第4話 ペルシュ草とネネリケの枝
ユレイはギルドにいた。頼まれていたアイテムの配達に来たのだ。
「シェアラ、まだ帰ってきてないのか?」
ギルド職員が噂しているを聞きつけユレイは受け取りサインをもらいながら尋ねてみる。
「ああ、そうらしい。といっても予定の帰還日から一日過ぎただけなんだが……」
と言いつつ、その職員の顔は心配そうだ。
実際一日予定を過ぎた程度であれば、普通心配などされない。予想よりも苦戦しているのかもしれないし、道草を喰っているのかもしれない。以前ギルベルトらが二週間以上も帰ってこないことがあった。ギルベルトほどにもなると一週間程度であれば全く心配されない。というか気づかれない。しかし二週間ということで流石に奥さんが心配してギルドで会議が行われた。
結局、ギルベルトらは依頼人の屋敷で世話になりながら毎晩毎晩酒盛りをしていた。なんでも依頼人は大手の酒商人だったとか。あの時ほど怒った女性が怖いと思ったことはユレイにはない。おそらくギルドにいたメンバーは全員そうだろう。
と、ギルベルト以外でも三日遅れる程度ならあまり気が付かれもしないものだ。
しかし、シェアラの場合は事情が違う。
ボークルードの期待の星、さらには可愛らしいルックスと丁寧な物腰。冒険者たちだけでなくギルド職員からも愛されているボークルードのアイドルなのだ。
また、シェアラは真面目かつ優秀なので、いつも予定の帰還日に帰ってくる。以前シェアラのパーティメンバーの一人に「帰還日に遅れれば心配をかけるから」と道草を許されなかった愚痴を聞かされた。真面目すぎるのも考えものかもしれない。ギルベルトとシェアラを掛けて割ったくらいがちょうどいいのだろう。
「まあ今日中に帰ってこなかったらちょっと考えてみる予定だよ」
ギルド職員はまだ心配そうにしながらもこちらに笑いかけそう告げた。
「ところで、相談したいことがあったんだ」
早く帰りたいユレイにまた思い出したように職員が声を掛けてくる。
「“瘴気”のことは聞いてるかい?」
頷く。一応少しムッとしておいた。商売敵に発注しておきながらこちらにその話題を振るとは。これもグルドの教えだ。
「いやいや大量発注の場合、グルドのとこだと対応しにくいだろ? そんな不機嫌になるなよ。ってそうじゃない」
「何?」
「効かないんだよ。対“瘴気”ポーション」
……効かない?
確かギルドが発注したのはブロア製の対“瘴気”ポーションのはずだ。〈ブロア〉は通常のポーションで盛大にコケたあと、この対“瘴気”ポーションを開発したことで盛り返した。対“瘴気”というニッチ市場で絶大な存在感を放ったことで他の商品も売れだしている。やはり名前を知られるというのは大事だ。しかし、
「〈ブロア〉の買ったんだよな? ほぼ全種類の“瘴気”に対応しているはずじゃ……」
“瘴気”も呪いの一種であり、広範囲に抗呪効果を持つことは難しい。しかし〈ブロア〉は特殊な原材料と製法によって、“瘴気”限定とはいえ、それを成功させた。
だが、その対“瘴気”ポーションが効かないらしい。
「今、いろいろ調査してるんだが、わからなくてね。ウィルスさんなら何か知っているかもしれないし、聞いておいてほしんだ」
ウィルスは薬草の専門家だ。そのことをギルド職員たちも知っている。
「あーわかった。でもそれじゃ冒険者の頭数足りなくなってるんじゃないのか?」
「うん。でもまあなんとかなっているよ。ライカさんもいるしね。それに思ったより『イビルウィンキー』の数が少なかったのも幸運だった。だから“瘴気”対策もそこまで急いでないよ。幸い“瘴気”を食らった人たちも長時間の戦闘はしていないからね。もう少し戦闘が長引いていたらやばかったかもしれないが、なんとか教会の方で抑えてくれているよ」
「黒サルが思ったより少ないっていうのは?」
「王都にある王立中央研究所のレポートだよ。『巣』の“中ボス”の眷属の数と『巣』が出来てからの日数の関係。最低でもあと十匹はいるかと思っていたんだが。まあライカさんが数え間違っているのかもしれないけどね」
