第2話 嘘から出た真

「やはり何度見てもこの物語の素晴らしさは変わらない!」

 もはや手垢がついて、橋の方などかなりよれはじめていたその古ぼけた本を読んでいた男は、突然立ち上がりそう叫んだ。

「これが創作などと言われても、私が抱いたこの感動は本物ではないか!!」

 以前の一件の後、これが創作だと伝えられはしたが、それでもその貴族の思いは変わらなかった。むしろ、創作ならばそれを本物にしたいと言う思いが募るばかりだ。

「そうか。私が本物にすればいいのだ!」

 そして、その結論に達した。


「で、やっぱり諦め切れなかったらしい」

 ルーセント・ヴェルファイアは溜息混じりにそう言った。

「あの本の内容を実現させたいということですか?」

 スカーレット・フートはその本を以前見せてもらっている。内容としてはどこにでもあるようなデュルガー退治の伝承を勝手な解釈で誇大表現したものだったが‥‥そのデュルガーはむしろアンデッドに近かった。

「困りましたね。実現させてあげてもいいのですが、そのためにはこのデュルガーに似たモンスターを用意しないといけませんが、それも元を糾せば創作のモンスターですし」

 実現させるには最低でも貴族の実力、モンスターの存在、そしてデュルガーに通じるレベルの魔剣が必要となる。魔剣に関しては最低限貴族が持っていたものを使ってもいいわけだが、その分貴族の実力が必要になる。その辺りはまだフォローすればいいのだが、最大の問題は相手のモンスターだ。

「流石に都合よくはいねぇよな‥‥っと、いませんよね」

 以前よりは少しだけ早く口調を正し、ルーセントはぼやく。

「作り物なら楽なんですけどね」

 そう言ってスカーレットは苦笑し‥‥。

「ん?」

「あれ?」

 二人同時に何かに思い至った。

「それなら‥‥」

「作り物で誤魔化しましょうか」

 二人は悪戯を思いついた子供のように無邪気な笑みを浮かべていた。


「そんなわけで、部員の皆さんに協力してもらって、貴族の方に満足してもらおうと思います」

 スカーレットは剣術部の部員を集めてそう言った。

「目的は創作の物語を現実にすること。それが現実であればお芝居でも構わないはずです」

 スカーレットの言葉は詭弁だが、最も確実に早く実現できる方法でもある。

「物語の舞台は地下遺跡でした。幸いこの学園は最も近い地下遺跡を保有しています」

 そう言ってスカーレットは足元を指差す。その方向にあるものといえば‥‥地下水道。下水に他ならない。

「下水の中であれば多少は魔法を使っても問題ありませんし、派手な演出を行うことも出来るでしょう。モンスターもいますが、貴族の方もある程度は自衛の術を持っていますし、皆さんもそれほどやわではないでしょう?」

 ひ弱な文学青年ではあるが、仮にも貴族。剣の嗜みがまったくないわけではない。少なくともモンスターに襲われて、助けを呼ぶ暇もなく、やられるようなことだけはないはずだ。

「それでは早速準備を始めましょうか」

 そう言ってスカーレットはおどろおどろしい色の染料を部員達の前に用意した。


●困った問題

 ガタン。

 フォーシャル・ソルディアスは鎧戸を開けた。すーっと入り込む冷たい空気に、薄暗い部室の中に溜まり込んだ濁った空気が入れ替わる。窓に積もる雪の光が部室の中を明るく照らす。誰とも無く、はーっとため息を吐く。

