第15話 ライドン・ヘンダーソン基地の攻防後編

 ブルーティアのマントから大量のセキレイ粒子が放出される。


 iPoweredのマントは見た目だけではない。セキレイ粒子を放出する推進機関であり、敵の攻撃を防ぐ盾であり、オプションをマウントすることも可能だ。


 ブルーティアはクロックロイドの集団に突っ込む――その瞬間に左腰の鞘に収められたクレセントムーンに手を伸ばし、抜き放つ。その刀身は峰厚く、幅は広い。一メートル半はある大刀だ。


 翡翠色の刀身が太陽の光を反射して輝く。翡翠色は邪を払う色といわれ、逃げ惑う人々を虐殺する邪悪な存在を滅するには相応しい。


 左手で右腰のレフトセンテンスも抜いた。レフトセンテンスの刃はクレセントムーンと同じ翡翠色だ。長さは標準的だが、切っ先の峰にも刃が付いている。刺すことに適した形状だ。


 ブルーティアは二刀の太刀を振るい、手当たり次第にクロックロイドを斬った。一体も逃がすつもりはない。この先には逃げ遅れた民間人がいる。母親を目の前で殺された少女がいる。


 自分と同じ――ザ・クロックに大切な人を目の前で奪われた少女が!


「うおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!」  


 雄叫びをあげ、クロックロイドを斬り倒していく。

 他人に自分を重ねるなんて、まだまだ未熟だと反省する。

 感情的になれば、死を招く。

 あいつに託されたんだ、皆を守って! と。

 いまここで死んだらその思いを叶えられない。

 冷静になれ! 飛鷹・トレ!

 感情の高ぶりを抑えられない。


『気は済んだかしら?』


 気がつけば、動くクロックロイドはもういなかった。


「ああ――済んださ」


 レッドローズの言葉がなければ、自分は冷静さを失っていたままかもしれない。


『まだ敵は沢山残っているわよ。でもあなたの活躍は意味があったかもしれないわね』

「そいつはどういう――」


 クロックロイドの集団がこちらに向かってくるのが見えた。

 無数のビームが飛んできたので、思わず跳んでかわす。

 あれだけのビームの直撃を受けたら、ヤバそうだと直感的に思った。


 跳びながら地面に向かいクレセントムーンを振るい、土煙で自分の姿を隠す。こんなことでクロックロイドを誤魔化せるか疑問だったが、狙いが甘くなる。


『iPoweredはステルス機能も搭載しているわ。視界を遮れば姿を確認することは出来ない』

「そいつはいいことを聞いたぜ!」


 後退しながらクレセントムーンとレフトセンテンスを地面に向かって振るい、土煙を発生させていく。


 クロックロイドが右手のビーム砲の砲口にビームサーベルを発生させる。


「ビームが当たらないならば、接近戦で勝負しようってことか」


 ――嘗められたものだ!


 袈裟に放たれた一閃が土煙を吹き飛ばし、クロックロイドの胴を真っ二つに斬り飛ばす。


 銀色の液体が宙に舞った。


「俺は飛太刀二刀流の免許皆伝の腕だぜ! てめえら魂がねえロボットごときに剣で負けるかよ!」


 クロックロイドが二体迫る。

 正面から迫る二体をクレセントムーンを横薙ぎの一撃で斬り伏せる。


 ――今度は五体か。


 クロックロイドが囲みながら突っ込んでくる。

 完璧な包囲だ。均等に距離を取り、隙間から抜け出そうとしてもクロックロイドのサーベルが天国に連れて行くだろう。


 普通の隊員ならば死んでいただろう。

 ブルーティアはヘルメットの下でふっ、と笑った。


 剣技でねじ伏せてもいいが、せっかくだ。iPoweredの性能を生かしてやろうではないか。


 ブルーティアは跳んだ。

 その跳躍力はネフアタルを軽く凌駕し、包囲から簡単に抜け出せる。

 距離を置いて、着地。

 クロックロイドはすぐに気配を察知し、迫ってきた。


 ブルーティアは一体目の胴を斬り払い、二体目の胴を薙ぎながら腕を回転させて、三体目を幹竹割りし、背後から迫る四体目の頭蓋骨を後ろ回し蹴りで砕き、五体目の喉にクレセントムーンの切っ先を差し込む。 