あり得る。ライカはその辺適当そうだ。実際大丈夫なのだろうか、クエスト報告は専任のギルド職員がやっているという話だが。
「ま、今日帰ったら叔父さんに聞いとくよ」
●
道具屋に帰る前に馬車置き場に寄る。グルドはブロア製のポーションをコルトの所の運送屋経由で発注していたはずだ。もしまだ間に合うなら止めてもらおうとユレイは考えていた。この町で対“瘴気”ポーションは単なる在庫コストだ。ポーションには消費期限もある。期限を過ぎても使えるが、グルドの悪戯でギルベルトが飲んだシーンを知っているユレイとしては、絶対に飲みたくない。
「あ、ユレイ。どうしたッスか?」
「コルト。オヤジさんいる?」
「いるッスよー。ちょうど運送から帰ってきて、今積荷下ろすところッス」
「手伝う?」
「大丈夫ッス」
そう言って馬車の方へユレイを伴って行く。
「旦那、ユレイが用事みたいです」
馬車の隣で水を飲んでいたコルトの主人が振り向く。積荷をほどき始めるコルトをチェックしてから、
「おう、どうしたユレイ? グルドのお使いか?」
「ちょっと間に合うならキャンセルしときたいものがあって。この前の対“瘴気”ポーションなんですけど……」
「おっと、それはタイミングが悪いな。ちょうど発注してきたところだ。オランジュに行ったついでにな」
オランジュはボークルードから北東にある街だ。ボークルードより栄えていて、一旦そこに輸送してからボークルードへやってくる物資も多い。逆もしかりだ。しかし、
「渓谷でも通ってきたんですか?」
「はあ? そんなわけないだろ、危ねえな。大規模クエスト中だろ、今」
ユレイは馬車の車輪に絡まっている大ぶりの草をとって見せる。深緑に黄色の斑点。
ペルシュ草だ。
「これ、渓谷に生えている草だと思うんですけど」
「? つってもマジで渓谷になんか行ってないぞ? だいたいウチの馬車で通れると思うか? 王都の貴族様が持っている馬車なら別なんだろうけどよ」
オランジュはボークルードの北西、渓谷は北だ。ルートを頭の中で浮かべながら、
……風で飛ぶようなものでもないと思うけどな……。
「いや、まあいいです。キャンセルの件、わかりました。お時間取らせてすいません」
「大丈夫だ。今さら気にするような関係かよ。ところでユレイ、これからギルドに行く予定ってあるか?」
「? ギルドならちょうど今行ったところですけど…‥」
「おっと、こっちもタイミング悪かったか」
大袈裟なリアクションを取るのがコルト主人の癖だ。
「いや、オランジュから一緒に来た知り合いがギルドに持っていくものがあるっつ―んだけど、初めてでな」
なるほど、とユレイは考える。ボークルード初心者が案内なしでギルドにたどり着くのは難しい。コルトに頼めばいいとも思うがここは、
「いえ、行きますよ。いまグルドが店にいますからすぐに帰る必要もないですし」
運送屋とは仲良くしておくに限る。恩は売れるときに売っておけ。これもグルドの(以下略)。
「本当か! ちょっと荷物も多くて、コルトだけじゃ運べそうになかったんだよ! よかったよかった!」
コルトも来るらしい。道具屋も接客業ゆえ人と話すのが苦手というわけではないが、それでもあまり交流のない人種と関わるのはしんどいものがある。コルトは誰とでも仲良くなれるので、コルトを間に挟んでおけば間違いない。
●
知り合いというのは織物の商人だった。キャラバンでオランジュまで来て、そこから一人でボークルードに向かうためにさてどうしようかとなったところで偶然コルトの主人が通りかかったらしい。本来ギルドまでなら馬車でも行けるのだが、この商人は馬車がない。それゆえ、コルトとユレイが織物をもってギルドまで行く羽目になったというわけだ。
「いやはや、ありがとうございました。さすがに他の荷物もあるのに馬車ごとギルドまで行ってもらうのは気が引けましてな」
商人はそう言ってさっそくギルド職員と商談を開始していた。ギルドの床や壁には織物が使われたりする。おそらく目的はそれだろう。
「おおユレイ、もしかしてもう『イビルウィンキー』の“瘴気”について聞いてきてくれたのかい?」
先ほどの職員が声を掛けてくる。
「違うよ、お使い」