 瞬く間に魚油を灯す独特の臭いが薄まり、雪の原を通りオックス湖を越えて来るチリチリと刺す氷雪の匂いが取って変った。


「‥‥と、いうわけで。皆さん、よろしくお願いします」

 スカーレット先生の解説に、先だって件の貴族に冒険者失格の引導を突き付けたアーク・レイクウッドは

「やれやれ‥‥。ホントに困ったものだな」

 と伸びをして椅子の背にもたれ掛かる。これでは、万一の遺恨が他の者に降懸からぬよう、憎まれ役をでしゃばった甲斐が無い。

「乗りかかった船だ。一応皆、貴族が憧れている物語に目を通してみようか」

 フォーシャルは、顔をスカーレットに向ける。

「その本‥‥。大丈夫なんだろうな? 呪いの本とかじゃないよな?」

 余りの貴族の執心に、慎重になるレイ・ハチサ。

「まさか!? やはりお坊ちゃまとして育ったので空想世界に憧れているだけなのでは?」

 だが、即座にイワン・イグナシェヴィッチが否定した。議論百出する中で、

「まぁまぁ。とりあえず1度読んでみようよ」

 とガルディ・リーチェッタが積まれた写本の束を手にした。


 読み耽る事数時間。ティンクレ・タントンがふむと唸り

「なるほど。手下を操るデュルガーに英雄の仲間。最後は英雄とデュルガーの一騎打ち‥‥」

 口を開いたのが切っ掛けで

「ありがちといえばありがちなお話ですねぇ‥‥」

 ヴァルチャー・マンチェスターも感想を述べ

「なんていうかまぁ。子供が喜びそうな話だな」

 ルーセント・ヴェルファイアは子供の時のおやすみの物語を思い出した。


 一方、アークは物語の内容からその先を考える。

「しかし。登場しているデュルガーとやらはアンテッド的なものに近い。俺たちでデュルガーを演じることは可能だな」

 結構修羅場を潜って来たアークとて、見切ったデュルガーは下っ端クラスだ。それでもとんでもなく危険な連中であると骨身に染みている。

 イワンは頷き

「そうですね。では‥‥。問題は誰がそのデュルガーを演じるかですが‥‥」

 と、具体的な話に引っ張った。するとヴァルチャーが

「では私がその役目を」

 大ボス役を買って出た。幸い前回関わって、件の貴族の実力は判っている。あれだけ実力差があれば、こっちが怪我をすることも、貴族に大怪我させることもありえないだろう。

「さすがに大ボスだけじゃ不安だからね。手下としての役割を引き受けるよ」

「それじゃあ僕は護衛をかねて貴族さんのお仲間役にまわろうかな‥‥」

 続いてティンクレ、ガルディと申し出たところで、レイがノリノリの仲間に釘を刺した。

「まてまて。まずは貴族にどういった経由で地下道にきてもらうかを考えないと」

 そこで部長のフォーシャルが皆を纏める。

「よし。それじゃあ各自役割と分担を決めよう」

「なんだかんだでみなさんやる気になってくれてますね。僕も嬉しいです」

 スカーレットはにっこりと笑った。

 例によって例の如く

「‥‥先生は手伝っていただけないんですか?」

 とのアークの確認にスカーレットは

「えぇ。ここは優秀なみなさんにお任せしますよ♪」

 うん。華奢で子供みたいなスカーレットに、剣の腕は期待出来ない。

「なんていうか‥‥。まぁ‥‥。期待はしてなかったですけどね」

 ルーセントは乾いた笑い声を立てた。


 打ち合わせは続く。やがて皆の考えも纏まって来たので、部長としてフォーシャルが

「流れとしては、ヴァルチャーと俺が先行して仕込みを行いながら偵察。モンスターがいた場合は可能なら排除、不可能なら撤退してみんなと合流してルートを変えるか、協力して撃破するか、だな」

 と話し合いを整理した。これで大体纏まり、ルーセントの

「先行してモンスターを倒したら、そいつを利用できないか?」

 と発案し、さらにアークが

「皆が劇をしている時に別所から本物のモンスターとかに襲撃されたら洒落にならないので、ヴァルチャー達が貴族を騙している時は少し後退して周辺を警戒しておこう」

 と提案。最期にフォーシャルが

「いずれにしても。やり過ぎない様に、側にいるメンバーはフォローよろしく」

 と、注意を促した。


●フランク・マウリッツ

 再び、件の貴族は学園を訪問した。

「お久しぶりです‥‥。ええっと‥‥」

 イワンは口篭る。その様に、件の貴族ははっとして

「おぉ。これは失礼しました!! 前回は名乗りもせず。フランク・マウリッツと申します」

 帽子を外した兜の如く左腕に抱えた。

「ええっと。よろしくお願いします。どうですか? あれから何か訓練とかされましたか?」

 恐る恐る訊ねるガルディ。

「前回はみっともない姿を見せてしまいましたが‥‥。今回は違う!! 度重なる訓練を重ね‥‥。いまや私は‥‥!!」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

