ポーションでそれは治せない~道具屋の迷い人~
秋瀬ともす
第一部 道具屋の迷い人と赤茶色の冒険者
第1話 ポーションでそれは治せない
ボークルードの道具屋のバイト・ユレイは、たった今、店に入ってきた少女の姿を見て固まっていた。
彼女は軽装な冒険者の格好で、赤みがかった茶髪は美しく、腰に下げた剣の柄にある宝石は紅く輝いている。ユレイは素直に綺麗だと思ったし、そんな美しい冒険者との出会いから始まる物語があってもいいと妄想もした。
しかし今はそんなことはどうでもいい。なぜなら、
……なんで
少女の服は血に塗れていた。見た所、返り血だけではない。腹に裂傷、左腕からも血がたれている。店の床には赤が溜まり始めていた。
無論、少女は冒険者なのだろう。冒険者であればモンスターと戦う中で痛手を負うこともある。珍しいことではない。ユレイが住んでいるボークルードは国の辺境と言える場所にあり、モンスターもそれなりに出現する。冒険者が血塗れになっている姿くらいは見たことがある。
しかし、
……普通はまず、教会に行くだろ?
上位の治癒魔法が使える者がパーティにいれば別だが、普通は治癒設備の整った教会に向かうはずだ。普通のポーションであの重症は癒せない。が、教会だけが取り扱えるハイ・ポーションならなんとかなるだろう。当然教会には治癒魔法の使い手もいる。だからまずは教会で傷を癒やし、ギルドで報酬をもらった後、武具や道具の整備・補充のために武具屋や道具屋に行くものだ。
そしてここは「道具屋」である。
そのため、ユレイはなぜ彼女がここに来たのか理解できず、立ち止まってしまった。もはやルーティン化している来店の挨拶も今回ばかりは出てこない。
ゆえに、最初に声を上げたのは少女の方だった。
「ポーションちょうだい。デトランド製のヤツ、3本」
そうか、頭もやられたのか。
ユレイはそう結論づけた。
●
ボークルードの道具屋の店主・グルドは、血塗れの冒険者らしい少女と、口を開けて固まっているバイトの青年を見ていた。雇ってから一年以上が過ぎ、かなりのものに仕上げられたと自負しているが、どうやら今回のケースには対応できないようだ。もう少し眺めていても面白いかもしれないが、店先で死体になられても困る。そんな特殊な店舗デザインを狙うつもりはないのだ。だからそのガッシリした体格に似合う重い腰を上げ、店先に近づいていく。
「嬢ちゃん、ポーションじゃその傷は治らねェよ。教会に行きな。キツイならそこのバイトに運ばせるからよ?オプションはお姫様抱っこでいいか?」
バイトがぎょっとしてこっちを見ているが知らん。グルドが雇用者でユレイは被雇用者。つまりはそういうことだ。
「は? 行かないわよ、教会なんて。嫌いなの、ワタシ。だからさっさとポーションを寄越しなさいよ」
うん? 傷の割には声が軽いし高い。重傷を負った冒険者はもっと低くて重い声を出すものだ。その限りでないのは、よほど上位の冒険者か痛みに頓着しないイカれた奴だけだが、
「嬢ちゃん。教会が嫌いと言ってもよ? その傷はポーションじゃ治ら…」
「治るのよ」
喰い気味だった。
●
……やはり頭も持っていかれたのか。
喰い気味で助言を遮られてちょっと落ち込んでいるグルドを横目に、ユレイはどう対応すべきか考える。
もちろん道具屋にあるものでは少女の傷は直せない。少女がご所望のデトランド製ポーションは最近新しい型を発売し始めこれがすこぶる評判だ。価格帯は少し高めだが、口コミで評判が広がっていて、上級冒険者の中で流行りつつある。しかしあくまでポーションとしては、だ。
ポーションはその液中に含まれる治癒成分を体内の生命力と反応させることで傷を治す。治癒魔法と比較すると身体に依存する所が大きく、重傷になってくると傷を治すのに必要な生命力が確保できない。生命力を強化するペリクサーを飲んでからポーションを飲む、というテクニックもあるにはあるがあまり推奨されていない。ペリクサーはいろいろと刺激するので、重傷の状態で飲むと危険なのだ。
ユレイは店の左側に並ぶ包帯などのコーナーに目をやる。それらで多少血止めをしつつ、教会に連れていくのがこの場の最適解だろう。お姫様抱っこをするつもりはないが。
ユレイがそんな意思決定を行っていると、
「あ、あった。ちょっと先に飲ませてもらうわよ。ちゃんと払うから」
振り向くと少女がポーションを呷っていた。二本目、三本目と続けて飲んでいく。
どうせ治らない。かわいそうに。頭があれではこの先冒険者を続けていくのも難しいだろうに、デトランド製三本は結構ひびくだろう。グルドは変態だから、少女の容姿に免じて多少の割引はするかもしれない。
