第8話 新しい仲間達後編
「というのは冗談で、本当はガンナーなんだ。ごっめーん」
てへっ、とノルテは舌を出して謝る。
どこか雫を思い出させたが、性格は随分と違うようだ。ここまで軽いとは思わなかった。だがインタグルドの精鋭部隊に配備されるのだから、優秀ではあるのだろう。
「ノルテは優秀なガンナーよ。緊急時にはネフアタル狙撃仕様のネフアタルスナイパーで狙撃も行うわ」
「あんたのお墨付きならば安心だな」
「いやあ、それほどでもないよぉ」
ノルテは破顔する。
どうやらかなりお調子者の性格のようだ。だが優秀ならば文句はない。スワーラが保証してくれるのだから腕は大丈夫だろう。
「隣にいるのが本隊の通信オペレーターをしている、セティヤ・フェッテ三等従士よ」
イシニコの隣にいる赤い髪の少女がタブレットを手にして立ち上がり、お辞儀をしてくる。
小柄な体格の少女だった。年齢は自分と同じくらいか。可愛らしい顔立ちで、小動物のような愛らしさがある。
「はじめまして。セティヤ・フェッテ三等従士です」
セティヤはタブレットを叩きながら答えた。いや、口は動かしていない。
「セティヤは話すことができないのよ。だからタブレットで文字を叩いて、タブレットに内蔵されたスピーカーから声を発しているのね」
「彼女はオペレーターだよな?」
「大丈夫よ。オペレーターとしては優秀だから。彼女の席の前にはキーボードがあるわ。それを叩けば、指示を出すことができる」
「しかしどうしてオペレーターに?」
「あなたがインタグルドにいない間に、潰したトーアという組織に彼女はいたのよ。彼女はトーアが作り上げたデザインチャイルドのひとりよ」
「デザインチャイルドってあれだよな。遺伝子を弄って作り上げた」
某アニメでコーディネイターと呼ばれる存在の連中の第一世代は、デザインチャイルドだった。
「ええ、彼女は調節されているわ。残念なことに、デザインチャイルドという素性は裏社会でも知られてしまったのよ。いつどこの組織に狙われるかもわからない。もし社会に出るとすれば一生護衛を付けなければいけないのだけど、それでも危険は付きまとう。
だから本部で保護していたのだけど、彼女が自らスミーヴァ本隊のオペレーターになることを志願したのよ」
「スワーラさん――いえ、総隊長に頼んだんです。なにもしないで生きるのは死んでいるのと同じだから。私もインタグルドの一員として、人々を守るために頑張りたいなって」
セティヤは両手をぎゅっと握った。
保護欲を刺激する少女だ。スワーラがスミーヴァ本隊のオペレーターに採用したのもわかる。
「しかしまあ、どうして話せないように?」
「後天的サヴァン症候群――いえ、人工的なサヴァン症候群と呼ぶべきでしょうか。そういうものを作るのが目的だったのでしょうね」
スワーラの隣にいた青年が答えてくれた。紺碧の瞳をした絵に描いたような白人の美青年だ。
「あんたは?」
「これは失礼。あなたと同じiPowered装着者。パープルドラゴンを装着して戦う、エルヴァ・ピサイダ一等騎士です」
エルヴァは丁寧に答えた。
知性を感じさせる相貌に、知的な光りを宿した瞳。丁寧な言葉使いは、理知的な雰囲気を漂わせるる彼に似合っていた。
「サヴァン症候群はご存じですか?」
「ある一定のことに高い才能を発揮する人のことだよな」
「通常、脳は数百、数千の作業を同時に行っています。ですがその処理能力をたったひとつに集中させる」
「高い成果を出せるな」
エルヴァは頷いた。
「アン・アダムスが良い例でしょう。科学者から画家になった方です。彼女は脳の病気で言葉を喋れなくなり、言語を司る部分が死滅しましたが、代わりに視覚を司る部分が発達しました」
「つまり、言語機能を奪う代わりに他の能力を上げたというわけか。なんだかひでえ話だな」
生き物をなんだと思っているんだ。吐き気がした。
「品種改良で新たな生命体を生み出すのは人間がやっていることです。犬や猫の新種を生み出したり、優れた人物の遺伝子を組み合わせて超人を作ろうとしているのですから、トーアとひとは殆ど変わらないと言えるでしょうね」
「そう言われると、なんというかまあ――人間ってのは神にでもなったつもりかね」
飛鷹は呆れ顔を浮かべた。
「ちなみに私も、インタグルドに潰されたオルテュスの一員でした」
「いいのか、スワーラ?」
「問題はないわ。私もインタグルドがかつて潰した組織のラ・デェスとは関係があったから」
「まさかその目が関係しているのか?」
スワーラは頷く。両目を指で掴んで取り出してみせた。
「わかったから。もういいぜ」
飛鷹は申し訳ないと思いつつも、手で遮った。
スワーラは目が見えない。生まれてすぐに病気になり、目を失ったそうだ。しかし
