第14話 ライドン・ヘンダーソン基地の攻防前編

 コマンドルームは昔と変わらなかった。

 部屋の大きさは二十畳ほど。壁の色はベージュだ。

 部屋の真ん中には仕切り板で区切られた長机があり、高級そうな椅子が並んでいた。

 部屋の右側にはエレベーターがあり、格納庫と直結していた。

 左側にはコーヒーや紅茶のサーバーが設置されていて、イシニコがカップに紅茶を注いでいる。

 セティヤは分厚い本を読み、ノルテはノートパソコンを開いてキーボードを叩き、スフィルとエルヴァはどこからか持ってきた丸テーブルを挟んで座りながらカードゲームに講じている。

 リンは……相変わらず気配を消しているのか、どこにいるかわからない。

「ここも変わりないな」

 就寝時以外はここで待機する決まりになっている。待機している間は暇なので、報告書の作成など最低限の事務仕事が終われば各々が好きなことをしていた。

 変わったのは顔ぶれだけだ。スワーラ以外は皆変わってしまった。

 かつてのスミーヴァの仲間たちが戦死したという事実を改めて実感して、寂しさを覚えた。

「昔と変わらないわよ。インタグルドは豊富な予算を誇っているけど、無駄なことにお金を使う必要はないわ。むしろ注ぐべきところにお金は注ぐべきであり、無駄に使っていたら必要なお金が足りなくなるかもしれない」

「同意だ」

 金持ちはケチだという言い方もあるが、それはお金の使い方が上手いからだ。価値のないものにお金を使っても意味はない。

「待機しているあいだは暇だから、あなたも適当に時間を潰せばいいわ」

「ところで俺の席は?」

「一番奥よ」

「了解」

 飛鷹は自分の机に向かって、椅子に座った。

 見た目からいかにも高そうな椅子で見た目を裏切らない座り心地なのは変わらない。適度な弾力は計算されたもので、胸にあがってくる懐かしさも計算されているのではないかと勘ぐってしまう。

 少し思い出に浸ろうか、そう思った矢先だ。

 天井に設置された赤い回転灯に灯りがつき、ビー、ビー、という音が鳴り響く。

『北米同盟、ライドン・ヘンダーソン空軍基地にラ・デェスが出現! スミーヴァは直ちに出撃してください!』

 飛鷹は立ち上がる。

「出撃か」

 懐かしの高級チェアの座り心地を堪能する時間は与えてくれないらしい。

 入り口から右手にあるエレベーターに入る。

 ドアが開き、リンが現れた。

「どこに行っていたんだ?」

「お花を摘みに」

「そいつは失礼した」

 気配がないと思っていたのだが、トイレに行っていただけか。

「出撃よ!」

 スワーラの言葉に反応してエレベーターが作動し、体にGが掛かる。

 股間がすぅっと気持ち悪くなるレベルではない。体に強いGが掛かり、思わず悲鳴を上げたくなる。

「久々だときついなっ」

「我慢しなさい。一分一秒を争う状況で素早く格納庫に行く必要があるわ」

「わかっているさっ」

 早いだけあり、ほんの一瞬で終わるのもわかっている。

「あなたは制服を着ていないからGを感じるのもあるわね」

「制服に耐G機能でもついたのか?」

「ご明察よ」

 二年前までは制服に耐G機能はなかった。

 いまは耐G機能をつけて、インタグルドの隊員も十万人に増えている。制服の全てを一新しただろうから最低でも十万着は製造しなければいけなくて、どれだけの予算を掛けたのか想像もつかない。

 インタグルドの必要だと考えれば無制限にお金を注ぎ込む姿勢の現れだ。そこは昔と変わっていないらしい。

 そんなことを考えているあいだに、イニティウムの中心にあるコクピットに送り込まれる。

「さっ、エンジン始動っすよ」

 イシニコが操縦席に着席し、イニティウムを起動。網膜投射装置から映像が投影され、格納庫の光景が目の前に広がった。イニティウムが巨大なエレベーターで滑走路まで運ばれていく。待機しているエアトゥース級や整備しているツナギ姿の作業員が散見できた。

