第2話 タンザナイト・毒の殺し屋 前編

 チャイムの音がうるさく鳴り響く。

 ホームルームの時間だ。生徒たちが慌てて席に着き始めた。

「ホームルームを始めるぞ、日直のやつ、号令掛けてくれ」

 教師が眠そうな表情をして声をかけた。何処からか号令をかける声が聞こえてきた。

「起立!礼!着席!」

「さて、今日は転校生を紹介するから、静かにしてろよー」

 教師が「入って来い」と言うと、ガラリと扉が開いて一人の少年が入って来た。

 少年はふわりとした雰囲気で自己紹介を始めた。

「初めまして、天文てんもん あおいです。皆さん、よろしくお願いします」

 拍手で迎えられた蒼は静かに指定された席に着いた。その席は少女-パールの前の席だった。

「それじゃあ連絡事項を伝えるから、ちゃんと聞けよ」

 教師が配ったプリントが回ってきた。

 パールは蒼からプリントを受け取った。すると、蒼がジッとパールを見つめてきた。

「…あの、なにか?」

「君、名前なんていうの?」

白河しらかわ 氷華ひょうかですが」

「氷華さん…いきなりだけど、どこかで会ったことある?」

「…初対面だと思いますが」

 氷華は無表情のまま答えた。その様子に蒼は納得したように「そっか」と言って頷いた。

 蒼が前に向き直ると、彼の隣の席の女子が何やらヒソヒソと吹き込み出した。

「…天文君、白河さんとはあまり話さない方がいいよ」

「なんで?」

「あの子、いつも無表情だから、何を考えているかわからないのよ。それに、噂だと何かヤバいことしてるんじゃないかって話だよ」

「ふーん…」


 *


 授業が終わり、昼休みに入った。氷華はふらりと教室を後にした。蒼はクラスメイト達に囲まれて動けないようだ。

『次の仕事だ』

 物置になっている階段の裏で、氷華は携帯電話を開いてメールを確認した。

「…了解」

 携帯電話を懐に仕舞うと、氷華は屋上へと向かった。


 鍵を開けて屋上に出ると、そこにはクラスメイト達に囲まれていたはずの蒼が一人でパンを頬張っていた。

「あれ、氷華さんもお昼?」

 お茶でパンを流し込みながら、蒼は氷華へと視線を送った。

「…えぇ」

「そっか、じゃあ一緒にどう?」

「………」

 氷華は黙って蒼から少し離れた場所に座り、弁当箱を開いた。

 ただただ静かな時間が過ぎていく。

 空は快晴で心地が良い。少し離れたところから雀の鳴き声が聞こえてくる。まるで平和そのものだ。

「この学校は平和だね」

「…前の学校は平和じゃなかったんですか?」

 蒼の言葉に質問すると、彼は寂しそうな表情を見せた。

「まぁ、うん。色々あってね」

 苦笑を浮かべながら蒼は答える。

 すると、いきなりバンッと扉が開かれた。

「やぁ、パール!元気してた?」

「…な、なんで…アンタが…」

「ん?あぁ、天文 蒼じゃないか!いやぁ、まさか君が屋上ここに来ていたとはね」

 ニヤリと不敵に笑う男は、氷華には見覚えがあった。

「…あぁ、タンザナイトですか。何か用ですか?」

 驚愕の表情を浮かべる蒼を他所に、氷華は顔も見ずに男に向かって言葉を投げかけた。

「ボスの命令でね、その男-天文 蒼を殺れって言われたから君にも協力してもらおうと思っていたんだけど、探す手間が省けたよ」

 にこりと微笑んだタンザナイトは、童顔なせいもあって、まるで中学生に見える。

 その不敵な笑みを見て、蒼はみるみる青ざめていく。

「昼食中に悪いけど、抑えててくれるかな、パール?」

「………」

 氷華は黙って弁当箱を片付けると、スッと立ち上がった。

 蒼がビクッと強張る。自然と氷華へ恐怖に染まった視線を向けた。

「流石、氷の瞳の殺し屋だね。表情一つ変わらずに仕事をこなす姿は美しさを感じるよ」

 ゆっくりとタンザナイトが近づいてくる。

 氷華は真っ直ぐに彼を見つめて問う。

「何故、私を協力者に選んだのですか?貴方なら一人でも殺れるでしょう?」

「え?だって、僕の毒でもがき苦しむ姿もまた良いけど、動けない状態で苦しむ姿も見てみたいじゃん」

 その残酷な思考に、蒼はさらに怯えた表情を見せた。だが氷華の表情は変わらない。

「そうですか」

「ほ、本当に、 君も、殺し屋なの…?」

 まるで弱々しい小動物のように小さく震えながら、蒼は尋ねた。

「えぇ、殺し屋です。一分も掛からずに息の根を止めることが出来ますが、何か言い残すことはありますか?」

 タンザナイトの方を向いたまま、蒼をチラリと見やった。冷たく、静かに殺意のこもった瞳で。

「相変わらず、クールだね。その年でNo.6に入れるわけだ」

「それは関係ありません。……では、言い残すことはないようですね」

 スッと蒼に向き直った氷華の手には、鋭い刃物が握られている。それは彼女が愛用している手術用のメスだ。

「ひっ…」

「あ、殺るのは僕の仕事だから、ちゃんと急所は外してね」

 タンザナイトが言い終わるのと同時に、氷華-いや、パールの手からメスが放たれた。深々と左肩に突き刺さった。