「段々と慣れてきたな」


 トゥルービヨンとの戦いのときよりも、体が動かしやすい。このブルーティアというiPoweredは思ったよりも体に馴染む。


 左前腕に内蔵されたアンカーでクレセントムーンを回収し、握った。

 柄の部分にトリガーのようなものがあり、人差し指を掛けてみると「RIFLE MODE ON OR Off?」という小さなウィンドウが浮かび上がる。


 ブルーティアはとりあえずONに視線を合わせる。

 クレセントムーンとレフトセンテンスの刃が九十度前に折れた。

 迫り来るクロックロイドの一体に向ければ、何メートル離れているかが表示され、ロックオンが完了した旨を知らせる。


 引き金を引けばレフトセンテンスの切っ先からビームが発射され、クロックロイドが倒れる。


「なるほど。これがライフルモードか」


 ブルーティアは正確に一発の無駄もなく、クロックロイドを撃ち抜いていく。


『大した腕ね』


 レッドローズから通信が入る。


『どこで磨いたのかしら?』

「あんたは誤解しているぜ」


 物語では剣術使いが射撃はまったく駄目なパターンは多い。訓練していなければ射撃が下手なのは当然だが、武士が射撃を使えないというのは誤解だ。


「武士の四大武術って知っているか?」

『いいえ』

「剣術、槍術、弓術、そして砲術だ。武士が飛び道具を嫌うってのは創作の世界さ。実際には何百年も続く砲術の流派もあるくらいだ。自ら鉄砲や弓を使いこなす達人クラスの戦国大名も何人もいたんだぜ。戦国時代でも戦死者の七割は弓か鉄砲だからな」

『飛太刀二刀流は砲術も扱うというわけね』

「砲術どころか、あらゆる戦闘術から有効なものを貪欲に取り入れるのが飛太刀二刀流のいいところでね。色んな流派から技を取り入れている。まあ、これは他流派も同じようなもんだけどな」


 強くなるために幾つもの流派に弟子入りし、やがて自分の流派を興した剣士は少なくない。だから技が途絶えたといわれる流派でも、他の流派に技が受け継がれているケースは幾つもある。


「減らないな……」


 クロックロイドの数が減る様子はない。

 全身の装備をチェック。


 首の左右に収納されたビームキャノン、両太ももについたミサイルランチャー、両腕下部に収納されたビームガドリングガンを展開。


 クレセントムーンとレフトセンテンスの引き金を引くとともに、一斉に放った。


 無数のビームとミサイルがクロックロイドに殺到し、強烈な爆風とビームで一掃する。


「こいつは凄いぜッ」


 ブルーティアは感嘆の声を上げる。

 火力が向上しているのは前に装着したときにわかっていたが、実際に使ってみるとその凄さが実感できる。第二世代iPoweredよりも火力がかなり向上している。


 接近戦型だからと律儀に飛び道具を減らさなくてもいいと散々ディセットに文句をたれていたから、改良してくれたのだろう。


 しかし喜んでばかりもいられない。

 セキレイ粒子が急速に消耗しているという警告が発せられる。


『あなたのiPoweredはあくまで白兵戦を主眼にしたタイプよ。一斉射撃はセキレイ粒子の消費が激しいから、一度の出撃で使えるのは一度だけだと思いなさい』

「そういうことは早く言ってくれ!」

『体で学んだほうがいいと判断したのよ』

「現場主義かよ!」

 セキレイ粒子は残っているが、もう射撃に回す余裕はなさそうだ。

「他に一撃で雑魚を吹き飛ばすような武器はないのかねえ」

『もちろんあるぞ』

「おわっ」


 いきなりディセットの声が聞こえてきて、かなり驚いた。


「いきなり話しかけてくるなよ、爺さん」

『おぬしが困っていると思ってのう』

「勘のいい爺さんだ」

『ふぉふぉふぉ、わしは天寿を全うしようとしておるエルフじゃぞ。人生経験はおぬしの比ではない。これくらいは経験でわかるわい』


 九百歳を超えた人生経験。それだけの経験があれば、大抵のことはわかるのは納得がいく。


 そこでふとした疑問が浮かぶ――このザ・クロックの襲撃も予想で期待のではないか?