♪思えば畏し 賢王の御世

 デュルガー降され給いし時よ

 三軍千隊 祓われ給う

  勇みて進まん 剣(つるぎ)を執りて

  万古に定むる 英雄の書に

  血を以(も)て記さん 我が勲(いさお)


♪水漬く草生す 墓無き最期

 何の栄華ぞ 我らを止(とど)む

 名よ芳しく 常葉(とことわ)薫れ

  勇みて進まん 剣(つるぎ)を執りて

  万古に定むる 英雄の書に

  血を以(も)て記さん 我が勲(いさお)


♪女神よ強めよ 我らが肉を

 女神よ浄めよ 我らが心

 正義と愛とを 為さしめ給え

  勇みて進まん 剣(つるぎ)を執りて

  万古に定むる 英雄の書に

  血を以(も)て記さん 我が勲(いさお)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 続くフランクの自作詩に、ガルディはおいおいと言った顔。

「確かに、栄光の道は墓穴に通じていると言うのは古い箴言だが‥‥」

 学はあるが口だけだ。古来生死を容易く言う者が大事を為した例(ためし)は鮮(すくな)い。

 アークはいつもと変らぬ素ぶりで

「それはそれは。期待していますよ」

 と慇懃にあしらう。だが、向うも心得たもので表情からは機嫌良さそうにしか見えない。

 暫し歓談の後、レイが口火を切った。

「それで今回の件ですが。この地下遺跡に件の物語と似たようなデュルガーが出没したそうです」

「僕たちの仲間が数人先に向かっていったんだけど‥‥。戻ってくるのが遅くて‥‥」

 ガルディの取る間は絶妙だ。為にフランクも身を乗り出して

「なるほど。そこでこの英雄となる素質をもった私の出番ということですね!」

 と来たもんだ。

「えぇ。よろしくお願いします。道中、学生達には護衛をお願いしておりますので」

 あまりにもスカーレットがさらりと言ったので、フランクは発言に隠された矛盾を見落とした。

 そして誘われるままに地下水道の入口へ。

「では参りましょうか。暗いので足元には気をつけて‥‥」

「わかっていま‥‥。うおっ!!」

 イワンの言う側から危なっかしいフランクの足取り。よろけた彼をアークが支え

「気持ちはわかりますが落ち着いて。デュルガーの処に辿り着くまでに怪我でもされると大変です。冒険の修行はしてませんよね。無理せず後から付いて来て下さい」

「す‥‥。済まない。気をつける」

 フランクは大人しく従った。


●地下水道の魔物

 闇に浮かぶ不気味な姿。こちらは先行班だ

「しかしまぁ‥‥。見事なメイクだな。暗闇で見るとますます際立って見えるぞ」

 愉快そうにルーセントは軽口。絵の具に貝殻を砕いた粉を混ぜて塗っているので、僅かな光に良く映る。

 フォーシャルは仲間をさっと眺め渡し

「そうだな。間違って倒してしまわないよう気をつけよう」

 と頬を緩めた。

「失礼だねぇ。自分でメイクしておいて。‥‥こっちは行き止まりにしとくんだね」

 ティンクレが迷い込んで遭難しないようにロープを張り表示板を付けて行く。

「ここまでは異常なしですね。『安全』の印をしておきます。この崩れた場所を、乾燥した土のブロックで埋めておきますね」

 ヴァルチャーも順路を確認しつつ仕掛けを施す。子供が軽く小突く程度の衝撃で、派手に崩れ落ちると言う寸法だ。

 フォーシャルはそれらを纏めつつ

「出来る限り奥で控えるようにしよう。道は長いほうが演出もやりやすいしな。おっとそこは足元にロープを張って、こけて貰おう。あまりにも安全すぎると拍子抜けだろう」

 全体指示を出している時

「なんだかんだでやる気だしてんだな‥‥。ん?」

 最初に気づいたのはルーセントだった。 

「‥‥なんだい?‥‥人?」

 ティンクレが目を凝らす。学園関係者と思ったヴァルチャーが

「何故こんなところに‥‥。どうしました?」

 と声を掛けた。だが、

「待て!! 様子がおかしい‥‥。構えろ!!」

 フォーシャルは違和感を覚えた。この時間は、面倒を起こさぬために剣術部の貸切をお願いしていたからだ。

 見たことも無いが、人型モンスターなのは間違いない。

「なんだ‥‥。気味わりぃな‥‥」

 ルーセントがショートソード+0を抜き、かちゃりと持ち替えて、タイマツの明かりを人影に反射させ

「遭難者か?! 動くな、そっちへ行くぞ!!」

 と呼ばわる。万一、地下水道の遭難者だった場合は、これでトラブルを回避出来よう。

 だが、答えるでも無く、へたり込むでもなく、無言でゆらりとこちらに迫って来る。

「これはモンスターで間違いないだろ」

 フォーシャルは見定める。見たことも無いから要注意だ。ティンクレが言った。

「なんだったっけね‥‥。物語で『デュルガーが操ってた人間』みたいな奴らだね!!」

「確かに似ています‥‥。しかし実際にフランクさんと戦わせるわけにはいきませんよ!!」

「そうだな‥‥。俺たちで出来る限りの始末はしておくぞ!!」

 ヴァルチャーの提案を承認するフォーシャル。


●生々しき戦いの跡

 地下水道の壁。タイマツを近づけたレイは見慣れた仲間の筆跡を発見。

「‥‥敵に気をつけろ。か。しかしこの跡を見れば‥‥。どうやらモンスターが居たようだな」

 分岐路の角に、人がチーズを潰したような指の跡。それが真新しい壁の傷を作っている。近くで裂けた服と剣で刻まれた小さな肉片が発見された。検めたアークは、切り取られたばかりに見える肉片に、ねっとりとしたドス黒い汁が滲んでいるものの、そこに動物の鮮血のような生々しい流血の匂い無いことを確認し、

