魔剣があれば

緒方 敬

第1話 三代目

「なんと素晴らしい物語だ!」

 実家の物置の奥に人知れず眠っていたその古ぼけた本を読んでいた男は、突然立ち上がりそう叫んだ。

「私もこのデュルガーを退治し、この物語の主人公のようになってみたいものだ」

 男がそう呟いたその時は‥‥まだ、現実のこととして考えてはいなかった。


「先日こんな本が送られてきたんだ」

 ルーセント・ヴェルファイアはそう言って、一冊の本を顧問に渡した。

「本ですか?」

 それを受け取り、スカーレット・フートは、ぱらぱらとページを捲っていく。

(内容を見た限りでは、おそらくこの物語に出てくるデュルガーは創作でしょうね)

 そうしてその本を一読したスカーレットはその内容が作り話であると判断した。

 単にデュルガーの話であれば、忘却オーラの影響のこともある。創作と決め付けることは難しかっただろう。だが、この作品に出てくるデュルガーの特徴はゾンビやスケルトンと言ったアンデッドモンスターの特徴と一致していた。演出のためか、若干描写が派手になっているが、デュルガーと戦う勇者に関する記述と比較すればそれが誇大に脚色されているのは明らかだ。

「それでこの本がどうかしましたか?」

「実は親父から手紙が届いてな」

 スカーレットに問われ、ルーセントはタメ口で返した。スカーレットは教師なのだが、その外見は子供と言った方が正しく思えるほどに幼い。顔だけならまだしも、体格的にも成熟していると思えないので、入部したてのルーセントは思わずタメ口になっていたのだ。

「っと、届いたんです。フート先生」

 今更ながらもルーセントは訂正する。蛮族の出身だといわれても納得されかねないルーセントだが、これでも歴とした貴族。礼儀を重んじることは忘れない。

 それから改めて説明するルーセントによれば、その本を読んだ貴族の一人が、デュルガーを退治したいと言い出したらしい。

 最初は物語の話だということで本気ではなかったのだが、何かのきっかけで自分の家に伝わっている魔剣の存在を思い出し、その魔剣があれば自分もデュルガーを倒せるのではないかと思い込んだらしい。

 その貴族というのが代々毀誉褒貶激しい当主が続いており、政敵を情け容赦なく失脚させてきた実績があった。そのため、ルーセントの父親も無碍に断れば何を企まれる判らないため、無視することも出来ないようだ。

 そして、一端のダーナ気取りでデュルガーを倒す冒険をするために、ローレックの街まで赴いたその貴族の相手をするように言われたのがルーセントである。

 もちろん相手は相応の地位を築いた歴史を持つ貴族であるため、本物のデュルガーと戦わせるなどと言う暴挙は出来ない。第一、能吏の家に生まれたひ弱な文学青年に、武勇を期待する方が間違いだ。