「何ッスか? 『イビルウィンキー』の“瘴気”についてって?」
ユレイは対“瘴気”ポーションが効かなかったこと、その調査協力としてウィルスに聞くよう頼まれたことをコルトに伝える。すると向こうで商談をしていた織物商が、
「『イビルウィンキー』ですかな? ヤツらの“瘴気”にはエタンプ製の対“瘴気”ポーションしか効きませんぞ?」
〈エタンプ〉? 対“麻痺”のポーションで有名なところだ。
「しょ、商人どの、知っておられるのですか?」
若干口調が織物商に影響されている職員が思わず尋ねる。
「はい。ヤツら『イビルウィンキー』はアンジェヴィル地方に生息するモンスターでしてな。何を隠そう私もアンジェヴィル地方出身なのですよ」
アンジェヴィル地方。ボークルードより西の遠くにある地域だったはずと、ユレイは地図を思い描いてみる。横のコルトは「へー」という顔だ。
アンジェヴィルに生息していたらしい商人が、
「ヤツらの吐く“瘴気”には我々も苦しめられましてな。ですが同じくアンジェヴィル地方で採れるネネリケの枝を加工することでヤツらの“瘴気”に対抗できることがわかりましてな。それをポーションにしたのが〈エタンプ〉です。対“麻痺”で有名なポーション・メーカーですな」
郷土愛が感じられる口調だ。〈エタンプ〉の所在地までは知らなかったが、
「〈エタンプ〉はアンジェヴィル地方のメーカーではありませんが」
違うらしい。
「おお! 商人どの、ご協力ありがとうございます。さっそくエタンプ製の対“瘴気”ポーションを発注しましょう! ユレイ、お前が連れてきてくれたんだ。発注の半分はグルドのところにしておくよ、発注書を書くから持っていってくれ」
ニンマリだ。もちろんユレイはしていない。イメージの話だ。
「『イビルウィンキー』のヤツらはずる賢くてですな、普段は湿地を好むのですが、冒険者の気配を嗅ぎつけると上手く隠れたりするのです。そうして少しずつ“瘴気”を吐いて冒険者を弱らせ……。〈エタンプ〉がポーションを開発する前はそれで多くの若者が犠牲になったものです」
「若者だけッスか?」
「ヤツらの“瘴気”は生命力溢れる若者の方が激しく反応してしまうそうなのです」
「おお、ウチでやられた冒険者たちの殆どは三十代、一番若いのが二十九歳でした。それも幸運だったのですね」
――ゾクッと。
ユレイの背に何か冷たいものが走った。
今の商人の言葉のどこかに反応したのだ。“若者”だろうか。ライカは若い。しかしライカは身体魔法によって“瘴気”に抵抗できているはずだ。杞憂だろうか。
「ユレイ? どうしたッスか?」
「いや……なんでもない」
職員から発注書をもらい、コルトと二人帰路につく。
背中の冷たい何かはまだ消えていない。
●
コルトと隣同士で歩いていると、急にコルトが走り出す。
何事か、とユレイが見ていると道端の草むらに止まってこちらを見る。
「ここで拾ったんスよ!」
「何を……っ人か」
思い出す。数日前にコルトが拾ったという人間。そういえばまだ一度も会っていない。
……“22歳位の男性、薄汚れた黒い服を着ていてアゴには無精髭。すごく疲れた眼で、あと猫背ッス”
コルトから聞いたその人間の特徴。やはり怪しい。が、コルトは見てのとおり元気である。こちらを嬉しそうに見てくる姿はどこかメイを連想させ、
……そういえばここ、メイと「おつかい」しててライカと会ったところか。
今日もライカは渓谷だ。“中ボス”戦らしい。昨日別れる時、ハシャイでいた。
コルトが指差す辺りはちょうどメイがライカについていたペルシュ草を捨てたところだ。
「……!」
繋がった。
ユレイの中で、バラバラだった点が一つの像を結ぶ。背筋を走る冷たさはピークを迎え、
「ユレイ!?」
思わず、走り出していた。
●
ユレイが道具屋に駆け込むと、グルドがギョっとした目でこっちを見てくる。
「あァ? どうしたユレイ、そんな慌てて?」
ユレイに遅れてコルトも入ってくる。
「ちょっと待ってくださいッスよ、ユレイ!」
ユレイは店の奥、入り口とは対角線にある小さなコーナーに向かう。この辺りに地図が数種類置かれているコーナーだ。そこから『アビーニョ湿原』周辺の地図を取り出す。
