第11話 インタグルドの科学者
ノースエリアに続く渡り廊下を歩き、ノースエリアのドアを開ける。
渡り廊下には保安部仕様のネフアタルがいて、厳重な警備を敷いているのがわかる。
ノースエリアの一階はウェストエリアのように高い壁はないが、奥まで廊下が繋がっていた。廊下の左右には部屋が無数にあるが、ガラス張りの部屋なので見渡すことが出来る。
各部屋では白衣を着た研究員がPCで作業をしたり、議論を交わしていたり、実験を行っている。
その廊下の突き当たりにある部屋がディセットの研究室だ。
ドアは自動だからすぐに開く。
室内の壁はカーボンのラックで隙間なく覆われている。ラックには長方形のボックスで埋まっていたが、ボックスにはラベルが貼ってあるので中身が分かるように工夫されていた。物は多いが理路整然と片付けられているので、散らかっているという印象は受けない。
「わしがインタグルド技術部長のディセット・カラオじゃ」
初老の男――ディセット・カラオが出迎えてくれた。
「忘れねえよ。というか、あんたみたいなのを忘れるほうが難しいぜ」
「ふぉふぉふぉっ、それはよかった」
ディセットはひょうきんに笑う。
相変わらず短髪で青く染めている。それだけでも注意を引くのに、二メートルを越える巨体で、ガッチリした体格だ。動きにも武道を修めているものの、無駄のない動きが感じ取られた。
研究室で籠もっている研究者のイメージとはかけ離れている。
「相変わらず実戦に出ているのか?」
「わしのモットーは『アイディアは頭ではなく、現場に出てこそ生まれる』じゃからのう。第三世代iPoweredも鷲が自ら実戦に出向いて、稼いできたデータが生かされとる」
「相変わらずの実戦型研究者だな」
「弟子共が付いてこないのも相変わらずじゃよ。どいつも勇気というか好奇心が足りん! しかたないから、わしが弟子共が考案した兵器を戦場で試す羽目になるわけじゃよ」
「部長が型破りなんですよ」
「そうですよ! ただでさえ戦場は恐ろしいのに、相手はあのザ・クロックですよ!」
ディセットの愚痴に部下であり、弟子たちが抗議の声を上げた。思ったことを直接言い合えるいい環境だとわかる。これもこのディセットという男の人徳だろう。
「さて、第三世代について説明してやろう。ザ・クロック事変のときの第二世代とは別物じゃからな。しっかり説明しないといけないじゃろう」
ディセットは背を向けて歩き出した。
ついてこいということなのだろうが、飛鷹は思わず立ち止まった。
「なんじゃ、ついてこぬのか?」
「いや――その頭が」
「鷲の天才的な頭脳が気になるのかのう?」
「まあ確かに天才的なんだけどさ」
「わしの後頭部が気になるか。どう見える?」
「どうみても、某猫型ロボットにしか見えないぜ」
「ひょほほっ」
「……どうしてそんな頭に?」
「人生は挑戦じゃからな」
ディセットの後頭部には、日本の国民的な猫型ロボットが描かれていた
天才と馬鹿は紙一重と言うが、その言葉をいまほど理解したことはない。
部屋の中央には会議室で使うようなサイズのモニターがあった。
ディセットがスイッチを入れ、モニターが点灯する。
「まずはネフアタルについてじゃ。基本コンセプトは、歩兵ひとりで第四世代の戦車一個小隊に匹敵する戦闘力を持つこと。ザ・クロックの戦闘員の強さは、第三世代の戦車一個小隊に匹敵するからのう。ひとつ上の世代で対応することを目的にしとる」
「それは知っている」
「おさらいじゃよ。
基本的にはザ・クロック事変のときと変わらん。細かいアップデートはしているが、iPoweredのような強化はしとらん。これ以上の大幅な強化は装着者への負担が大きいと判断したのでのう」
「iPoweredの第三世代も随分と負荷が軽くなった気がするが?」
「試行錯誤を繰り返したから第二世代よりは負担は少なく、性能は飛躍的に向上しておる。まあコストが掛かっておるからのう。量産型のネフアタルよりも出来ることが多いんじゃよ。しかし安心してはいかんぞ。新兵器など信用がならんからのう」
「開発者の言葉とは思えないが」
