終わりだ。

 もう誰も人を殺さなくていいはずなのに。

 ブルーティアの頭のなかを不満がグルグルと回る。

『飛鷹。大事なのはこれ以上の被害を出さないことよ。生き返ったならば、地獄に送り返せばいいだけだわ。何度でも』

「あんたらしいなっ」

 ブルーティアは笑い声をあげた。

 レッドローズの言葉の通りだ。生き返ったならば何度だって殺してやる。

「再生怪人は弱いのが相場だからな!」

 ブルーティアは戦況マップに新たに現れた、ミニッツリピーターに向かう。

 クロックロイドが溢れていて邪魔だった。

「邪魔だ! 消えろ!」

 ブルーティアは両太ももののミサイルを発射する。

 セキレイ粒子をたっぷりと蓄えたミサイルは、そのサイズに比例して巨大な爆発を発生させ、トゥルービヨンドまでの道のりにいるクロックロイドを吹き飛ばす。

「見えた!」

 ブルーティアは敵を確認する。

 セキレイ粒子を一瞬だけ、最大放出。粒子残量が一気に減るが構わない。

 自分の体が弾丸のように飛ぶのを、ブルーティアは感じた。

 後ろ腰からペン型の手榴弾を取り出し、トゥルービヨンドに向かって投げる。トゥルービヨンドは爆発に巻き込まれた。この程度で倒せるとは思っていない。だが視界は奪えたはずだ。

 ――一気に決める!

 トゥルービヨンドがいた場所に向かい、クレセントムーンを振るう。

 クレセントムーンが止められた。

「この程度で殺せるほど俺は弱くねえぞ!」

 ブルーティアは一旦、後ろに跳んだ。

 爆発の煙がハルバートを振るうことで吹き飛ばされ、トゥルービヨンドの姿が現れた。

「どうせ死ぬならば戦場がいいからな! せっかくこっちに来てやったんだ! この程度の攻撃で殺せるほど優しくはねえぞ!」

 姿形はトゥルービヨンドだ。自分が最初に殺した相手のはずだ。だが、口調が違う。

「あんた――なにものだ?」

「俺かっ! 泣く子も黙る、正義の味方! ザ・クロックのトゥルービヨンドとは俺のことよ!」

「違うな。俺が戦ったあいつは――俺がはじめて殺した相手はこんな奴じゃなかったはずだ」

「そいつは悪かったな! ご期待に添えずに! だが俺は俺だ!」

 トゥルービヨンドのハルバートを、ブルーティアはクレセントムーンで受け止める。その重い一撃、そして動きはトゥルービヨンドだ。

「アハハハハ! そしてボクはボクだよ!」

 背後からのナイフの斬檄に、ブルーティアは屈むことで回避した。

「ミニッツリピーターだと!」

「ボクの利点は早いことだからね! キミを殺したいと思っていた! ボクを殺した憎いキミをだ! ブルーフォース!」

「俺はブルーティアだ!」

「そうか。では覚えておくよ、墓碑に刻んでもらうね。ボクはブルティアも倒したって!」  

 なにを言っているのか、わからない。

 一度死んだ人間が蘇るなんて、あり得ない話だ。だが、そんな常識が通じる相手ではない。生き返ったならば、なにか処置に問題があったのだろう。例えば脳が正常に再生しなかった。