「あああああああああああああああ!!」

 耳を劈くほどの悲鳴が轟いた。

 パールの後ろでタンザナイトが肩を抑えてうずくまっている。

「パール…お、まえ……!」

「私は、彼を殺すとも、貴方あなたの仕事を手伝うとも言っていません。それに、私は天文 蒼を守れという依頼を受けています」

「な、に…?お前、 ボスの命令に背く気か?!」

 パールは冷めた目で蹲るタンザナイトを見下ろした。

「私が裏切り者だと思うのなら、ボスにそう報告すれば良いんじゃないですか?私は依頼を遂行しているだけですが、判断は貴方に任せます」

 肩に刺さったメスを引き抜くと、彼は小さく悲鳴をあげた。だがそんな事は気にせず、置いていた弁当箱を手に、パールは蒼の手を掴んで立ち上がらせた。

「あ、あの…」

「貴方は黙って私について来てください」

 有無を言わせず、蒼の手を引いて屋上を後にした。


 階段を降りて行く途中で、蒼が急に立ち止まった。

「何をしているんです?早く教室に戻りますよ」

「あ、あんなのを見た後で教室になんて戻れないよ」

「大丈夫です。急所は外していますし、彼のことですから治療薬くらい持っています」

「そうじゃなくて…!」

 先ほどの殺意を微塵も感じないが、氷華の瞳は氷のように冷たい印象を与える。

 氷華は一つため息を吐くと、蒼に向き直った。

「今、この学校から逃げ出せば、彼の部下に殺されますよ」

「部下?」

「…ここでは話せないので、放課後に詳しく教えます。ですから、今は身を守るためにも平静を装ってください」


 *


 --放課後。

 氷華は蒼を連れてとあるマンションの一室に入った。

「氷華さん、ここは…」

「ここは私が他人名義で借りている部屋です。ここに組織の者が来るのも時間の問題ですが、多少は匿えるはずです」

 部屋には小さなテーブルと二つの丸いクッション、そしてラジオが一つ置いてあるだけだ。

 とてもシンプルで、あまり生活感を感じない。

「それで、聞きたいことは?」

「えっと、まず、貴女は殺し屋のパール。で良いのかな?」

「えぇ、私は『ジュエリー』という組織の殺し屋です。『パール』はコードネームです」

「じゃあ、No.6っていうのは…?」

「幹部のランクです。私を含め、九人の幹部と二人の最高幹部。そして、ボスがコードネームを持っています」

 クッションに座った二人は、テーブルを挟んで向かい合った。

 蒼の質問に氷華が淡々と答えていく。

「じゃあ、君はそのジュエリーの幹部ってこと?」

「そうですね。ちなみに幹部のナンバーは実力を表しています。私はNo.6なので、上から六番目の実力ということになりますね」

 氷華はしれっと言ってのけるが、殺し屋組織において十五歳で組織のNo.6になるには相当な実力が必要なはずだ。

「昼間の人、タンザナイトだっけ?あの人は…」

「彼は幹部の最下位、No.12ですね。最下位といっても組織の中では実力のある方ですから、私でも油断すれば殺られる可能性はあります。ちなみに彼は毒使いなので、下手に触れるとどんな毒を盛られるか分かりませんよ」

 サーッと蒼の表情が青ざめていく。

「他に聞きたいことはありますか?」

「僕を守るように頼んだ依頼人は誰?」

「それは答えられません。守秘義務ですから」

 暫しの沈黙が場を包む。

 切り出したのは氷華だった。

「恐らくタンザナイトは今頃、組織に私が裏切ったと報告しているでしょう。これから出会う組織の人達は、私をも殺す気で近づいて来るはずです。私は貴方を守りますが、もし、守れなくなった場合はすぐに逃げてください。私から言えることは以上です」

「そんなこと…」

「?」

 蒼がボソリと呟く。氷華は聞き取れなかったのか、小首を傾げた。

「そんなこと、出来るわけないじゃないか!」

 いきなり立ち上がった蒼の表情は、焦りと苛立ちが混じっているように見える。

 だが氷華は顔色一つ変えずに聞き返した。

「何故、貴方が怒るのですか?私が動けなくなったり、最悪の場合、彼らに殺されたら貴方を守ることは出来ません。ただの一般生徒が、プロの殺し屋相手に太刀打ちできると思っているのですか?」

 ジロリと、しかし真っ直ぐに蒼の目を見つめた。

「僕は」

 蒼が何かを言いかけた瞬間、勢い良く扉が開かれた。

 二人が扉の方を見ると、そこには負傷したタンザナイト立っていた。貫かれた左肩には包帯が巻かれている。

 蒼を庇うように氷華が前に立った。

「やぁ、パール。君の要望通り、組織には報告しておいたよ。君の大好きなアメジストにもね」

 アメジスト。その名前を聞いたパールが一瞬反応した。その隙をタンザナイトは見逃さない。常人には反応出来ないほどのスピードでナイフが放たれた。一瞬遅れて、パールがそのナイフを掴んだ。

「あ、言い忘れてたけど」

「ぐっ…?!」

「そのナイフには軽度の毒が塗ってあるんだ」

「氷華さん?!」

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