ジュエリーキラー

Noa

第1話 パール・氷の瞳の殺し屋

「今から君は正式にジュエリーのメンバーとなった」

 男は手を差し伸べた。目の前に立つ少女は、氷のように冷たい瞳で男を見据えている。彼女は無言のまま、男の手を取った。

「我々、ジュエリーではコードネームが与えられる。君は今日から、パールだ」

「了解」

 パールは頷き、跪く。

「このパール、誠心誠意、ジュエリーのために力を尽くすと、今ここに誓います」

「あぁ、期待しているよ」

 男はニコリと微笑んだ。その優しい笑みからは、彼が裏世界の人間だとは到底思えない。


 --それから二年。


「ま、待ってくれ!あと三日!三日待ってくれたら返せるんだ!」

 少女の脚に縋り付く男性は、今にも泣き出しそうだ。隣に立つスーツの男は呆れた様子でやれやれと首を左右に振っている。

「はぁ、前もそう言って返さなかったじゃないか」

「そ、それは…!的が外れたんだ!次こそは必ず返す!だから…」

「本当に、大人は嘘つきばかりですね」

「え…?」

 男がキョトンとしたその時、視界に赤い液体が映った。同時に鋭い痛みが首筋に走った。途端に声が出なくなる。当然だ。男は頸動脈を斬られたのだから。

「がっ…ああ…!!」

 降ろされた少女の手には、手術用のメスのような物が握られていた。刃先には血が付いている。誰がどう見ても、男の血だ。

「おいおい、手を出すのはちと早くないか?パールさんよぉ」

「雇い主から、渋られたら殺しても良いと言われたので」

「マジか。なら、俺は何も見てないってことにすれば良いんだな」

 スーツの男は頭をガシガシと掻くと、部屋を見渡した。どうやら、借金の方になりそうなものを漁るつもりのようだ。

「では、始末します」

「へーへー、好きにやってくれ」

「はい」

 パールは振り返り、スーツの男の首を後ろから切り裂いた。

「があ?!」

 首を抑えながらゆらゆらとパールに近づいてくる。

「な、なにを…」

「雇い主からの依頼を遂行しているだけです」

「な、に…?」

「貴方は、事務所のお金を使って薬をやっていると。だから、貴方も始末してほしいとの依頼です。それでは、さようなら」

「待っ……」

 パールは返事を待たずに心臓にメスを突き刺した。

「ガハッ…?!」

 二人の男が息絶えるのを確認すると、パールは刃物をしまって返り血を拭った。


 パールが事務所の扉を開けると、ソファーに大柄な男と若い男が向き合っていた。大柄な男の後ろには三十代半ばくらいの男が控えている。

「やあ、おかえり、パール」

「戻りました」

「田原と佐藤は始末したのかい?」

「はい、証拠も残っていません。不審死で片付けられるでしょう」

 パールの氷のような瞳が若い男を見つめる。大柄な男がパールの報告を聞いて愉快そうに笑った。

「はっはっはっ!流石は氷の女・パールだな!お前の言った通り優秀な人材だ!なぁ、アメジスト?」

 アメジストと呼ばれた向かいに座る若い男はニコニコとしている。

「えぇ、そうでしょう。何せ、彼女は自分から志願してこの世界に入ったのです。他のメンバーとは決意が違うのですから」

 薄く開かれた瞳に生気はない。口端は三日月に釣り上がっているが、目が笑っていないのだ。

「フン、相変わらず、不気味に笑う野郎だな」

 大柄な男はニヤニヤと笑う。だが彼は気づかない。後ろに立つ男が殺気立っていることに。

「大宮さんこそ、相変わらず、嫌な笑い方をされますね」

「本当に、不愉快です」

 アメジストだけでなく、パールにまでも軽蔑の眼差しを向けられて流石に堪えたのか、不機嫌そうに懐から札束が入った封筒を机に投げた。

「仕事が終わったなら、その金持ってさっさと帰るんだな」

「そうですね、それではお暇しましょうか。ね、パール」

「はい、アメジストさんが仰るなら」

 パールが頷くと、アメジストは立ち上がった。左手で封筒を手にすると、右手で懐から拳銃を取り出し、大柄な男の額に向けて撃った。

「は…?」

 男は驚きの表情を浮かべた。そしてそのまま、一発の乾いた銃声とともに彼の命の灯火は消えた。

「…すみません、回りくどいことを依頼してしまって」

 後ろに立っていた男が汚れたものを見るような目で死体を見下ろす。そんな彼にも、先ほどと変わらない、爽やかな笑顔でアメジストは対応した。

「いえいえ、依頼者の希望に答えるのが、我々の仕事ですから」

(営業スマイルは完璧。流石です)

 パールが後ろから憧れの視線を送っている。だが顔に出さないパールの表情を見ても、男には何を考えているのかまるでわからなかった。

「さて、報酬もいただいたことだし、帰ろうか」

「はい」

 男に見送られて、二人の殺し屋は事務所を後にした。

 今夜は新月。

 もしかすると、何処かで宝石の名を持つ者たちが、その手を血に染めながら悪に染まった者たちを断罪しているかもしれません。

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