『腰に手を回してみるのじゃ。細長いボックスがあるじゃろう。それを見つめながら、手榴弾をイメージしてみろい』

「なんかシャープペンサイズの緑色のものが出てきたな」

『それをへし折るんじゃ』


 ブルーティアは言われたとおりに折った。


『三秒以内に投げろ』

「はっ?」


 言われたとおりに投げようと手を振りかぶり――全身を強烈な衝撃が襲い、一瞬だけ意識を失いかける。


 近くの建物にのめり込んでいることに気がついたのは、クロックロイドのビームサーベルが眉間に迫ったときだった。


 ブルーティアはとっさにクレセントムーンを振るい、クロックロイドの腕を切り飛ばし、返す刀で胴体を薙いだ。


「死ぬかと思ったぞ! なんなんだ、いまの爆発は!」


 かなりの爆発だったが、怪我はないらしい。投げるために振るった右手も手先から付け根まで健在だ。


『ペン型の手榴弾じゃよ。おぬしが手榴弾が欲しいと思ったから腰のボックスからはペン型手榴弾が出たが、レーダーを狂わす特殊な煙を発生させる煙幕タイプや広範囲を燃やす燃焼タイプもあるんじゃよ』

「さきに教えろ!」

『投げ返されることを考慮して、三秒で爆発するように設定してある』

「だからそれをだな――」

『わしが開発したiPoweredは、手榴弾の爆発程度では傷ひとつつかぬ。衝撃も完璧に吸収するわい』

「俺が言いたいのはそういうことじゃないんだがな……」


 もう怒る気力が無くなってきた。そもそも第二世代の時点で、iPoweredが頑丈なのはわかっていた。最初の頃は軍からも攻撃を受けていた。


 RGBの直撃を受けたときは肉体への衝撃以上に、味方のはずの軍から攻撃を受けたショックのほうが大きかったが仕方ないと思っている。


 最初に見れば、インタグルドとザ・クロックは区別が付かないだろう。自分が軍人だとしても、iPowered装着者が現れたら攻撃していたかもしれない。


『こちらシーター2! ザ・クロックの指揮官――フォーミュラーが現れた! グアアアッ!』

『こちらシグマ1! こいつは――ミニッツリピーターだ! 早すぎて狙えない! なんだこいつは! 応援を! 応援を! おう――――――』


 戦況マップを見れば、八十三小隊のマーカーが次々と失われていく。


「スワーラの予想は当たったようだな」


 敵の数が多いのは、三大幹部がいる可能性がある。

 その予想は当たったようだ。


 ちょうどいい。この戦いを一刻も早く終わらすためにも、三大幹部の二人目にも消えてもらう。



 交差点を高速で曲がる。

 もう少しだ。緊張で肩が強ばる。

 何度目かの交差点を曲がった先に、ミニッツリピーターはいた。

 水滴のような上が尖った頭で、目の位置には十字の切り込みが入った大きな単眼。全身を白銀に染めた直線的なアーマーが覆うのも変わらない。差異があるとすれば、トゥルービヨンドに比べて細いことか。

 ただ比較すれば細く感じるだけであり、実際には体格は自分とあまり変わらない。

 武器は逆手に二本のナイフを持っている。

 翡翠色の刃は、クレセントムーンやレフトセンテンスと同じだろう。

 叫び声が聞こえ、そちらに視線を向けた。

 逃げ遅れた少女だ。クロックロイドがビームキャノンの砲口を向けていた。このままでは少女は確実に殺される。

 なぜ少女に砲口を向けるのか、クロックロイドは軍人以外を直接攻撃することはないはずだ。その答えはすぐにわかった。

 少女は両手で拳銃を構えていた。

 ここは軍事基地だ。

 転がっている兵士から拳銃を拾ったのかもしれない。

「お父さんとお母さんの仇ぃ!」

 少女は憎しみを込めて引き金を引く。少女の両親は軍人だったのだろう、そしてこの基地に勤務していた。もしかしたら少女は自分の両親が目の前で殺されるのを見たのかもしれない。