「開発者者だからじゃよ。ベテランの兵士が古い兵器を好むのは実戦で鍛えられて様々なトラブルを解決したからじゃ。しかしおぬしが使うiPowered第三世代はどんなトラブルが起きるか、実戦で使って見ぬとわからぬ。
もちろんわしらも全力でテストして、安全には万全を期しているつもりじゃがな。ザ・クロックの出現は予想よりも早かった。もっと熟成させてから実戦投入させたかったというのがほんとうのところじゃな」
この忠告のためにディセットは自分を呼んだのだろう。
奇抜な見た目だが誠実さも併せ持つのがディセットのいいところだ。
「あんたの忠告はありがたく受け取っておくけどさ。アサルトライフルに役に立たない軍服を着ていても無駄死にするだけだ。どうせ死ぬならば一体でも、ひとりでも多くのザ・クロックを仕留めてから死にたいんでね。
トラブルがあって死んだとしてもあんたを恨みはしないぜ」
「そういうところが駄目なんじゃ。自暴自棄気味というのは本当のようじゃな」
「仕方ねえだろう」
大切な人を守るためにザ・クロック事変を戦い抜いたのに、守りたかったひとを守ることは出来なかった。その大切な幼なじみから想いを託されたから守るために戦ったが、人生に嫌気が差しているのも確かだ。
多少の自暴自棄気味になるのは人間として当然だ。
「若いもんは長生きする義務があるんじゃよ。年寄りは智恵で若者を助け、若者は歳を取ったときに若い者を助ける。こうして人類は進化していったのじゃから、おぬしもこの綿々と続く進化に協力する義務がある」
「あんた説教臭くなったな。iPoweredの進化に合わせて、あんたも老けたってことか」
「年寄りの話は真面目に聞くもんじゃ」
「冗談だよ。説教臭いのはむかしからだし、あんたの美点だと思っている。あんたの話も至極もっともだと思う」
何一つ間違っていない。ディセットの言葉は正しいと思う。
「だが若者はエネルギーに満ちているんだ。そのエネルギーの幾分かが人生に嫌気を刺す気持ちに注がれているんだから、多少自暴自棄にはなるさ」
飛鷹はいったん言葉を切る。
雫の言葉を思い浮かべ、自分に言い聞かせるようにいった。
「あいつから言われたんだ。皆を守って、ブルーティアってさ。だからこの命は誰かを守るために使う。それが俺の生きる意味であり、あいつを守れなかったせめてもの贖罪だと思う」
「――そこまで言うならば、もうわしからいうことはない。わしらはわしらの仕事を全うするだけじゃ。すなわちiPoweredの安全性を高め、強化する。牛歩の歩みだとしても止めるつもりはない」
部下から慕われる理由がわかる。
変人だが嫌いにはなれない。だから飛鷹も本音で話せる。
「なにか要望はあるか?」
「そうだな――じゃあiPoweredに装着しているエンジン」
「セキレイドライブじゃ」
「そのセキレイドライブをふたつ連結してくれ。そうすれば二倍ではなく、二乗のエネルギーを発生するだろう?」
「どうしてそういう計算になるか、まったく検討もつかんが」
ディセットは呆れ顔をする。
「そもそもセキレイドライブについて、どれくらい知っておる?」
「簡単に言えば、セキレイ粒子を生成するための粒子生成装置だったな」
ディセットは右手を後ろに回すと、助手が手慣れた動きでペンギンの絵柄のコップを手渡す。紅茶の芳醇な匂いが漂い、喉が乾いてくる。
ディセットが手を動かすと、助手はもうひとつのコップを持ってきた。海鳥の絵柄のコップで、飛鷹は一礼して受け取った。
「これは……アロマティカスか?」
紅茶はダージリンで、モコモコとした葉っぱが浮かんでいる。この葉っぱの形と香りは、アロマティカスと呼ばれる観葉植物であり、ハーブだ。
「よくわかったのう」
「親父が観葉植物好きでさ」
飛鷹は父が大切にしていた観葉植物のことを思い出す。
「ではブルーティアの由来もわかるかのう?」
「まさか色のブルーと観葉植物のディスキディアを合わせたなんて言わないよな?」
「ひょほほっ、正解じゃ」
なんとなくそんな気はしていた。
プミラやイキュラなんて単語は観葉植物以外には聞いたことがない。
イエロープミラはイエローとフィカスプミラの組み合わせ。パープルドラゴンはパープルとサンスベリアドラゴン、レッドローズはレッドとピングイキュラを組み合わせたものだろう。
