第9話 決める想い-未来

 ユレイは部屋で本を整理していた。

 定めた目標二つ。

  ① 自分の生き方を決めること。

  ② ライカの信念「いつか失うなら得る意味などない」に対抗すること。

 この内、②については難しくなったわけだ。しかし、ユレイも止まっている気はない。だから①の方、自分がどう生きていくのか考えなければならない。だから、また原点に戻るため、冒険者の本を眺めていた。

 英雄と呼ばれるに足る人物たち。やはり子ども向けの本が多いため、ライカのような背景を持つ登場人物はいない。しかし、現実の英雄と呼ばれる人々にはライカと同じような壮絶な体験をしている人もいるのだろうか。

……いや、英雄に限らないか。

 そう、英雄だけでなく、普通の人にもそのような体験をしている人はいるのだろう。今、この国は戦争をしていないが、それでもモンスターや盗賊はいるのだ。だから冒険者がいる。ある意味、冒険者とは悲劇が起こりうる世界だからこそ、存在を許されているのかもしれない。仮にモンスターも盗賊もいない世界があったとして、彼らのような存在はいるのだろうか。何をして生きているのだろうか。

「…………」

 すぐに意味の薄い思考にとらわれてしまう。考えるべきことはもっと他にあるだろう、とユレイは自戒する。

 手元の本にはドラゴンと戦う冒険者の挿絵がある。ライカはドラゴンと戦ったことがあるのだろうか。ドラゴン種は強い。その巨大な体と爪牙に加え、強力な魔法耐性を有している。したがって、基本魔法の多くはドラゴンには効かない。呪いと雷魔法、あと物理攻撃が主な攻撃手段となる。物語の冒険者たちはドラゴンを倒すための魔法武器を手に入れ、それで倒したりするわけだが、

「ライカは雷魔法、使えるんだったな」

 雷魔法はドラゴン種の魔法耐性を超えていく。そう考えると、ライカはドラゴン相手でも普通に勝ちそうだ。

 と、また考えが別の方向に向かってしまっていることにユレイは気がついた。

「……冒険者と道具屋か」

 今、ユレイの目の前にある選択肢はそんなものだろうか。ウィルスから薬草師としての術を教えてもらうもありだし、コルトの主人のところで運送屋になるのもありだ。しかしユレイは、冒険者にならないなら道具屋を目指すのが一番しっくり来るかもしれないと思い始めていた。

……グルドの言う通り、この体質もマジックアイテムの鑑定もどきには役立つしな。

 思えばこの数日でずいぶんと変わったものだ。ユレイはふと思う。ライカと出会う以前は、自分の生き方を考えるなんて思ってもみなかったのだ。流されるように、生き続けただろう。自分を見つめ直すことも、他人の生き方を気にすることもなかっただろう。

 そんな風に自分の変化を噛みしめていると、

「ユレイ! お客さんだよ!」

 ウィルスの呼ぶ声がした。


    ●


 お客はシェアラだった。二人で夜の道を歩いている。

 シェアラがユレイの家を訪ねてくるのは初めてだ。改めて考えると、道具屋以外でシェアラと会ったことがないかもしれない。ユレイがそんな発見をしていると、

「すみません、夜遅くに。迷惑じゃなかったですか?」

「いや、大丈夫だよ」

 むしろ夜に女性一人で大丈夫かと問いかけそうになるが、相手は冒険者、期待の星であることに気づいたのでやめておく。

「で、どうした?」

「……ユレイさんは……」

 シェアラが何かを言おうとして詰まる。この状況に緊張しているのかもしれない。ユレイも少し緊張していたのでそう予想してみる。しかしこちらが年上だ。多少の気遣いを見せるべきだろう。

「そういえばシェアラはなんで冒険者をやっているんだ?」

 こちらから話題を振れば、そこから緊張をほぐして本題にいけるかもしれないと。そうユレイが考えて出した質問はもはや癖になっているかもしれない生き方に関する質問だった。

 シェアラがハッとした様子でユレイを見る。夜風に揺れる金髪と驚く少女の顔は、とても絵になっていた。いやそこは笑顔だろ、と思わなくもない。しかし元々大きい瞳が驚きを携えることでより丸くなり、“月”のように見えるのだ。夜空に輝く満月だ。

 しばらくしてシェアラが笑いを零す。

「ふふ、ユレイさん」

「ん?」

「変わりましたね、ユレイさん」

 ちょうど先程、自分の変化を噛みしめていたところだ。しかし外から見てわかるものなのだろうか。


    ●


 シェアラは自分の言葉に少し考え込むユレイを見つめる。

……外からでもわかるのか、って考えているんですかね?

