仲間意識

 


「で、誰が犯人だと?」


「え? 私に訊くんですか?」


 みっともないが、手を掌わせて頼んだ。


「芳枝さんです」


「……芳枝?」


「No.2の」


「……ああ。……しかし、彼女にはアリバイがあったはずだ」


「そのアリバイをしたのは、芳枝さん専属のヘルプをしていた多恵さんじゃないですか?」


「……ちょ、ちょっと待ってくれ」


 俺は急いで、篠崎からFAXで送られた事情聴取のコピーを取りに行った。立場は逆転していた。




 戻ると、裕子は当時のことでも思い出しているのか、遠くを見るような目をしていた。


「確かに、多恵が、芳枝と一緒にいた、と証言してます」


「……やっぱり。多恵さんは、芳枝さんのためなら何でもすると思うわ。多恵さんは若くもないのに、指名客が無くて、いつも、ヘルプをしていた。そんな時、芳枝さんが、専属のヘルプにしてあげたの……」


 俺は話を訊きながら、不謹慎だが、なぜだか、裕子と結ばれる予感がしていた。


「……専属のヘルプになると、場内指名といって、本指名の半額の指名料が貰えるの。だから、多恵さんは芳枝さんに感謝したはずよ。だから、芳枝さんのアリバイ工作だってしてあげたはず」


「だが、なぜ、芳枝は飛鳥を殺したんだろう……動機は?」


「それも、私に訊くんですか?」


「ついでに頼む」


 掌を合わせた。


「飛鳥が入る前までは、No.1だったのは、芳枝さんだった。飛鳥の商売方法は汚かった。手練手管てれんてくだで他のホステスの客を自分の指名客にしていた。芳枝さんの客も例外ではなかった。

 本来、一度指名になったら最後まで指名になる、永久指名のシステムの店が主流なんだけど、あの店は違ってた。客の好みに合わせて、指名を変えることができた。

 ……そう言えば、こんなことがあったわ。芳枝さんのお客さんで、佐々木さんて人がいたんだけど、ある日、飛鳥が佐々木さんと同伴してきたの。

 そして、待機していた芳枝さんに言ったの、『よかったら座って』って。今まで自分のお客さんだった佐々木さんの席に、ヘルプで座ることになるのよ。でも、芳枝さんは、笑顔で『いらっしゃいませ』って言って座ったわ――」


 裕子は我がことのように無念の表情をした。


「悔しかったでしょうね……でも、それだけじゃないの。芳枝さんの恋人まで奪ったって、聞いたわ。……芳枝さん、病気のお母さんが故郷に居たんですって。それで、頑張ってたのね……」


「あなたのように?」


「えっ?」


 吃驚びっくりしたように俺を見た。


「ママが言ってましたよ、あなたには何か違う目標があった。だから、問題を起こさないように、丁寧な仕事をして頑張っていた、と」


「……だって、めごとを起こして、三面記事の女になりたくないもの」


 その言葉は、裕子の当意即妙とういそくみょうだと思った。


「まぁ、いいや。ところで、芳枝が真犯人だと、皆、知ってたの?」


「たぶん」


「じゃ、どうして、黙ってたんだ? 客が減るから?」


「それだけじゃないわ。……仲間意識かな」


「仲間意識?」


「そう。飛鳥は皆から嫌われていた。死んでくれて清々せいせいしたと思ってる人は沢山いたと思うわ」


「ママもか?」


「ママにしたって、No.1の飛鳥が居なくなったんだもの、No.2の芳枝さんに期待するしかないじゃない。逮捕されたら、客は減るし、店の評判も悪くなるもの。 だから、皆が、もしかして芳枝さんが犯人かも、と思っても、わざわざ、言わないでしょ?」


「……なるほどね。話はまた、後で伺います。お腹が空いたでしょ? 食事を作ります」


「……ええ」


 芳枝を哀れんでか、裕子は寂しげな目で俺を見上げた。




 ――裕子は山菜の天麩羅てんぷらを旨そうに食べながら、俺に笑顔を向けた。俺は嬉しくて、ほっとした。




 食後のお茶を飲んでいる裕子に、


「……ところで、一つ確認ですが。事件の翌日、爪を切っていたそうですが、どうして?」


 気になっていたことを訊いてみた。


「爪?」


 裕子が自分の指先に目をやった。


「……ああ。引越の時、何します?」


 逆に問われた。


「……荷物の片付けとか」


「そう、荷造りです。あれって結構、力が要りますよね? 重い段ボールを持ったり、ガムテープを貼ったりすると、爪が割れたり、傷付けたりする可能性もあります。だから、切ったんです」


「……なるほど」


 納得して、裕子を見ると、


 “刑事のくせに、そんなことも推測できないの?”


 みたいな顔をしていた。俺は自分の浅はかさが情けなかった。勝手な解釈によって、裕子を容疑者にしていたのだ。裕子に申し訳なく思った。


「芳枝が今、どうしてるか、電話してみます」


 新しくお茶を淹れてやると、篠崎に電話をした。




 メモ用紙を手にして戻ると、


「鈴木さん、明日、富山に付き合ってください」


 俺は取り急いで言った。状況を把握した裕子は、


「……はい」


 と、ゆっくりと頷いた。




 車中、裕子は暫く車窓を流れる景色を追っていたが、やがて、バッグから文庫本を出して読み始めた。


 裕子の不図ふと見せる寂しげな表情が、俺は気になっていた。




 駅前のシティホテルに裕子を置くと、その足で、芳枝の実家に向かった。

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