もちろん自分が知らない単語なんて星の数ほどあるし、まったく関係がない可能性も高かった。だからなにも言わなかったのだが、まさか自分が直感として感じていたことが当たっていたとは。
「さて、話を戻そう」
ディセットはカップを持った手を左に回す。助手は慣れた手つきで受け取った。
「ニュートリノは知っておるか?」
「素粒子のひとつだったか。一秒間で地表に数兆個が降り注いでいるのに、透過性が非常に高いから研究が困難な代物だよな」
「そのニュートリノを特殊な装置で、セキレイ粒子と呼ばれる特殊な光子に変換させるのがセキレイドライブじゃよ。ニュートリノ振動を利用しているわけじゃが――細かい説明は省くとしよう。
それとも説明して欲しいかのう? 戦術部やスミーヴァの隊員に細かく説明したことがあったんじゃが、殆どのものは付いていけないんじゃが」
「遠慮させてもらう。どうせわからねえだろうからな」
飛鷹は肩をすくめた。
技術的な説明をされてもさっぱりだ。
「わかっているじゃろうが、念のために言っておく。戦闘中にセキレイ粒子が切れることはある。気をつけることじゃな。セキレイ粒子はiPoweredの各部位に貯蓄するように設計しているが、貯蓄した分がなくなれば動けなくなる。常にニュートリノーは宇宙から降り注いでいるから、時間が経てば溜まるが戦闘中は僅かな時間動けなくなるだけで命取りじゃからな」
「警告音が鳴るとヒヤッとするな」
「人間が体を動かすのにはカロリーがいるように、iPoweredも最低限のセキレイ粒子が必要なのじゃよ。そこはくれぐれも気をつけておくことじゃな」
「了解した」
肝に銘じておこう。
「セキレイドライブと一言でいっても、iPoweredとネフアタルのセキレイドライブは天と地ほどの差がある。iPoweredはインタグルドの要じゃ。失うわけにはいかんのでセキレイドライブの中でも特に品質が良いものだけを選んでおる。
また技術向上により、単純にセキレイドライブの質がザ・クロック事変よりも少なくとも三割は底上げされとる」
「その分、活躍が期待されるんだよな」
飛鷹は軽いプレッシャーを感じながら、肩をぐるりと回すことで誤魔化す。
「素材も違う。ネフアタルに使われている装甲材はルナカーボン。iPoweredはセルロースEじゃ。
セルロースEは植物に含まれるセルロース由来の素材じゃな。そのセルロースを紡ぐ遺伝子を注入された微生物が、セルロースを紡ぐことでセルロースEとなる。ただし無重力空間でなければ綺麗な配列にならん」
「無重力空間って気軽に言うが、どこにあるんだよ?」
「もちろん宇宙じゃよ。インタグルドは宇宙にISS以上の規模の施設を持っておる。光学迷彩で隠れているからわからんがのう」
まさか宇宙にまで施設を持っているとは。いや、不思議ではないか。オーバーテクノロジーを持つ組織だ。宇宙に施設くらいあってもおかしいことはなにもない。
「セルロースEは地球で一番頑丈で、軽く、そしてセキレイ粒子をまとえるという特徴がある。ザ・クロックの上級幹部クラスを倒せるのはセルロースEのおかげといっていいじゃろう」
「つまり、上級幹部クラスを倒すにはiPoweredでなければいけない」
「うむ」
ディセットは頷く。
「そこのところの役割は変わらないか。まあ上級幹部と接敵することは稀だから問題は殆どないんだろうけど」
「前線にいる部隊が勝てないと判断した場合は、民間人がいれば守りながら撤退。民間人がいなければ即座に撤退することになっておる。少しでも戦力を温存しておきたいからのう」
「今度のザ・クロックを倒しても、またザ・クロックが復活する可能性があるからか?」
「可能性はある」
ディセットは重々しい表情で言った。
「人類が一致団結して戦ってくれれば少しは楽なんだけどな。統一国家でも樹立して、統一国家軍でも作り、装備を統一すればいまより戦いやすそうだが」
「それが出来ぬから、わしらが必要なんじゃよ」
ディセットのいう言葉はもっともだ。
人類が生き残るためには、各国の垣根を越えて動ける組織がいる。
