第12話 赤茶色の迷い人
コルトは、グルドと彼にしがみついているメイを伴って、渓谷近く基地まで来ていた。
『巣』の駆除クエストのために設置された場所で、冒険者たちの休憩や補給に用いられる。コルト達はユレイやジスらの希望する補給品を揃えてここに運んできた。すでに補給部隊がそれらのアイテムを前線に供給しに行った頃だろう。
「お父さん、みんな、大丈夫かな……?」
メイが心配そうに聞く。コルトも同じく心配だ。渓谷の方からは時々ものすごい轟音が響いてくる。コルトには“紫電”がどれほどの強敵なのか正確に測ることはできないが、これまでボークルードでこのような状況になったことはない。
「大丈夫だ、メイ。ユレイがなんとかする。ギルのやつもシェアラだっている。そンであの最強の冒険者・ライカ嬢ちゃんがいるンだぜ? 大丈夫じゃないわけないだろ?」
「うん……うん! そうだよね!」
メイとグルドのやり取りに、周囲のギルド職員や初級冒険者たちが微笑む。メイのすごいところだ。周りの人を朗らかにしてくれる。
ライカは逆だった、とコルトは思う。周りの人を激しくさせる。もしくは離れさせる。あのシェアラでさえ、ライカに声を上げたことがあるという。そして最も強くその影響を受けたのはコルトの友人、ユレイだった。
「……大丈夫ッスよね、ユレイ……」
あとはもう待つことしか出来ない。だから彼らが帰ってきたら、精一杯の笑顔で出迎えてやろうと、コルトはいつも通り、心に決めた。
●
「ライカ、俺はお前の生き方を否定しに来た」
ライカにとって、それは三度目になる否定だ。
「死に方もだ」
「……ずいぶんね。今までの戦績を忘れたの、黒色?」
以前ユレイが最後に言い残した言葉にかけて、ライカはユレイの髪と瞳の色を用いた。ボークルードがある東方は茶色や金の髪が基本だ。ユレイの黒はおそらく北方だ。ライカの故郷があった南方では茶髪に加えて、赤髪と銀色が多い。ライカの赤茶色の髪は母・レイナと同じ色だった。幼い頃は大好きで、誇りだった色。今は嫌いだ。
「“三度目の正直”って言葉を知らないのか、ライカ」
わかっている。今までとは違う雰囲気を青年から感じる。仮面を被り流されるように生きてきた道具屋の青年とも、閉じこもり止まっていた子どもとも異なる雰囲気。
……何かを、決意したのね。
ふと、その決意が自分に関係することだろうか、とライカは考えてしまう。しかしすぐにその思考を排除する。先程感じた“喜び”もすでに抹消した。これから失われる自分に、そんなものは必要ない。だから告げる。
「“二度目で悲劇は終わらない。必ず三度目がある”」
「……知らないフレーズだな」
「ワタシの言葉よ」
経験に基づいた言葉だ。使い古されたものとはその重さが違う。
「まあ前哨戦はもういいか。始めよう、ライカ」
ユレイはまっすぐにその黒い瞳をこちらに向け、
「――いつか失われるとしても、得る意味はあるんだ」
●
ジスは頭の中で作戦を再度評価する。シミュレーションはすでに何度も行っているが、こればかりは回数がものを言う。
“紫電”は順調にポイントへ近づいていた。作戦の第一段階は“紫電”をいくつか設定したポイントまで誘導すること。これはジスが主となって指揮し、ギルベルトが損耗を抑えるための指揮をすることで成り立つ。不測の事態にはシェアラが対応する。ユレイが決めた布陣だ。
あっさりと自分が作戦の要に組み込まれていたことには衝撃を受けた。モンスターの出現場所からライカに“紫電”の居場所を教えたこと。それは少し触れただけだったはずだ。しかしユレイはそれを記憶し、ジスの仕事内容を推測し、今回の役割を果たせると判断したのだ。多少荒削りだが、
……そんな人がライカのサポートについてくれれば、僕も多少はラクになるでしょうか。
作戦の第一段階と並行して、ユレイがライカを説得、治療を終え、第二段階の準備をする予定だ。
“紫電”がポイントに到達すれば、第二段階が始動する。これが最も大事な段階で、上手くいかなければ作戦はご破産だ。
――鍵となるのは、道具屋でユレイが取り出した粉だった。
透明の袋に入った禍々しい色をした粉。それは『サンドリヨン・パウダー』と呼ばれる呪いによって製作されたマジックアイテムで、「魔素」を変質させる効果を持つ。変化先の「魔素」はランダムであるが、「魔素」制御の段階に入っている魔法使いの周囲に散らせば、魔法の不発・暴発を誘うことができる。また、魔素が半固定状態のマジックアイテムに付着させることでその機能を低下・停止させることも可能だ。使い方次第では有用だが、いまいち使いにくいアイテムだというのがジスの評価だが、
……ルジェを変質させることで、雷フィールドを無効化させるとは。
『パウダー』による「魔素」の変化先はランダム。ただしルジェには変化しない。もし変化させることが出来ていたら、もっと有名になっていただろう。しかし実験ではルジェを他の魔素に変質させることには成功している。
