Case4  待ち合わせ

 季節の移ろいと共に日が暮れるのが遅くなった。

 午後六時、ファミレスの看板近くで待ち合わせの約束をした。

 待ち時間より15分程早く着いた為、いきなり看板近くに行く気にならず、建物のガラス越しに店内を見ていたら、コーヒーを飲むサラリーマンと目が合ってしまった。それで、居心地が悪くなってしまい、看板近くに移動した。

 何となく待ち遠しかったような、うきうきとした気分が心地良かった。

 

 互いの目印は小さなモノ。

自分はえんじ色のネクタイと青い色のハンカチ。相手は、髪に白いリボンと同じく白いハンカチ。

写メの画像に近い女性で条件の合う人を探す。

 この場所は、比較的駅に近く人の往来が結構ある。よく見ていないと気が付かないかもしれない。時間を気にしながら様子を見ていると、子供とおぼしき人物がタタタっと駆け寄ってきた。

髪には白いリボン。手には白いハンカチを持っている。条件は合っている。だが、この少女は一体? 

「見つけた、高木さんでしょ? 私、マミ。」

「え? マミさんというのは二十才はたちの女性で…。」

「ううん、私がマミなの。それは、お姉ちゃんの写真。」


 マッチングアプリというのがあって、自分はそこでマミさんと知り合った。連絡やチャットの話も二十代のそれで、一ヶ月も話していた相手が、まさかこんな少女だったとは思いもよらなかった。

「君がマミさん?」 

「ええ、そうよ。」

「でも話は、君には判らない事もあっただろう?」

屈託なく少女は笑う。

「だって、お姉ちゃんに訊いて返事してたもん。」

「小学何年生?」

「三年生。」

「だから、いつも十時半で連絡が終わったのか?」

「だって、寝ないと怒られるんだもん。」

ダメだ。全く悪気がない。失敗した。

「高木さん、二十五才、会社員?」

「そうだよ、マミちゃん。どうしてこんなコトをしたの?」

「友達がね、チャットに使えるスタンプをもらったんだって。それも三つも。私も欲しくて教えてもらったの。」

「その子、何もされなかったって?」

少女はうつむくと、罰が悪そうに

「体を触られたって。少しの間、我慢したら、スタンプをね…」

マミの言葉を遮り

「マミちゃん、それは警察に捕まる事なんだよ?」

「だからおんなじ人じゃいけないと思って高木さんに…。」

彼女の目線まで腰を落として両肩に手を乗せて話すと、マミはそこにしゃがみ込んでしまった。

 さて、どうしようか。画像の女性は自分の好みであったし、返事も(代弁とはいえ)気が利いていた。

「お店に入ろうか? 三十分くらいならいいだろう?」

と、マミをファミレスに誘った。


 アイスコーヒーとアイスクリームを注文し、マミと向き合うように座った。「マミちゃん、さっきも言ったけど、お友達がされた事は、犯罪になるんだよ? だから、もうこんな事は、しちゃダメだよ。」

「うん…。」

「お友達は、まだやってるの?」

「うん、やってる子もいる。」

「そうか。学校に行ったら、お友達に教えてあげなさい。警察に捕まるよって。それで、みんなはちゃんと帰ってきた?」

「うん!」

返事に悪びれた様子がないのが、現在いまの子なんだな、と思わせる。

「それで、お姉ちゃんはこの事を知ってるのかい?」

「ううん、私が友達や友達のお兄ちゃんと仲良く話してると思ってる。」

少女の気持ちはアイスクリームに向いている。

「マミちゃん、教えてもらえるかな。」

「うん。」

「お姉さんの名前は何て言うの?」

「大きいお姉ちゃんがマユで、真ん中のお姉ちゃんがマノ。」

「この写真は、どっち?」

「マユお姉ちゃん。」

「プロフィールは?」 

「マユお姉ちゃんに訊いたのを書いたの。大人じゃないと登録出来ないから、宿題してる振りをして、お姉ちゃんにいろいろ訊いたの。それから自分で登録して、高木さんのお話で判らない時はお姉ちゃんに訊いて返事をしてたの。お姉ちゃんに判らない言葉を訊くと、楽しそうに返事を教えてくれたよ。」

ドキリ。

「食べた? 帰ろうか。送るよ。」

「高木さんて、恋人みたいなことするんだぁ。」

「子供が何を言ってるんだい。」


 代金を支払って店を出ると、外は暗くなり始めていた。駅に向かうかと思いきや、マミは駅とは反対の方向へ歩きだした。マミの後を付いて歩く。

 相手がマユさんでなかったことが残念だったと思う。

「もうすぐ着くよ。あれ? お姉ちゃん?」

夕闇の中、門灯の近くに女性が立っているのが見えた。

「マミ! こんなに遅くまで何をしてたの?」

「ああ、どうぞ叱らないでやって下さい。」

「貴方は?」

ロングヘアーにこの季節のブラウス、フレアのスカートを穿いた女性が言う。どうやら、会社帰りのようだ。

「私は高木と申します。」

思わず名刺を渡し、会社用の挨拶をした。

「マッチングアプリでマミさんと会う約束をしたら、彼女がやって来て…。」

「マミ! あんた、何をして遊んでたの!」

「お友達がやっているのを見て、つい真似をしたくなったらしくて…。」

かばうにも限界があった。

「マユさんですね? 私はてっきり貴女が来るものと思っていたのですが…。」

「マミ! 私に訊いてたこと、この方に話してたの?」

「うん。ちょっと話したよね? 友達のお兄ちゃんで高木って人のこと。」

「高木って、この方のコトだったの?」

「うん。お姉ちゃん、彼氏居ないって言ってたし…。」

「なんてことを…。」

真っ赤になるマユさん。


 勇気を出して声にした。

「マユさん、マミちゃんの受け答えの一部は貴女のモノだったと聞きました。もし良ければ、マミちゃんの後を引き継いで話してもらえませんか?」

「えっ? ええ、マミがご迷惑をお掛けしてしまったのですものね。そのくらいのお詫びは…」

「お詫びは要りません。私はマミさん、いえ、マユさんの画像を見て、会える日を楽しみにしていたんです。」

「えっ? そ、そうなんですか?

分かりかねる部分もありますが…。」

「私は、決して怪しい者ではありません!」

そう言って二枚目の名刺を渡そうとした。

「確かに、悪い方ではありませんね。」

くすくす笑いながら、マユさんが言った。

「判りました。マミのプロフィールは削除します。マッチングアプリは怪しい人もいるので。」

 ええ? どうしよう…。

「私が直接、高木さんとお話致します。それでどうでしょうか。」

 やった! 色好いろよい返事をもらって、自分は小躍りしたい気分になった。

そうして、連絡先を交換して帰途についた。


 今夜は缶ビールで祝杯だ!


       終わり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る