 実際、ルーセントの父親は本人からデュルガー討伐の手伝いを要請されると同時に、その奥方や母親から内密に止めて欲しいと頼まれていた。

「それで剣が関わってるので剣術部に相談に着たんです」

「なるほど、それでその方の剣の腕は?」

「ほんの嗜み。父に言わせると、正面から襲ってくる刺客の一撃を防いで、護衛が来るまで持ち堪える程度の腕はあるようです」

 ルーセントの説明でスカーレットは状況を理解し、黙考する。

「つまり、納得させられるなら、嘘でも何でも構わないということですね」

 その結果、導き出した結論は当然『危険な冒険などさせない』と言うものであった。

「少し手荒い歓迎も、命には代えられないでしょう。部の皆さんに相談しますか?」

 スカーレットは、そう言ってルーセントを伴い部室へ向かうのであった。


●質疑

 剣術部々室。

「物語の勇者に憧れ、デュルガーを退治してみたい、か‥‥」

 レイ・ハチサは遠い目。

「気持ちはわからなくもないけど‥‥。実力は伴ってるのかな?」

 ガルディ・リーチェッタの確認にスカーレット先生は

「護身程度の心得はあるようですね。相手を倒す力は備えてないようです」

 と、印象を語る。

「自己防衛が限界ってこと? 退治なんて到底無理じゃないかしら?」

「それがだなぁ‥‥。どうやら家に代々伝わる『魔剣』というのもがあるらしくてな。それさえあれば勝てるんじゃいかと言い出すんだ」

 心配のあまり噛み付くような口調のアイビス・クロフォードに、やれやれだせとルーセントは答えた。その魔剣と言う単語にフォーシャル・ソルディアスは

「それは‥‥。どんな代物なんだ?」

 些かの興味を喚起させれた。

「いえ、ただ装飾のなされた剣で。デュルガーに傷を負わせ得ると言う他は、何も特殊な力は備わってません」

 スカーレットは断じる。

「‥‥それでは、その貴族をデュルガーと戦わせるなんて到底できませんね」

 ヴァルチャー・マンチェスターは、自分の経験と照らし合わせ、うーんと唸り、

「こりゃあ、魔剣なんてあってもダメだってことを思い知らせるのが1番だな」

「‥‥そうだな。努力もしないで強くなれるなぞもっての他だ」

 ティンクレ・タントンとアーク・レイクウッドは、妻や生母が多少の怪我は問わないと言って来た真意を了解した。

「だか本物のデュルガーと戦わせるのはダメだぞ。命にもかかわるんだしな」

 解っているなと念を押すルーセント。そこでイワン・イグナシェヴィッチは提案した。

「私たちの誰かと手合わせさせるのはどうでしょう? 私たちに勝てないようならデュルガー退治なんて到底無理だと」

 さらにガルディが補完する。

「体力面なんかも不安だよね。準備運動で体力不足を指摘して諦めさせちゃってもいいんじゃないかな?」

 下手をすると手合わせ事態が大怪我の元かも知れない。

 そして修羅場の潜り様なら10歳位から戦場経験のあるヴァルチャーが、にこりと笑い、

「では名目上は『デュルガーと戦うための実力テスト』としてその方にも参加してもらいましょうか。ルーセント。お願いできますか?」

 と話を決めた。


●貴族の矜持

「ファイト! ファイト!」

 訓練用に鉛を仕込んだ防具と盾。通常の二倍の重さを自らに課して行うランニング。箒で先導するスカーレットに付いて、皆はローレック市街を10周した。

 この寒空に湯気を立てて、ルーセントは上半身裸で風を入れる。

「それじゃあ準備運動はこれぐらいにして、訓練に入るか」

「ぜぇ‥‥。ぜぇ‥‥」

 肩で息する件の貴族。

 明らかに体力が違う。それでも必死で食いついてきたのは家名と己の夢のためだ。

 アイビスはそんな様を見ながら

「‥‥軽く走っただけなのに相当息切れしてるわね」

 と小声で話す。

「あれではデュルガーの相手なんて到底無理ですね‥‥」

 イワンも同意見。

 剣を杖に肩で息する貴族に、ガルディは聞いた。

「えっと‥‥。大丈夫ですか?」

「私は一族の星、魔剣の主。負けん、怪物には。そうだ、痛みが無ければ利得も無い」

 余裕の積もりか? 星(star)・主(mastre)・怪物(monster)。そして痛み(pain)と利得(gain)。文学青年らしく韻を踏んでいるのはわかるが‥‥。