 ブルーティアは後ろに跳びながら、スレンダートで攻撃する。

 トゥルービヨンドとミニッツリピーターは、スレンダートを巧みに捌く。

 いい動きだ。さすがはザ・クロック三大幹部のふたり。

 ブルーティアは大地を蹴り、クレセントムーンとレフトセンテンスを振るう。トゥルービヨンドとミニッツリピーターはなんなく受け止めた。

「やるな若造! 相当な修練を積んでいたのがわかるぞ!」

「いい攻撃だね。筋がいい」

 どうやら記憶も混濁しているようだ。一度戦ったのだから、自分の太刀筋くらいはわかっているはずだ。

 ブルーティアは全身の力を抜いた。後ろに倒れ込む。

 トゥルービヨンドとミニッツリピーターは、ブルーティアの予期せぬ行動についていけない。

 そんなふたりの心臓に、大きな穴が開いた。

「まさか……」

「……いつうちあわせ……た……んだ……」

 トゥルービヨンドとミニッツリピーターが崩れ落ちていく。

「以心伝心だ。前の事変とあわせれば半年以上も戦場で行動を共にしたんだ。なんとなくわかるぜ」

 ブルーティアは後ろに跳んで距離を取る。

 トゥルービヨンドとミニッツリピーターの爆発に巻き込まれるのを避けた。

「しかしなんだったんだ、こいつらは?」

 死んだ人間が生き返ったのだと思ったが、ザ・クロックは戦闘員から幹部まで倒したら爆発する。理恵外はない。細胞の破片さえも回収は不可能なはずだ。

 となれば、いま自分が戦ったのはなんだったのか? いまいち話もかみ合わないし、もしかしたら――

『飛鷹。戦場で余計なことを考えていると死ぬわよ』

「悪い。いまは殿の途中だったな」

 ブルーティアは戦場を見渡した。

 着々と撤退しているように見える。

「どこにいけばいい?」

『エリアG8に行きなさい。そこを担当している九十ユニットが負傷者を抱えているから撤退が遅れているわ』

「了解したっ」

 ブルーティアはエリアG8に向かおうとする。


 そのときだった――


 巨大な光りの柱が地上に降り注いだ。大きなビームだとわかったのは、光りの柱に包まれた第一パトロール艦隊と第七艦隊が、文字通り消滅したあとだ。

「なっ……」

 言葉を失う。

 なにが起きたのか、一瞬理解できなかった。いや、理解したくなかった。

「衛星砲ね。それもかなり巨大なものよ。切り札として跳んでもないものを隠し持っていたわね」

 レッドローズの悔しそうな言葉が、ヘルメットに届く。

「そんなものを隠し持っていたのか」

「第一パトロール艦隊と第七艦隊は上陸した部隊を残して、殲滅されたと判断したほうがいいわ」

「クソッタレ!」

 ブルーティアは地面を蹴った。

 完全にやられた。明らかにインタグルドの失態だ。一兵士に過ぎない自分が自分を責めるのは筋違いなのはわかっているが、申し訳ない気持ちになる。

 どれだけの兵士が失われたのか?

 自分になにか出来ることはなかったのか? 

 様々な考えが浮かび、消える。

 その状況に追い打ちを掛ける音がした。 

  

 ゴーン、ゴーン……。


 絶望の鐘の音が鳴り響く。その音に誰もがほんの一瞬、動きを止める。ムーブメントにいる全てのものたちが、人間もクロックロイドも関係なく、ほんの一瞬だけ動けない。

 ブルーティアの背中を冷や汗が沸き上がり、肌に密着したインナースーツはすぐに吸い上げてくれた。だが、心にかいた汗は拭えない。

 絶望を奏でる鐘の音。ザ・クロック最強の戦士が現れるとき、その音は戦場にいるあらゆるものをほんの一時だけだが止めてしまう。戦場がグランドコンプリケーションに支配された。比喩でもなんでもなく、そう表現するのが正しい。

 この音を自分は知っている。まるで細胞レベルで恐怖を刻まれたような錯覚を覚え、体中の細胞を吐き出したい気持ちになった。

『二十四ユニット、信号ロスト!』

 セティヤの声で現実に戻されなければ、眼前に迫るクロックロイドのサーベルを喰らって致命傷を負っていたかもしれない。

 クロックロイドを斬り捨てた。

『こちらピンクガーベラ! グランドコンプリケーションだ!』

 iPowered装着者のひとり、ピンクガーベラからの通信だ。

「こいつはヤバい! 援護を頼む! ひとりでは勝てない――!」

 通信から届く声からは焦燥が感じられる。

 ピンクガーベラ装着者のスワン・ニエとはあまり面識はないが、腕の良い元軍人なのは知っている。同じく軍人だった夫を戦死して、ふたりの子供を育てているとも聞いた。自分の子供に明るい未来を残したい、そう語っていたのを覚えている。

「スワーラ――頼まれてくれないかい。あたいの子供達にあの世でもずっと見守っているよって――」

「却下よ! あなたは死なないわ、私が死なせない――!」

 レッドローズの悲痛な叫び声。

 こんな声は初めて聞く。

「当たらない――! 私が、私の弾が――! どうして!?」

「――あんたはいい子だね」

「距離を詰めれば!」

 レッドローズがピンクガーベラを助けるために飛んでいく。

 ビームを乱射しながら、加速していく。

 ――あんな戦いかただと、すぐにセキレイ粒子が切れる!

 ブルーティアは飛ぶ。

 狙撃は距離が近ければ、それだけ命中率が上がる。

 レッドローズの考えはわかる。

 しかしいまは敵のなんらかの技術でセキレイ粒子の消費量があがっている。

 そんな状態で、飛ぶのは無謀だ。

 地球の重力は基本的に生命が飛ぶのを許さない。

 鳥は空を飛ぶ代償として、一日食べないだけで餓死する。

 iPoweredは飛ぶときにセキレイ粒子の消費が増えるという代償を払う。

 それがわからないはずがないのに――レッドローズは冷静ではない。

 通信は途絶え、ピンクガーベラの信号もロストした。

 オープンチャンネルで通信が入る。

『我を狙う狙撃手よ。貴様の狙撃は清く、正確だ。対象に苦しみを与えず、一撃で仕留めることを心掛けるその狙撃には感嘆すら覚える。だが、正確ゆえに読みやすい。急所に向かって飛んでくることがわかれば、かわすのは難しいことではない』

 ブルーティアは舌打ちをした。グランドのあまりの性格の悪さに、腹が立ったからだ。レッドローズの、スワーラが敵であったとしても苦しませないように始末するのはその気高い精神からだ。

 それが弱点だとは常々思っていた。

 正確無比の射撃は、翻せば予想がしやすい。わかっていてもかわすのは至難の業だが、それを可能とする相手ならば弱点となり得る。

 つまり、ピンクガーベラの死はスワーラの気高い精神のせいで死んだことになる。いや、直接の原因ではない。だが、一端を担っていると指摘された場合、罪悪感はどれほどのものか。

「うわああああああぁぁ!」

 レッドローズの咆哮。冷静な彼女が初めて見せる怒り。それ故に、彼女の怒りがどれほどかわかる。

 レッドローズがビームを乱射する。怒りで錯乱しているように見える。だが、狙撃の天才である彼女のビームは的確だ。それ故にわかりやすく、グランドコンプリケーションは紙一重でかわしていく。

 加速して、あれだけすれば、セキレイ粒子の消費は大きい。また精神的な負担もかなりのものだろう。

「どこ……どこにいるの……! スワンの仇はどこに――!」

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