 きっとその道具屋の青年は、気づいていないのだろう。普段のユレイを知っているなら誰もが気づくユレイの変化。それはライカの登場から始まり、ここ最近はどんどん加速している。

……他人の生き方を尋ねるなんて、あなたはしませんでしたよ?

 ギルベルトもそんなことを尋ねられたと言っていた。自分には聞いてきてくれなくて寂しく思っていたところだ。今の質問は積極的な質問というわけではないのだろうが、ユレイが自分に興味を持ってくれたことに少し心が踊っている。しかし、

「ライカさんが来てからあなたは変わりましたよ、ユレイさん」

 ユレイを変化させたのは、自分ではない。ライカだ。

 ユレイはシェアラが告げるその言葉に眼を大きくする。黒い瞳はまるで“月”のよう。それは太陽の光を受けて輝く月だ。たぶん太陽は、シェアラではない。

「私が冒険者として生きる理由。一応ライカさんに聞かれたとき、ユレイさんもいましたよね?」

「あ、そうだったっけ?」

 ユレイが慌てている。きっとあのときはまだ、他人の人生に興味などなかったのだろう。

「ふふ、冗談です。あのときはちょっとお話ししただけでしたから」

 だからシェアラは話そうと思う。きっと他の人に比べたらありきたりな理由。ユレイの参考にはならないかもしれないこと。今日は伝えたいことがあってユレイを訪ねた。その準備運動として語ってみよう。

「私の母が冒険者だったんです。私が九歳の時に引退したんですけど、すごく格好いい母に憧れていました」

 シェアラの家は貴族ではないが裕福な方だ。父は貿易を仕切る機関に勤めている。だから不自由ない暮らしをさせてもらったと思う。しかし、

「いつかは私も母みたいな冒険者になるんだって決めていました。父は最初渋っていましたが、最後はいつも応援してくれます。母は嬉しそうにいろいろ教えてくれますし」

 きっと、自分の話はユレイの参考にならない。それは驕りかもしれないが、でもおそらく正しい。

「魔法の適正が高くて、身体魔法も使えるようになって、皆さんから期待されるようになって、もっと頑張らなきゃって。リオンとエルザという大切な仲間もできました」

 もしかしたらそれは、ユレイが求めていたもの。シェアラはユレイの体質のことも知っている。道具屋でマジックアイテムに反応していた時に、不思議そうな顔をすると教えてくれた。

「私は自分が母のような一流の冒険者になれると信じています。家族や友人も信じてくれています。だから突き進むだけです」


    ●


 憧れと才能の一致。

 ユレイはそんなことを思う自分を戒める。

 自分は知っているはずだ。シェアラが努力を積み重ねていることを。ユレイがアイテムのアドバイスをする初級冒険者の中でシェアラほど熱心に考えている者は他にいない。自分が成長するためのすべてを、妥協せず取り込んでいくシェアラ。だからこそ、『イビルウィンキー』から仲間たちを守り抜くことができたのだ。