 9ミリ拳銃弾ではクロックロイドは倒せない。そして武器を持った相手も攻撃する。例えそれが非力な少女だったとしても、その見かけで判断することはない。

 いまミニッツリピーターに突っ込めば、確実に仕留められる。ひとりの少女を守るよりも、ミニッツリピーターを撃破したほうが合理的な判断だ。


 ――感情的になるな、なんて無理だよな。


 雫はいない。死んだら喜びも悲しみもない。復讐も死者が望むと考えるのも、生きているものの自己満足でしかない。それでも思ってしまう。あいつが生きていたら、きっと復讐よりも人助けを望むはずだと。

 ブルーティアは少女のほうに進路を変えながら、レフトセンテンスを投げる。少女を狙っているクロックロイドの胸に刺さり、クロックロイドは爆発した。

 クロックロイドが動きを止める。

 ミニッツリピーターも二本のナイフをしまい、左腕を住民達が避難しているほうに向けた。

 ブルーティアは少女を脇で抱えて、八十三小隊の隊員に手渡す。

「頼んだ」

 隊員は少女を抱えて、避難する住民達のほうに向かって駆けていった。

 その姿を見守り、ブルーティアはミニッツリピーターのほうを向いた。

「どういうつもりだ?」

「我々、ザ・クロックは民間人に直接は手を出さない。言葉で信じろとは言わない。行動で示す。貴様を待ったのもその一環に過ぎない」

「――ッ!」

 ブルーティアは舌打ちしそうになるのを抑える。

 なにを言っているんだ、こいつは? お前らが現れたから、雫は死んだんだ。俺の大切な幼なじみは命を落とした。

「どうやら我らの攻撃で、貴様の大切なものは命を落としたらしいな」

「――どうしてわかるんだよ?」

「私も同じだ。内戦で大切な人を失った。胸に刻まれた痛みは消えることはない」

「だったら――」

 ブルーティアは叫ぼうとした。こんなことをしても悲しみを生み出すだけだ。いますぐにやめろ! と。

「私は止まらない。この命が尽きるまで、理想を追い求めて突き進む。屍の山を築く。私が間違っていると思うならば、貴様が止めてみせろ」

「これ以外に方法はないのかよっ」

「私は、我らは知らない。これが正しいと信じて、戦うだけだ」

「悲しいな」

「それがこの世界だ。間違っていると思うならば、止めてみせろ」

 雫が殺されたことは許せない。

 だが相手も人間で、自分と同じように大切な人を失った。相手を知れば戦いづらくなると言うのはほんとうだなと思い知らされる。

「ひとつ宣言しよう。私はこれからも軍事基地を攻撃する。軍人にも家族がいて、先ほどの少女のように武器を持つものもいるだろう。各国が降伏するまで、我らは戦い続ける。

 今回はあの少女を救えたが、今度も救えるとは思わないことだ。貴様の大切な人が死んだように、これからも民間人は死ぬ」

「あんた、どうしてそんなことをわざわざ言うんだ?」

「嫌いだからだ、貴様のように相手が人間だとわかった途端、戦いを戸惑うものを見るのが。私の戦友であるトゥルービヨンドが、中途半端な覚悟しかない相手に殺されたなど許せるものか!」

 ブルーティアは衝撃を受けた。ミニッツリピーターの言葉は理解できる。正しいとわかり、正しいと感じる自分に嫌気が差した。


 ――こいつと同類だなんて、ふざけるなよ! 


「私はザ・クロックの最高幹部が一人、ミニッツリピーター。ミニッツリピーターは私が装着しているザ・クロックのパワードスーツ――フォーミュラーシリーズのひとつだ。私はパワードスーツの名前をコードネームとしても使っている。悪いが本名は教えられない。家族に迷惑を掛けたくはないからだ」

「わざわざ名乗るとか律儀だね」

「何者に殺されたのか、わからないのは辛いだろう。先に死んだ貴様の仲間に伝えて欲しい」

「そいつは残念だったな。あんたが自分で伝えてくれっ」

「貴様が私に勝てると?」

「ああ。冥土にいくのはあんたひとりさっ」





『飛鷹』 

「わかっているさ。遠慮はしねぇ」

 相手は雫を殺した奴らだ。理念があり、信念もある。しかしその理念や信念を認めて、人々が殺されるのを黙ってみているつもりはない。

 ブルーティアはレフトセンテンスを拾い、構える。

「遅い」

 横から声が聞こえてきて、ブルーティアは真横に飛びながらクレセントムーンを下に向けた。金属が激しくぶつかる音ともに、腕に衝撃が走る。敵の姿はないが、斬檄だったのは間違いない。