“紫電”の雷フィールドはルジェによって出来ている。当然のことではあるが、一応マジックアイテムのコンパスでも確認した。あまりの濃さに壊れてしまったが。
ユレイは、『パウダー』によって“紫電”の纏う雷フィールドを無効化し、攻撃を通すことを考えた。しかし全体を崩すには量が足りない。だから無効化するのは一箇所。そこからライカが攻撃を通す。
具体的な方法としては、『パウダー』に指向性を持たせて破裂させる袋爆弾(ユレイの叔父の手製)を使いつつ、本命は『パウダー』でコーティングしたライカの剣だ。薬草師の技術を限定的に習得しているユレイならば、現場で剣に粉末をコーティングすることも可能らしい。
ライカが攻撃しやすいポイントまで“紫電”を誘導させ、『パウダー』を用いた攻撃、剣が“紫電”に通れば、それを通して体内に直接雷魔法を打ち込む。これは前回の出現時に“紫電”を討伐した冒険者がとったもので有効であることがわかっている。
ここまでが第二段階。
そして第三段階。“大ボス”は深手を追えば逃げ出す。誘導ポイントは、逃走時に渓谷を飛んで昇るしかできない場所を選んである。“紫電”は飛翔時、その雷フィールドを張れない。そこを渓谷の上に待機していた魔法部隊が襲撃する。最後は谷底に落として討伐だ。
誘導を成功させる自信はあった。冒険者リストを見る限り、状況さえ整えば魔法による攻撃は十分な火力と精度が見込める。
しかし“紫電”に飛び乗り、深手を与えられるのはライカ以外にはいない。だから、
……本当に頼むよ、ユレイ。
頼んでばっかだな……と自嘲するジスだが、実は彼こそが作戦の大部分を回している超重要人物であったりする。
●
「――いつか失われるとしても、得る意味はあるんだ」
そうライカに告げて、ユレイも覚悟を決める。
いろいろな話をきいた。
記憶も探ってきた。
考えた。諦めそうになっては考えた。
そしてこの状況。
あとは勢いだけだ。
だから、自分の奥で今かと待っている感情たちを解き放つ。
……出たとこ勝負だ、ライカ。
「ライカ、お前は自分が失われても哀しむ人はいないと言ったな」
「ええ、言ったわ」
相変わらずの自信満々っぷりだ。
「本当にそうか?」
ライカは怪訝そうに、
「ワタシには仲間も家族も恋人も友人もいないわ」
「――メイは泣くぞ」
ユレイの言葉にライカが無表情になる。
「それは……」
「シェアラも優しいから泣くな。ギルベルトも酔ったら泣く。グルドは泣かないだろうけど、何も思わない奴じゃない。コルトは寂しそうにするだろうな」
「……関係ない」
「関係ない? なあ、聞こえるか? 今“紫電”と戦っている冒険者たち、アイツらはお前を救けるためにこんな危険なことしてるんだ」
「頼んでない。勝手な自己満足に付き合わせて、ワタシの生き方を否定できると?」
「自己満足? ハッ、どっちが!」
ユレイはかつてない強気に出る。虚栄であることはわかっているがそれでも続ける。
「アイツらがここまで来ているのはなんでだ! ライカ!」
「だから自分が少女を見捨てるような薄情な人間だと思いたくない、そんな自尊心を満たすためでしょ」
らしくない。きっと今のユレイはユレイらしくない。ライカと出会う前の自分が、今の自分を見れば笑うだろう。いや、アイツは笑いもせず、ただ見ているだけだろうか。
「――お前を! 失いたくないと思ったからだよ!」
続ける。
「お前と出会って、話して、迷惑かけられて、文句言って、迷惑かけられて、飯食って、迷惑かけられて、笑われて、迷惑かけられて、それで!」
「そんなに迷惑かけた?」
無視する。少なくともユレイとジスはかけられているはずだ
「それで! お前が、ライカが失われるのは嫌だと思ったんだよ! だから皆来た! 怖いだろ、あんなドラゴン! 意味わからないって! でも立ち向かってんだよ! なんでだ!? お前を失わせたくないからだよ!」
「そんなの……」
「今までだってそうじゃないのか? お前がA級冒険者として救けた人たちは、お前に生きていてほしいって思ってんじゃないのか!?」
きっと、そのはずだ。ユレイは知らない。彼ら彼女らもライカに迷惑をかけられて、でもその鮮烈さに憧れを抱いて、その強さに救われた。だとしたら、
「お前を失いたくないってヤツらはいっぱいいるんだよ!」
それはなぜか。何も得ようとしない少女を、ライカを失いたくないという人々が大勢いるのは、
「俺たちは誰とも関係せずに生きるなんて無理なんだよ……! お前が哀しみたくない、哀しませたくないって距離とっても、俺らはお前のことを考えてしまうんだ、ライカ!」
ユレイがそうだった。ライカに出会い、弄ばれ、それでも彼女のことを考え続けた。自分のことを考え始めることが出来た。