と、グルドの方を向くと
「おい、嘘だろ……?」
? グルドがその目を見開いている。ユレイも合わせて少女の方を向く。
「うん、ありがと。あと着替えとかも置いていれば嬉しいんだけど」
ピンピンした少女が立っていた。相変わらず血塗れだったが。
●
ユレイはまた固まった。治るわけがない。はずなのだ。
「体質なのよ。ポーションが効きやすいの、ワタシ。生命力が高いのもあるんだろうけど、治癒成分との反応効率がすごくいいみたいなのよね。おトク体質でしょ?」
体質? 聞いたことがない。たまらずグルドに視線で問うが、グルドもきょとんと首を傾げている。おっさんがやっても可愛くない。自分の雇い主だと思うと殴りたくなった。
「嬢ちゃん、本当に大丈夫なのかよ? 結構な傷だったはずだが……」
「大丈夫よ。もうなんともない。だから服を…」
「オーケーわかった。おいユレイ、俺はこの血を掃除するから、嬢ちゃんに奥のシャワー室を使わせてやンな。あと服もな。適当に見繕っていけ」
「あ、店汚しちゃってごめんなさい。あとで掃除するわよ?」
「いやいや嬢ちゃん、お客さんに店内掃除させる店主がいるか? それよりさっさと血洗い流してきな」
「そう? じゃあお言葉に甘えるわ」
そんなやり取りをして、二人がこちらを見る。少女はそのハッとするような明るい茶色の瞳でユレイを見ている。女性のそれ、というよりは熟練の剣士の眼光だ。そしてグルドの方はというと……
「はい、わかったよ。こっちだ、ついて来て。服はとりあえずこの辺のシャツとズボンでいいか?」
確認しながらユレイはシャワー室へ少女を連れていく。
……そういえば、女の子に服を選んだのは初めてだな
そんなことを思いながら、ユレイはその赤茶色の冒険者と出会ったのだった。
●
ユレイはライカを店の奥にあるシャワー室に案内していた。
この道具屋は店主であるグルドの家でもある。二階建てになっていて、一階の三分の二ほどが店舗スペース、その奥に調理場や倉庫、そしてシャワー室などの水場が存在している。二階はグルドとその娘であるメイが生活するスペース。倉庫に入り切らない在庫を二階に持っていくこともあるが、グルドは大雑把な性格の割に在庫管理は上手い。
シャワー室は実際にシャワーを浴びる所と着替える所をカーテンで仕切った形になっている。ユレイは少女のために選んだ着替えを二つあるバスケットの内、シャワー室に近い側に置くと、
「こっちの空いている方に今の服入れて。店で軽く洗っておくから今度取りに来てくれればいい」
「ホントに? 親切なお店ね」
ついてきていた少女が感心しながら服に手をかける。冒険者らしい動きだ。
ユレイはとっさに目をそむけつつ、
「まあ、店長も小さい娘がいたりするからな。アンタの姿に重ねてんのかも……」
嘘だ。グルドはそんな奴ではない。11才になる娘のメイを溺愛しているのは事実だが、他の少女に対して優しくすることはない。むしろ(メイ以外の)全員に等しく大雑把だ。
ユレイはさっきのグルドの目を思い出す。目でメッセージを送受できるくらいには付き合いがあるのだ。
これは単純な話だ。
まずこの少女の装備。今まさにモンスターとの戦闘から帰ってきたばかりだろうに、鎧となる防具をつけていない。
上位の身体魔法が使える、ということだ。
身体魔法というのは、生成した魔力を体内に留めることによって身体能力を強化するタイプの魔法だ。通常の魔法は生成した魔力をすぐに外部の「魔素」と反応させて魔法を完成させる。魔力を長く体内に留めておくのは危険なのだ。
しかし、センスがある連中はそれを安定して行うことができる。それが身体魔法だ。
筋力や体力の増強、そして耐久力も強化できる。よってレベルの高い身体魔法の使い手ほど、その装備は軽装になる。身軽さを求めるようになるのだ。
極めつけはデトランド製のポーションを求めたこと。これは上級冒険者の中で流行っているものだ。さらに言えば、初級冒険者などはまだポーションの種類など気にすることはない。
それ以外の装備、重傷時の立ち振舞いなども加味してわかること。
少女は凄腕の冒険者なのだ。
そして彼女は教会が嫌いでポーションを買いに来た。
つまりである。グルドは少女が可哀相だから助けるのではない。
……客として囲い込めって、そういうことだよな。
あれはそういう目だ。ゆえにユレイのここでの役割は大きく二つ。少女に恩を感じさせることと、少女の情報をできる限り確保しておくことだ。顧客情報はいついかなる時でも大事なのである。とりあえず名前から……、
「ライカよ」
心を読まれたのだろうか?