彼女は精密な狙撃をこなし、日常生活でもなに不自由なく生活している。両目は義眼で、インタグルドの超技術で見えているわけでもない。
スワーラによれば、超能力で見えているそうだ。視点は普通の人間と変わらない眼球の位置から、上空数百メートルから俯瞰する感じにまで自由に変えられるという。
その超能力を彼女は「ソレイユ・アイ」と呼んでいた。
飛鷹は超能力を信じていなかったが、彼女の能力を見ると信じざるを得なくなった。恐らく、そのラ・デェスという組織は超能力を使う組織だろう。超能力がオーバーテクノロジーかどうかはわからないが、とりあえず危険な組織として潰されたとだけ考えておこう。
「がははっ、この組織にいる人間がまともな経歴のはずがないわ!」
アラブ系な顔立ちした男が、豪快に笑う。
出世を蹴り現場にこだわるベテラン刑事のような雰囲気を漂わせ、見る相手に頼もしい印象を与える。
「あんたは?」
「おっと、失礼した。俺はスフィル・ビショップ一等騎士。iPoweredのイエロープミラを装着している」
「スミーヴァ本隊の一員か」
「そうなるわい」
スフィルはがははっ、と高笑いをした。
「俺は元ユーロポーロの捜査官でな。組織犯罪を専門にしていた。裏社会の人間達と戦っている時点で、まともな経歴とは言えんだろうな。がははっ」
たしかに捜査官というのは裏社会の人間と関わるから、まともとは言えないかもしれない。普通に生きていれば、裏社会の人間と接することもないはずだ。
そう考えれば、自分もガッツリと裏社会の人間と関わっている——いや、既に半分裏社会の人間と言えるか?
——しかしまあ、癖のある人材を選んだ感じだな。
自分たちが潰した組織と関係のあるものをiPowered装着者に選んだ理由はなぜか?
「優秀で、適正があったからよ」
「心を読まないでくれよ」
「あなたの考えていることはわかるわ。そしてあなたも関係があると言ったら?」
「俺が?」
裏社会と繋がりを持った覚えはない。
しかし過去に出会った人物で、裏社会の人間なんていたか?
——まさか、師匠ではないよな。
飛鷹の師匠はふたりいる。ひとりは母で飛太刀二刀流の宗家の娘だ。もうひとりはナエスト流というロングソードの剣術で、師匠は独裁政権を打倒した英雄のひとりだ。
横暴だが独裁政権相手とはいえ、反政府的な活動に身を投じていた師匠は裏社会に身を置いていたと言えなくもない。
「そろそろいい」
ブリッジの壁に溶け込み、気配を消していた女性が明るい声で言った。
気の強そうな目つきに短く切りそろえた黒い髪。小麦色に焼けた肌。黒いTシャツを着ていて、形のよい胸を覆っている。のズボンも膝までカットされていて、露わになった肢体は適度に鍛え上げられていて、快活でスポーティーな印象を与える。
汗を流す姿は絵になるだろうな、そんなことを思わせる美女だった。
「あたしはリン・シェンホー一等騎士。スミーヴァの本隊のサブリーダーを任されているよ」
「スワーラがいないときには、あんたの指示に従えばいいってことか」
「そうなるわ。本当はイシニコかスフィルがやってくれれば楽なんだけどね。あたしは指揮官って柄じゃないし」
「それは俺も同じことよっ。俺は人に指図をするのは得意ではない」
「あんた、確か警部だったよね」
「部下なんて面倒な書類や連絡をさせるための仕事をさせておったわい。荒事は苦手な奴だから、ちょうどよかったのう。がははっ」
「俺はイニティウムの操縦に専念しないといけないっすからね。指揮をする暇はないっすよ」
「こういうことよ」
リンは飛鷹の方を向いて、顔を引きつらせた。
誰も立候補しないから、無理矢理委員長を押しつけられるようなものか。そう考えると、このチームが学校のクラスと同じようになってしまうが、集団で面倒な役目を押しつけるというのは自然の摂理なのかもしれない。
「エルヴァはどうなんだ?」
「私の本職は庭師でしてね。庭師が指揮を執るというのは不釣り合いと申しましょうか」
「納得した」
エルヴァの言う通りだ。経歴から考えれば、スフィルかイシニコのほうが向いている。
「ちなみに出身は台湾。台湾の少数民族であるタオ族の母と、五百年続いたボディーガード一族の父がいたわ」
リンはいきなりズボンをまくりはじめる。
「ちょっ、なんのつもりだっ」
飛鷹は思わず目をそらすが、リンは恥じらう様子もなく、周りの皆も特に反応はない。
「これ、なんだと思う?」
「手術のあとだな。しかしこいつは」
手術跡は丸く、まるで繋ぎ合わせたかのようだ。
リンは両腕の袖をまくった。腕のほうにも丸い手術跡があった。
「この両腕と足はあたしの姉のものよ」
「お姉さんの?」
