第17話 ブリーフィング
「スワーラ、遅いな」
飛鷹はコマンドルームでぽつりと呟いた。
スワーラが会議に出ると言ってから五時間が経過している。いままでも会議は行われていたが、長くても一時間ほどだ。会議はダラダラやればいいというわけではないから簡潔に澄ましているはずだが。
「決戦すかね」
イシニコがコーヒーを飲みながら言った。
「決戦?」
「ザ・クロックの本拠地は三ヶ月も前にわかっているのは隊長から聞いていると思うっすけど」
「ああ、そう言っていたな」
スワーラが話していたのを思い出す。
「たしか落とせる戦力が足りないとか」
「ザ・クロックの本拠地っすからね。クロックロイドとフォーミュラーシリーズがどっさり。インタグルドの被害がどれくらいになるか、検討もつかないっす」
「つまりこの三ヶ月で、ザ・クロックの本拠地を落とせるだけの戦力を削ったわけか」
どれくらいの敵を倒したかは覚えていないが、随分と敵を倒したのは確かだ。
「セティヤ。どれくらい倒したか、データを出して欲しいっす」
「ザ・クロックの指揮官は61人。スミーヴァと戦術部を合わせると56人を倒しています」
セティヤが答える。会話を聞いて準備をしていたのか、すぐにデータを出してくれるのは会話がスムーズに進んで助かる。
状況を察して、常に必要な情報を準備するセティヤはほんとうに優秀なオペレーターだ。この優秀さは戦場で役に立つ。
「その61人というのは情報部が掴んだ情報か?」
「インタグルドは情報部も優秀です。間違いはありませんよ」
「残り5人か」
それで戦いは終わる。もう人を殺さなくて済む。雫の想いを守るために戦ってきたが、いまでも人殺しは気分が悪い。
そんなことを考えていたら、スワーラから通信が入る。
「二十五ブリーフィングルームに集合よ」
※
二十五ブリーフィングルームにはスミーヴァ本隊のメンバー全員。第一小隊から第四小隊の小隊長、副小隊長、下士官といったスミーヴァの中核を成すメンバーが集まっていた。
飛鷹は集められたスミーヴァ中核メンバーを見渡す。
普段は顔を見せることのないメンバーは、この三ヶ月のなかで何人も入れ替わっているはずだ。
同じ戦場で戦っているはずなのに、互いの顔も知らない。パワードスーツを装着して戦っているゆえに顔がわからないのは、いまの時代を象徴しているのかもしれない。
SNSで顔も知らない相手と交流し、親友と呼べる間柄になるものもいるという。はたしてそれが本当に親友なのか? 判断する材料を飛鷹は持ちあわせていない。
ただ同じ戦場で戦いあった仲間には親近感を抱くのは確かだ。例え顔が見えなかったとしても、一緒に視線を乗り越えてきた事実は変わりない。
そんなことを考えていたら、スワーラが会議室から二十五ブリーフィングルームに来た。
スワーラは開口一番にこう告げた。
「明朝の八時。ザ・クロックの本拠地、ムーブメントの攻略を開始するわ」
「いよいよか」
イシニコの言葉通りだった。さすがはベテランパイロットで人生の先輩だ。よくわかっている。
「ハワイ本島から北西に二百キロ。長い間放置されていた、人工の海上都市よ。かつてはヘブンと呼ばれていたけど、いまはムーブメントと呼称するわ」
スワーラが立体マップを表示する。
高いビルが幾つも並んでいるが、人が住んでいる様子はない。完全な廃墟だ。
「主立った租税回避地――ケイマン諸島などが国際的な非難を浴びて税制の見直しを迫れれたため、新たな租税回避の地として建設された腐敗の象徴よ。
租税回避地は人が住んでいることが条件だから、ある程度の人口がいたこともあるわ。ただ市長以下の主立ったものたちが惨殺されたことで崩壊。犯行は国際的なテロ組織であるファントムSATだと言われているわね」
「汚職をしたものたちを殺して、死体を晒す悪趣味な連中だな。汚職をした奴らが死んでも自業自得だと思うが、死体を無惨に晒すのは悪趣味としかいえねえよな」
「私もその意見には同意するわ。彼らのしていることはテロに他ならない。結果的にだけど、ファントムSATがまき散らした恐怖はザ・クロックに本拠地を与えるということに繋がったのだから」
もしファントムSATがいなければ、ザ・クロックはムーブメントを手に入れられなかっただろうか――いや、どこか別のところに本拠地を構えるだけだ。本質的には変わらない。
「しかしまあ。そこまで税金を払いたくないかねえ、金持ちってのは」
「面の皮が厚いのよ」
スワーラは呆れ顔で言う。