「なあライカ。それって悪いことじゃないだろ? 自分が失われる時、誰かが涙を流してくれるってのは幸いなことじゃないのか」
だってそれは、
「誰かにとって、失うのが惜しいと、それだけの幸いを与えることの出来た人生だったってことだ!」
その言葉は、確かにライカに響く。響いているはずだ。
少女の決断など関係なく、少女は人々と関係していく。喪失の哀しみを与えてしまう。そのことを少女は知って、
「……詭弁よ」
しかし拒絶する。
「ならワタシの中にあるこの喪失は何? 憎悪は? 失望は? ねえ、またこの哀しみを味わえというの? ずっと、ずっとワタシの中にあるのよ……! バカじゃないの! 何でこの哀しみの種をわざわざ増やさないといけないのよ!」
少女のその声は、悲鳴だった。
●
ユレイはしかし、自分の言葉がライカに響いていたことを知る。
これまでライカがこんな風に感情を出すことはなかった。ならば自分の声は確かに少女に届いているのだ。
そしておそらく、
……お前も、救けてほしかったのか。
それは悲鳴だったから。人はなぜ悲鳴を上げるのか。怖いから、悲しいから、恐ろしいから。通常、負の感情と結びついて上げられるそれは、きっとその状況から逃げたくて、でも行動にならないから声を上げるのだ。ならばそれは、救けを求める声と言えるのではないか。
だったら、ユレイのやることは決まっている。もう約束した。決意した。
……いつか君が、一人で泣いている子を見つけたら、今度は君が救けてあげなさい。
いま目の前にいる少女はたぶん泣いているのだ。一人で泣き続けていたのだ。
だから救ける。剣は抜けなかった。魔法も使えない。だから感情のままに言葉を尽くそう。少女を救う、言葉を尽くそう。
「ライカ」
「……何よ」
「お前は“思い出”は変わると言ったな、楽しかった“思い出”も、喪失によって苦しい“思い出”に変わると」
「言ったわ」
「……たぶんそれは本当だ。“思い出”は変わる」
「なら……」
「でもそれは、“思い出”は変えられるってことだ。つらい勉強や訓練の日々が報われて、それで『ああ、頑張って良かったな』って」
「そんなの嘘よ……」
「嘘じゃない。ライカ、お前は“思い出”を喪失の無彩色で塗りつぶしてしまっている。それほどにつらい喪失だったんだろう」
失われていく彼らの選択に憎悪し、失望してしまうほどに。得ていた時が幸いだったからこそ。
でもそうじゃなかったのかもしれない。
男の選択は、家族を守るために政争を越えようとしていたゆえなのかもしれない。
女の選択は、愛する者の喪失に苦しみながらも、それでも娘を守ろうと頑張り続けたゆえなのかもしれない。
冒険者の選択は、弟子を一人前と認め、だからこそ甘さを見せてしまったのかもしれない。
それは間違いなく悲劇だったのだろう。でも、その色で“思い出”を塗りつぶしてしまうのはあまりに悲しい。
「ライカ、でも幸いだった“思い出”はあったんだろう。鮮やかな幸いを、お前は積み重ねたはずだ」
そのはずだ。ライカの綺麗な髪と瞳も、その鮮烈な強さも。メイの絵に口を出す感性も。ユレイを笑い飛ばす楽しさも。哀しんでほしくないという、その優しさも。
「ライカが積み重ねてきた、証だ……!」
だから、
「いつか失うというのなら、その灰色の喪失をまるごと塗りつぶせるくらいにいっぱいの幸いを積み重ねればいいだけだろ‼」
●
きっと自分も止まっていたのだろう、とライカは思う。
幸いだった頃を思い出すと寂しくなってしまうから、喪失の灰色で塗りつぶした。そうして自分も、A級冒険者としての仮面を被った。
だけど、大切な人たちから贈られた自分という存在が失われるも嫌だったのだ。それまで灰色に塗りつぶしてしまっては、きっともう生きる意味はない。だから彼女は言った。
――ライカと呼んで、と。
いざ自分が失われる時になって。
恐怖した。だから青年が来て、来てくれて、“喜び”を得た。
そして気づく。これまでの言い争いの中で、青年は何かと戦っているようだった。ライカではなく、ライカを何かの象徴として向き合っているようだった。しかし、今回はそうではなかった。だって、
……ずっと、ライカと呼びかけてきたわ。
何度も何度も、青年はライカの名を呼び、重ねてきた。
いきなり変われるものでもないだろう。それだけの日々を積み重ねてきてしまったのだ。でも変われるのかしれない。何かを得て、喜んで、失うことに哀しんで、それでも出会えてよかったと、そう言える日が来るのかもしれない。
そのためには時間が必要だ。生き延びなければならない。
生き延びるための力はある。だからあとは、
「ユレイ、作戦を教えなさい。あと……デトランド製のポーション、三本ね」
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