 背筋にぞくりと嫌なものを感じ、レフトセンテンスを背中に回す。今度は背後から金属がぶつかる音がした。横目で確認したが、敵の姿はない。

 ブルーティアは後ろに跳んだ。足元をナイフの軌跡が見え、嫌な汗をかく。

 ビルに背を預け、周囲を確認する。

 敵の姿はないが、とっさに頭を下げた。頭があった空間をナイフが横切り、ビルの壁面に一文字の痕を残す。ほんの一瞬でも遅れれば、首と胴体は永久にわかれていただろう。

「姿を消しているわけじゃないよな?」

『光学迷彩の類いではないわね。速いだけよ。カブトがクロックアップするようなものね』

「それは一番厄介じゃないか」

 仮面ライダーカブトはクロックアップすると一千倍に加速できる。一千倍の速度で動く相手と戦うのは厳しい。しかも常に死角の攻撃だ。自分の力に溺れることなく、用心深く一撃を加えてくる。

 はっきり言って最悪の相手だ。

「援護してくれ」

『駄目よ』

「はっ?」

 一瞬、自分の耳を疑った。

 危機的な状況で、なぜ助けようとしない?

『多少なりとも知ってしまった相手を殺すことが出来るかどうか。飛太刀二刀流の剣士としての実力と挟持、そして覚悟。試させてもらうわ』

「――言ってくれるなッ」

 ブルーティアは舌打ちを一つ。

 飛太刀二刀流の剣士としての実力と挟持、そして覚悟なんて言われたら、自力で倒すしかないではないか。

  


 敵は超高速で動き、ナイフで斬檄を放ってくる。いまのところ紙一重でかわしているが、狙われたのはどこも急所だ。一撃で絶命するところを、目に捕らえられないほどの速さで動いて斬りつけてくる。厄介極まりない相手だ。

 ――いや、急所を狙ってくるからこそ助かっているともいえるか。攻撃が予想しやすいからな。

 目で捉えられない相手の攻撃を防ぐのは、光学迷彩で姿を消した相手と戦うのと大差ない。人間の感覚の七十%を司る視覚を奪われるのは、暗闇のなかで戦うのと同じだからだ。

 頼りになるのはナイフを振るう瞬間に聞こえる微かな風切り音。それをもとに急所のどこを狙ってくるかを勘で予想し、防いでいる。しかし何度も通じる相手ではなかった。

 右手首、左足首、右太もも、左腕。

 小さな致命傷とはほど遠い傷が付けられていく。

 iPoweredが傷を即座に防いでくれるので出血も少ない。だが肉体的なダメージは少なくても、体を切り刻まれるのは精神的に辛い。少しずつだが血が流れていくので、いずれは血が足りなくなり意識を失うだろう。人間は体重の何%の血を流したら死ぬんだったかな、なんてことを考えて、思わず苦笑を漏らした。

 コツコツと真面目に鍛練を積むのを苦に思わないタイプなのだろう。時間を掛けても自分を確実に殺す覚悟を感じられた。攻撃のパターンを読み取られないように、敢えてリズムを崩して斬りかかってくる。俺の剣を受ければ、致命傷になることを理解している。かなり慎重だ。

 ――ここで死ぬのか。

 ふと、頭のなかに浮かんだ言葉に僅かな安堵を抱き――そんな自分に怒りを覚えた。いま自分は試されている、もしここで死んだら負けたことになる! そんなことは許されない!

