第7話 新しい仲間達前編
強烈なダウンウォッシュが起き、目の前に全長50メートルほどの航空機――菱形の複葉機が現れた。
緩やかな曲線を帯びた胴体の上と下から斜めに飛行翼が生え、端が結ばれている。菱形に見えるし、同じ大きさの二匹のエイを重ねて、ヒレの端を結んでいるようにも見えた。それが格好良く見えるのは、エイの形が水中で動きやすいように進化した生き物だからだろう。
水中で動きやすいように進化した生き物は、空気抵抗に対しても理想的な形をしている。理想的な形は無駄がなく、シンプルでかっこいい。
カラーリングもホワイトとライトブルーのツートンカラーで、清潔感を感じさせる。
「インタグルドが誇る光学迷彩搭載の超音速機、エアトゥース級。インタグルドの戦闘部隊を運ぶことを目的としている。戦術部はホワイトとグリーンのツートンカラーだが、スミーヴァ専用はグリーンではなくライトブルーなのは変わりないのか」
懐かしさがグッと胸中にこみ上げてくる。この機体があったからこそインタグルドは神出鬼没なザ・クロックと戦うことが出来た。
「外見は変わりないけれど、攻撃能力を付与してあるわ。可動式のビーム砲と十二連装ミサイルが内蔵されているわよ」
「超音速で現場まで運ぶだけの輸送機だったのに。随分と変わったんだな」
「エアトゥース級は戦場まで運べば、待機するだけだったわ。ネフアタルで攻撃力が確保されていたし、戦場も市街地が多かったから強力な装備は好まれなかったわ。
でもエアトゥース級を遊ばせておくのは、機体の無駄遣いという意見が出たのよ。機体の大きさからネフアタルよりも強力な武器を装備できる。強力な武器は市街地に被害を与えて、復興に影響を与えるけれどネフアタルで倒せない敵も倒すことが出来る。市街地への被害も武器の出力を下げればいいという結論に至ったわ」
「たしかに市街地への攻撃も出力を落とせばいいだけだ。むしろ上空からの攻撃は雑魚を一掃するには向いているからな」
「ネフアタルのように小回りはきかない分、確実に敵しかいない場所を攻撃するには向いているというわけね」
「さっきガンナーという聞き慣れない単語があったが、そのガンナーが攻撃を行うのか?」
「そうよ。だからコクピットも改造されているわ」
外見は変わっていないが、中身は色々と変わっているらしい。
「お喋りは悪くないわ。でもそろそろ入りなさい」
「ああ、わるかった」
飛鷹はイニティウムのタラップを駆け上がる。こんなところを誰かに見られたら大変だ。
イニティウムのなかに入ると、自動的にハッチが閉まる。
もはや後戻りは出来ない――いや、するつもりはない。
ザ・クロックが復活した。旧ザ・クロックのボスを倒した自分が戦わなくてどうする。
「相変わらず簡素だな」
エアトゥース級の胴体は格納庫ブロックとブリッジのふたつで構成されている。格納庫ブロックにはフリーグドを装備したネフアタル一個小隊が立ったまま待機するだけなので、グレーの壁面に囲まれただけの簡素な作りだ。
どんな戦場にも十五分以内に到着できるため、椅子もない。武装を追加した関係か、以前よりも狭くなった以外には違いは見られなかった。
「狭くなったから一小隊しか乗せられなくなったわ」
「百ユニットと言っていたよな?」
「一ユニットは四小隊だから戦術部は、エアトゥース級を予備機も含めると五百機保有しているわ」
「随分と増えたな」
飛鷹がいたときは三十ユニットしかいなかった。ザ・クロックと同等の組織が十一倍いるのだから百ユニットでは物量としては足りないが、エアトゥース級に攻撃力を加味して補ったのだろう。
機械と違い、人間を増やすのは難しい。人員が増えるほど機密漏洩する危険が増し、予期せぬトラブルが発生する。
「戦術部以外にもエアトゥース級を保有しているから、エアトゥース級の総数は七百機ほどになるわね」
「ちなみに攻撃力としてはどれくらいにあるんだ?」
「スミーヴァや戦術部仕様のエアトゥース級は、最大出力で小都市を一瞬で灰にする火力があるわ」
「スゲえな」