見る。アビーニョ湿原は広い。だからこそもっと推測しておくべきだ。別に考えなければならないこともあるが、それもこの店内で揃う。あとは戦力だ。
「ユレイ? 本当にどうしたッスか? 何か手伝えることあるッスか?」
コルトはいい奴だ。怪訝そうにこちらを見てくるグルドも時には頼りになる。
だから告げる。
「シェアラ達が危険だ」
二人が顔にはてなを浮かべる。それもそうだ。因果関係をすっ飛ばしている。
説明する前に、もう一度頭を整理しよう。
重要な情報を並べる。
――アビーニョ湿原に向かったシェアラ達が帰還日を超えても帰ってこない
――渓谷で『イビルウィンキー』やその他のモンスターと戦っていたライカはペルシュ草を付けていた
――北東、オランジュからの道を通ってきたコルト主人の馬車にもペルシュ草が付着していた
――ペルシュ草の群生地はこの辺りでは渓谷だけのはず
――『イビルウィンキー』の数が王都のレポートから推測される数より少なかった
――『イビルウィンキー』は湿地を好む
――アビーニョ湿原はボークルードから見て西にある
「渓谷の『イビルウィンキー』がアビーニョ湿原に移動しているかもしれない」
「『イビルウィンキー』がッスか?」
「ああ、北東の道を通ってきた馬車についていたペルシュ草は『イビルウィンキー』が渓谷から移動する途中に落としたんだろ。地図的には合う」
「おい、ユレイ」
グルドが少しトーンを落とした声で呼びかける。
「何だよ」
「仮にお前のその推論が合っているとするなら、シェアラたちはどうなる?」
『イビルウィンキー』は中級冒険者のパーティがなんとか勝てるレベルだろう。それも“瘴気”は若いほど効きやすい。いくらシェアラが身体魔法を使えるとしても他の二人はやられてしまう。当然“瘴気”対策のアイテムなんて持っていない。
「『イビルウィンキー』に遭遇すれば、負ける」
逃げるということも考えられる。だが、織物商によれば『イビルウィンキー』はずる賢い。狡猾なのだ。気づかれる前に“瘴気”を蔓延させ、シェアラ達を弱らせようとするだろう。一人でも“瘴気”にやられてしまえば、逃げることも難しくなる。
「コルト、ギルドに伝えろ」
グルドが指示し、コルトがすぐに飛び出していく。
しまった、とユレイは思う。さっきの段階でそうすべきだった。瞬時の判断力はまだまだグルドに敵わない。
「で、他に考えねェといけないことは何だ?」
「まず場所の特定。『イビルウィンキー』が潜みやすそうな場所の推測だ」
伝えながら地図に印をつけていく。詳細な地図があってよかった。過去に一度、『リップル』という同じく潜伏系のモンスターが発生した時に作成されたものだ。
「次に“瘴気”対策だ」
「今、ほとんどの冒険者は渓谷の“中ボス“狩りに出払っちまってる。嬢ちゃんもな。だがギルベルトのとこは今回不参加だったはずだ。パーティーメンバーの嫁が出産でな。アイツなら“瘴気”対策の装備を持っている。あとはギルドにあるはずの対“瘴気”ポーションを……」
「あれは効かない」
グルドに事情を説明する。
「ち、まァギルベルトにはあの首飾りがあるンだ。いけるだろ」
「違う、やばいのはシェアラたちだ。あの“瘴気”は若いほどダメージが大きいらしい」
「! ってことは……」
「最悪、帰ってくるまでに死ぬかもしれない」
それはわからない。正直どの程度のダメージがあるのか、全く予想がついていない。だが、
「対策はある」
●
ユレイがテーブルの上に並べたのは、
「トロア製のポーションと、『エディンバの御札』?」
まずはトロア製のポーションだ。質が悪い代わりに安価で購入できるポーション。その原材料は、
「ジャルトルの呪性を抑えるためにネネリケの枝が使われている」
「ネネリケの枝? それがどう役立つってンだ?」
「『イビルウィンキー』の“瘴気”に対抗できるエタンプ製の対“瘴気”ポーションはネネリケの枝を使って作られているらしい。連中の生息地域で採れる素材だから、耐性があるんだろう」
グルドがアゴを触りながら考えるポーズをとる。