 上空に飛ぶ。敵の武器は二本のナイフのみだ。ひとまず距離を取れば逃げられる。

 その目論見は甘かった。

 背後から接近してくる気配と警報音。

 クロックロイドに体当たりを喰らったのだと理解したのは、体を捻りながらタイヤごと背後にいるクロックロイドを反射的に斬ったあとだ。

 クロックロイドの体当たりは予想外だが、かなりの衝撃だ。前後左右からクロックロイドが体当たりするために急接近し、下に逃げる。

 ミニッツリピーターの回し蹴りを喰らい、ブルーティアは地面を何度もバウンドした。

「……ナイフだけだと思っていたんだがな」

 ミニッツリピーターがゆっくりと歩いてくる。

 その足取りに油断はない。不意を突いて一撃で倒すことは出来そうにない。

「これが私の得意とする戦い方だ。もっと早く貴様を殺すことは出来た。すぐにこの手を使わなかった理由がわかるか?」

「さあてね。知りたくもねえよっ」

「貴様はあいつを殺したからだ。私怨なのはわかっている。死だけが我らを平等にする。愚かな感情だ。だが何十年も苦楽を共にした親友を殺されて、怨みを抱くなというのも不可能なのだよ!」

 そうかよ、といいたくなる。お前らの勝手な大義名分のおかげでどれだけの人間が命を落とした? まったくほんとうに――

「くだらないぜっ」

「――なに?」

「くだらねえって言ったんだよ! てめえらも俺もなんなんだよ、感情に流されて戦いやがって! 私怨だと? そうだよ、俺も恨みを晴らすために戦っているんだ! まったく馬鹿だよな!」

「貴様は私を侮辱するつもりか」

「賢い選択だと思っているのか?」

「まさか」

 ミニッツリピーターはあっさりと認めた。

「だから理想を果たさなければいけない。障害となる貴様は消えてもらう」

 ミニッツリピーターの姿が消えた。

 ナイフが急所を狙い、クレセントムーンとレフトセンテンスで捌く。

 しかしダメージと疲労の積み重ねで、自分の体が重く感じる。

 ミニッツリピーターが後ろに跳ぶ。ミニッツリピーターの背後に隠れていたクロックロイドが肉迫し、ブルーティアはクロックロイドをクレセントムーンで斬り払った。

 ミニッツリピーターがブルーティアの懐に潜り込み、肝臓に向かってナイフを突き立てようとする。ブルーティアはレフトセンテンスを手放し、ミニッツリピーターの右腕を掴む。

 クレセントムーンも放してミニッツリピーターの右腕を摑み、体を半回転させる。ミニッツリピーターを背中に背負う形から一気に地面に叩きつける――背負い投げだ。

 舗装された基地のアスファルトが砕けて舞い上がり、ミニッツリピーターの手に持ったナイフを捻って手放させる。落下する空中で摑み、ミニッツリピーターの心臓に突き刺した。

 ブルーティアは後ろに跳んだ。

 ミニッツリピーターがこの世にいた痕跡を消しさるかのような、大爆発を起こした。トゥルービヨンドと同じだ。ザ・クロックの指揮官以上は倒した時点で離れたほうがいい。

 機密保持のために爆発しているのだろうが、自分を倒した敵を道連れにすることも目的にしているのかもしれない。この爆発の中心にいて、無事とは限らないのだから。

 


   ※

 


 サウスブロックの一階はリクライニングルームで、ボーリング場やビリヤード台、カラオケルームなど様々な娯楽施設があった。

 その一角にはソファーがあり、飛鷹は腰掛けて天井を仰いでいた。

「お疲れのようね」

 スワーラが声を掛けてくる。両手に持っていたカップの片方を手渡してくれたので受け取った。

「ありがとう」

 カップからは緑茶の芳醇な臭いが漂ってきて、なんだかほっとする。

「緑茶は落ち着くな。なぜかねえ」

「香りは記憶を呼び覚ますわ。良い記憶も悪い記憶もね。きっとあなたは緑茶の香りに良い記憶が関連しているのね」

「そうかもな。実家で美味しい物を食べたあとで、最後の一杯として飲むのが緑茶だった」

「まだホームシックを感じるのは早いと思うけど」

「激務だったんでね。まだ一日も経っていないのに、ザ・クロックの最高幹部のふたりを倒したんだぜ。復帰戦としては十分すぎる」

 飛鷹は自分の手を見下ろした。

 昨日と見た目は変わらない。臭いも触れた感触も変わらないはずだ。しかし自分の手は血で再び汚れた。汚れていたことを思い出した。

 こんな手で自分は雫と接していたのかと思うと、とても罪深く感じる。

「しかしまあ、精鋭部隊なのに酷使しすぎだろう。ライトパターソン基地のあとでも、五回も戦ったんだぜ。幹部ふたりの首をあげたんだ。少しは休ませてくれてもいいだろうに」

