第9話 南鳥市
「見えてきたわ」
スワーラが指を差す。
海上に蓮の群れが浮かんでいる。
ひと言で表現するならば、そんな言葉になるだろう。
蓮は淡水でしか生息出来ない。イニティウムが空中に浮かんでいるのだから、海上に浮かぶ蓮を目視出来るはずがない。
蓮の正体は直径十キロという巨大な人工島だ。外縁部が緑に囲まれているため、ぱっと見ると海に浮かぶ蓮と勘違いするのだ。
人工島で構成された海上都市は日本が世界で初めて作った。テレビでもよく特集されている。世界に誇るべき海上都市――南鳥市。
「綺麗だな」
イニティウムという特別席のみに許された絶景。
ザ・クロック事変のとき、戦いのあとはいつもくたくただった。ザ・クロック事変を乗り越えられたのは大切なひとを守りたいという理由が一番だったが、この絶景は疲弊した精神を癒やしてくれた。
またこの絶景を見られたことに感謝するとともに、戦いが始まったことを残念に思う。
より正確に言えば、海上都市州。
州並みの高い自治権を持つ都市を都市州。
この南鳥市にインタグルドの本部がある、というよりも南鳥市全体がインタグルドだ。ただし八百万人の住人の殆どはその事実を知らない。
南鳥市の歴史を紐解けば、三十年前にさかのぼる。
三十年前、レアアースがたっぷり含んだレアアース泥が、南鳥島の周辺に眠っていることが三十年前に発見された。
その資産価値は二百兆円。さらにレアアースに関する大きな問題も解決することになる。
陸上のレアアースを精錬するのは山を酸などで溶かす必要があり、土中に眠る放射性物質のトリウムを空気中にまき散らすという問題がある。レアアース泥は泥なのでレアアースを取り出しやすく、取り出すコストも土から取り出すよりもずっと低く済むというメリットがある。
まさしく宝の山が眠っているとはこのことだった。
しかし残念なことに三十年前の日本には、レアアース泥を精錬する技術はなかった。そこで手を組んだのがスカンジナヴィア・バルトの海底資源の精錬を専門にしていたオズ社であり、日本の建設業者である止水建設と合併してエアリーズ社が生まれた。
エアリーズ社は南鳥市に精錬工場を建設。レアアース泥の精錬のみを少人数で手がけていたが、次第に本州への輸送も担うようになり、精錬工場の拡大による人工島も建設された。
南鳥島は本州から一千八百キロも離れているため、日帰りは出来ない。人工島内には居住スペースが設けられ、運営も行うこととなる。
人が増えれば作業員以外の人間が必要となる――スーパーやコンビニが作られ、医者や警備員も常駐することとなった。娯楽施設も必要で運営するには人の手がいる。
そうして次第に人工島は拡大していき、街となる。
エアリーズ社は海中と海上の温度差を利用した海水温度差発電、海底の冷たさや豊富なミネラルを含んだ海水を利用した様々な農業、観光など、人工の海上都市という利点を活かしたあらゆる業務に手を広げる。
つまり、南鳥市はあらゆるインフラから産業までを担っている。
エアリーズ社は一大グループ、エアリーズグループになり、他の人工海上都市の運営も行っていた。
そのエアリーズグループがインタグルドの本体だ。
海上都市の一角にこっそりと秘密基地、つまりインタグルドの本部を作り、精錬したレアアースの一部を流す。南鳥市の精錬しているレアアースは膨大なので一部だけでもかなりの量だ。
インタグルドの高性能な装備を作るには十分な量が確保できていた。
「南鳥市は観光も盛んだから、美しいのは当然ね」
南鳥市は常夏の環境で海がとても美しいことで知られている。人工の海上都市で、整った街並みも魅力だ。それを生かして観光客を呼び込み、収益を得ている。
「単純に美しいだけではないわ。二百メートルよりも下にある海水、海洋深層水を使って商品も開発しているわ。海洋深層水はミネラルがたっぷり含まれているから、美味しい農作物を作れるのよ。例えば、ネギとかね」
「隊長は好きっすからね」
「ネギは素晴らしいわ。血液をサラサラにしてくれるし、美容にもいい。毎日食べても飽きない神が作りし食べ物よ」
心なしかスワーラの声が踊っている気がする。
ひょっとして食べ物に関しては自制心が効かないのだろうか?