 イニティウムが滑走路に運ばれ、発進。セキレイ粒子を発しながら、目標に向かって飛んでいく。





  ※



「ライドン・ヘンダーソン空軍基地ってどんな基地だ?」

「ハンガー18があるといわれている基地っすよ」

 イシニコがいった。

「ハンガー18?」

「陰謀論で有名なエリア51があるじゃないっすか。ご存じないっすか?」

「ああ――墜落したUFOを回収したとかいう」

「くだらない陰謀論をいまだ信じているのが笑えるっすけどね。いい加減にしてほしいっすよ」

「なにかあるのか?」

「俺はエリア51にいたんすよ。エリア51は空軍の新兵器開発を行っているところっすからね。おかげでエリア51にいたことを話すと、UFOはほんとうに保管されていたのかと聞かれるんすよね」

 もうウンザリっすよ、とイシニコがため息交じりにいった。

「その気持ちはスゲエわかるというか、ほんとうにUFOはないんだよな?」

「立ち入り禁止なエリアはあったっすけどね。UFOみたいなものを開発していたらわかるっすよ。これでもエリア51では一番のパイロットだったっす」

 イシニコが白い歯を見せながら、自慢げにいった。

「ライドン・ヘンダーソン基地は普通の基地っすよ。軍人とのその家族も住んでいる普通の基地っす」

「民間人もいるのか」

「新生ザ・クロックは軍事基地しか襲わないわ。基本的には軍人しか狙わない。でも民間人の犠牲は少なからず出ている。それはあなたもわかっているはずよ」

「そうだな」

 スワーラの言葉に飛鷹は静かに頷いた。

 あの日、航空ショーにいかなければ雫は死ななかった。自分が行こうといわなければ、いまでも雫は生きていたはずだ。

 馬鹿だったと後悔している、ほんとうに後悔している。

「ライドン・ヘンダーソンが襲われているのは、エリア51とは関係ないわ。ザ・クロックは空軍の基地を優先して攻撃している」

「そうなのか?」

「ええ、私たちが戦ったのは全て空軍の基地か関連する施設だった。新生ザ・クロックはまず航空戦力を潰すことを優先している」

「なんかの漫画であったな。空軍を優先して叩いていた理由は、実は航空兵器にあっさり落とされるからとか」

「仮面ライダースピリッツかしら。でも違うわよ。ザ・クロックが空軍の基地を狙う理由はそんなことではないわ」

「なぜそう言い切れる?」

「インタグルドの情報部は優秀よ。新生ザ・クロックについて、情報はある程度は持っているわ。本拠地がどこかもわかっている」

「だったら本拠地を叩けば一発じゃないか」

 どうして叩かない? そう言おうとして――やめる。

「戦力が足りないのか?」

「勘がいいわね」

「敵の拠点を攻撃するには、最低でも三倍の戦力で攻撃しろというのがセオリーだからな。インタグルドが三倍の戦力を持っているとは思えない」

「残念ながらいまインタグルドがザ・クロックの本拠地を攻撃したとしても、返り討ちにあうわね。私たちに出来るのは出撃してきたザ・クロックを叩いて、敵戦力を減らすこと。

 各国家の軍隊と挟み撃ちになるから、こちらは有利に戦うことが出来る。世界中の軍隊に出血を強いることになるけれど、私たちは戦力を極力温存しなければいけないのよ」

 そう語るスワーラは遠い先を見据えているみたいだ。

 だがザ・クロックとの戦いが終われば、すべて解決ではないのか? 世界征服をするような組織が現れるなんて、アニメや漫画、ラノベではないんだから起こるはずが。

「なあ、スワーラ。まさかと思いたいが――」

 その言葉は通信が入り、遮られた。

『こちら八十三ユニット! 民間人の避難を開始しているが、敵指揮官により被害が拡大中! 応援を!』

「こちらスミーヴァの指揮官、フィーア騎士長よ。もう少し耐えなさい」

『スミーヴァか! 助かった! だが急いでくれ!』

 八十三ユニットは状況がよくないようだ。挟み撃ちにすれば優位に立つといっていたが、それでもザ・クロック相手には苦戦を強いられる。これではザ・クロックの本拠地に攻めても落とすことは出来ないだろう。

「仕留めてくるわ」

 スワーラは短く告げてきた。

「この距離だぜ、出来るのか?」

 まだ太平洋を通過中だ。エアトゥース級が地球の反対側でも十五分で到達できる速度を出せるが、まだ射程圏外のはずだ。普通に考えれば。

「はっきり言って、私は天才よ。歴史上に名を残した数多のスナイパーたちに勝るとも劣らない。その私がiPowered――狙撃仕様のレッドローズを装着すれば、この程度の距離は大したことはないわ」

