第五話 父親は語る

   

「……そんなわけで息子は、途中で怪我をしたために、秋キャンプ初日で送り帰されてしまったのです。落ちたら大怪我確実と言われている現場にしては、腕を骨折した程度で済んだのですから、運が良かったと思うべきかもしれませんが……」

「うんうん。不幸中の幸い、ってやつだね」

 適当に相槌を打つ、女占い師ゲルエイ・ドゥ。

 昼下がりの南中央広場で、彼女は今、野菜売りのレグ・ミナから、彼の息子に関する事件話を聞かされていた。

 レグの息子ファバは、転落の瞬間には意識を失ったものの、すぐに回復。頭を打ったわけでもないし、命にも別状はなかった。いくつかの小さな打撲と、右腕の骨折という怪我を負っただけだ。

「まあ、でも、怪我は怪我です。登山中に転落したという話を聞いて……。最初はねえ、息子の過失だと思ったんですよ。ファバがドジを踏んで、勝手に崖から落ちたんだろう、ってね」

 ここで一つ、大きくため息をついてから、レグは言葉を続ける。

「少し前からファバは、そわそわしているというか、気もそぞろというか……。とにかく、様子がおかしかったですから。そんな状態で、山でのキャンプなんかに参加したら、そりゃあ注意力散漫で事故も起こすだろう……。そう思いました」


 今日は、霜の月の第三、大地の日だ。レグの話によれば、騎士学院の秋キャンプは二泊三日の行程であり、宴の月の第二十九、月陰の日からスタートのはず。ならば、今より五日前の出来事ということになる。

 話を聞きながら、ゲルエイは頭の中で、そんな計算をしていた。

「ところが、すぐに『どうやら単なる事故ではない』という話になりまして……。『ファバは仲間に突き落とされたらしい』という話が持ち上がったのです」

 当時、レグの息子ファバ・ミナは、同じ班の仲間であるフィリウス・ラテス、グラーチ・シーン、ブラン・ディーリの三人と一緒に山道を歩いていた。その中の一人であるフィリウスが、何か怒鳴りながら手を振りかざしてファバに向かっていったのを、すぐ後ろにいた他の班の学生たちが目撃しているのだ。その状況を見れば「フィリウスが突き飛ばしたために、ファバは崖から落ちた」と判断されるのも、やむを得なかった。

「そのフィリウスっていうのは、仲間のリーダー格だったのだろう?」

「息子の話だと、そのようですね」

「でも、ここまでのあんたの話だと、あんまり『仲間』って感じには聞こえないねえ」

 レグは「息子に何が起こったか」を時系列順に語っており、後になってファバから聞かされた話も、先に済ませている。つまり『魔女の遺跡』で行われた肝試しについても、すでにゲルエイに話した後だった。

「あたしの印象だと、あんたの息子は……。良く言って『からかわれてた』、悪く言えば『いじめられてた』って感じだが……」

 言いづらそうな口調でゲルエイが告げると、レグは頭を掻きながら、少し恥ずかしそうな顔で、

「今回の一件だけでなく、日頃の騎士学院の話を聞いても……。まあ、親の私から見ても、そう思いますね」

「だったら、そんな連中とつるむ必要なんてないだろうに。別の友だちを作るように、あんたから言ってやらなかったのかい?」

「いやいや、それはダメでしょう。親が息子の交友関係に、口出しなんてするべきじゃない。それに……。私としては、むしろフィリウスさんたちとの交流を、推奨したい気持ちもあったのです」


 なぜか誇らしげな顔で、レグは説明する。

 騎士の家系ではないファバが、この先――騎士学院を卒業した後――、騎士としてやっていくのは大変だろう。生まれついての騎士とは身分の違いがあるし、生まれ育った環境が異なれば、習慣やマナーなども違ってくるからだ。

 そうした差異に対応するためにも、騎士学院に在籍している間に、騎士階級の人間と深く関わるべきだ。知識や技量を学ぶことよりも、そうやって人々との関わり方を学ぶことこそが、騎士学院に通う最大の意義なのではないか……。

「まあ、ごたいそうな言い方になりましたがね。少し俗っぽく言うならば『今のうちに騎士階級とコネを作っておけ』という気持ちもあるのです。後々、騎士として働く上で、学院時代の人間関係は、きっと役に立つでしょうから……」

 レグの話を聞いて、ゲルエイは考える。人一倍レグが人間関係を重視するのは、彼の『野菜売り』という職業のせいかもしれない、と。

 レグの店で売られている野菜は、レグが育てた野菜ばかりではない。むしろ、レグ自身が育てた野菜など、商品の一割にも満たない。あくまでもレグは、野菜売りという『商人』であり『農家』ではないのだ。

 一応はレグも小さな畑を持っているから、そこで収穫した野菜を、店に並べていた。しかし、それだけでは品数しなかずが少なくて、商いとしては成り立たない。だから、別の農家から仕入れてきた野菜の数々が、彼の店先を彩るメインとなる。

 一方、農家の方でも、毎日丹念に農作物の世話をしていたら、それを人々に売り歩く時間など、なかなか作れない。だからレグのような『野菜売り』に、まとめて売る――卸す――形となるわけだ。

 こうしてレグが商品となる農作物を仕入れてくる過程で重要になるのは、農家との人間関係だろう。別に農家の方では、レグではなく、他の商人に出荷することだって出来るのだ。それこそ、やろうと思えば、野菜売りではない別の店先に品物を置いてもらうことだって可能なはずだ。それでもレグを取引相手として選んでいるのは、いわゆる『つきあい』――長年かけて培ってきた信頼関係――があるからに違いない。