「海水温度差・風力・潮力といった海を利用して発生させた発電で液化水素を作り、積極的に輸出することで得られる利益も莫大ね。かつての産出国が豊かだったことを思えば、その利益がどれほどかがわかるわ」
「その利益の一部がインタグルドに使われているんだよな。正義のためなんだろうけど、ちょっと罪悪感を抱いちまうな」
「タックスヘイブンで利益を貯め込むよりもよほど健全よ。社会に貢献しているわ」
「たしかに」
インタグルドがいなければ、旧ザ・クロックに世界は征服されていた。
今回のザ・クロック戦争でも死傷者の数はもっと多かっただろう。
「本部が見えてきたわよ」
「懐かしいねえ」
大きさは他の人工島と変わらない。ただ緑は少なく、外縁を分厚い壁に囲まれていた。また他の人工島とは連結していない。
「エアリーズグループが保有する部外者立ち入りの人工島型の研究所――通称、Xエリア。エアリーズグループは軍から依頼された様々な兵器の開発も行っているわ。最新兵器に必要なレアアースはいつでもすぐ手に入り、近くの海域からもマンガンなど様々な金属が調達できるからよ。
インタグルドとしても、軍事兵器開発の拠点という名目で強固なセキュリティーを設けることができるわけよ」
「いきなりどうしたんだ?」
「詳しい解説をしたほうがいいと思って」
「忘れていたから解説はありがたいが」
いきなり解説をされても、こちらとしては戸惑う。
まあスワーラは時々こんな風に突然、解説をしてくるのが好きだ。「漫画のキャラみたいで素敵じゃない?」とは本人談だが、なにが素敵なのかはさっぱりだ。
――不思議ちゃんなところあるからな、スワーラは。
あまり突っ込まないでおこう。面倒くさい。
「前々から思っていたんだが、軍の関係者が来るんじゃないのか?」
「そこはぬかりないわよ。インタグルドの仲間はあちこちにいるわ。厳選した仲間たちだから、裏切られる心配はない」
「フラグにしか聞こえないんだがな」
「そのときはそのときだけど――多分、大丈夫よ」
「根拠は?」
「女の勘かしら」
飛鷹は一笑する。
しかしスワーラの言葉は、なぜか信じられた。なぜだろうと考えたが、答えは出ない。
「着陸っすよ」
網膜に投射されるのは何の変哲もない光景だった。研究用のビルや道路、その道路の脇には緑が生えている。
地面が迫り、高度が下がっているのがわかった。眼下には研究棟と思われるビルがあり、このままいけば激突は避けられない。飛鷹は思わず、と叫びそうになったが、ぐっと堪える。
イニティウムはビルを通過して、地面に着地した。
ごうん、という音ともに機体が巨大なエレベーターを通して、地下に呑み込まれていく。
安全だと頭ではわかっていても、視覚的には恐ろしい。
慣れれば平気なのだが、久々だと堪える。
「本部にあるビルの殆どは本物だけど、ごく一部は立体映像による偽物よ。最近の人工衛星は高性能で髪の毛一本も見分けられるわ。だからこうした偽装を施している」
「忘れていたさ。一年と九ヶ月ぶりだからな」
自分で口にしてみて、改めて実感する。
またここに帰ってくるとは。
「本部についたわ」
エレベーターが止まる。
「出撃命令がない限り、私たちは待機するのは昔と変わらないわ。コマンドルームに行くわよ」
スワーラが背を向けて歩き出す。飛鷹は後を追う。
イニティウムに搭乗したのと同じハッチを使って機外に出た。
インタグルド本部は円形で、五つのブロックに分かれている。いま着陸したイーストブロックは格納庫、ノースブロックは研究及び開発エリア。ウェストブロックは各種兵器の生産工場。サウスブロックは居住エリアだ。
中央ブロックは総務部のオフィスといった各部署の仕事場や各小隊の待機室であるコマンドルームが置かれていた。
出撃した部隊はまずイーストブロックに降りて、中央ブロックに向かう。
飛鷹は格納庫を見渡す。
イニティウムがホワイトとライトブルーのツートンカラーに対して、他の機体はホワイトとライトグリーン――戦術部仕様のエアトゥース級だ。
光学迷彩で飛んでいるから、こうしてきちんとした姿を見られるのは格納庫だけだ。
軽く数えて百機以上。これだけの数が揃っていると壮観だ。
「あれはなんだ?」
格納庫の奥に見慣れないエアトゥース級があった。
ホワイトとライトレッドで、十機並んでいる。
「エアトゥース。フォートレスね。クニーサが使うわ」
「クニーサというのは?」
「総爆撃を専門にしている部隊がクニーサす。エアトゥース・フォートレスはエアトゥース級の爆撃仕様す。たった一機で瞬きひとつしている間に、大都市を灰にすることが出来るんすよ。参考にしているのは、北米同盟のAC130すね」
大型輸送機のロッキードC130を対地攻撃用に改造したのが、AC130だ。高い積載力を生かして搭載された無数の重火器から放たれる攻撃力は圧倒的で、要塞という名にふさわしい。
エアトゥース・フォートレスもそれを参考にして、インタグルドの技術が加わっているのだから、圧倒的な火力もうなずける。
「インタグルドはオーバーテクノロジーを与えられて、決起しようとした組織を潰して回っていたのは話したわね」
「ああ、言っていたな」
「そういう組織を見つけたら、まずはクニーサが徹底して爆撃を行うわ。戦術部や私たちスミーヴァは民間人がいるところで戦うから派手な攻撃は出来ないけど、敵拠点ならば遠慮はいらない」
「派手に爆撃して、周りにバレないかね?」
「大抵の組織は人里離れたところに去年を構えているから大丈夫よ」
「なるほどねえ」
圧倒的な火力で駆逐するのが最も手軽だ。クロックロイドは銃弾を弾く防御力を持っていたが、人間サイズでしかない。防御力には限界があるはずだ。爆撃機の絨毯爆撃を喰らえば大破するだろう。
「整備用ロボットも変わりないな」
長方形のボディーに複数のアームが付いているロボットが、下部からセキレイ粒子を放出しながら格納庫内を移動していた。
ライトブルーの整備服を着た整備士たちが、こちらに向かって歩いてくる。整備ロ
ボットに指示を出していて、整備ロボットは人の手が届かないところに向かって飛んでいった。
インタグルドは秘密組織だ。人の口に戸は立てられないという諺があるように、人が多いほど秘密が漏れるリスクは高まる。秘密を守るため、整備士の数も最小限に減らして、整備ロボットに補わせていた。
そんなことを飛鷹は思い出す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます