第13話 紫色の結末
「……ギルベルトさん……ユレイから連絡が来ました……準備が整ったようです……作戦の第一段階を終わらせます……」
指輪型の通信アイテムを使ってギルベルトに連絡したジスは、続けて各班長に指示を出していく。ジスの指示にしたがって、切り替わっていく陣形。“紫電”はまもなく、誘導ポイントに近づく。
フードを深く被り直しジスは、
……よく説得できたな……ユレイ。
称賛する。ユレイには目標のポイントを伝えた。今、向かっているはずだ。
ポイントはまさに渓谷の最も深い所。ここの渓谷は場所によってその斜面の角度が大きく異なり、浅いところでは山とほぼ断裂無く繋がっている。今まではその周辺で戦っていたが、ここからは渓谷の奥深く、周囲を崖に囲まれた場所へ行く。
しかしその時、“紫電”が陣の一角に高速で突っ込んだ。予測不能な行動の方だ。
……このままでは、別方向に向かってしまう!
そうなればまた別のポイントに誘導しなければならなくなるが、冒険者たちの体力はすでに尽きかけている。できればこのまま誘い込みたい。だから、
「……シェアラさん!……」
●
ジスが呼びかけたときには、シェアラはもう“紫電”に切りかかっていた。
これからポイントを変更していては、冒険者の中から死傷者が出てしまうかもしれない。これはユレイの立てた作戦で、それは上手くいきかけている。そして先程、ジスから連絡があった。ユレイとライカの準備が終わったと。
……今まで、どれだけお世話になったと思ってるの、シェアラ!
シェアラを自分に気合を入れる。すでに魔力も体力も限界に近い。額からは大粒の汗が流れている。それでも行く。行かなければならない。
振り向いた“紫電”とシェアラの目が合う。あまりにも大きな体格の差。しかしその光景は、まるで絵本の一ページのようで、
「――来い‼」
張り上げる。“紫電”が突進してくるのをすんでのところで回避する。
そのまま渓谷の奥の方へ駆ける。この先にユレイとライカがいる。だから行く。止まることなんてない。
“紫電”もまた、シェアラについてきた。まだまだ元気だ。むしろ最初よりも荒ぶっているようにさえ見える。疾い。その名と体が示すように、雷のごとき竜がその身体を伸ばして迫ってくる。疾い。
だからシェアラも駆けた。ブーツと地面の摩擦を極力減らす。音が小さくなっていく。今まで無駄に消えていたエネルギーをすべて、前に進む力へと変えていく。
“紫電”は疾い。でもシェアラも疾かった。小さな金と大きな紫。二つの流星が渓谷の川の流れを逆に昇っていく。直線ではない。互いにS字を描くように、進んでいく。もはや“紫電”にブレスを吐く猶予さえも与えない。
シェアラは集中する。
もっと疾く。疾く。疾く。疾く。疾く。疾く。疾く。疾く。
イヤリング型の通信アイテムから何か声が聴こえる。でも聞こえない。
だから疾く、もっと疾く。
しかして、その動きは急に止まる。ブーツが滑った。極限まで摩擦をおさえていたはずのブーツの、しかしその表面は摩擦熱で擦り減りきっていた。もはや安定した疾走は不可能。
勢いのまま、シェアラの全身は前に投げ出される。最後の力を振り絞って、シェアラは“紫電”の方を向こうとする。結果、空中でシェアラの身体は仰向けになり、そして見た。
自分に迫ってくる、疾くて鋭い“紫電”のツメ。
ではなく、その先に見える――。
●
ユレイとライカは、渓谷の奥深く、谷肌にできた窪みにいた。
すでにライカの剣は『パウダー』でコーティング済みだ。『パウダー』爆弾も装備している。
「ねえユレイ」
「何だ?」
「ありがとうって言うべきかしら?」
「オッサン連中に言ったら泣いて喜ぶんじゃないか?」
「あなたは?」
「うちで買い物をしてくれたら嬉しいよ」
「そのときお礼をいうのはあなたじゃない?」
「まあ癖だからな」
「そう」
「ああ」
「ねえユレイ」
「何だ?」
「ワタシと一緒に来る気はある?」
その時、二つの流星が見えてきた。疾い。
ライカはそれを見て、
「――じゃあ行ってくるわ」
気軽そうにそう言って、空中にその身体を投げ出した。
●
向かってくる星の小さい方が止まる。つまずいたのか。
空中で頭を下に、足を上にした姿勢に変わる。足先、つまり上方に火属性魔法による爆裂障壁を展開する。足を障壁に置いた。
その瞬間、その紅い障壁は短く爆裂し、少女の身体を高速で下方に打ち出した。
眼下で前脚を振り上げている紫の巨体。覆うは雷のフィールド。
懐に持っていた『パウダー』爆弾を落とす。煙が広がり、雷撃が弱まる。しかしまだ道は開けていない。
ならば――、
突き立てる。コーティングされた剣。しかしまだ通りきらない。剣が空中で止まり、足が頭を追い越した。逆位から正位へ。足りない。なら足すだけだ。
柄の紅い宝玉が光る。火属性の魔法を込める。両手で、上から抑え込むように突き立てる剣。刃が小指側に来るように持ち替え、柄の宝玉は額の前に来る。宝玉の上方を空ける。
爆裂。宝玉から上方に向けて勢いのある紅光が突き出される。それは空気を叩き、激しい衝撃を生む。ライカの赤茶色の髪も激しく乱れ、
そして剣が、その力の反発をもって雷を突き破る。
そのまま巨大な背に差し込む。皮を突き破り、肉を切り裂いて、剣が止まる。
止まった。
だから剣を通して流す。
赤茶色の冒険者、ライカ・ユーストフィリアは、雷撃をもってその存在の苛烈さを渓谷中に示した。
●
ユレイは窪みからその光景を見ていた。
……一瞬、通らないかと思った。
もはや自分のアイデアを誇ることも出来ない。たとえ『パウダー』を使った所で、その雷フィールドを破ることは無理なのだろう。
しかし渓谷を照らす雷光の中心、ライカは無理を通した。
自らの苛烈さをもって、その巨大な紫の竜をのたうち回らせる。
と、“紫電”がその翼を拡げた。飛ぶのだ。雷フィールドの展開が解かれ、ライカもその身体から離れる。
“紫電”は上空に逃れようとする。翔ぶ。
谷肌の窪みにいるユレイの目前、こちらにその腹部を見せながら巨大なドラゴンが大空に逃れていく。
雄大だった。自分たちが何と戦っているのか。改めて認識する。渓谷の下、二人の少女はあれと正面から、一人で相対していたのだ。
“紫電”はそのまま渓谷から逃れようとする。
ユレイは、そのまま優美なその紫色のドラゴンをどこかに解き放ってもいいのかしれないと思った。
しかしそうはならない。作戦を決めたのユレイで。
渓谷にジスの号令が響く。
渓谷から見上げた空、その光景に蓋がされる。蓋をするのは無数の魔法。炎や氷、岩や風の刃。それらが“紫電”を襲い、そして鎧を脱いだその翼に集中する。綺麗だったその翼は瞬間に裂かれる。裂かれていく。
ユレイはまた窪みから見ていた。
墜ちる巨竜の姿。紫色の結晶で出来たその瞳についた露が、涙のように見えた。
●
ジスも上から落ちていく“紫電”の姿を見ていた。
しかし、
……落下によるダメージでも倒しきれないか……!
そう推測した。すぐさま冒険者たちに追撃の指示を出そうとする。しかし渓谷の底を見て、指輪に伸ばしていた手を離す。必要ないからだ。
竜の墜ちる先、そびえ立つのは雷撃の槍。
ライカの持つ剣から、その何倍もの長さと幅をもつ雷撃の槍が放出されていた。それを持って立つライカは聖女のようにさえ見える。西方の国では昔、悪竜を討伐した聖女がいたという。聖女が竜と討伐など、空想の話だとジスは考えていたが、案外、その聖女もライカのように苛烈だったのかもしれない。
“紫電”が雷撃の槍に当たる。落下の勢いのままに、その身の中に槍を入れていく。
渓谷に響き渡るのは轟音。激しい轟音。
長きに渡る戦闘の余波でもはや動物もモンスターもいないその一帯。そこにいたのはその主である巨竜と、冒険者たち。
いつまでも響き渡るその音を、彼らは全身で聴いていた。
終わりを告げるその音を、ただじっと、聴いていた。
●
雷撃の槍で“紫電”にトドメをさしたライカは、渓谷の底から窪みの方を見上げていた。
周囲では残存するルジェとライカの雷魔法が反応しあっているのか、バチバチと音と光を放っている。緑と黄色に渓谷が包まれる。
少し遠くではシェアラがへたりこんでいた。彼女はきっとこれからもっと強くなるだろう。だが今は腰を抜かしているらしい。可愛らしいと、ライカは思う。
窪みから、青年は“紫電”の方を眺めている。何を考えているのだろうか。何を思っているのだろうか。自分がこの成果の源であることは、自覚しているのだろうか。
道具屋のバイトが作戦の発起人だった。作戦の要を担っていた。
おそらくギルドの報告書にそんな事実は残らない。しかしこの場の誰もが、刻んだであろう。冒険者ではなかった青年が、確かに冒険者としての成果をあげたのを。
だからライカは答えを待つ。
自分は問いかけた。ライカ・ユーストフィリアはその問いかけをもって、新たな自分を始めていく。
あとは待つだけだ。
●
ユレイは窪みからその光景を眺めていた。
渓谷は雷の余波か、緑と黄で染まり幻想的だ。
しかし結局最後は蚊帳の外だった気がする。自分なりにできることをやったとは思うが、ジスがいなければ作戦の大部分は実行できず、ギルベルトがいなければ死傷者が出ていただろう。シェアラは作戦の崩壊を見事に防いでくれた。他の冒険者も自分の作戦を信じ、力を注いでくれた。
そしてライカだ。圧倒的な力。子どもの頃憧れた冒険者。その姿を確かに目の辺りにした。不可能を可能にし、見るものすべてに鮮烈な印象を与える彼女は美しかった。
そして気がつく。
子どもの頃に憧れた冒険者という人生。諦めることもなく、しかし行動を起こすこともなく止まっていた。
だからわかっていなかった。
本当に自分が冒険者になりたいのか。なれるのか。
腰の剣は一度も抜いていない。
翔ぶドラゴンを、逃したいと思ってしまった。
恐怖に身体は震えた。
その問いかけにすぐ答えることができなかった。
だからユレイは強烈に自覚した。
ユレイ・リーウェルはその瞬間、目からこぼれたその一雫をもって、子どもの頃の憧れを終わらせた。
「――俺は、冒険者にはなれない」
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