「使えるところが限られているし、ザ・クロックを相手にするには足りないわよ。いまの戦力で旧ザ・クロックを相手にすると仮定して、楽勝かと言われれば答えはノーでしょう?」
「まあな。旧ザ・クロックは強かった」
都市や軍事基地に攻撃をしている背後を付けたからこそ、インタグルドは勝てた。もし最初から迎撃する構えだったら、クロックロイドという無限の兵力を誇るザ・クロックに軍配があがる。
つまり敵のミスがあったからこそ、インタグルドは勝てた。
「これを渡し忘れていたわ」
スワーラはコンタクトレンズを手渡してくる。
ただのコンタクトレンズではない。レンズには装着者の脳波を受け取って、様々な情報を表示できる。数百年進んだ技術を持つインタグルドらしい超高性能なコンタクトレンズだ。
「懐かしいねえ」
飛鷹はその超高性能なコンタクトレンズを両目に付けた。
このコンタクトレンズは寝るとき以外は、着用を義務づけられている。
インタグルド隊員の証しであり、必需品だ。
「ブリッジに着くわよ」
スワーラが近き、ドアが自動的に開く。
飛鷹はブリッジに足を踏み入れた。
ブリッジは十人ほどが入れる広さだ。正面にはふたつのシートが並び、側面にはシートがひとつ。真ん中には頭ひとつ高い指揮官用と思われるシートが用意されている。
指揮官用シートの周りにはふたりの男性とひとりの女性が控え、三つのシートにはひとりの男とふたりの女が座っている。
モニターはない。飛鷹が目に付けたコンタクトレンズは、モニターの代わりをこなしてくれる。モニターがない分、圧迫感がないというメリットもある。
ブリッジにいる隊員たちはグレーを基調として、青いラインが走ったツナギを着ている。どことなくオシャレなデザインは懐かしい。インタグルドの制服だ。
ラインの色は部署あるいは部隊ごとに事なり、青いラインはスミーヴァ隊員の証しだ。
「イシニコ・コングル二等騎士っす。エアトゥース級イニティウムのパイロットをしているっすよ」
操縦席に座っている黒人の男性が、健康的な真っ白い歯を見せながら答えた。
年齢は三十ほどだろうか。
理知的な雰囲気があり、いかにもエリートらしい。精鋭部隊のパイロットを任せられているのも納得がいく。
「イシニコは北米同盟空軍の元テストパイロットよ」
「滅茶苦茶エリートじゃねえか」
テストパイロットは新型機に問題がないか、徹底的に検証するパイロットだ。テストをする段階でパイロットの安全性はそれなりに確保はされているが、開発者が思いもよらぬ事が起きることがある。
不測の事態でも、無事に機体を持ち帰る。高い知識と判断力、そして確かな経験。要するに腕のいいパイロットでなければ務まらない。テストパイロットはパイロットのなかでも選ばれた存在だ。
「インタグルドの隊員はエリート揃いよ。いまさらね」
「出身がどこかなんて知らなかったんでさ」
ザ・クロック事変のときも毎日出撃し、くたくたに疲れて寝る生活だった。メンバーとは最低限のコミュニケーションしか取っていない。出身を聞く余裕はなかった。
「もしかして階級のことを気にしているっすか? もしそうならば、気にすることはないっすよ。隊長達を運んだら、正直暇っすからね。もちろん重大な役割だと理解しているっすけど」
イシニコは破顔した。
自分よりも年下で階級がうえの相手に、嫉妬することなく気遣いが出来る。きちんとした大人だ。付き合いやすそうな相手でほっと安堵する。
プライドから無駄な嫌がらせを受ければ、最悪の場合は死ぬ可能性もある。戦場は些細なことで生死を分ける。インタグルドのメンバーと揉めた記憶はないが、今回も無駄なことに煩わされることはなさそうだ。
「私はノルテ・オーン。分析オペレーターだよ。敵の分析を行うのが仕事なんだけど、通信オペレーターも兼任しているかな。というか分析することもないから、通信業務が中心なんだけどね」
そう朗らかに言うのは金髪の少女だった。
雫は日本人だし、ノルテはどう見ても白人だ。人種が違う。しかしどこか雫を思い出すのは、声が同じだからだろう。
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