 それでもやはり思ってしまう。「やりたいこと」と「できること」が一致していれば、どれほどいいだろうと。

「ユレイさん」

 シェアラの声に、そちらを向く。

「私は以前のユレイさんが好きでした。いつも相談にのってくれて、一緒に真剣に考えてくれた」

 むしろユレイもシェアラとアイテムや冒険について考えるのは楽しかった。

「でも、あなたは変わろうとしている。なら私はそれを応援します」

 真剣な声。一瞬、シェアラが何を言おうとしているのかわからなくなる。

「あなたに後悔してほしくないんです」

 わからない。いや、わからない振りをしているのだろうか。

「今日、お店を覗いた時、ユレイさんはどこか吹っ切れたような顔をしていました」

 シェアラに気が付かなかった。窓から見ていたのだろうか。

「それは駄目です、ユレイさん」

 芯の通った声で可憐な少女から紡がれる言葉は。

「ライカさんと、もう一度向き合ってください」

 ライカと出会う以前までは、最も濃い時間を共に過ごした冒険者。だからこそ、その言葉が響いてくる。

「あなたが諦めることを、私は認めません」

 だからこそ、その言葉はユレイの諦めを砕いた。


    ●


 傲慢だったろうか、とシェアラは思う。

 それでも伝えたくて、言葉を費やした。きっとその言葉は青年を苦しみに追いやるのだろう。それでも、後悔してほしくないと思った。そう思えたのだ。

 頬が濡れている。夜露ではない。それは温かかった。

 理由なんてわからない。感情はそんな単純なものではないと、シェアラはそう考えている。

 だから拭わない。代わりというように、上を向いて月を眺める。

 夜空の中にポツンと輝くその光を見て、不思議とシェアラは自分を重ねていた。


    ●


「“大ボス”討伐に行った?」

 朝、ユレイが家を出るとジスとコルトに会った。

 どうやらライカが『巣』の“大ボス”討伐に向かったらしい。まだ居場所は特定できていないはずだったが、

「……昨日の夜、ライカに叩き起こされてね……今までのモンスター出現場所からだいたい分かるから……割り出せと……朝、ギルドで人を集めて討伐に向かったよ……おかげで寝ていないんだ……」

「ほら、ジスさん優秀って言ったッスよね? やればできるんッスよ」

「……極力働きたくないんだけどね……だから言われなければ動かないのに……あの女、それがわかってるからか言ってくることはキツいことばかり……いつもサボってるんだからたまにはやれとか言って……僕がどれだけあの女の尻拭いをしていると……」

 以前言ったとおり、さすがのライカでも“大ボス”戦には他の冒険者を連れて行ったようだ。一人で勝てるから、逃走防止だけしとけ、とそういうことなのだろうが、現地に行ったら他の冒険者も戦うはずだ。だとすればまあ安心だろう。

「でもよくメンツ集まったな?」

「うーん、結構少なかったッスよ? 職員の人からは危険だと思ったらすぐ戻ってくるよう言われてました。ライカさんの手前、行くなとは言えなかったみたいッスけど」

 ライカは相変わらずのマイロード系だ。

「でもなんでここにいたんだ?」

「ジスさんがユレイに伝えたいことがあるって」

「……ああ……君はライカとよく関わっていたみたいだからね……一応伝えておこうと思ってね……“大ボス”の討伐に成功したら……彼女は次の街へ行く……この町に帰ってこず、そのままね……僕も昨日言われてまいってるんだが……」


    ●


「おうユレイ、昨日お前が帰った後、嬢ちゃんが来たぞ」

 ユレイが店に入るなり、グルドがそう言った。

「“大ボス”討伐に行くとかでな、アイテム一式と装備を揃えていった。もう戻ってこないとか言ってたが、何か聞いてンのか?」

 先程、ジスに聞いた話をグルドに伝える。グルドはアゴに手を当てながら、

「本気で帰ってこない気か?」

「たぶんそうだろ、そういう奴だ」

「……大丈夫か?」

 大丈夫。その言葉の意味を考える。昨日の夜、シェアラに言われたことを考えると大丈夫ではないが、

「別に……」

 きっとライカの中で話は終わっているのだ。いまから渓谷の『巣』にライカを追いかけることも出来ない。結局ユレイが決められることなどないのだから、

「大丈夫だよ」

 そう思い込む。ユレイとライカの物語は終わったのだ。

「そうか」

 グルドは短くそう言ってから思い出したように、

「そうだ、嬢ちゃんが昨日、もういらない装備とか置いていったンだよ。ブーツとか変えてたけど、そのまま出ていくからだったンだな。もういらねェと思うから処分しといてくれ。裏の水場だ」

 返事をしてユレイは裏へ向かう。

 水場に行くと見慣れたライカの装備があった。グローブとブーツとシャツとベルトだ。高位の身体魔法使いは防具に高い金を費やす必要はない。ライカはアクセサリー系のマジックアイテムしか装備しておらず、これら衣服系の装備品は道具屋でも揃えられるわけだ。

