第19話 総司令部
インタグルド本部は、その外見からは想像も出来ないほど堅牢だ。幾重にも張り巡らされたセキュリティーに、予備戦力としても機能する保安部に守られている。世界最強の北米同盟が総力を挙げても陥落不可能だろう。
そのインタグルド本部で、最も分厚いセキュリティーを誇るのが司令部だ。展開する全ての部隊を管理する中枢であり、ここが破壊されればインタグルドは機能しなくなる。
最新鋭を越えてオーバーテクノロジーと呼べるほどの技術を誇るインタグルド。その司令部はどれだけのオーバーテクノロジーが使われているのだろうか? 期待に胸を膨らませる新人は多いらしいが、大したことはない。
壁に埋め込まれたモニターはないのは、インタグルドらしいところだろう。
長机が用意され、オペレーターが座っている。総司令以下の幕僚のいるスペースは一段高くなっていて、全体を見渡すことが出来る。
そのスペースのなかでキュンメネンの席はもう少しだけ高く、全体を一望できた。
その隣には執事兼副司令官のカハデクサンが控えていた。
「二十八ユニット、Fエリアを制圧!」
「十五ユニットは九八ユニットの援護に回れ!」
「七十八ユニットが強襲部隊の撃破に成功!」
「十二ユニット機が大破!」
「ブルーティアが指揮官を撃破! 残る指揮官は二名!」
「三十五ユニットがGエリアを制圧!」
「二十一ユニットもKエリアを制圧しました!」
「三十五と二十一ユニットは次のエリアに進め!」
オペレーターたちの報告が飛び交い、幕僚達が指示を飛ばす。
「順調だな」
キュンメネンは呟いた。
損害はあるが想定の範囲内だ。
スミーヴァ、戦術部、ともによく戦っている。
八二ユニットがザ・クロックの指揮官と遭遇して窮地に陥ったが、ブルーティアに助けられたことで大きな被害はなかった。
ザ・クロックの恐ろしいところは高い質と圧倒的な物量だ。だが、質でいえばインタグルドが上だ。
十全の可能性を考慮して、必要な戦力を確保した。攻略に必要と予測された戦力は揃えられたし、予備戦力も控えている。
「罠だと思うか?」
自然とそんな言葉が零れた。
「作戦が順調すぎる」
「おかしくはないかと」
「本当にそう思うか?」
「今回の作戦を順調な理由は二つございます。ひとつはザ・クロックの指揮官を大幅に削ったこと。指揮官はネフアタルを凌駕する戦闘力でしたが、ほとんど削られたことでまともな抵抗が出来ません。
ひとつはスミーヴァが、予想以上に活躍していること。特にブルーティアと妹君の活躍は目覚ましく、情報部が確認した全ての敵指揮官を仕留めました。残るは首魁であるグランドコンプリケーションのみです」
「ふむ」
カハデクサンの言葉はもっともだ。
罠と判断する要因はない。
しかし胸騒ぎがする。
順調なのは万全の準備を整えたのだから問題はないはずだが、胸騒ぎがおさまらない。
「保安部の準備は出来ているか?」
「はい。いつでも出撃可能になっています」
保安部は本部を守る以外に、予備戦力としての役割もある。
ザ・クロックがインタグルド本部を襲撃してくる場合には大規模な攻撃が予想され、その攻撃に耐えなければいけない。保安部はその大規模な攻撃に耐えられる高い戦闘力を誇る部署であり、劣勢を覆す予備戦力としても機能するように訓練されていた。
情報部も威力偵察といった任務や敵と遭遇したときに自衛するための戦力を持っているため、戦闘力は高い。情報部部長も専門のiPoweredを与えているほどだ。
「保安部が抜けた場合のセキュリティーは万全だな?」
「技術部が点検し、異常がないことは確認済みです」
「クニーサを使えれば楽だったのだがな」
小さく愚痴をこぼした。
作戦中に総司令官が愚痴をこぼすなど、部下に聞かれては困る。だからそっと、聞かれるとしてもカハデクサンにしか聞こえないほどの声量で口にした。
キュンメネンにとって、カハデクサンは信頼できる部下だ。背中を預けてもいいとさえ思えるほどだ。だから愚痴もこぼせられる。
「カハデクサン、紅茶を入れてくれ」
カハデクサンは主の言葉に従い、隣に置いてあった紅茶セットで紅茶を入れる。その動作は手慣れたもので熟達の域に達していた。
キュンメネンは深く思考を巡らせるとき、紅茶を飲む習慣があった。キュンメネンが入れる紅茶の芳醇な香りは、凝り固まった思考をほぐしてくれる。
「展開中の各部隊のセキレイ粒子の消費量が急激に増加中!」
――やはり罠か。