 大した自信だ。だがその自信が誇張でないのはわかっている。

 旧ザ・クロックとの戦いでは、この距離で命中させることは出来なかったはずだ。だが、二年近く戦い続けてきた彼女の狙撃の腕はさらに磨かれたのだろう。

 敵に回せば最も厄介で、味方にすればこれ以上ないほど頼もしい。

 それがスワーラ・フィーアだ。

 スワーラが回転式拳銃のコルトパイソンを取り出し、弾を込める。

 こめかみに銃口を向けた。

 飛鷹は思わず目をそらす。

 自殺するわけではないのが、なぜかわかったからだ。

 あれは儀式だ。戦いに身を投じるための儀式。

「レッドローズ!」

 スワーラがそう叫びながら引き金を引く。

 銃口から白い粒子が放出され、スワーラの全身を包み込む。

 ブルーティアと基本的な部分は共通している。グレーのインナースーツに、各部位を優美な曲線で彩られたアーマーが覆う。アーマーの色は燃えるように赤い。

 左右の腰にはホルスターがあり、拳銃が納められていた。

 右手には大型の狙撃用ライフルが握られていた。角張ったデザインは近未来的で、火薬式のライフルとは根本から異なっている。アニメに出てくるビームライフルのようなデザインで、発射するのがビームなのだから間違ってはいない。

「それが新しい姿か」

「ええ。あなたのiPoweredと同じく、私のも強化されたのよ」

 スワーラ――レッドローズはコクピットから出る。

 飛鷹はその背中を見送り、意識をライドン・ヘンダーソン基地に向けた。

 網膜にライドン・ヘンダーソン基地が表示される。

 ライドン・ヘンダーソン基地は空軍の基地らしく、滑走路があった。住宅や格納庫、スーパーや公園もあった。それらをフェンスが囲んでいる。

 人が住む軍事基地は街だ。軍人の家族が暮らしているならば、様々なものが必要だ。

 新生ザ・クロックが軍事基地を攻撃するということは、その軍事基地に暮らす家族や勤務している民間人も巻き込む可能性がある。

 先行していた八十三ユニットは、その民間人を守りながらザ・クロックと戦っていた。

「民間人を守りながら戦うのは大変だろうな」

「そうっすね。俺も経験があるっすけど、キツいっすよ。後ろにいる民間人に意識を向けながらも、攻撃に専念してくる相手と戦わなければイケナイっすからね」

「経験があるのか?」

「元軍人っすからね。ザ・クロックではないんすけどね」

「あたしも訓練はしたわね。インタグルドは民間人を守りながら戦うのが基本だから。もちろんセティヤも訓練は受けたわよ。ふたりとも評価はA+。ネフアタルを装着して、白兵戦もきっちりとこなせるわよ」

「そいつは頼もしい」

「白兵戦をすることになるのはイニティウムが墜落したときか、戦術部の戦力が足りないときしかないときだから、出番がないことを祈っているわよ」

「そいつは俺も祈るぜ」

 つまり三人が白兵戦をする状況は、かなり追い詰められたときだ。

 そんな状況にならないことを切に願う。

「こちらレッドローズ。三人目の敵指揮官を葬ったわ」

 スワーラ――いや、レッドローズの通信が聞こえた。

 自分たちが話している間に、スワーラはザ・クロックの指揮官を三人も撃った。先ほどの自信は伊達では無かったようだ。

 マッハ6で移動しながら、数百キロは離れている相手を狙い撃てる。狙撃に特化したiPoweredを装着していたとしても、同じ芸当を披露できるスナイパーは人類史を見ても一握りしかいないだろう。