「“アンタ”って言われるのも嫌いなのよね。ライカって呼んで。“さん”も“ちゃん”も“様”もいらないわ」
名前は確保だ。ついでに脳内顧客メモの備考欄に『推定:傍若無人?』とも書き込んでおく。
「了解。俺はユレイで、さっきのおっさんがここの店長・グルドだ」
合わせて自己紹介するが、ライカは興味なさそうにシャワー室に入っていく。見たわけじゃない。カーテンを開ける音が聞こえただけだ。ほら、シャワーが流れ出した。もう目を戻してもいいだろう。
――カーテンが空いていたのでダッシュで閉めた。冒険者め。純情な十九歳の心を乱しやがって。
少女が“脱ぎ散らかした”服を集めながら、ユレイは問いかける。
「で、なんでそんな血塗れなの?」
「モンスターにやられたに決まってんでしょ? 頭ダイジョーブ?」
脳内顧客メモの備考欄から『推定』の二文字を消した。
「そ、そうだよな、うん。強かったんだ?」
「あー、ちゃんと倒したわよ? 確かに強かった。なんかゴツくて黒いサルみたいなヤツ。見た目は強そうじゃないから油断してたらツメでガッとね」
あの傷からツメの大きさを推定するに一メートル弱はある。つまりその『サルみたいなヤツ』の大きさは一般のサルと同じわけがない。で、見た目は強そうじゃなかったらしい。
「………」
思わず無言になるユレイに、
「ほらあの渓谷のモンスターよ。最近できたんでしょ、『巣』。あの『巣』の駆除クエストに来たのよ。だからしばらくこの街に滞在するけど、よろしくね」
期せずして顧客情報が更新された。特に『目的』は重要ポイントだ。そこからいろいろ対策できる。
『巣』というのはモンスターが大量発生する原因の一つだ。モンスターは「魔素」が変質したり「魔素」を動植物が過剰に摂取したりすることで生まれる。その「魔素」が集中的に異常発生した時に『巣』ができあがる。通常『巣』にはモンスターを統べる“ボス”が一体と中間管理職的な“中ボス”が数体いる。こいつらを倒さない限りモンスターが発生し続けるので、『巣』ができた地域のギルドは『駆除クエスト』を発注し、上級冒険者を募ることになる。
ボークルード近くの渓谷に『巣』が確認されたのは五日前。ギルドがクエストを発注したのも同じくらいだから、ライカはほぼ第一陣といえるだろう。そして、やはりライカは凄腕の冒険者なのだ。
…………。
というか、その『サルみたいなヤツ』は“中ボス”なんじゃないだろうか。むしろそのレベルが
「まあ余裕よ。すぐに駆除してやるわ。任せておきなさい」
このセリフだ。カッコいいものである。
シャワーを浴びる音を聞きながら、ユレイは思う。断じてカーテンに映るシルエットを眺めたりはしていない。
……凄腕冒険者、か。
床に落ちる水音を聴きながら思い返すのは、かつての思い出、夢だった。
●
ユレイの父親は運送業を生業としていた。個人の運送業が比較的、限られた街の間を移動するのに対し、父は遠距離での運送も行っていた。普通、遠距離の運送は大手の業者が請け負うものだが、彼らは倉庫やなんやの維持費といって、結構な額をとる。それに基本は一回きりではなく継続契約だ。あまり裕福でもなく、今回だけの運送を頼みたいという人間にとって、ユレイの父は救いでもあった。
モンスターが近寄らない道が整備されているとはいえ、やはり運送には危険がつきものだ。だから運送中は護衛の冒険者を雇う。ユレイの父も例外ではなく、何人かの冒険者と付き合いがあった。
小さい頃、あまり家にいない父が帰ってくると、決まって一緒に眠った。まだ幼かったユレイは、あまり会えない父と少しでも話していたくてなかなか寝ようとしなかった記憶がある。そこで父が話してくれていたのが、冒険者の話だ。
父と一緒に旅をした冒険者たちの話、彼らから聞いた冒険の話、英雄とよばれる冒険者の話。
彼らは冒険をし、仲間を得て、苦難を乗り越え、栄光や喜び、愛を得て。
それは、未来に夢見る子どもが冒険者を目指すには十分すぎるものだった。
大きくなると、ユレイはギルドが主催する次世代冒険者育成コースに通うことになる。
しかしそこで突きつけられたのは『落ちこぼれ』の烙印。魔法適正ゼロ。剣のセンスもない。身体の弱かった母親の体質を受け継いだこともあり、筋力もあまりつかない。魔力に過剰に反応してしまう体質なので上位のマジックアイテムに関しては装備することも出来なかった。
一人、風呂場で涙することもあった。
父親は気を使ってか、冒険者の英雄譚が記された本を買ってきてくれるようになった。
……父さん、今思うと逆効果じゃない、それ?