セキレイ粒子の消費量をあげるというのはいい手だ。インタグルドの装備はセキレイ粒子がなければ動かない。どんなに優れた兵器でも燃料やバッテリーがなければ役立たずの無用の代物どころか、下手をすれば棺桶になりかねない。
キュンメネンはディセットに繋いだ。
「ディセット。原因はわかるか?」
『いま解析中じゃ。しかし原因を分析したとしても、対処できるとは限らんぞ。あちらもこちらが対策を取ろうとしているのはわかっているはずじゃからな。わしは素直に後退するのを進言するがのう』
「わかった。引き続き作業を続けてくれ」
通信を切った。
「総司令」
幕僚達はキュンメネンの顔を見てきた。
旗色は悪い。
予想外の手を使われて、インタグルドは窮地に陥っている。
このままでは全滅する恐れもある。
だが撤退しても、総攻撃は何度も行えるものではない。新たに準備をしなければいけないが、敵にも準備期間を与えてしまう。
「新たな敵が出現! 七六ユニットがミニッツリピーターの攻撃を受けているとの報告をあげています!」
「八二ユニットがトゥルービヨンドと交戦中!」
「どちらも撃破したはずだぞ! 両ユニットの報告は正しいのか!」
「間違いありません! また両ユニットの隊長を含め、アタッカー全員の戦死を確認!」
「敵指揮官が出現しました! 数は……27!」
オペレーターの報告。
「馬鹿な! スミーヴァが残った敵指揮官を全て始末したはずだぞ! 現場にしっかり確認させろ!」
「既に確認済です! 間違いありません!」
怒鳴る幕僚にオペレーターも声を張り上げて答えた。
インタグルドの優秀なオペレーターが、敵の指揮官が多数現れたという情報をいい加減にあげるはずがない。
幕僚達とオペレーターたちとのやりとりは悪夢のような内容だ。既に死んだはずの敵の三大幹部のうちふたりが復活し、前線の部隊に損害を与えている。
情報が間違いだったのか? いや、ブルーティアがトゥルービヨンドとミニッツリピーターを撃破したのは、レコーダーで確認している。まさかレコーダーを弄れたのか? いや、そんなことは不可能だ。
「保安部及び情報部に撤退用の煙幕を展開させろ! 撤退を開始する!」
キュンメネンは指示を出しながら、苦戦を覚悟した。
こちらが予備戦力を投入と撤退用の煙幕を使うのを計算していないはずがない。計算したうえで、殲滅する準備がされているはずだ。
はたして煙幕程度でどれだけ逃がしてくれるか。
「各部隊に通達! グランドコンプリケーションに気をつけろ!」
自分ならば、最大戦力であるグランドコンプリケーションを投入する。首魁が自ら出撃するのは撃破されるリスクもあるが、勝負を決めるならば自らが参戦するリスクよりもメリットを取る。
「第一パトロール艦隊と第七艦隊にも通達。こちらは撤退を開始する。そちらも撤退を開始されたし。撤退の援護はこちらで行う」
新生ザ・クロックのグランドコンプリケーションはどれほど強いだろうか? 検討もつかない。ただミニッツリピーターとトゥルービヨンドが強敵だったという報告を聞く限りでは、グランドコンプリケーションも相当の使い手が装着者のはずだ。
「いざとなれば、私が出撃するしかないか」
カハデクサンは露骨に嫌な顔をした。
「総司令……いえ、キュンメネン様。あなたのiPoweredは負荷が大きいことはご存じのはず。総司令あってのインタグルドでございます」
「問題はない。いざとなれば、貴様をはじめとした幕僚達が私の代わりを務めてくれる。私が不在でも組織が動くように、貴様達を選んだのだ。私の期待と給料に見合った仕事をこなさなければ、人類は滅びる。責任は重大だ」
カハデクサンは苦笑し、指揮を執りながら耳を傾けていた幕僚達も怪訝な表情を浮かべる。
「第一パトロール艦隊と第七艦隊。二つの精強な海軍の切り札を巻き込んだのだ。巻き込んだ以上、我々は勝たねばならぬ。勝つためには仕切り直す必要がある。戦力も必要だ。敗北は今後の戦いに多大な影響を及ぼす。そのためには我が命、削るくらいは大したことではない」
「しかしキュンメネンさま」
「わかった――」
無駄に部下を不安がらせる必要はない。
セキレイ粒子の消費が増えたとしても、保安部と情報部は戦闘をしてないからセキレイ粒子は消費していない。この両者を合わせれば、この窮地を切り抜けられる可能性は高い。
だが、いざとなれば自分が出撃しよう。
総司令権限を駆使すれば、誰も自分の出撃の邪魔は出来ない。
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