第2話 赤茶色の冒険者
「なら、何かを得ることに、何の意味があるの?」
ライカの問いかけに対して、ユレイは凍ろうとする頭に熱を入れることで立ち向かおうとする。
突如、目の前の冒険者がわけのわからない存在に変貌したように見えた。当然だが、見た目はさっきまでと同じ、ダサい『LOVE』シャツにベージュのズボン。剣だけは持ってきている。
その凄腕の冒険者にユレイは仲間の存在を尋ねた。彼女は「いない、必要ない」と答え、そしてのそのセリフを告げた。まるで神託か何かのように。その声だけが周りの音から切り取られて聞こえる。
「人は全員死ぬ。食べ物は腐るし、服は汚れる。権力だってそうよ、栄枯盛衰って言うんだっけ? 冒険者なんてしてたら特にそう。今日ギルドであった冒険者は明日には土の下かもしれない。なら……」
再び告げる。
「得ることに意味なんて無い」
違う。ユレイはそう答えようとして、
「失われたら哀しいでしょう。つらいわよね。なら、得なければいい。刹那的なものなら失っても苦しくない。その日の食事、モンスター討伐の達成感。それだけあれば楽しく生きていける。哀しむ必要もない」
その言葉は、かつて“失ったことのある”人が放つ言葉だ。喪失の哀しみを知る者の言葉。ユレイも知っているあの哀しみを、少女もまた知っているのだ。
「だからワタシは仲間もいらない。それを通せるだけの強さを持っているし」
だけどそれは、ユレイの知る冒険者ではなかった。
物語の中の冒険者は何かを得るために戦うのだ。そうでなかった場合も冒険の結果、得たものを喜び、大切にする。その最たるものは仲間だ。愛する者だ。
しかし、目の前の赤茶色はそれを否定する。だから、
「……違う」
言った。絞り出すようなユレイの声に少女は、
「……? 何が違うの?」
短く問われる。
「…………それじゃ、何のために戦うんだ?」
「達成感のため。自分がまだ生きていることを実感するため。あとついでに助かる人がいるんならそれでいいなんじゃない? その対価で食事と宿が手に入るわけだし」
それは冒険者の在り方ではない。
「でも……」
「あなたは何を得たいの?」
問いかけに答えられない。だってそれは……、
「わかるわよ。A級冒険者としていろいろな所を回っていればいくらでもいるもの」
その赤茶色の眼が、ユレイを見透かすように見てくる。
「あなたは冒険者に憧れていて、それをワタシに重ねてきた。で、今、失望している。そんなのは冒険者じゃない! 冒険者はもっと夢を抱くものだ! その力で夢を掴むのが冒険者だ! ……残念ね、現実は本の中ほど甘くないの」
思わず下を向く。それはあまりにも的確な指摘だった。しかし、
「ねえ。あなたは冒険者になりたいの? それで何か得たいものがあるの? やめておきなさい。なんとなくだけど、あなた冒険者に向いてるタイプじゃないもの。そういう勘は当たるのよね、ワタシ。でも安心して。冒険者に夢なんてない。他だって似たようなものよ。すべてはいつか失われるし、その時は突然やってくる。だから何かを得る意味なんて……」
「違う!!」
違う。
「アンタは間違っている!!」
違うのだ。違っていなければならない。
急に激昂したユレイに、少女は少し驚いた顔を見せる。しかしその姿勢は変わらない。変わらず、毅然としている。
「ギルドはそこの角を左に曲がれば見えるはずだ。わからなきゃその辺のヤツに聞けばわかる」
そう告げて、ユレイは来た道を戻っていく。
それ以上、その少女と一緒にいたくなかった。後ろの少女は何も言ってこない。きっとこれまでも同じような奴に会ってきたのだろう。
角を曲がる。少女からユレイは見えなくなっただろう。
間違っていると、そう反駁した。根拠なんてユレイは持っていない。少女の論理は通っているようにも思う。それは一つの生き方なのかもしれない。
でも違っていなければならないのだ。だってそうでなければ、何かを得る前に、何者かになる前に、
…………全部失った俺は……!