「三人もいるのか」

「普通はひとりのはずよ。今回は敵の数が多かった――そうね、三大幹部がいるかもしれないわね」

「あのトゥルービヨンドクラスがいるかもしれないのか」

「可能性はあるわね。でもチャンスでもあるわ。遭遇したら確実に仕留めなさい」

「了解した」

 まだ距離があるから出撃には早いだろう、そう思っていたのだが。

「そろそろ出撃っすよ」

「さすがは速いぜ」

「マッハ6すからね」

 エアトゥース級は恐ろしく速い。そのことを肌で思い出す。

「さて、俺たちも行くか」

「出番ですね」

「そろそろ着く頃だからね」

 スフィル、エルヴァ、リンが言った。

「フォーメーションはどうなっているんだ?」

「そんなのは決まっているぜ! 各個撃破だ!」

 スフィルが勢いよく断言したが、

「それはチームとしての意味がないんじゃないのか?」

「大きな力の場合は、自由に動いたほうが効率がいいんですよ。第三世代は強力な武器が多いですしね」

「あなたがいたときも、スミーヴァの本隊とあなたは別に戦っていたように思えたけど?」

「そうだったな」

 スミーヴァ本隊で自分以外のメンバーは、スコーネ騎士団の所属だった。事前の訓練でフォーメーションを取っていたが、飛鷹はフォーメーションの取りようがないために突撃して敵を倒してばかりだった。

 窮地に陥ったとしても他の仲間たちがフォローしてくれた。いま思えばありがたい話だ。段々と戦っていくうちに仲間がどういった行動を取るかがわかり、自然とフォーメーションを組めるようになった。その仲間たちはスワーラを除いていない。

「大丈夫よ。スワーラが指揮してくれるし、フォローもしてくれる。それに私はボディーガードの一族出身よ。護衛対象の我が儘に付き合ったり、危険に遭遇したときにも守らなければいけない。

 相手に合わせて臨機応変に動くのは、ボディーガードとしての必須のスキルよ」

 リンはボディーガードの一族だ。いざとなったときのフォーメーションも心配はないようだ。

「私も庭師ですが、一時期SASに在籍していたことがありましてね。軍隊は個を捨てて群れとなることで力を発揮するものです。初めての相手でも集団行動は出来る自信はありますよ。詳細は語れませんが実戦も経験済みです」

「あんたはなんで庭師になったんだ?」

「打ち込める物を探していたんですよ。要するに自分探しですね」

「自分探しで普通はSASになれねえよっ」

 なぜ庭師がスミーヴァの一員に選ばれたのか疑問だったが、SASにいたならば納得がいく。薄々感じていたが、この男はなんでもそつなくこなすタイプなのだろう。

 オルテュスと関係があるというのも、自分探しの一環だったのかもしれない。

「俺はスタンドプレーが大好きだ! しかし仮にも捜査官だったんでな。全然知らない奴らと一緒に容疑者のアジトに突入したことは、一度や二度じゃないぜ」

 スフィルが一番心配だったが、よく考えてみれば捜査官が犯罪者を逮捕するときは物量で行う。即席の相手とチームを組んで連携が出来なければ、犯罪者を取り逃がしてしまうことになるのだから、心配することはなかった。

「きちんとメンバーを選んでいるんだな」

 最初は大丈夫かと心配していたが、本人たちの弁を信じるならば大丈夫だろう。よく考えればスワーラがいい加減な人選をするはずがないのだ。彼女の仕事に心配するなど杞憂もいいところだ。

「雑談はそれくらいにして。行くわよっ」

 三人が出ていく。

 

 

 飛鷹もブリッジを飛び出そうとするが、「待つっすよ」とイシニコに呼び止められる。

「新入りはまず見学することが決まりっす。まああんたは新入りじゃないっすけど、新しい仲間の戦い方を見てからでもいいと思うっすよ」

「そうだな」

 新生スミーヴァの実力を見たわけではない。ブルーティアやレッドローズを見てもわかるように、iPoweredは見た目から性能まで大きく異なっている。フォーメーションを取るにしても、全体的な動きを見たほうがやりやすいだろう。

「戦況マップ」

 飛鷹の呟きに応じて、戦況マップが表示された。

 味方のマーカーは青。敵のマーカーは赤で表示される。

 マーカーの下には各隊員のイニシャルと所属が略式で記されている。スミーヴァ第一小隊の所属の場合はpt1、第二小隊はpt2。スミーヴァ本隊はpt0だ。

 第一小隊は市の中心部を、二、三、四小隊は郊外に向かって展開中だ。

 各小隊はツーマンセルで分裂し、敵と接敵した。

 マーカーに触れる。映像に切り替わり、ネフアタル二人組が表示された。

 現代戦の最小限の戦闘単位である二人一組――ツーマンセルで戦っている。よく訓練された動きで、互いの死角をカバーしながら息の合った連携で着実にクロックロイドを撃破していた。

