第14話 道具屋と冒険者

「だからな、市場でこっち系の商品が売れているときはこういうところ見るンだよ。運送屋の馬車にも道具屋のスペースにも限界がある。何かが大量に売れている時、その裏では売れていない何かがあるンだ。俺たち中小はそこに目をつける。流れってのは大手の連中がつくるが、連中は連中で何かを切り捨てているわけだ。だが、切り捨てられた部分を必要とする連中は出るわな。作っているヤツらもいる。需要と供給はあるンだよ。だが商売相手が勝手に出ていくわけだ。後はコネさえ持っておけば、俺たちがやりたい放題よ」

「結局、最後はコネかよ」

「はァ? コネつくンのも技術だっての。コネってのはこっちだけがいい思いしてても保てるモンじゃねェからな。だから全体を読んでだな……」

「ユレイー、これどう? カワイイ?」

「あーカワイイカワイイ」

「む、ユレイ、テキトー! ギルおじさんみたい!」

「……っ! 違うぞ、メイ。いまちょっと勉強中だったからな。うん、この辺の色合いとかすごくいい感じだ。成長したな、メイ」

「ガハハ、焦ってンじゃねェよ、ユレイ! お前も年とったらギルベルトや俺みたいになるンだよ!」

「ふざけんな、俺はウィルス叔父さんみたいな優しい男になるって決めてるんだ。誰がお前ら酔っぱらい共みたいになるかよ!」

「お、生意気な口聞くよゥになったじゃねェか!」

「酔ってねーじょー!」

 店の窓から酔っ払いが声を掛けてくるが無視しておく。

「あ、ユレイさん勉強中ですか? ちょっと遠くまでクエストに行くことになって……」

「お、シェアラ、その地図はもしかしてオルレインの辺りッスか? いいッスねーあの辺は野菜が美味しいらしいッスよー」

「そうなんですか? じゃあお土産買ってきます。ユレイさん、何がいいですか?」

「……じゃあキャロットン」

「えー、メイ、キャロットンきらーい。シェアラー他のがいいー」

「うん、メイちゃん。メイちゃんが好きそうなのも買ってくるよ」

「やったー、シェアラありがとうー。ユレイも見習えー」

「見習えェー」

「見習え……おえぇぇぇぇ!」

「……最悪だ、新しく買った財布を落としたところに……吐瀉物が……もう帰って寝よう……」

「バカでしょ、あなた」

 店の扉が開く。入ってきたの赤茶色の冒険者だった。

「ユレイ」


     ●


 ユレイはライカと一緒に道を歩いていた。

 短い期間だったが、思えば何度もこうやって道を歩いた気がする。

 ライカは渓谷での戦闘後、魔力過剰生成、デミルジェ過剰変換などの副作用でしばらく動けなくなっていた。ボークルードではそれを治療できる施設が教会にしかなかったのでそこに運んだわけだが、

「嫌ー‼ 教会嫌いだって言ってるでしょ‼ ユレイ、ポーション持ってきなさい‼ いまこそあなたの知識が日の目を見るときよ!」

「残念ながら、それはポーションじゃ治せないな。大人しく教会でお世話になっとけ」

 次の日会ったジスの顔が青黒く腫れていたので、無言でポーションを渡しておいた。

 まあ、そんなこんなで渓谷の戦闘から一週間が過ぎていた。

 あの後、渓谷に残ったモンスターたちもこの一週間で大体討伐できたらしい。つまり『巣』の駆除クエストもそろそろ完了なわけだ。結局、他の凄腕が来る前に片付いてしまった。

 ユレイの少し前を歩くライカ。赤茶色の髪を揺らしながら、機嫌良さそうに歩いている。思えばいつもユレイの前を歩いている気がする。いつか横に並べる日は来るのだろうか。

「ねえユレイ」

 ライカが振り向いて声をかけてくる。向けられる赤茶色の眼光は、しかし温かい。これは感じる側の問題なのだろうか、とユレイは思いながら、

「何だ?」

「渓谷での答え。まだ貰っていないわ」

 ユレイは気づく。『巣』の駆除クエストは終わるのだ。だからこの赤茶色の冒険者がこの町に留まる意味はない。

「ライカ」

「何?」

「俺、いまグルドに道具屋の経営について教わってる」

 ライカは無言だ。しかしその顔には笑みを浮かべている。

「冒険者の助けになれる、そんな道具屋をつくりたい」

 ライカはうなずく。短いユレイの言葉を噛みしめるように目を閉じた。

「だから、一緒には行けない。ライカ」

「そう」

「ああ」

 ライカが目を開く。気づいていたことだが、ライカはいま、すべての装備を持っている。

 きっとこれから、新たな土地に旅立つのだろう。そこでまた苛烈に振る舞い、迷惑をかけるのだろう。その強さで、誰かを救けるのだろう。しかし彼女はもう得ることを恐れてはいない。

「そうだユレイ、最後に言っておきたいことがあったわ」

「何だよ」

 ライカは着ているシャツをつまみ上げる。黒い下地に『LOVE』の文字が印字された前衛的なデザインのシャツ。ライカはユレイを指さして、最高の笑顔で、

「ダッセーな!」


  ● ● ● ● ●


 少女は丘の上、町の様子をスケッチしていた。

 ずっと暮らしてきた町並み。しかし子どものころと比較するとずいぶん発展したものだ。

 少女がまだ学校に通うほどの子どもだった時、町の近くにある渓谷に強大なモンスターが現れた。モンスターは町に来ていた凄腕の冒険者とその仲間たちとの戦闘によって倒されたのだが、その戦闘跡地には強力な魔法とモンスターのぶつかり合いの余波として緑と黄色の結晶が残っている。それが観光名所となって、この町の発展を促進した。

 スケッチを終えて立ち上がった少女はお尻を払い、町の方へ走り出す。

 少し入り組んだ町で、外から来た人はよく迷っている。しかしここで生まれ育った少女にとっては庭のようなものだ。迷ったことなんてない。

 大通りに出ると、人だかりができていた。

 少女は年齢と比べると身長が低いほうだ。だからここからでは何があるのか見えない。

 しかし小さい身体を上手く使って、前に出る。

 少女の目にうつったのは美しく流れる金の髪。腰に剣を差した女性の冒険者だった。仲間と一緒にクエストから帰ってきたところだろうか。

 その冒険者はとても強い。そしてとても人気だ。冒険者やギルド職員からだけでなく、町の人や観光客からも注目を集めている。渓谷での戦闘にも参加していた。

 少女はその冒険者に手を振る。

……あ、気づいた。

 手を振り返してくれる冒険者。少女とその冒険者は知り合いだ。小さいときから遊んでもらっている。今では遊んでもらうことはないが、それでも時おりお話したりする。どんな話をするかは、二人だけの秘密だ。

 人だかりを過ぎ、少女は入り組んだ道へ入っていく。この先にあるのが、少女の目的地だ。父親と一緒に暮らしている家。大好きな大好きな少女の家。

 冒険者とすれ違う。まだ若い。初級冒険者だろうか。手に持っているポーションと特製のポーションバッグを見て少女は笑みをこぼす。そのバッグは実にいい色味だ。特に赤茶色の使い方が絶妙である。

 そして少女は扉を開ける。

 大好きな家の扉。そして大好きなお店のとびら。そしてもう一つ、少女の大好きなものがそこにはある。

 カウンターから声をかけてくるのは黒髪の青年。

「ただいま、ユレイ」

 少女は笑顔で返事をした――。







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