「‥‥先生。本気で殴っていいですか?」

 レイがぼそりと言ったので。

「‥‥だめですよ。洒落た韻を踏んでいると思っているんですから」

 スカーレットはハグして背の腰の上辺りを叩きながら宥める。


「では、いつもどおり組手を始めよう。2人1組になって‥‥」

 アークの言葉を遮るように

「さぁ!いよいよ私とこの魔剣の強さを見せつける時が来たようだ! 束になってくれても構わん! かかってきなさい!!」

 準備運動であごを出していたのに随分な自信だ。

「おいおい。複数人を相手するっていうのか? 無茶にもほどがあるぞ」

 大言に呆れ返るフォーシャル。怒る気すら起こらない。


 ヴァルチャーが進み出

「まずは私たちの組手を見ていただきたい。どれほど真剣なものか‥‥。相手は‥‥」

「よければあっしがお相手するよ。もちろん手加減なしだ」

 ティンクレが応じる。

「では双方前へ。準備はいいか‥‥。始め!!」

 アークの仕切りに

「先手必勝!! おりゃぁぁぁぁぁ!!」

 ティンクレのフレイルが唸りを上げる。

「ひぃっ!!」

 貴族の悲鳴。武器が彼を掠めたのだ。躱さずとも服一枚が擦れて痛む程度の間合いを計ったが、どうして中々の逃げ上手。砕く積もりでも立派に外して居ただろう。

「甘いですよ‥‥。はっ!!」

 組手は、易々とヴァルチャーがフレイルを弾き飛ばした。

「うわ‥‥。っと‥‥!! こりゃあ参ったね‥‥」

 ティンクレはライトシールド[訓練]を構えて防御の姿勢。参ったと言っても敵の追撃が無い保証は無い。だから、身を護る事を忘れないのが剣術部の流儀だ。

「そこまで!! 勝者ヴァルチャー!!」

 アークが宣言して、漸くティンクレは護りを解いた。


●それってありですか?

「顧問のスカーレット先生との模擬戦です」

 アークが言い出したので

「え? 僕も?」

 スカーレットは不意を着かれた。

「剣術部顧問ですから、少しは心得もあるでしょう」

 とイワンが申し出る。

「そうは言っても。剣で戦ったらイワン君に敵いませんよ」

 確かに、体躯が違いすぎる。体格と体重の差は、少し位の技量の差を圧倒するだけの力があるのだ。

 だからこれには、他の学生達もハラハラ。

(先生の弱さを目撃したら、さっきのデモンストレーションが台無しに‥‥)