「小隊指揮の通信を傍受」

 本隊のメンバーは第一から第四小隊までの通信を任意に聞く権限があった。連携を取るためだが、まだその権限が有効だったことはありがたい。

「アルファは十字の方向、300メートル先に進めろ。シータは五時の方向、二百メートルにいるベータを回り込んで援護しろ。シグマは敵を撃破後に前進だ。ガンマは安全地帯まで市民の誘導だ。オメガ、デルタ、チャーリーは市民の一時避難場所を死守だ」

 ハルトレスが指揮をしている。その指揮は的確だ。ザ・クロック事変のときのスミーヴァの第一から第四小隊を指揮していた副官にも勝るとも劣らない。新生スミーヴァは確実に強い。

 飛鷹は再編されたスミーヴァが弱体化していないか。心配だった。ザ・クロック事変のときのスミーヴァは、インタグルドの最精鋭が集められた部隊だ。

 新生スミーヴァのメンバーはかつてのスミーヴァの選抜メンバーから落ちたもので構成されているだろうから、質は落ちているのではないか? 戦いが長引くとベテランの兵士が失われ、質が大幅に低下するというのはよくある話だ。

 杞憂だったようで安心する反面、ほんの少しだけ寂しさがあった。

 自分とともに戦い死んでいった仲間たちは、もはや過去のものになったのだと。頭ではわかっていても、こうして実感させられるとやはり寂しい。

 ――いつまでも過去に囚われていてはいけないな。

 飛鷹は自分の頬を叩いて、気合いを入れ直す。

 よく訓練された兵士たちに的確な指揮を執れる指揮官。

 物量の差は大きいが、着実にクロックロイドを撃破しているその様子から、自分が必要ないのではないかと思ってしまう。

 出撃したリンやエルヴァ、スフィルの動きを見ようと視線を巡らせる。

 敵のマーカーが瞬く間に減っていく一画があり、そこに指を触れた。

 映像に切り替わり、目を見開いた。



 リンのグリーンジェミニの両肩には三連装のミサイルがあり、右手には巨大なガドリングガンがあった。腰に弾倉があり、ガドリングガンと弾倉がベルトで繋がれている。ガドリングガンから無数のビームが発射され、クロックロイドを次々と落としていく。

 一発の無駄もなく、流れ弾が建物に当たることもない。圧倒的な射撃の腕前に舌を巻く。

 エルヴァが装着しているパープルドラゴンのマーカーに触れる。

 両肩に三方向に伸びる棘が生え、アーマーがパープルとホワイト。背中には大型の両刃の斧――バルディッシュをマウントラッチに収納している。

 左腕には龍の鱗のようなシールドがあり、その先端からはメカニカルな龍の尻尾のようなものが、数十メートル伸び、赤熱化する。

 ドラーケススヴァンス。日本語で訳せば龍の尻尾。

 赤熱化したドラーケススヴァンスが、たったの一振りで数十体のクロックロイドを纏めて両断した。

 ドラーケススヴァンスをくぐり抜けたクロックロイド数体が、パープルドラゴンに迫る。パープルドラゴンはバルディッシュを右手で抜き、全身の筋肉を生かして振るう。クロックロイドの胴体が真っ二つに割れ、爆発した。

 スフィルのイエロープミラのマーカーに触れた。

 イエローとホワイトのツートンカラー。他のiPoweredは肩パーツで大きな特徴を出していたが、イエロープミラは曲線で構成されたシンプルな構成だ。

 武装らしいものも見えない。

 両手を握り、脇を締めている。

 ボクシングスタイルを取り、軽快なフットワークでクロックロイドに肉迫し、一撃で仕留めていく。

 他の三人に比べて地味なのが、少々意外だった。スフィルのことだから、もっと豪快に敵を倒すと思っていたのだが――その考えはすぐに訂正される。

 イエロープミラが大きく右腕を振りかぶり、右足を踏みつけるとともに右手を突き出した。

 巨大な竜巻のような衝撃波――トルネードクラッシャーが発生し、射線上にいるクロックロイドを粉々に砕いていく。

「豪快な一撃だな――なるほど、そういうことか」

 イエロープミラが軽快なフットワークで敵を倒していた理由がわかった。

 トルネードクラッシャーは街に被害を与えてしまう。敵を退けたとしても、街が破壊されたら後始末が大変だ。復興は時間を食う。主要産業である自動車を失い、治安の悪化したスラムと化しているこの街の復興に北米同盟政府がお金を出すかは怪しいものだ。