「一年前、ある政治家を一族総出でボディーガードすることになったわ。結果は、あたし以外の一族は殺された。あたしが生き残ったのは、見せしめのため。敢えて生き残ることで、恐怖を語らせる。
いっそのこと、殺してくれればよかったのに! そう思ったのは一度や二度ではないわ」
リンの言葉からは悔しさがにじみ出ている。自分だけが生き残ったことに後悔を抱いている。その気持ちは痛いほどわかる。
「一族の仇を討つ! そう思っていた時期もあったわ——でも、インタグルドがその組織を潰したけれど。だから半分は恩返しのために、インタグルドにいるわけよ」
凄惨な話だ。見せしめだとしても、あまりにも酷い。そして自分と同じように憎しみを抱いているものがいることに微かなシンパシーを抱いている自分に気づいて、ほんの少し吐き気がした。
「半分は生活のためだけど。一族皆殺しにされて、唯一人生き残った元ボディーガードを雇ってくれる組織はどこにもないわ。
まったく、腹立たしいわ」
「サブリーダーなのに、感情的だな。いいのか?」
「だから嫌なのよ。いまからでも変わってくれるならば歓迎だけど?」
リンはスフィルとイシニコを向いたが、ふたりとも顔を振るだけだ。
「そう言えば仇討ちがどうとか言っていたけど?」
リンが尋ねてくる。
自分と同じような理由でインタグルドに来たのが気になっていたのだろう。
「ザ・クロックに幼なじみを殺されたんだ。それと二年前のザ・クロック事変で戦った先輩でもあるぜ。まあ先輩風を吹かすつもりはないけどさ」
「ああ――それでスワーラと親しげなのね」
「親しそうか?」
「うん、あたしたちよりも打ち解けている感じがする。あたしたちはザ・クロック事変のあとにスカウトされた人材だからね。あのグランドコンプリケーションを倒したブルーフォースならば納得だわ」
リンは何度も頷いた。
「グランドコンプリケーションとの戦いは世界中継されていたからね。あたし達一族もリアルタイムで見たんだよ。はっきり言って、うちの一族は誰も勝てない! 装着しているパワードスーツの性能が凄いのはわかるけど、装着者の技量もとんでもないことは武道経験者からすれば一目でわかったよ! まさかこんなに若いなんて思いもしなかったけど」
「そんなに褒めることかねえ」
正直なことをいえば、戦っていたときのことは殆ど覚えていない。実力は互角。勝敗を分けたのは装備の性能差に過ぎないといまでも思っている。もし自分がグランドコンプリケーションを装着していたら、間違いなく死んでいた。
「私も同意見ですよ。庭師ですがハルバート術の心得がありまして。世界大会で優勝している腕前です。その私から見てもあなたの技量は素晴らしいものだ」
「俺も同じ意見だぜっ」
エルヴァとスフィルにも言われるとは思わず、なんだか少し気恥ずかしい。
「しかしまあハルバート術か」
「珍しいですかね」
「いや、ハルバート術も習ったけどさ」
「それは素晴らしいっ。どうして習われたのですか?」
「親の方針だな。父は元スカンジナヴィア陸軍の特殊部隊出身で、母は飛太刀二刀流という古流剣術の宗家で免許皆伝の腕前。そんな家だから子供の頃から色々な戦い方を叩き込まれてさ。
夏休みや冬休みには世界中の武術家に弟子入りさせられて、技を叩き込まれた」
当時としてはなぜこんなことをさせられるかわからなかった。友達とヒーローショーを見に行きたいのに、そんなことは許されず。夏休み冬休みと言う短い期間にみっちりと技を叩き込むため、かなり厳しい修行の日々。
しかしいまなれば、あの厳しい日々のおかげで生き残れたのだから感謝すべきだろう。
「親御さんの教育の賜物だったのですね」
「そうなるか」
「ご両親に感謝しねえとな。ガハハッ」
エルヴァとスフィルは感嘆していた。いや、イシニコやノルテも同じ反応を示している。
「あんたに親近感を抱いた理由がわかったわ」
リンだけはわかってくれたらしく、同情的だ。
「子供は親を選べないという事ね」
スワーラも追加すべきか。
ただスワーラは祖父母に育てられたと聞いた記憶がある。
目的地に着くまえにちらりと話してくれただけで、細かいことはわからない。彼女は自分についてあまり語らない。
インタグルドの総司令を兄と呼び、ザ・クロック事変が終わったあともインタグルドに残っているのだからかなりの家柄なのは間違いない。
インタグルドは秘密組織だが金を持っている。
どこからそのお金が出ているかはわかる。
「そろそろ本部に付くわ」
久しぶりのインタグルドの本部。
変わっていなければあそこだ。
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