「ところで部品はどうしているんだ? iPoweredは言うに及ばずだろうが、ネフアタルもハイレベルな部品で構成されている。本部に工場があるのはわかるが、前よりもインタグルドの規模は拡大している。本部の工場だけでは足りないだろう?」
「本部の工場で用意できないパーツは、町工場に発注しておる」
「町工場レベルで作れるのか?」
「町工場の技術を舐めてはいかん。その工場のみが保有している技術があるんじゃよ」
「いや、そりゃ、町工場の技術が高いとはよく言うけどさ……出来るもんなのか」
「無論じゃよ」
ディセットは誇らしげに言い放つ。
「しかしリスクもあるんじゃねえのか? インタグルドは秘密組織だ。その秘密組織が作る兵器の部品だとわかったら、危なくない?」
「心配は無用じゃ。例えば、ボーイング767の部品は六百万点。細かい部品の集合じゃな。エアトゥース級も同じ数のパーツが使われておるのじゃよ。どの部品がどの工場で作られたかを特定するのは、至難の業じゃ。
念のために擬装の発注もしておるから、部品を製造しているものたちも気づかんはずじゃよ」
「対策は万全か」
「しかも発注しておる町工場は、この南鳥市に存在しとるからのう。ザ・クロックの襲撃で工場が破壊され、部品の製造が出来なくなるリスクは抑えとる」
「そういや南鳥市は技術力も相当高いと評判だったな」
南鳥市は日本最南端だ。重力の安定する赤道に最も近く、軍事民間問わず衛星やロケットの打ち上げも盛んに行われている。
「豊富な資金源を武器に、大規模な誘致を行ったのじゃよ。おかげで世界中の優秀な町工場を集めることに成功したわい。移住してくる技術者の家族は、幼稚園から大学まで学費が無料。消費税も掛からぬ。さらに新規事業に乗り出したい場合にも、補助金が支給される」
「そいつは技術者が喜びそうだ」
「しかも後継者不足を補うために、南鳥市では技術を継承したい若者と町工場のセッティングも行っておる。こうすることで町工場の技術が失われることもない」
ディセットはどこか誇らしげだ。
「充実しているな。金も掛かりそうだが」
「かつてアイスランドが経済危機に陥ったが、立ち直ったのは教育に投資したからといわれておる。経済を動かすのは人じゃからな。教育に多額のお金を掛けておる国家はGDPが高い。結局、人に投資をするのが一番儲かるというわけじゃな」
「あんたはそういうことについても知識があるんだな」
「もちろんじゃよ。わしもかつては町工場で苦しい生活をしておったからのう。大企業が町工場を虐めるのは、どこの国でもあることじゃよ。
インタグルドを創設するときに、役に立ったから無駄ではなかったようじゃがのう」
ディセットは朗らかに笑った。
「南鳥市はインタグルドの隠れ蓑から、インタグルドそのものにバージョンアップしたということじゃな」
「市民は知らない間にインタグルドの一員なわけか。ちょっと怖いな」
悪の組織ではないが、秘密組織なのだ。気がついたら組織の一員など、ちょっと怖い。
「それ故に安全じゃよ。ここは日本連邦海軍の第一パトロール艦隊の拠点でもある。ザ・クロックが襲撃してきたとしても、そう簡単に墜とすことは出来ぬ」
「インタグルドもすぐに出撃できるしな」
「そういうことじゃな。隊員のなかにはこの南鳥市に家族を住まわせておるものも少なくない。人が戦う理由は様々じゃが、一番の理由は家族のためじゃな。家族を守るためならば、普段以上の実力を発揮できるのが人間じゃ」
「よく出来ているな」
「兵士一人を戦わせるには、バックアップに百人が必要といわれておる。南鳥市は八百万人。インタグルドの構成員は約八万人。適切な数ということじゃな」
「八万か。ほんと規模が拡大したな」
「むしろ八万は少ないと考えたほうがいいじゃろう。どれくらい敵が控えているかわからんからのう」
「部長! こちらをチェックして欲しいのですが!」
「わかった。すぐ向かう」
奥からディセットの部下が大声を上げ、ディセットも応じる。
「用事ができた。今日はこの辺で失礼させてもらうわい」
「いや、こちらこそ。色々と面白い話を聞かせてもらって」
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