 水場とライカの装備を見てふと思い出す。ライカが初めてこの道具屋に来たときもこの水場でライカの装備を洗っていた。ギルドに行く途中でライカと言い争って、逃げ帰るように店に戻って、もう会うことはないかもと思いながらライカの装備を洗っていた。

 前回、ライカは普通に翌日、装備を取りに来た。今回も、装備を置いておいたら同じように戻ってこないだろうか。

……バカか、新しい装備を買っていったんだろ、この前とは違う。

 未練か。シェアラの言ったことを気にしているだけか。以前とは確実に違うユレイがそこにはいた。

 ライカの装備を見る。

 なんか光っていた。


    ●


……は?

 ライカは衣服系の装備にマジックアイテムを使っていない。道具屋として確認しているし、そのような会話もした。本人曰く、アクセサリー系と違って、服装を縛られる感じが嫌いらしい。マイロード系らしい理由だ。

 通常の装備品は光ったりしない。そのはずだ。しかしユレイの目の前にあるブーツは発光していた。見ると他の装備もぼんやりと光を発している。

……な、なんだ?

 ユレイは眼前の不可解な現象に少し下がる。以前この建物で自殺したという霊が戻ってきたのだろうか。

 しかし、これで怯えてグルドのもとへ戻ったら確実にバカにされる。ギルベルトにも伝わって二倍バカにされる。だからユレイは近くに落ちている棒でブーツをつついてみる。変化はない。シャツの方もつついてみる。

……うん?

 変な感触があった。棒でシャツをめくってみる。すると下に方位磁針らしきものがあった。

 見ると、複数の針が緑色に光っている。それぞれ差しているのは各装備品の位置だ。ブーツを指している針はブーツ同様に光が強い。

 とりあえず、直接触る無謀なユレイではない。まず手袋を取りに戻ろう。そしておそらく元凶であるグルドを問い詰めよう、とユレイは決心した。


    ●


「ルジェに反応して光るコンパス?」

 どうやらグルドが格安で仕入れてきたマジックアイテムの一つらしい。ルジェは雷属性に対応する「魔素」だ。他の「魔素」と違い通常の環境下には存在しないが、

「ライカが変換するデミルジェに反応したってことか……」

 雷魔法使いは体内の変換回路でルジェの代替となるデミルジェを生成し、それを使って雷魔法を行使する。しかしブーツが最も発光しているのは何なのか。雷キックでも使っているのか。

「…………」

 割とイメージできたので、そう結論づけておく。

「……いや?」

 グルドが反論か疑問かよくわからない声を出す。雷キックの妄想について、ユレイは口に出していないはずだが、

「このアイテム、デミルジェには反応しないぞ……?」

……は?

「いや、なんでだよ、光ってるだろ?」

「いやいや確かにそのはずだ。だからそンなモン何に使うンだって裏に放り出してたンだが」

 ルジェは通常の環境下にはないはずだ。では、今までライカが言ってきた場所にルジェがあり、それがライカの装備品に付着していた。

 グルドも同じことを考えていたのか、

「……そのグローブ、確かここで買ったヤツのはずだが。スライムの毒液触っちまったとかで」

「…………」

 もしこれらがすべて事実だとすれば、一つの単純な結論が浮き彫りになる。それは、

「渓谷にルジェがある……!?」

「おいユレイ、そうだと何がどうなるンだ?」

「ルジェがあるってことは雷属性に類するモンスターがいるってことだ。今まで『巣』でそんなモンスターは発見されていない。そして、冒険者たちがまだ遭遇していないモンスターが一体いる」

「それは……?」

「それは……、」

 そのタイミングで店に飛び込んできたコルトが、

「大変ッス!! 渓谷に“紫電”が!! 雷を纏ったドラゴンが出て、ライカさんが行方不明ッス!!」


    ●


 ライカは足を引きずりながら身を隠せる場所を探していた。

……何よアイツ、反則じゃない。

 ジスに聞いた“大ボス”の居る場所。たどり着いたライカと冒険者たちが見たのは、全長百メートルは下らない巨大なドラゴンだった。渓谷の奥深く、谷の巨大な横穴にソイツはいた。全身のいたるところから紫色に輝く結晶が突き出ている。同じく結晶でできた眼がこちらを向くと、ドラゴンは全身をしならせ飛び込んできた。