「‥‥アンデットの類か? まだ残っているかもしれない。気をつけて進もう」

 と注意を促した。イワンはこれを奇貨と見、戦いがあった演出に加える。

「どうやら先行していたみなさんがデュルガーの手下と争っていたようですね」

 ガルディも合わせ

「み‥‥。みんな大丈夫かな? 怪我とかしてないかな‥‥?」

 と心配してみせた。何、本当に問題があれば、ここで助けを待っているはずだ。なぜならば、学生達にとってここはほんの入口に過ぎない場所であったからである。

「だ‥‥。大丈夫だ!! 私がみんなを助けてみせる!!」

 フランクの声が上ずっている。暗いので良くわからないが、多分蒼ざめている筈だ。

「前回同様、強がりなのはかわっていないみたいだな」

 アークはそれ見て取り、小声で仲間に目配せ。

「あぁ。逃げ出されでもしたら余計ややこしくなるからそれはそれでいいんだがな」

 レイは万一の不意打ちに備え、フランクの左直ぐ後方に移動。

 こうして、息を殺し足音を忍ばせて、学生達は打ち合わせの場所へフランクを誘って行った。


●迫真

「‥‥ぐはっ!!」

 奥から聞こえるのはルーセントの声。

「ふぉっふおっふぉっふぉ! たいしたことないねぇ‥‥。そんな腕で我が主にはむかおうとは不届き千番!!」

「あ‥‥。あれは、ティンクレさん!? ル‥‥。ルーセントさん!! 大丈夫!!」

 ガルディが斬り合う2人を発見。

「す‥‥。すまない。俺一人じゃ手に負えない‥‥!!」

 ルーセントのシャツは切り刻まれて襤褸となり、上半身裸の状態。

「ティンクレさん‥‥。デュルガーに操られているんですか!? フランクさん、危ない!!‥‥ぐっ!!」

 フランクを護るため間に入ったイワンが、ティンクレの蹴りをまともに受けて吹っ飛んだ。壁に叩きつけられ、ポロポロと壁が崩れる。

「加勢するぞ!! ‥‥フランクさん!! 先にいってくれ!! ここは俺たちが引き受ける!!」

 アークは呼ばわった。

「し‥‥。しかし!? キミ達は大丈夫なのか!?」

 フランクは心細げに格好付ける。

「お前には手下より戦うべき相手がいるだろう!! 行くぞ!!」

 と引っ張るレイ

「ほらほら!! 余所見してんじゃないよ!!」

 一閃を躱したルーセントにティンクレの拳が襲う。拳一つの差で外したルーセントの後ろの壁が、大きく抉れて崩れ落ちた。

「フランクさん!! みんなの気持ち、無駄にしないで!!」

 ガルディ。君は立派に俳優が務まる。先へ進むべく君に腕を引っ張られその気になったフランクが

「わ‥‥わかった!! ここは任せたよ!!」

 と、悲壮感たっぷりに動き出したのだから。


●勇気だけは英雄だ

「よし。そろそろだな‥‥」

 フォーシャルは近づきつつあるタイマツの火に右手を上げた。

「では、打ち合わせどおりにお願いします」

 ヴァルチャーが位置に就く。フォーシャルも、先ほどのモンスターが手にしていた朽ちた剣を手に準備万端。