 慌ててフォーシャルは止めようとする。しかし、それより先にスカーレットが言い出した。

「武器は何でもいいですか? 僕の得意な物を使いますよ」

 相当自信が有るのだろう。自分を弱いと言った時と雰囲気が違う。

「いいですが‥‥何を‥‥」

 イワンの問いに、スカーレットは手にした箒と今拾い上げた小石を見せた。


「それってありですか!」

 思わずイワンは口にした。

 スカーレットは巧みな箒捌きで、すれ違いざまに近距離から小石を放る。

 ひょいと投げる程度だが、箒のスピードが加わって、見かけのスピードは躱しがたい。小さな飛来物は払うのも厄介だ。

 そして、スカーレットの嫌らしいところは、すり抜けて宙返りとその頂点でぐるんと横にロールして逆さを戻し、そのまま次の突撃に切り返す。

「先生降参です!」

 このままでは負けなくとも勝てそうも無い。小石も結構痛いのだ。それに目にでも当たったら治療が厄介。

 イワンの顔には痣が出来、破れた額からは血が滲み出ていた。


●なんてこった

「どうですか? 近くで見ると実践は迫力があるでしょう?」

 イワンの試みに

「た‥‥。たいしたことないな。ははは‥‥」

 貴族の声は虚勢そのもの。

「では次は組手に参加していただきましょうか」

 にやにやとアイビス。

「そうだね。僕たちにも勝てないようじゃあデュルガー退治なんて到底無理だもんね」

 殊更強調するガルディ。

「それでは‥‥。お好きな方を選んで頂いて結構ですよ」

 イワンが鍛え上げた筋肉を盛り上がらせ

「どの部員も貴方のためを思い、真剣に取り組ませて頂きます。ご了承を」

 スカーレットが鬼発言。貴族に2呼吸の躊躇。このまま棄権するか? レイが駄目押しに

「決まらないようであればこちらで‥‥」

 と、言ったことが引き金となった。

「審判のキミ!! お相手願おう!!」

 半ば悲鳴の発言にアークは穏やかに

「俺か? 本当にいいんですね?」

「だ‥‥。大丈夫だ!! 私には魔剣がある!!」

「それじゃあ審判は俺がやろう」

 ルーセントが引き受けた。なに、眼を瞑っていても結果は歴然だ。


「よりによってアークを選ぶとは‥‥。相当自信過剰だな」

「いや‥‥。引くに引けない状況になってしまったのでしょう」

 ぼそぼそと話すティンクレとヴァルチャー。アークはヒポグリフブレードのみを抜いて身構えた。

「それじゃあ準備はいいか‥‥。始め!!」

 ルーセントの宣言に、貴族は

「う‥‥。うぉぉぉぉぉ!!!」

 間合いの外で剣を振り上げ、掛け声を上げる。

(一見へっぴり腰だが、この構えの守りは堅い。こちらの一撃や二撃は外すだろう。いや、それじゃ中途半端な自身を与えてしまう)

 彼に訓練を施した者は、近くに護衛が居ることが前提のはず。ならばとアークは、わざと剣先を貴族から外し、隙を作って見せる。

 そこへ、吸い込まれるように突いて来る貴族。勿論、おびき寄せる誘いの隙だ。

 勝負は誰の目にも明らかに、一瞬で着いた。


●懲りない男

「大丈夫ですか~‥‥?」

 ガルディの声に貴族は我に帰る。首にピッタリと添えられた刃。太股に感じる痺れた痛み。

 そして、自分の剣は何も無い空間に突き出されている。

「‥‥はっ!! 私は!! ‥‥負けたのか!?」

「それじゃ、気づかないうちに死んだな」

 レイの容赦ない一言。アークはわざと

「手加減はしない約束でしたからね。大丈夫ですか?」

 と聞き、回復薬を勧める。体の怪我より、寧ろ心の怪我を心配して。

「そ‥‥。そんなことはない!! あれは油断しただけだ!!」

 そこでヴァルチャーが明言した。

「先に話しておくべきだったかもしれませんが。その魔剣でデュルガーを倒すのは不可能です」

「‥‥は?」

「その『魔剣』からは特別な力が感じられません。おそらくは『魔剣』と名前がついた装飾されただけのものかと。工芸品としての価値は大きいでしょうが」

 勿論、大それた野望を思いとどまらせるための方便だ。優れた戦士が扱えば、ちゃんと役立つ武器ではある。

「‥‥わけがわからん。ちゃんと説明してくれないか?」

「その剣でデュルガーは倒せないんだよ」

 ガルディが手短に断定。

「それに先ほどの俺との組手でわかったと思いますが。一番弱い俺1人に勝てない貴方がデュルガーに到底かなうとは思えません」

 アークは敢えて謙遜する事で、力の差を強調する。

「俺は過去にデュルガーと戦ったことがあります。友人とですが‥‥。相手のあまりの強さにお互いがお互いをかばおうとして‥‥。間違えれば同士討ちにもなっていたのです」

 レイは単に力だけでは抗えないデュルガーの怖さを説き、ヴァルチャーが補足した。

「デュルガーは仲間に憑依することもあるのです。そんな危険なことを貴方にさせるわけにはいきません」

 最後にガルディが

「気持ちはわからなくないけど‥‥。諦めてもらえませんか?」

 と引導を渡す。

「そうか‥‥」

「わかってくれたか?」

 レイが手を取る。

「本物の魔剣があればデュルガーを倒せるんだな!!」

 全然判っていない今の発言に、ヴァルチャーは頭痛を感じながら

「いや‥‥。そもそも才能がないものには扱えないものでして‥‥」

 と説明するが

「努力はする!! 私にも訓練させてくれ!! 頼む!!」

 辺りから落胆の声が響いた。

「熱意と根性は認めるが」

 アークは遠い目。

「‥‥これもなんとか諦めさせるしかないんじゃないかなぁ?」

 ガルディも情けない声を出す。

「‥‥1から考え直しだな」

 学生達の苦労は尽きない。

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