●
「ようユレイ、結局嬢ちゃんはソロ……、ってどうした? 配達品も持ちっぱなしじゃねえか」
道具屋に戻ったユレイを見てグルドが声をかけてくる。
「あ……、悪い。上客を逃したかもしれない。……配達品はあとで届けるよ……」
グルドが怪訝そうな顔をして言ってくる。
「逃したって……嬢ちゃんの装備は置きっぱなしだろ? 最低でも、もう一回は来るんだからまだ逃したと決まったわけじゃねェだろ。代金もまだだしな」
……あ。
そうだ。あの血塗れの装備が置きっぱなしだった。いや、しかし「すべては失われる」と言った少女だ。もう取りに来ないかもしれない。だが代金は払いに来るだろう。そこを曲げるタイプには不思議と思えなかった。
「ったく、ケンカでもしたのか? お前らしくもねェ。嬢ちゃんの装備洗いながら頭も冷やしてきな」
ユレイはグルドの言葉に大人しく従うことにする。
水場にて、血塗れのグローブを専用の洗剤で揉み洗いしながら、グルドの言葉を思う。
……お前らしくない、か。
自分らしいとは何なのだろうか? グルドにとってはそつなく仕事をこなし、ある程度アドリブもできる青年か。
しかし両親を失って、ユレイは流されるように生きてきた。冒険者に夢見ることもなく、普通に対応してきた。
だがそれは仮面だ。流されるように生きる中で、無意識に作り上げていた仮面だ。
赤茶色の、かつて憧れた冒険者たちに似たその少女が、ユレイのその仮面を剥いできた。仮面の下に隠れた、弱いままの自分に触れてきた。
冒険者に憧れ、しかしなれずに、愛する者も失った、何者でもない少年。
装備についた血と汚れを落としながら、剥がれ落ちていく仮面を必死で保とうとする青年の小さな背中が、ボークルードの道具屋の奥で震えていた。
●
「うーん、そこはもうちょっとカッコよくした方がよくない?」
「カワイイ方が良いに決まってるの! 冒険者さんたちだって疲れてる時はカワイイものみたいでしょ?」
カウンター横のミニテーブルでライカと店主娘のメイが言い争っている。どうやら新しく仕入れた商品のポップについて意見が割れているらしい。とはいえ、メイの意見が勝つのは明らかだ。この店のポップやカンバンなどの多くはメイによってデザインされており、それらはなんというか、お花畑な感じだ。親バカのグルドは当然大絶賛なわけだが、意外と客にも人気だったりする。
「わかった、メイちゃん。ここを、これでどう?」
「……! うん! いいよ! カワイイしカッコいい!」
……通しやがった! 十一歳の子ども相手にどんだけ負けず嫌いだよ!
今グルドは配達に出ていて、店内にはライカ、メイ、ユレイの三人だ。ユレイは高い棚に置いてある商品の配置換えをしつつ、売れ行きの悪い商品をどうするか考えていた。『巣』の駆除クエストが本格的に始動し、必要とされるアイテムも変わってくる。店に来る冒険者やギルドなどから情報を入手しつつ、そろそろ大幅なレイアウト変更をする予定だ。
「ねーユレイ? どうよこれ? ワタシとメイちゃんの共同作品」
ライカが店の対角から声を掛けてくる。そこまで広い店でもないため、掲げられたポップはなんとなく見えるわけだが、少し配色がいつもと違う。メイは明度・彩度ともに高めの色を好んで使うが、おそらくライカの趣味だろう。要所要所に明度の低い暗い色が挿入されている。カワイイしカッコいい。その意味がわかる。
「まあ、いいんじゃない?」
「何よ? テキトーな返事ね。メイちゃん、ユレイっていつもあんな感じなの?」
「ユレイは“クール”なんだって。前ギルおじさんが言ってた」
“ギルおじさん”というのは、ボークルードのベテラン冒険者の一人だ。グルドと仲がよく、よくツルんでは馬鹿を言い合っている。
「へえ、“クール”ねー?」
ライカが面白そうにこちらを見てくる。「本当かな?」とでも言いたげな雰囲気だ。
ユレイはその視線を無視しつつ、
「クエスト行かなくていいのかよ。今日は何パーティも向かったって聞いたけど」
「だから、行かないんでしょ。邪魔だもの」
この言いぐさである。現在『巣』の駆除クエストに参加しているパーティは15組。そのうち、凄腕と呼べるのはライカだけだ。が、なんとライカは「A級冒険者」だった。国でも指折りの超凄腕冒険者だ。まだ序盤ということもあり、他の凄腕を呼ぶのは辺境ギルド的には微妙らしい。
「ていうか前、モンスターといくつかのパーティが戦ってて通れなかった時があったのよ。ワタシはその先にいるはずのイノシシっぽいヤツを倒したかったのに。だからワタシどうしたと思う」