 装備できるような代物ではないが、芝居の小道具には使えるだろう。


「みんなー!! 大丈夫~!?」

 ガルディの視界に舞台が入った時

「どうした!? そんな腕では私は倒せんぞ!!」

 フォーシャルは朽ちた剣を手に躱すのがやっとの戦いをしていた。

(やりずらいな‥‥)

 傭兵仕込みのヴァルチャーの剣は、学園で教える正規の剣とはちょっと違う。本気で死合ったら、どちらも死なずに済ませる訳には行きそうも無い難剣だ。

「ぐ‥‥。ううっ‥‥!!」

 足に仕込んだ血袋を切らせたフォーシャルが呻く。いや、実際レッグガードの上からでも衝撃が響いた。

 割って入るレイが叫ぶ。

「フォーシャル!! は、まさかヴァルチャー‥‥お前がボスか!?」

 ヴァルチャーは不敵に笑い。

「お前らも私の僕となるべくやってきたのか。それとも死にたいのか? いいだろう、かかって来るが良い!!」

 その傍らでガルディが

「フォーシャルさん!! しっかりして!!」

 フランクも血相を変えて

「き‥‥。きみっ!! しっかり!!」

 自分の白いシャツを引き裂き、止血の仮包帯。


 そんな間にレイに危機が。元々の重装備気味な彼の防具に加えてアースアーマーだから始末に悪い。守りを捨てて攻撃に集中したヴァルチャーの強さは、お芝居でなければ非常にヤバイ代物だ。おまけに所詮ダガー+1ではリーチが違う、アウトレンジから武器を跳ね飛ばされ。ダガーは壁の隙間に突き刺さった。

「お前。好きな奴はいるか」

 喉元に切っ先を突きつけ静かに言う。

「‥‥い、‥‥いる」

 漸く漏らした一言に、

「そうか。ならば出直して来い」

 柄で肩口を殴りつけられ、足蹴にされて吹っ飛ぶレイ。

「ぐぁ‥‥。ぁぁ‥‥!!」

 レイは肩に手をやり呼吸困難に陥った。

(傭兵団仕込みの戦場での大見得ですが、ちょっとやりすぎたでしょうか)

 ヴァルチャーはフランクの引きつる様子にちょっと反省。

 10歳を迎えたばかりの時、叩き込まれた傭兵団。そこでの経験は血と成り肉と成り息づいている。なので、フランクのような修羅場知らずの官僚貴族にはちょいと刺激が強すぎたかも。

「さて。では貴様の我が僕として働いてもらうぞ‥‥」

 ヴァルチャーはゆっくりとフランクの方を向き直った。

「‥‥俺たちじゃ奴には適わない。お前になら‥‥。できるか?」

 フォーシャルの誘導。フランクは心臓を早鐘に鳴らしながら

「う‥‥。わ‥‥。私は‥‥」

 そこへガルディの追撃。

「フランクさん!! 僕、信じてるよ!! 貴方なら物語のような英雄になれるって!!」

 これにフランクの腰がしゃんとした。

「わ‥‥。わかった!! 私がなんとかしてみよう!!」

(乗りやすい奴だな‥‥。しかし上手くいってくれて助かったぜ)

 レイは演技を続ける。

「はぁ‥‥はぁっ‥‥。バカ言うな。‥‥あいつ‥‥は‥‥デュルガーの‥‥手先を‥‥恋人‥‥持つより‥‥も。はぁ‥‥はぁ‥‥。一生‥‥操を‥‥はぁ‥‥はぁ‥‥立てる」

