第16話 新兵器
「斬り裂け! スレンダート!」
ブルーティアの叫び声とともに、マントの内側に収められた左右四本ずつ、合計八本。翡翠色の両刃のナイフ――スレンダートが発射された。
スレンダートの柄の底からセキレイ粒子が放出され、ブルーティアの脳波に誘導されて、数十体のクロックロイドを瞬く間に切り裂いていく。
役目を終えたスレンダートはブルーティアのマントの内側に戻った。
「テストは上々だな」
ブルーティアは満足げに呟いた。
多数の敵をセキレイ粒子の消耗を抑えて、瞬時に倒すことを目的として考案したのがスレンダートだ。
スレンダートはスカンジナヴィアバルト語で『トンボ』を意味する。
トンボのように自在に空を飛び、敵を撃破する。脳波で操れるから、接近して斬る必要もない。本体に合わせてセキレイ粒子貯蔵タンクも小さいからこまめな充電が必要だ。
しかし接近して剣を振るう手間を考えれば、効率の良さは雲泥の差だ。
「キサマァ!」
水滴のような頭の白銀のパワードスーツが迫る。
ザ・クロックの指揮官だ。
右手には槍を握り、左手には丸い盾を付けていた。
わざわざ接近戦を挑んでくる必要はないはずだが、ザ・クロックの指揮官はなぜか接近戦が好きだ。
――そういうところ、嫌いじゃないぜ。
ブルーティアは内心で呟きながら、槍の柄を下から蹴りあげた。敵指揮官は槍を握ったままだったので両手が跳ね上がり、がら空きになった胴体にクレセントムーンを振るった。
敵指揮官の胴体が真っ二つに割れて、転がった。
ブルーティアは跳ぶ。
背後で爆発が起きた。
「三ヶ月経っても変わらないな」
ブルーティアは呟き、意識した。
もう三ヶ月も戦っている。
敵を殺す感覚にも慣れた。本来ならば慣れてはいけないはずなのに、すっかり慣れてしまった。
燃え上がる軍事基地と転がった死体、負傷者を運ぶ軍人たち、破壊された瓦礫。どれも見慣れてしまった。特に驚きもしない。
――またこの光景を目にするとはな。
二年前のザ・クロック事変のときも、こんな光景ばかり見ていた。
また見るなんて思いもしなかった。
背後でなにかが倒れる音。
「急いで飛び退きなさい」
レッドローズの言葉に従い、ブルーティアは跳んだ。
背後から爆音が響き、敵指揮官が近寄ってきたことに気づかなかったことを理解する。
「助かった」
「敵を全て倒したと思った瞬間がもっとも隙が出来るときよ。気をつけなさい」
「了解した」
この三ヶ月で、レッドローズに助けられたのは一度や二度ではない。
彼女は常に戦場の全てを見渡して、適切な支援を行う。
いまのように敵が忍び寄ってきたときにも、彼女は助けてくれる。
だから油断していいわけではないが、頼もしい上司であり、相棒だと思っている。
敵を倒した数もレッドローズのほうが圧倒的に多い。
長距離からピンポイントに敵を狙い撃つ狙撃手は、戦場で縦横無尽活躍をする。北米同盟の伝説的な狙撃手であるカルロス・ハスコックは、二百人で構成される一個中隊を相棒とふたりで機能不全に陥らせた。
五百人を以上を仕留め、ソ連赤軍の侵攻を食い止めたシモ・ヘイヘのような都市伝説だと疑われている狙撃手もいる。
それだけ狙撃手は戦場で莫大な力を発揮し、支配者になり得る強力な存在だ。
その狙撃手で特にレベルが高いものに、iPoweredという驚異的な力が与えられれば確実に戦場を支配できる。
事実、レッドローズが真っ先に指揮官を狙撃するので敵の統制は乱れ、こちらが優位に事を運ぶことが出来る。
ザ・クロック幹部のなかにはレッドローズの狙撃を巧みな動きでかわすものもいるが、ごく稀だ。
レッドローズがいなければ、自分は何回死んでいたか。
「これで終わりか?」
「敵の増援は見えないわ。セティヤ、本部からなにか通信はあるかしら?」
「いいえ、なにもありません」
「では帰還していいわね」
基地にいる軍人達は後始末で忙しそうだが、手伝う必要はない。
自分たちの役目は敵を迅速に始末して、次の出撃まで体をしっかり休ませることだ。体に疲れが貯まっていては、次の戦いに支障が出るかもしれない。
「こっちに集まってくれ!」
一人の兵士が大声で叫び、手の空いている兵士たちが集まるのが見えた。
戦闘で破壊された建物の瓦礫に兵士が下敷きになったようだ。大きな瓦礫で人手が必要だ。瓦礫は複雑に重なっていて、重機で持ち上げることは出来ないのは傍目から見てもわかった。
「スワーラ。ちょっと待ってくれ」
ブルーティアは瓦礫の下敷きになった兵士のところに向かう。
何人もの鍛え上げられた兵士が持ち上げるのに苦労する瓦礫だが、iPoweredの前では路傍に転がる石ころと変わらない。ほとんど重さを感じずに、瓦礫を取り除く。
他にも自分の手助けが必要だと思うところに行き、救助活動を行った。
パワードスーツであるiPoweredは、こういうときにとても役に立つ。ちょっと休憩する時間が減ってしまうが、救助活動が出来るならばするべきだ。
兵士たちが感謝の言葉を口にしてきたので、軽く手を上げてイニティウムに向かう。
「お疲れ様です。立派だと思いますよ」
セティヤの声が聞こえる。機械音声なのはわかっているがこの声を聞くだけで戦いの疲れが癒やされる。その容姿に相応しい可愛らしい声をしているからだろう。
「困ったときはお互い様、だからな」
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