「どうしたのー?」
メイが聞く。
「後ろから全員、魔法でビリビリってしちゃった、てへ」
……この前、麻痺解除のポーションがやたらと売れてたのはそれかよ。
というかこの女、仲間がいらないんじゃくてパーティ戦闘ができないだけなのではなかろうか。
●
結局、ライカは最初の日の翌日、店にやって来た。普通にやって来た。
ユレイが洗った装備を受け取り、代金を払い、ついでにいくつかポーションも買っていった。ユレイとしてはかなり気まずいものがあったのだが、ライカは思いのほか普通に絡んでくる。いやむしろ、よく絡んでくる。
その後も駆除クエストの合間に道具屋を訪れてはライカはユレイに絡んできた。今ではメイやグルドとも仲良くなって一緒になってユレイを
ユレイはできれば早く去ってほしいと思いつつ、しかし世話になっている店の上客だ。なんだかんだで普通に対応している。あれ以来、「得ることの無意味さ」みたいな話はしてこない。してきたらどうなるかわからないが。
ちなみにあの「サルみたいなヤツ」はやはり“中ボス”だったらしい。早々に討伐できたおかげで前線に拠点を構築することが出来たと、クエストに参加している冒険者やギルドからおおいに感謝されていた。そのこともあってか、ライカは割とゆったり日々を送っている。ライカ自身は拠点を使わず毎日町に帰ってきては、大物が出たと聞くとすぐさま飛び出していく。身体魔法と雷魔法の応用で、高速移動が可能らしい。A級冒険者ともなると常識が通用しない。とりあえず戦闘狂であることはわかる。
●
ボークルードの初級冒険者・シェアラはその日もお気に入りの道具屋に出かけていた。カワイイ看板やポップなどが特徴の店だ。店主がガタイのある強面タイプで最初は怖かったが、今はそれなりに仲良くもなった。
シェアラのお目当ては他にもある。金色の髪を振りながら、扉を開ける。
「いらっしゃい」
店に入ると、青年の挨拶が来る。まだ朝の時間だが、そのバイト青年・ユレイは既にいた。ユレイはほぼ毎日働いているが、時間帯によっては仕入れや配達でいないこともある。しかし今はいた。
少し浮き立ちそうになる心を鎮めながら、
「おはようございます。ユレイさん、メイちゃん、……?」
店内には三人いた。いつもなら、ユレイと店主のグルド、娘のメイの構成だが、今日は店主の大柄なシルエットがない。代わりにシェアラと同じくらいの体格の影があった。
奥のテーブルでメイと一緒に談笑しているその少女は赤茶色の髪をしていた。その服装、腰にある剣からわかること。冒険者だ。
ボークルードの冒険者ギルドにいる人たちとは雰囲気が違う。すぐに誰なのかわかった。
A級冒険者・ライカだ。
「シェアラ。今日は何を買いに来たの?」
尋ねてくるユレイに、いつの間にかその赤茶色に惹き込まれていたシェアラの意識が戻される。
「あ、次のクエストに必要なものを揃えようと思って……いろいろ……」
どうしてもライカの方が気になるシェアラの様子に気づいたのか、ユレイもライカの方を振り向きながら、
「あーシェアラは、ライカと会ったことない?」
「はい、ないです。ライカさんはあまりギルドに顔を出しませんから……」
そう、ライカはあまりギルドには来ない。普通、冒険者はクエストの受発注と情報収集のためギルドによく訪れる。だが、ライカはほとんど来ない。なんでもA級冒険者には担当のギルド職員がついているらしい。その人がそれらの雑務は引き受けているのだ。国としても貴重な戦力を無駄な喧騒に巻き込みたくないというのがあるのだろう。冒険者ギルドはそういう場所だ。シェアラ自身何度も絡まれたことがある。
「私は『巣』のクエストにもまだ参加できませんし、ライカさんをお見かけしたのも今が初めてです」
シェアラのパーティはまだ初級といえるレベルだ。それなりの能力はあるとも思うが、まだまだ経験が足りていない。だから今回のような大規模・高レベルなクエストには参加できないのだ。
「紹介する?」
ユレイが聞いていくる。
「はい、ぜひ!」
是非ともだ。理由は二つある。まず、シェアラにとってライカは憧れの対象だ。A級冒険者な上、自分と同じ女性の冒険者。歳も近いと聞く。そしてもう一つは、
……ギルドの代わりに、この道具屋に入り浸っているって聞いています……。
冒険者が道具屋に“入り浸る“理由なんて本来ないはずだ。ベテラン冒険者のギルベルトもこの道具屋に用もなく訪れるが、それは仲良しのグルドに会いに来ているのだ。
では、ライカは何のために来ているのだろうか?