「そうか。ならば‥‥。死ねぇぃ!!」

 迫るヴァルチャーの刃。

「デュルガー!!油断したな!!」

 飛び込んだフランクの手には、家伝の魔剣一振り。

「な‥‥。なに‥‥。いぃ‥‥!!」

 喰らって転げる枝道の中。

「逃がすか!」

 追いかけようとするフランクが何かに躓いて転んだ。バシャンと水音を立て、起き上がる間に枝道に入るヴァルチャー。

 入れ替わりにルーセントがなにやら人の姿をしたものを、フランクに向けて突き飛ばした。

「死ねぇぇ~~っ!!」

 と、声がその後ろから聞こえるが、フランクには、襲って来たデュルガーの声にしか聞こえない。

「貫け!」

 フランクは、伝家の魔剣を突き出した。

(本物!)

 現れた本物のモンスターの姿にガルディは驚愕。だが。あっさりと魔剣によって貫かれぐったりと成る

「こ‥‥。こんなところで我が野望は費えるのか‥‥。ぐは‥‥。ぁ‥‥!!」

 ヴァルチャー迫真の演技。因みに剣に突き刺さった人のような物は、先程学生達が倒したモンスターの成れの果てである。

「‥‥やったぁ!!」

 展開に驚きつつも、話を盛り上げるガルディ。

(迫真の演技だ。よくやってくれた。ヴァルチャー)

 フォーシャルは親指を立てた。

「‥‥やったな!!見直したぜ!!」

 レイの賛辞にフランクは、

「は‥‥。ははは!! やったぞ!! よくもみんなを苦しめてくれたな!! コイツめコイツめ!!」

 生き返ってきては大変と、倒れたモンスターを切り刻む。やはり小心者のフランクであった。

「物語と同じであればこれでティンクレも正気に戻っているはずだな。レイ、肩を貸そう」

「す、すまない‥‥」

 フォーシャルはレイに肩を貸す。

 その時、

「おーい!! 無事かー!?」

 アークが追いついて来た。イワンは手を振り、

「ティンクレさんも正気に戻りました!! やりましたね!!」

「どうやら皆助かったようだな。アンタのおかげだ」

 レイのさり気無いお世辞。首の後ろを揉みながらティンクレは

「‥‥すまないねぇ。油断してたとはいえ‥‥。助けられたよ」

 満更でもない表情で、フランクは

「例には及ばないさ。私と‥‥。魔剣の力があったからこそだ!!」

 と伝家の魔剣の刃を拭った。

 だが、ヴァルチャーが迂回して現れると

「生き返ったかデュルガー!」

 と声が裏返る。

「面目ありません。さっきやられた時に、姿を写されたようです」

 ヴァルチャーの言葉に、フランクは足元のモンスターの残骸と見比べながら

「ははは、あははは‥‥良かった、良かった‥‥」

 安心して腰を抜かしてしまった。


 それを見やり、

「おいおい。随分と自信をつけてるな。やりすぎたんじゃねぇか?」

 ルーセントは肩を竦める。

「そうかもしれないが‥‥。偽者とはいえデュルガーに向かっていった勇気は認めないといけないな」

 これで気が済んだだろうとフォーシャルは宥める。ガルディは笑い歩き出した。

「それじゃあ先生に報告に戻ろっか。フランクさんの活躍を報告しないとね!!」


●不幸の手紙?

 剣術部部室。締め切った部屋の灯火の下で感想戦が行われていた。

「いやぁ‥‥。まさか切り刻まれるとは思っていませんでしたよ‥‥」

 引きつった笑いのヴァルチャー。身代わりの、退治済みモンスターが居なければ危なかった。

「そうだな‥‥。やっぱり調子に乗らせすぎたかも‥‥」

 レイもちょっと遣り過ぎたと反省。そこへ

「みなさん。ちょうどいいところに」

 とスカーレット先生がやって来た。巻き込まれ体質のルーセントを連れてと言うのが嫌な感じ。

 フォーシャルは椅子を引いて

「‥‥どうしたんですか? 先生」

 アークは、酢を飲まされたような顔をして

「また猛烈に嫌な予感が‥‥」

 果たして、予感は当たった。

「あぁ。例のマウリッツ家から手紙が届いてな‥‥」

 部室の空気がいきなり、どんよりどよどよとして来るのであった。


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