「インタグルドは物量でいえば圧倒的に不利だわ。来たるべき決戦のために、少しでも戦力は温存しておかなければいけない。つまり、私たちが出撃して倒せば最小限の被害で済む」

「理屈としてはわかるが、かなり疲れた。いくらなんでももう戦えない」

「大丈夫よ。あなたは若いわ」

「インタグルドは相当のブラックだったんだな」

「秘密組織だから労働署の監査は入らないわよ」

「うへぇ。戻ってくるんじゃなかったぜ」

 飛鷹は肩をすくめた。

「その代わり給料は破格だわ」

「知っている。この年齢で億の預金がある奴はそういないだろうからな。世界を守った対価としては安い気がするけどさ」

 怪我をしたあとのフォローもしっかりしていた。ザ・クロック事変のあとに入院していた病院は充実した施設とレベルの高い職員を確保した一流の病院で、だからこそ自分は日常に復帰することができた。

 もしごく普通の病院だったら、未だ入院中だ。

「なぜみんな戦っているんだろうな?」

 自然とそんな言葉が零れた。

「人が戦う理由は様々よ。生活のため。お金のため。国家のため。家族を養うため。プライドのため。ザ・クロックの犠牲になる人々を減らしたい。家族を守りたい。

 色々な理由があり、死にたいとは誰も思っていなかった。でも、死んだわ。即死したもの。病院でひっそりと息を引き取ったもの。私が最期を看取ったもの。色々いた。

 どんなに素晴らしい、志が高い、と言われる理由があっても、死神は考慮してくれない。正義だから生かすなんて親切なことはしない。訓練を積んで、豊富な実戦経験があったとしても、まるで努力や経験をあざ笑うかのように死神は命を狩りに来る。生死を分けるのはただ、運だけよ」

 スワーラの言葉は数多の戦いを経験したベテランの重みがあった。

 ザ・クロック事変のあとも、戦い続けた彼女とは歴然とした差があるのを実感する。

「あなたはあなたの目的のために戦えばいいわ。誰も人が戦う本当の理由を操ることなんて出来ない。どんなに圧力を掛けても、最後に戦うと決めるのはあなたの意思よ。それが復讐のためだとしても構わないわ。私たちはとても助かるから」

「利用されているようで釈然としないな」

「お互い様よ。あなたは力を得て、インタグルドはザ・クロックから人たちを守る戦力を得られる。どちらも損はしないわ」

「そうだな」

 悔しいがその通りだ。

「しかし人を殺すのは気分が悪いぜ」

「また慣れるわ」

「そうだな」

 ザ・クロック事変のとき、最初は人を殺すのが嫌だった。しかし人は慣れる生き物だ。段々となにも感じなくなっていった。

 このザ・クロック戦争でも同じだろう。人を殺していくうちに、なにも感じなくなる。人として正しいのかどうかはわからない。ただ殺さなければ復讐は果たせないし、仲間が死ぬ。それが嫌だから殺すしかないのだ。

「あんたは最初に人を殺したとき、嫌だったか?」

「罪悪感は抱かなかったわ。猟師だった祖父と一緒に狩りをしていたからでしょうね。スコープの先にある獲物が命を落として、なんの感慨もなかった。いつもは鹿や鳥、ときには熊を殺すけど、人間が追加されただけ。

 人間を鹿や鳥と同じ扱いにするなと怒るひともいるでしょうけど、私からすれば変わらない。スコープの先にある命に違いはないわ」

 歴史に名を残すような超一流のスナイパーは幼少の頃から狩りをしていた場合が多い。彼女もそのパターンのひとりというわけか。

「大勢の大を生かすために、害となる小を殺す。人間という種を生かすためには必要な事よ」

「割り切った考え方だな」

「悩みがあればいつでも相談に乗るわ」

 スワーラは立ち上がり、背中を向けて歩き出す。

「あんたも相談してくれよ。いつでも相談に乗るからさ」

「ふふっ、ありがとう」

 スワーラは振り向きながら、微笑んだ。

 美人はただ微笑むだけで絵になるのだから羨ましい。

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