父は不器用だったのだ。始めは目をそむけていたユレイも、結局はかつての夢を思い出しながらそれらを読破していった。母もユレイの身体が強くなるような食事を考えては、食べさせてくれていた。
――そんな父と母がこの世を去ったのは、ユレイが十五のとき。
運送ルートが母の故郷を通るということで、母も父について行った。ユレイも誘われたが、ひさしぶりに二人の旅行を楽しんでもらいたいと思い(護衛の冒険者がいるとはいえ)、留守番を申し出たのだ。
――異常発生したモンスターの群れによる襲撃だった。
両親の留守中、自分のことを頼まれていた隣家の女性が伝えてくれた。その後、母の弟である叔父ウィルスに引き取られる形でボークルードにやってくることになる。
……もう四年か…。
すでに自分の中で整理はつけたつもりだ。一年前、叔父の紹介でグルドの道具屋でバイトとして働くことになってから、それなりに明るくもなったと思う。
道具屋として日々冒険者とも関わっている。しかしボークルードに凄腕といえる冒険者はいない。
だからだろうか?
ライカという凄腕らしき冒険者。父の寝物語や本の中に登場した英雄たち。「任せておきなさい」という自信満々なライカの言葉を聞いて、かつての夢を思い出してしまったのは。
●
「タオルとってくれる?」
気づくとシャワー音が止まっていた。
ユレイはライカが脱ぎ散らかした服をバスケットに入れ、着替えと一緒に持ってきていたタオルをカーテンから伸びる手に置く。
「じゃあ俺は店に戻るよ。服はそのまま置いておいてくれ」
「うん、ありがと」
ユレイは思考を現実世界に戻しながらグルドの待つ店の方へ戻っていった。
「おう、どうだった?」
すでに床の血はきれいになっていた。おそらく『マジッククリーナー』を使ったのだろう。水精霊の衣からできた布で、多少の汚れならすぐに片がつく。だが、
「あれは結構売れるんだからホイホイ使うなよ……」
「はァ? ここは俺の店で『マジカルクリーナー』はウチの商品だ。店主である俺が使って何が悪い?」
まあこれでも経営は上手いので問題ないのだろう。だが、あっさり片付けるよりちょっと苦労して見せる方が恩に着せられるのではないだろうか。
…………。
脳内の顧客メモを参照してその考えを訂正する。ライカはそんなことを気にするタイプではない、おそらく。
「で、あの嬢ちゃん何者よ?」
「あーたぶんだけど凄腕。『巣』の駆除クエに来たっぽいけど、ゴツいサルみたいなヤツ討伐してきたんだって。余裕だから任せとけ、みたいなこと言ってた」
グルドはおっさんらしいアゴ髭を触りながら、
「だが若干無鉄砲ってか。いいねェいいねェ若いなァおい。お前も見習えよ、ユレイ?」
無視する。途中だった品出しに戻りつつ、しかし名前を伝えてなかったことを思い出して告げる。
「名前はライカだって。知ってる?」
「うーん、聞いたことあるような気がしなくもないが……。まあ凄腕なら明日にはウワサになってンだろ。その前に囲い込みたいところだが?」
「あの血塗れの装備をここで洗っとく」
「上出来だ」
ハゲがニンマリと笑う。最初の頃は苦手だったものだが、今では日常の風景だ。娘にデレデレしている時は「ニチャニチャ」、誰かをからかっている時は「ニヤニヤ」、商売がうまくいきそうな時は「ニンマリ」である。
「で、お仲間はどうしたんだよ?」
そういえば聞いていなかった。
冒険者はパーティを組んで行動するのが基本だ。生存率が段違いであることは王都お抱えの研究室がレポートとして上げていて、ギルドもソロでのクエスト受注を許可することはほぼない。おつかい程度のクエストなら別だが、今回のような『巣』の駆除クエストであれば、複数パーティで協力することも多くなるほどだ。
冒険者パーティなら道具屋は同じところを使うことが多い。武具はそれぞれこだわりがあるだろうが、道具はある程度共通だ。誰がどんな道具を持っているのか把握しておくことで生存率を上げることにもつながる。つまり道具屋の場合、パーティごと囲い込むのが普通だ。
「もしかしたら嬢ちゃん、ソロかもな?」
「ソロ? あり得るのかよ、『巣』クエだぞ?」
それもライカはまだ少女、おそらくユレイより年下だろう。危険すぎる。
「なら普通、あの傷の仲間を一人にするか? 『体質』のことを知ってたとしてもなかなかクレイジーじゃねぇか?」
仮にあの『体質』があるからといって、重傷の仲間を一人にするというのはユレイから見てもおかしいが高レベルの冒険者には変な連中も多いという。それに、
「もしかしたら他の仲間にも重傷持ちがいて、そっちは教会に向かったのかも……」
なにしろ“中ボス”(推定)と戦ってきたのだ。仲間も重傷を負っていてもおかしくないし、
……逆にソロで“中ボス”倒すなんてあるのか?