「だが……、〈トロア〉のポーションに含まれている分で対抗できンのか? 加工方式も違うだろう?」
「だから『エディンバの御札』を使う」
「……! 自分に貼るってか!」
『エディンバの御札』は貼られている対象に与える呪いの効果を強めるアイテムだ。呪い系の魔法や武具を用いる冒険者がモンスターに貼ることで自分の行使する呪いの効力を高めることができる。
そして、ネネリケの枝やギルベルトの首飾りが持つ「抗呪効果」もまた呪いの一種なのである。毒を加工した毒で相殺するのと同じ原理だ。
ここで重要になってくるのが身体魔法による「抵抗」と「抗呪効果」の違いだ。
身体魔法による「抵抗」で呪いA、B、Cに抵抗する場合、そのリソースは同一である。つまり、Aに抵抗した残りでBに抵抗し、そのまた残りでCに抵抗するのだ。
対して「抗呪効果」はリソースがそれぞれに対して別である。A、B、Cそれぞれに対して効果を持つアイテムであれば、Aへの抗呪効果を限界まで使っていても、Bに対する抗呪効果は全く減らずに残っているのだ。これが身体魔法を扱える冒険者でも抗呪効果のあるアイテムを装備するメリットでもある。
ネネリケの枝はトロア製ポーションの中でジャルトルへの抗呪効果を発動しているが、『イビルウィンキー』に対する抗呪効果はまるごと残っている。それを『エディンバの御札』で増幅してやれば……、
「…………っ!」
アイテムを持つユレイの手が震える。
これはあくまで今持っている情報から無理やり考えた手だ。理屈の上では上手くいくはず。
だが、持っていない情報については考慮していないのだ。トロア製ポーションが加工途中で『イビルウィンキー』の“瘴気”に対する抗呪効果を失っている可能性もあるし、『エディンバの御札』による増幅で効果が足りるのかもわからない。逆に大きな副作用を引き起こす可能性もある。
怖い。
声を発せなくなるユレイ。しかしグルドは、
「どうせエタンプ製のポーションを待っている余裕なンてねェんだ、今ァその手段しかねェなら信じろ!」
「……!」
グルドの判断。自分の雇用者の判断だ。それはユレイに少しばかりの自信を取り戻させた。
「ユレイ!」
コルトが店に飛び込んでくる。後ろに続くのは、
「ギルベルト!」
さらに後ろには三人の冒険者。ギルベルトのパーティーメンバー全員だ。一人は出産の立ち会いがあるはずなのに来てくれた。
「よゥお前ら! 俺から説明する! 一回で聞けよ!?」
ユレイの状態を察してか、グルドが彼らへの説明を引き受ける。グルドの断定口調の方が、これから戦いに向かう冒険者たちを安心させると判断したこともあるかもしれない。
ユレイはグルドの説明を聞きながら、できるだけ多くポーションを持っていけるように、大きめのポーションボックスにアイテムを詰めていく。トロア製だけでなく、デトランド製も加える。重傷を負っているかもしれないのだ。
……俺には、責任がある。
冒険者にとって呪い対策は基本的にアイテムで行う。そして、彼女らのアイテムの相談にのったのはユレイだ。
もちろん、“瘴気”の存在など知らなかった。ユレイを責めるものなど皆無だろう。
それでも、ユレイは責任を感じていた。シェアラ達はユレイが最もアドバイスをしてきた冒険者だ。何度も何度も話し合い、共に考えてきた。
それがもう二度とできないかもしれない。今まで、そんなことは考えてこなかった。しかしそれが冒険者なのだ。冒険者という生き方だ。
アイテムを詰める手が震える。
――ユレイの肩に、熱が来る。
下を向くユレイに声が掛けられる。
「ユレイ。――必ず、俺たちがシェアラ達を連れ帰る」
顔をあげる。ギルベルトが笑っていた。
ユレイが持っていたポーションボックスやアイテムを仲間たちと共に受け取っていく。
それ以上、ギルベルトたちは何も言わなかった。そして四人は店を出ていく。冒険に出るのだ。
「――頼む」
ユレイは頭を下げていた。ギルベルトたちが去ってからもずっと、道具屋の扉に向かって頭を下げ続けた。
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