 とっさに指示を出して冒険者たちを散開させたが、何人か巻き込まれ負傷する。しかしライカはA級冒険者だ。相手がドラゴンだろうと打倒するのがA級の存在意義。

 だから行った。身体魔法を全開にし、ドラゴンの背に回り込む。そして上から無防備で巨大な背に剣を突きつけ、しかし次の瞬間、ライカの軽い身体は左方向に突き飛ばされる。尻尾だ。右から払うように尻尾でライカは打撃された。

 突き飛ばされたライカはすぐさま体勢を整え、魔力を練る。ドラゴンに火属性や水属性などの基本魔法は効かない。強力な魔法耐性があるからだ。ゆえに選ぶのはライカお得意の、

 最大規模の雷撃を飛ばした。初手から全力を出すのが“大ボス”級相手のセオリーだと、ライカは思っている。その攻撃がどの程度のダメージを与えたかを見て、そこからの戦術を考えるのだ。

 だから見た。雷撃の爆発でドラゴンの周りが煙に覆われている。それが晴れるのを待って――

 ライカが見たのは反転する世界。身体を包むのは浮遊感。空中にいた。突撃を受けたのだ。眼下にドラゴンが居る。だからダメージを見る。計算する。

 ゼロ。無傷。

 ライカによる最大規模の雷撃をもってして、ドラゴンには通っていなかった。なぜなら、

……雷の防護フィールド!?

 紫色の結晶から雷が放出されていた。それらは他の結晶から出る雷と結びつき、ドラゴンの周りを覆う。雷でできた鎧だ。それがライカの雷撃を止めたのだ。

 ドラゴンへの対抗手段は呪いと雷と、最後は物理だ。着地したライカは、だから飛び込む。脚で地面を弾き、一度ドラゴンの右側へ回る。そこから直角に身体を飛ばし、ドラゴンの側腹を目掛けて最高速度の突きを放つ。

 ――雷の鎧が、それすら通さなかった。

 ライカは治癒-呪いの適性も持つが、呪い系魔法を習得していない。該当するアイテムはない。

 赤茶色、無敗のA級冒険者は、紫色のドラゴンの前に、あっけなく敗北した。


    ●


「“紫電”だ? 何だそりゃ?」

 グルドは飛び込んできたコルトと遅れて入ってきたジスに問いかける。

「……“紫電”は身体の周囲に雷のフィールドを発生させることのできるドラゴンです。大昔に西の国で一度確認された記録があります。雷のフィールドはドラゴン種への対抗手段である雷魔法を通さず、また武具のほとんども弾いてしまいます。ドラゴン自体も当然強大です。雷ブレスを吐くことも確認されています。唯一の弱点として、雷を纏ったまま飛行することはできないとされていますが……」

 ジスの口調がいつもより速い。それだけの事態だということだろう。

「ライカさんと一緒に行った冒険者たちが報告に帰ってきて、まだ半分ほどは前線基地に残っているらしいッスけど、ライカさんがどこいるのかわからないそうッス! ライカさんしかドラゴンに攻撃していないので、おそらく狙われているんじゃないかって!」

 ユレイはジスに目をやり、

「どうなる?」

「……わかりません。でもおそらく、ライカでは勝てません……対抗手段がない。他のA級冒険者や呪具の到着を待たないと……」

 呪具というのは呪いの力が込められた武具やアイテムのことだ。呪い系魔法を使う人は基本的に呪具を媒介にして力を行使する。呪具を使わなかった場合、呪いが暴発してしまうことがあるからだ。呪具の中には呪い系魔法を使えない冒険者にも使える武具があり、それらがドラゴン種に対して有効となる。しかしその数は少なく、強大なドラゴンが現れる度、そこまで輸送するのがギルドの対応だ。

「応援が来るまでは……どうするんだ? ライカはどうなる?」

「……“紫電”は目覚めました。渓谷に引き止めなければなりません。この地域にて、“紫電”相手にそれができる冒険者はライカ・ユーストフィリアだけです……」

「保つんッスか!?」

「……保たせるのが、A級冒険者の仕事です……」

 ジスが一呼吸おいて告げる。

「――その生命に代えても」


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