冒険者はパーティで行動する。それが常識だ。ユレイがかつて聞いた物語の中でもそうだった。仲間との絆、信頼関係。それは紛れもなく冒険者の力のはずだ。
「まァ、その辺も含めて聞き出せや? ギルドと宿に案内するついでによ」
どうやらまだ仕事は終わってなかったらしい。血塗れの装備を洗うのも自分だろう。道具屋のバイトにこんな仕事があるなんて知らなかった。
「ねえ? この街の冒険者ギルドってどこにあるの?」
と、奥からライカが現れた。先ほどユレイが選んだ『LOVE』の文字が中央に刺繍された黒色のシャツに、ベージュのズボンだ。ズボンは七分丈で先にひもがついているものだ。『LOVE』シャツはそのデザインセンスが前衛的であるからか売れ行きがよろしくない。
「うわ、何だその服! ダセェな!」
「仕入れの時、それ選んだのメイだぞ」
「最高にキュートだぜ、嬢ちゃん!」
これである。
「ライカよ、嬢ちゃんはやめて」
叱られてシュンとしている親バカを横目に、
「ギルドは案内するよ。ちょっと説明しにくいし、ちょうどギルドに頼まれていた配達もある」
「あらそう? じゃあお願いするわ。お代はどうすればいい?」
「今度、装備を取りに来る時にでも払ってくれればいいよ」
配達があったのは事実なので、荷物はカウンターの下にまとめてあった。ユレイはそれを持って、
「じゃあ行ってくるから、品出しお願いしますよ店長?」
●
ボークルードはそんなに広い町ではない。ユレイが以前住んでいたアーノルドの方が大きい。辺境の地に人々が自然と集まってできた町らしく、建物も計画性なく並んでいる。そのため、初めての人間は迷いやすい。ユレイ自身、外から来た組なのでよくわかる。
そんな迷路の町をライカと並んで歩く。すれ違った住民たちが好奇の目でこちらを見てくるのはライカの赤茶色の髪か、それとも綺麗な顔立ちか。いや、もしかすると『LOVE』シャツのせいかもしれない。
ライカはというと、そんな視線は全く気にならないのかキリッとした佇まいで歩いていく。歩幅はこっちの方が大きいはずなのに、気を抜くと前にいる。
……いや、前に行ってどうするんだよ。道案内の意味わかってんのか?
性分なのだろう。なんとなくこの赤茶色の冒険者のことがわかってきた。自分が前にいることを当然としている。それは物語の冒険者たちのようで……。
だから聞いてみる。
「ライカの仲間は?」
少し前にいるライカは振り向かないが、少しペースを落とす。
「いないわよ。ワタシ、ソロだから」
なんと。グルドの推測が当たっていた。しかし、
「それは……なんで? 危なくない?」
「冒険者が危険な仕事なのはソロでもパーティでも同じでしょ。でも今回もワタシは一人でやり抜けた。だから……」
ライカがこっちをチラっと見て言う。
「仲間なんて、いらないわ」
「…………」
歩みのペースを落としてしまう。ライカが一本道の曲がり角を先行して回り、遅れてユレイも行く。横にある空き地を見ながら、
「いや、でも……」
「すべてはいつか、失われる」
……は?
急に何の話だ。
「ワタシはそう思ってる。すべてはいつか、失われる」
前を歩く赤茶色の髪が振られ、同じ色の眼光がこちらを指す。
「なら、何かを得ることに、何の意味があるの?」
それは、ユレイの知っている「冒険者」ではなかった。
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