第5話 ブルーティア後編

 数体のクロックロイド、その中心には見知った相手がいた。

 水滴のような上が尖った頭で、目の位置には十字の切り込みが入った大きな単眼があった。クロックロイド以上に無機質な印象を与えるが、その特徴的な単眼からは強い憎しみが伝わってくる。


 全身を白銀に染めた直線的なアーマーが覆っている。クロックロイドに比べて肩幅が広く、肩に大きな斧――西洋の戦闘用の大型斧であるハルバートを担いでいることから、見た目からパワータイプだと語っていた。


「トゥルービヨンドか。また懐かしい相手だ」


 ザ・クロックの三大最高幹部が装着していたパワードスーツ。この世界にまでお目に掛かるとは。


「貴様だけは殺す! いまのうちに殺す! 我らに厄災をもたらす貴様をいかすわけにはいかん!」


 憎悪を込めた言葉。

 自分がかつてのザ・クロックと戦っていたことを知っているのだろうか? しかしどうやって? インタグルドの情報管理が杜撰とは思えないが。


「まずは自己紹介からしてくれないか。俺はあんたのことを知らないんだ」


 飛鷹は軽口を叩くが、時間稼ぎだ。

 大きな音を立てたのだから、近所の住人が通報してくれるはずだ。警察では対処出来ないだろうが、悪いが逃げる時間を稼ぐ囮にはなるだろう。まだ死ぬわけにはいかない。雫の仇を討つまでは、死ぬわけにはいかない。


「そうか――貴様は駄目だったのか」

「駄目? どういうことだ?」


 思わせぶりな言葉に聞き返す。


「いまから死ぬ貴様には関係のないことだ」


 取り付く島がないとはこのことか。

 いや、早々に諦めててまるか。別の糸口を探すまでだ。


「冥土の土産に聞かせてくれよ」

「警察の到着を待つならば、無駄だ」

「そいつは考えていなかったな」

「警官を無駄には殺さぬ。いずれ我らの統治に必要となるからな。ただここに来るまでの道路をクロックロイドで塞ぐように配置した。警官隊も倒せぬ相手に四苦八苦しているところだ」


 舌打ちしたいのを抑える。

 こちらの思惑は読まれている。単純な相手ではない。


「貴様には怨みしかないが、聞かせてやろう。我はトゥルービヨンド。ザ・クロックの上級幹部だ」

「そいつはご丁寧にどうも」


 覚悟を決めるしかない。

 こいつは余裕がある。余裕は確実に自分を討てるという確信からだ。

 まだ死ぬわけにはいかない。こんな場所で死んでたまるか! あいつの仇を討つまで死ぬわけにはいかない!


 生き残れるかもしれない微かな道は、物心ついてから叩き込まれた剣術しかない。免許皆伝と偉そうに言っても、勝てるとは微塵も思わない。銃を持った素人を相手にしても、勝てる自信は無い。


 だが、ダメージを与えられる可能性はある。致命傷でなくても、ほんの少しでもダメージを与えられれば、トゥルービヨンドは予想外の出来事に動揺するだろう。その僅かな隙をついて、脱出出来るかもしれない。


 楽観的な考えかもしれないが、いま自分打てる手はこれしかないのだから賭けるしかない。


 トゥルービヨンドがハルバートを振り上げ、飛鷹は背中を丸めながら右手で柄を、左手で鞘を握る。体を起こしながら柄を抜きながら、鞘を引く。


 薬丸自顕流の抜きの流れを組む飛太刀二刀流の居合いが放たれた。

 瞬間、視界が閉じる。

 体がぎゅっと締め付けられ、なにかが体内を駆け巡る。

 懐かしい感触に、脳内のアドレナリンが大量に分泌された。


 視界が開いたときには、クレセントムーンの刃がクロックロイドを斬り払っていた。


 翡翠色の刀身が太陽の光を反射して輝く。翡翠色は邪を払う色といわれ、邪悪な存在を滅するには相応しい。


 袈裟に放たれた一閃がクロックロイドの胴を真っ二つに斬り飛ばした。

 白銀の液体が宙に舞い、飛鷹の姿を映し――飛鷹は驚愕する。

 自分が優美な曲線に彩られたパワードスーツを纏っているからだ。

 目元を翡翠色のスリット型バイザーが覆い、口元はマスクが隠している。側面には尖ったアンテナがあった。


 ライトグレーのインナースーツに全身を包まれ、各部位を優美な曲線で彩られたアーマーが覆っている。アーマーとヘルメットは、最も美しい青と称されるフェルメールブルーで塗られていた。


 後ろ腰からアームが左右の太ももまで伸び、アームの先端には鞘が収まっている。左の鞘は空で、クレセントムーンを収めていた鞘だと理解した。

 背中から足元までグレーのマントが伸びていて、邪魔だなと思った。

『wake-up by blue tear』という文字が目の前に現れ、すぐに消えた。


 ――blue tear……ブルーティア?


 雫の最後の言葉だ。虚ろな彼女が呟いた、最後の頼み。彼女は確かにこう言った、

「みんなを守って、ブルーティア」と。

「ブルーフォォォスゥゥゥ!」

「ちがう……」


 大切な人の最後の言葉。託した相手は自分であって自分ではない。ブルーティアだ。ブルーティアに変身した自分にだ。

 なぜ雫の部屋にあったか、名前を知っていたのか? わからないことだらけだ。雫が持っているはずがない。しかし現実に雫の部屋にあった。


 ――わからないことは後回しだ。ひとまずこいつをぶった斬る!