「情報部によればある企業が格安でこのヘブンを買収したのよ。その企業はベースティア一味のペーパーカンパニーだとわかったわ」
「ベースティア一味?」
「テロリストご用達の武器商人ね。中華統一機構のリタード・フー5やMEUのオルテュス、北米同盟のラ・デェス、南米連邦の地球浄化委員会といった世界各国のテロ組織に武器を販売していると言われているわ」
どれも聞いたことがある、凶悪なテロ組織だ。
それらの組織と取引をしていたとなれば、ベースティア一味はかなり危険な組織だとわかる。
「しかしまあ、人目につかない場所を拠点にするというのはわかるが。わざわざ太平洋の離れた場所に拠点を設置するとは、大変なことをするな」
「ムーブメントは人目につかない以上に価値のある場所だったのよ」
「海底資源ですか」
エルヴァが海図を眺めながら、頷く。
「公海にも未開発のレアアース鉱床がいくつもありますが、ちょうどヘブンの位置にも鉱床があったはずです」
「さすがね。ザ・クロックがここを本拠地としたのは、真下に海底鉱床があるからと推測されるわ。クロックロイドを秘密裏に大量生産するには最適な場所なのよ」
クロックロイドの生産設備を整えてしまえば、無限の兵力を作り出すことが出来るということか。ザ・クロックの本拠地としては、これ以上ないほどの最適な場所だ。
「クロックロイドの生産設備があるため、どれだけの戦力がいるかは未知数よ。情報部が威力偵察を行ったけれど、総戦力がどれほどかは把握できなかった。無数のクロックロイドがいるのは確かだけど、他にも敵の指揮官級が五人」
スワーラに言われると敵指揮官を減らすことが出来たという実感が沸く。同時に多くの敵を殺してきたことを意識したので気分が少し悪くなったが、多くの人を救ったのだと思うことで割り切った。
「今回の作戦にはインタグルドが保有する全てのiPowered装着者も投入されるわ。戦術部のピンクガーベラとホワイトラベンダー。情報部のグレープ、技術部のブラウンシュガー。保安部のブラックベリー。
それぞれが直属の隊を率いている隊長格でもあるわね」
ピンクガーベラとホワイトラベンダーとは一緒に戦ったことが何度かある。どちらも優秀な戦士だ。
「普通に考えれば、この五人は分散されて配置されているわ。スミーヴァ本隊の任務のひとつがこの五人の撃破よ」
「保安部や情報部のiPowered装着者達に任せたほうがいいんじゃないのか?」
「彼らは予備部隊よ。私たちと戦術部が指揮官を基本的に撃破することになっている」
「なるほど」
情報部が調べているとしても、未知の敵がいるかもしれない。予備部隊はそうした不測の対処するための部隊だ。指揮官というのは予備部隊を出来るだけ多く確保したいものだと某漫画で描いてあったし、インタグルドも同じなのだろう。
「スワーラ。ひとつ聞きたいのですが、戦力が足りません。保安部と情報部を予備部隊を温存する余裕はないはずです」
エルヴァの指摘は正しい。
新生ザ・クロックの戦力は大幅に削ったが、その分こちらも消耗している。予備として温存する余裕などないはずだ。
「あなたの言うとおりよ。予備戦力を持つ余裕はないわ」
画面が切り替わる。
ムーブメントをインタグルドの戦術部と日本連邦海軍、北米同盟第七艦隊が包囲していた。
「今回の作戦は太平洋に面している日本連邦海軍の第一パトロール艦隊と北米同盟は第七艦隊が参加するわ」
どちらもそれぞれの海軍の最精鋭だ。練度は高く、優秀さで知られている。
「よく誘いに乗ってくれたな。俺たちはザ・クロックと敵対しているが、あちらからすれば怪しい連中だろうに」
なにか裏があるのではないか? と自分ならば疑う。
ザ・クロックを滅ぼしたあとに牙をむくかもしれない。なんの見返りもなく自分たちを助ける相手など、信用できない。もっとも信用できなかったとしても、圧倒的な力の差があるのだからどうしようもないのだが。
「もちろん見返りはあるわ。耐ビームコーティング塗料の無償提供よ」
「ビームを喰らっても即死しなくなるという特殊塗料だったか」
「本当ならば全ての国家に無償で提供したほうがいいのだけど、インタグルドの生産量ではこのふたつに提供するのが精一杯なのよ。作り方を公開してもいいのだけど、特殊な技術が必要だからインタグルド以外には生産できないわ」
そういうことならば仕方がない。
交渉の材料に使えるならば、特殊塗料も悪くはないだろう。
「今回の作戦で私たちは七カ所に分散配置される。
各員——スミーヴァ本隊のメンバーもフリーグドに乗って移動するわ。