「おいライカ。こっち、この町の冒険者・シェアラだ。まだ初級だけど一番の成長株って言われてる」
ユレイと共にライカとメイに近づいていく。近くで見るとその存在感がさらに増す。
「うん、ああ。ライカよ、よろしく」
冒険者は握手をしないのが普通だ。ライカも手は出してこない。代わりにこちらを観察するように見てくる。
「若いのね、かわいいし。冒険者より踊り子か歌姫でもやった方が良さそう」
「若いのはお前もだろ」
「お前もだろー」
「“若いの"だけじゃなくて“かわいいの”もでしょ? あと“お前”って言うな。貴方もライカって呼んで?」
シェアラ以外の三人によるとっさの掛け合い。一瞬自分が外に置かれたような気持ちになる。
「あ、えと、母も冒険者でして。それで私も幼い頃より冒険者を志してきたんです、ライカさん」
●
「“さん”もいらないわよ、シェアラ」
いつも通りマイロード突っ走り系なライカがシェアラの言葉を聞いて、こっちを見てくる。また、あの眼だ。ユレイは直接心を撫でてくるようなその視線から逃れたくて、
「で、シェアラ。今度はどんなクエストなんだ?」
シェアラに話を振る。自分から紹介すると言っておいてもう打ち切りかよ、という感じがしなくもないが、
……ここは『道具屋』だからな。
店員の対応としては間違っていないはずだ。
「は? 何その対応?」
ライカからツッコミが来た。
もっと自分に喋らせろとということだろうか。
「なんでクエスト内容なんか聞くのよ。他の客のときはそんな質問してたっけ?」
そういうことか。確かに道具屋が冒険者にクエスト内容を尋ねる意味なんて普通はない。道具の選択に迷っている客に対してアドバイスするために詳細を求めることはあるが、いきなりの質問ではないだろう。
「あ、ユレイさんには新人の頃からいろいろアイテムについてアドバイスしてもらっているんです」
シェアラが答えた。
新人冒険者は現在の購入額を考えれば、ライカのような上級冒険者たちよりも低い。しかし、新人の頃から親切にしてくれた道具屋に対して、冒険者は愛着を持つものだ。愛着は大事だ。その冒険者の生涯アイテム購入額の多くを掴み取ることが道具屋商売の秘訣らしい。グルドが言ってた。
それにシェアラは将来を有望視されている冒険者の一人だ。母親仕込みの剣の腕に加え、魔法適正も高く、身体魔法も十二分にこなす。まだ経験値が溜まっていないだけで、あと一年か二年もすれば相当の冒険者になるだろう。ボークルード周りのクエストにはそれなりに大きなものが出ることもあるので、ボークルード拠点の凄腕冒険者として名を馳せていくかもしれない。グルドなら「ニンマリ」確実だ。
「いつも本当に助けられていて、とても感謝しているんです。アイテム関連の知識は母からもあまり教われなかったので。仲間任せだったみたいで」
「ふーん……」
ライカがこっちを見てくる。いつもよりは視線が弱い。別に物足りないとかそういうのではない。
「で、どんなクエストなの?」
「あ、はい。今回はアヴィーニョ湿原の方で、ブルズヘッズが大量発生したとかで、その討伐に行きます」
ブルズヘッズは、豚みたいな頭だけの浮遊型モンスターだ。群れで行動するので多少注意は必要だが、一匹一匹は弱い。とはいえ匹数次第では初級冒険者にとって十分に驚異となりうる。
「数はどのくらい?」
ユレイの質問にシェアラは来ると思っていたのか、すぐに答える。
「200~300が観測されているそうです」
「余裕ね。火炎魔法でなぎ払っちゃいなさい」
「おい、アヴィーニョ湿原はレンカンの大栽培地だぞ。焼き払えるわけないだろ」
レンカンは「レン」と呼ばれる花の根であり、煮物や揚げ物にして食べられるものだ。堅いが、その身には穴が空いており、独特の歯ごたえを生む。さらに「レン」が空気中の魔素を吸収して栄養を根に蓄えるので非常に栄養価が高く重宝されている。ボークルードの西方にあるアビーニョ湿原はその栽培地なのだ。
このように地上に出ている部分が魔素を栄養価に変換していく植物を「栄換性植物」などと呼ぶのだが、これらの栽培地に魔物が出た時が困る。地上の部分にダメージが入ってしまうと、その個体はとても食べられたものでない味になるのだ。酔ったグルドとギルベルトに無理やり食わされたことがあるからユレイはよく知っているのだ。
「はい、なので広範囲魔法は使えません」