 それは州政府も同じだろう。

 だからインタグルドのメンバーは全員、極力建物への被害を与えないように戦っているのだ。

 その姿勢に感心してしまう。


 警告音。


 バレット級が出現した。

 数は四機。

 敵の増援が現れた。

 バレット級の燃料タンクをビームが貫き、空中で爆散する。

 誰がやったかは明白だ。

 レッドローズ以外にあり得ない。

 相変わらずの対処の速さには感嘆の声を漏らさざるを得ない。

 残るバレット級は三機。

 レッドローズが対処するのかと思ったが違った。

 グリーンジェミニが両肩のミサイルを発射。六発のミサイルがバレット級を撃破する。

 イエロープミラが上空に飛び上がり、バレット級目掛けて降下。その拳をバレット級に叩き込む。バレット級は機体の真ん中からへし折られ、空中で爆発した。

 パープルドラゴンがドラーケススヴァンスを振り下ろし、バレット級を一撃で真っ二つに分断。バレット級は空中で爆発する。

「すげえ……」

 飛鷹は感嘆の声を漏らした。

 以前のスミーヴァを知っているからこそ、この三人の強さには驚かされる。単純に第三世代iPoweredが凄いだけではない。三人とも恐ろしく強い。

 第一から第四小隊も強いが、この三人は桁外れの強さだ。

 断言できる、新生スミーヴァは強くなった。

「ほんとスワーラはチートだぜ、指揮官としても恐ろしく優秀だ」

「自慢の上官っすよ」

 イシニコの言葉は誇らしげだ。



『こちらシータ1。少女がひとり取り残されている』

「シータ1。貴官は住民が安全圏に逃げるまで守り切れ。少女は見捨てろ』

『了解』

 ハルトレスと部下の会話。たまたま耳に入ったが聞かなかったことには出来ない。

「見学は終わりよ」

 レッドローズからの通信。

「飛鷹。あなたに言っておかなければいけないことがあるわ」

「いまここで愛の告白は死亡フラグだぜ」

「クレセントムーンを引き抜くとき、ブルーティアと叫びなさい。iPoweredは動作認証と音声認識を組み合わせることで、装着されるわ」

「了解した!」

 飛鷹はコクピットを飛び出した。

 コクピットを出ると数メートルほどの通路があり、突き当たりを右に曲がるとハッチがある。ハッチの解放スイッチを押す。イニティウムから風が機外に勢いよく抜けていき、飛鷹はその風に乗った。

 地上へと自由落下だ。

 恐怖はない。飛び降りるのは慣れている。

 飛鷹は左手にクレセントムーンの鞘を握るイメージを浮かべる。左手に鞘を持つ感触が伝わり、『クレセントムーン!』という野太い男の声が聞こえてくる。

 飛鷹はクレセントムーンを引き抜きながら――戦いの決意を込めて叫ぶ。

「ブルーティァァァア!」

 全身を光が包み込み、一瞬だけ視界が閉じた。

 体をぎゅっと締め付けられ、すぐに緩まる。

 視界が晴れる。

 重力に引かれながら見下ろす景色――そこは戦場だった。

 転がる死体は兵士や八十三ユニットだけのものだけではない。

 民間人の死体がいくつもあった。

 体の一部に焦げた穴がある死体。建物に下敷きになった死体や車両の爆発に巻き込まれて燃えている死体。

 人の肉と化学製品が燃える臭い――それが幻覚だとわかっている。

 iPoweredは深海から宇宙でも活動することが出来る、高い機密性を誇っている。なぜそんなことを知っているのか、疑問に感じた。

 スワーラやディセットには説明されていないはずだ。

 ――いまは戦場に集中しろ!

 飛鷹――ブルーティアは頭を振るうことで余計な雑念を払う。

 八十三ユニットは圧されている。

 避難している民間人をビームが貫くのが見えた。

 少女の手を握って逃げている母親で、少女は動かなくなった母親に泣きついている。

「これ以上犠牲を出させてたまるかよ!」

 ブルーティアはクロックロイドに向かって飛んだ。

 

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