スミーヴァ本隊のメンバーは、敵指揮官が現れたら真っ先に撃破に向かう。それまでは各自の判断で味方を援護しなさい。味方はインタグルド、海兵隊、陸戦隊よ。戦力は少しでも温存しなければいけない」
スワーラはスミーヴァ本隊のメンバー、つまり飛鷹とスフィルやエルヴァ、リンの顔を見渡していった。
「第一、第二小隊は北米同盟。第三、第四小隊は日本連邦。上陸する部隊のことを北米同盟は海兵隊、日本連邦は陸戦隊と言っているからそのまま使うわ。海兵隊と陸戦隊の上空で各小隊長は状況に応じて援護しなさい」
スワーラは次に第一から第四小隊のメンバーを見渡す。
「私は上空から戦場全体の援護を行う」
ムーブメントの外周に八つの光点が表示され、それぞれの光点の横に配置されるiPoweredの名前が浮かぶ。
スミーヴァのメンバー以外にも、戦術部のピンクガーベラとホワイトラベンダーの名があった。このふたりとは何度か戦場で共闘したことがあるが優秀な戦士だ。
「ただし、スミーヴァ本隊のメンバーの最優先の任務はザ・クロックの首魁であるグランドコンプリケーション――通称、グランドを殺すことよ。グランドが現れたら、最優先でそちらに向かいなさい」
「ザ・クロック指揮官と戦闘中でもか?」
「近くにいる部隊を回してもらうわ。予備部隊のiPowered装着者が到着するまでの時間稼ぎにはなるはずよ。犠牲は出るけれど、仕方ないと諦めるしかないわね」
「それだけグランドを討ち取るのを優先するのか」
「グランドについては知っているわね?」
飛鷹は頷く。
「ザ・クロック、最強の戦士。遭遇した小隊が数秒で殲滅した。まあ、前の話だけどさ」
「文字通り、レーダーから一瞬で味方のマーカーが消えたのは忘れない」
スワーラは後悔で顔を歪ませた。
旧ザ・クロックとの決戦のことを思い出しているのだろう。
「威力偵察に出向いた小隊がひとつ殲滅されたわ。小隊に所属するエアトゥース級も、光学迷彩を展開しているのに迎撃されたという報告が上がっている」
「つまり光学迷彩は効果がない?」
「そう考えたほうがいいわね」
「それは怖いっすね」
イシニコが苦笑しながら言った。
ネフアタルで構成された小隊がアタッカーだとすれば、エアトゥース級はバックアップだ。戦闘では後方から砲撃を行い、本部との通信を中継して、レーダーで周囲を警戒する。
もしアタッカーが全滅した時点で撤退するのがセオリーであり、超音速機で光学迷彩も搭載されたエアトゥース級は容易く逃げることが出来るはずだ。そのエアトゥース級が逃げる暇さえ与えてくれない。
「グランドが現れれば、どれだけの被害が出るか想像もつかない。今回の作戦はインタグルドの全戦力を投入して行われるわ。保安部と情報部も予備戦力として参加する。文字通りの総力戦ね。
しかしグランドが現れれば、作戦は失敗に終わる可能性がある。これだけの規模の作戦は何度も行えない。失敗は許されない」
スワーラは部下たちを見渡した。
「逆に言えばグランドを討ち取れば、ザ・クロックは大幅に戦力を失うんだよな?」
スワーラは頷いた。
「生き残った指揮官が降伏するならば受け入れるわ。抗戦の意思があるならば、インタグルドの戦力で押し潰す。クロックロイドも同じね。主を失っても反撃するようならば、徹底的に破壊するだけよ。
戦略爆撃部隊であるクニーサが灰になるまでムーブメントを爆撃する」
「最初からクニーサに爆撃させればいいんじゃないのか?」
「それは出来ないわ」
「なぜだ?」
「クロックロイドの生産設備は可能な限り確保したいからよ」
「ザ・クロックを倒せば、戦いは終わりだろう?」
「これ以上は機密事項よ。あなたには知る権限はないわ」
スワーラはキッパリと言った。こういう言い方をしたら、スワーラは絶対に語らない。この三ヶ月で理解している。
――まあわかっていたことだしな。これで戦いが終わるなんて思ってはいないさ。
スワーラはスミーヴァ隊員たちを見渡し、
「必ず勝つわよ!」
「「「「「「了解!」」」」」」
皆一斉に返事をする。
飛鷹は体の芯が、腹の底が熱くなるのを感じた。
これまでは守る戦いだった。どんなに早く駆けつけたとしても、既に襲撃されている段階で犠牲者は出ている。だが、今回は違う。インタグルドははじめて攻勢に出る。
心配はいらない。
そう強く思って、飛鷹は悪い予感がするのを振り払う。
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