「めんどくさいわね。なら剣でいちいち倒すしかないか」
「はい、そうなります……けど、私、自分が火炎魔法を使えるなんて言いましたっけ?」
確かにそうだ。シェアラは<火-水>の魔法適正を持っているが、それをライカは知らないはずだ。
「勘よ。当たるの、ワタシの勘」
●
ライカはユレイとシェアラがアイテムを選ぶのを見ていた。時折シェアラがチラチラとこちらを見てくるが、あれは何だろうか。縄張りを守ろうとして、でもこちらの圧にビビっていたグランドウルブスに似ている。
メイは学校に行ってしまった。学校環境は地域によって大きく異なるが、このボークルードでは8才から14才まで、町に一つの学校に通うらしい。ライカは学校に通ったことがないので少し気にもなる。
だが、いま一番に気になるのは目の前の二人だ。
……初級冒険者と道具屋バイトの会話じゃないわね……。
初級冒険者はまだアイテムにそこまで詳しくない。また道具屋はアイテムの性能については詳しいが、それが実際に使われる状況には詳しくないものだ。だから冒険者は道具屋のアドバイス(営業トーク)は話半分に聞きつつ、自ら集めた情報を元にアイテムを選ぶ。
しかし、この二人は違う。
まず、同じ目的を持ったアイテムでも企業やバージョンごとに性能は異なる。その細かな違いをアイテムに付いている説明から読み取るのは難しい。優秀な道具屋はこの性能差を把握しているものだ。ユレイは優秀らしい。
さらにユレイは、そのアイテムが使われるシチュエーションをかなり具体的に理解している。だからクエストの内容、フィールドの性質、冒険者の能力を鑑みて最適なアイテム構成を選べるのだ。
……少なくとも、本の中ではそんな具体的なシチュエーション、書かれていないと思うけどね。
なかなかいないタイプの道具屋だ。たまに元冒険者で道具屋を営む者の中に似たような人はいるが、彼らもまた自らの経験をベースとしている。ユレイのそれとは異なるものだ。
だがライカは知っている。なぜなら、
……“師匠“と同じ能力ね。
ライカに冒険者としての基礎と技を叩き込んだ“師匠”。冒険者と道具屋という違いはあるが、彼もユレイと同じような能力を用いていた。それはつまり、
……「情報感度」と「仮説構築」。
限られた情報から全体像を推測する力。点と点を結んで像をなす能力。“師匠”もよく使っていたのだ。町の人々の情報、モンスターの痕跡から危険を推測する。ある商家の娘が誘拐された折、翌日には犯人の居場所から黒幕となっていた貴族まで予測していた。事実確認が済む前にライカがその貴族をボコって問題になったのは別の話だ。
ユレイは道具屋に来る冒険者やギルドなどから情報を仕入れつつ、推測を繰り返しているのだろう。情報感度も重要だ。普通なら見過ごす情報を拾ってストックして置かなければならない。
ライカもかつて“師匠”のそれを真似ようとしてみてことがある。が、できなかった。しかしライカには代わりに“勘”がある。“師匠”は自分がそれを見せる度に嫌そうな顔をしていた。
……意識の焦点をどこに置くか、だと思うのよね。
普通、意識の焦点は自分にある。ライカに限らず、多くの人間はそうだろう。まず自分が在って、その自分との関係性の中で他者を把握するのだ。
しかし“師匠”やユレイは違う。
意識の焦点がまず他人に置かれている。まず他者が在って、その関係性の中で自分を把握するのだ。だからこそ、自分とは直接関係のない情報を取得し、意味づけし、結ぶことができるのだろう。空から世界を眺めているイメージかもしれない。
この数日ユレイを観察していた。
彼らは仮面を被る。他者との関係によって形作られた仮面だ。しかしその下には自我がある。それがない人間などありえないのだから。
路上で「すべては失われる。だから得る意味などない」と告げた時、彼の自我が顔を出した。強烈な自我だ。成長した外側の道具屋青年と、冒険者に憧れる自我。
見たい。もう一度見てみたい。
とはいえ、いきなり吹っ掛けてはまた逃げられるだけだろう。獲物を狩るためには“待ち”の時間も必要なのだ。
……ま、能力的には完全に道具屋向けね。
“勘”だ。
“師匠”もそっちの方が向いていたかもしれない、と今になってライカは思った。
●
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