 まずは目の前の敵を倒すことに専念しよう。

 大切な人の最後の言葉を守れなくて、なにが飛太刀二刀流の剣士だ! 雫を守れなかったのだから、せめて最後の言葉くらいは守ってみせる!

 その誓いを込めて宣言しよう、いまの自分はブルーフォースではない。

「あいつはこう言った! ブルーティア!」



 ブルーティアはクレセントムーンでハルバートを受け止める。

 金属が激しくぶつかり合う音が室内に響く。

 鍔競り合いは拮抗。一回り大きいパワータイプのトゥルービヨンドにも、ブルーティアはパワーで劣らない。


 ブルーティアは後ろに下がる。そう意識をした。それだけで足を動かしていないのに、体が後にスライドした。


 背中のマントからセキレイ粒子が放出されている。

 前に進む、そう意識すると体も前にスライドする。

 足を使わずに動くというのは変な感覚だが、すぐに慣れそうだ。


 クレセントムーンを握る右手を天井に向かって伸ばし、左手を柄に添える。腰を落とす。トゥルービヨンドの振り下ろされたハルバートをかわしながら、その柄にクレセントムーンを叩きつける。


 ハルバートが折れ曲がり、トゥルービヨンドはハルバートを躊躇いなく捨てた。下がりながら後ろ腰からナイフを抜き、構えた。


 上級幹部だけはある。その動きは歴戦の戦士のものだ。

 トゥルービヨンドは淀みのない動きでナイフを突きだし、ブルーティアはその手首にクレセントムーンを振り下ろす。


 トゥルービヨンドの右手首が宙を舞い、血飛沫が舞い上がる。

 次の瞬間、顔面をつかまれ、床にたたきつけられた。

 衝撃で脳が揺れ、一瞬なにが起きたかわからなくなる。

 痛みで戦えなくなると思ったが、甘かった。


 トゥルービヨンドは痛みを無視し、自分の顔面を残った左手で鷲づかみにして床にたたきつけたのだ。


 胴体を踏みつけてきて、体が動かない。重心の位置をしっかりと把握して、押さえつけてきている。


 一体のクロックロイドが現れて、折れたハルバートを持ってくる。まだクロックロイドがいたことに驚きつつ、ハルバートを振りあげた動作を見て、覚悟を決めようかと考え――雫の仇を取るまで諦めてたまるか!


 ブルーティアは武器がないかと考える。なにかあるはずだ。その考えに反応したのか、全身像が網膜に投射され、内蔵されている武器について知らせてくる。


 ブルーティアは全身が武器の塊だった。

 ミサイル、アンカー、ビームキャノン、隠しナイフ。あらゆる状況に対処できるかのように多種多様な武器が揃っていた。


 膝に内蔵されたマイクロミサイルを発射。

 トゥルービヨンドに命中。

 爆風がトゥルービヨンドを吹き飛ばし、ブルーティアは拘束を逃れた。

 素早く立ち上がり、クレセントムーンでハルバートを受け止める。


「あんた元気だねえ」

「貴様は殺す! 道連れにしてもだ!」

「そうかよ」


 トゥルービヨンドは全体重を掛けて、ハルバートを少しずつ押し込んでくる。


 しかし片腕というハンデがあり、ブルーティアは飛太刀二刀流という技術を持つ。それ以外にも様々な戦闘技術を教えられた飛鷹にとっては、倒せない相手ではない。


 クレセントムーンを握る手を緩めた。

 全体重を掛けていたトゥルービヨンドはほんの一瞬、体勢を崩す。

 その一瞬をブルーティアは逃がさない。

 右半身を後に反らし、足払いを掛ける。

 クレセントムーンを手の中でくるりと反転させ、逆手に持ちながら切り上げる。

 倒れ込むトゥルービヨンドの首を切り落とした。

 クレセントムーンの切れ味は研ぎ立ての包丁のように鋭かった。

 肉を斬る感触が手に伝わり、すぐに消える。

 代わりに手に残ったのは命を奪ったという気持ち悪さ。

 その気持ち悪さを振り払うかのようにクレセントムーンを血振りする。


 水葉が感嘆の声を漏らすのを聞きながら、彼女に近寄り抱きかかえて窓から飛び出す。


 いきなり抱きかかえられた水葉は驚いているが、無視する。

 いますぐここから離れなければいけない。

 前と同じならば、速く逃げなければいけない。

 その予想は正しかった。

 背後で大きな爆発が起きる。

 雫の部屋をその思い出ごと吹き飛ぶような爆発が破壊する。


 ――やはり同じか。


 前のザ・クロックも、幹部クラスを倒すと爆発した。

 機密を守るのと自分を殺した相手を道連れにするために、盛大に爆発するように設計されているのだが、新生ザ・クロックも同じ機能を受け継いでいるらしい。


 地面に下ろした水葉は唖然としている。

 爆発の炎は家全体に燃え移り、消防車の到着を待つしかない。

 このブルーティアという姿でも、消化する能力はないようだ。

 ブルーティアは深く息を吐く。

 戦いの緊張を解くためだ。

 再び視界が一瞬、暗くなったと思ったら全身を包んでいたパワードスーツは解除されていた。

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