 そんなレグだからこそ、騎士の世界でもコネは重要だ、と考えているようだが……。

「なるほど、そうかもしれないねえ」

 口ではレグの言葉を肯定しつつ、ゲルエイは、頭の中では「はたして、そうだろうか?」と疑問を感じていた。

 彼女の知り合いである騎士、ピペタ・ピペトを思い浮かべてしまったからだ。


 南中央広場の露天商たちから見れば、ピペタは「この地域を担当する警吏」という存在だ。しかし、復讐屋という裏の顔も持つゲルエイにとって、ピペタは裏稼業の仲間でもある。だからゲルエイは、他の露天商とは別次元のレベルで、ピペタという男を理解しているつもりだった。

 ピペタは、昔から「他人と連れ立って行動するのは苦手だ」という態度を示しているし、実際、基本的にはそういう傾向なのだろう。しかし、いったん親しくなった人間には、妙にベタベタする一面もある。

 例えば、ピペタは最近『アサク演芸会館』に――殺し屋モノク・ローがオモテの顔で働く演芸会館に――、結構頻繁に通っているのだという。ピペタに言わせれば「何かあった時に連絡を取り合うためにも、彼女の楽屋まで行くくらいの熱心なファンだという姿勢を見せておかないと」ということらしいが……。

 あれもゲルエイから見れば、ピペタには「仲良くなった」という意識が深層心理にあるのではないか、と思えるのだった。

 もちろん、ピペタだって、裏での繋がりをそのままオモテに持ち込むような馬鹿な真似はしていない。裏稼業の仲間であることは、オモテで接する時には、おくびにも出さないはずだ。ここ南中央広場でゲルエイが、初対面を装ってピペタに声をかけた時には、むしろピペタの方が「今は近寄りたくもない」という顔をしていたくらいだった。

 ともかく。

 こんな感じでピペタは、ある意味「一人でいることを好む、寂しがり屋」だ。人間関係とかコネとか、そうした部分は、あまり得意ではないはずだ。そんなピペタでも、騎士としてやっていけるのだから……。

 騎士にとって『つきあい』は、レグが思っているほど需要ではないのかもしれない。

 ゲルエイは、そう考えてしまうのだった。


「少し話が逸れましたね」

 レグが、話題を軌道修正する。

 確かに、ファバの身に起こった事件を語る上で、コネやら人間関係やらに言及するのは、あまり必要ないことだったのだろう。

 そして、ゲルエイも少し別の思索に陥っていたから、現実に戻してもらって助かった。

「そうだね。フィリウスってやつが、あんたの息子を突き落とした……。その辺りから、話を続けてくれ」

「まあ『突き落とした』って断定されたわけじゃないですが……。あくまでも『そうらしい』って話になっただけです。少なくとも、騎士学院の教師たちは、フィリウスさんを加害者と思ったようです」

 秋キャンプを途中で切り上げたのはファバ一人だったので、こうした話を騎士学院の教師たちがレグの家まで伝えに来たのは、キャンプの日程が全て終わった後のことだったらしい。つまり、今から二、三日前の話なのだろう。そう考えながら、ゲルエイはレグに尋ねる。

「それで、そのフィリウスは何て言ってるんだい?」

「ああ、フィリウスさんは『俺じゃない。ファバが勝手に落ちた』と言い張っているようです。でも、目撃者がいる以上、騎士学院からは加害者扱いされて……。すると、この話を聞いて、フィリウスさんの親御さんが怒り出したそうです」

「親が怒った?」

 変な方向に話が広がっていくようだ。そう思いながら、ゲルエイは続きを促した。

「そうです。『うちの息子が、意味もなく他人を怪我させるような真似をするはずがない。犯人扱いはやめろ』ということで、騎士学院に怒鳴り込んだみたいです」

「ふーん。それだけ自分の息子を信頼してる、ってことだろうけど……。でも、ちょっと酷い話だねえ。怪我をしたのは、あんたの息子の方なのだから」

「やはり、そう思いますよね」

 レグは「我が意を得たり」という顔で、ゲルエイに頷いた。

「自分の子供が他人様の子供を怪我させたらしい……。もしもそんなことになったら、私なら、まずは相手の家に謝りに行きますよ」

 いかにも、人付き合いを重視するレグらしい考え方だ。

「ましてや、フィリウスさんのところは、えらい騎士様です。都市警備騎士団で、小隊長をなさっているくらいの騎士様です。それこそ、まずは自らの側の非を認めるのが騎士道ってやつだろう。私なんかは、そう思うのですが……」

 わざわざ息子を騎士学院に通わせているくらいだ。騎士は崇高な存在というイメージを、レグは持っているらしい。

 しかし。

 裏稼業の仲間内にピペタという騎士がいるゲルエイは、とても『騎士は崇高な存在』とは思えなかった。レグの話に出てきたフィリウスの親というのも、都市警備騎士団の小隊長ならば、それこそピペタと同格だ。間違っても『えらい騎士様』と呼べる存在ではない。

 もっとも、もしもピペタが同じ状況に陥ったら、少なくとも『騎士学院に怒鳴り込む』なんて真似はしないはずだ。そう思えるくらいには、ゲルエイはピペタのことを評価していた。


「まあ、フィリウスさんの話は、とりあえず置いておくとして……」

 レグが、再び話を先に進める。

「私は私で、ファバに事情を聞いてみたのです。すると『フィリウスに突き飛ばされたわけではない』と言う。では自分の過失で落ちたのか、と聞くと『それも違う』と答える。『とにかくフィリウスのせいではない』と言い張るだけで、どうにも要領を得ない」

「ふむ。それだけ聞いたら、まるで友だちをかばってるように聞こえるね。むしろ、かえってフィリウスが怪しい、ってイメージになるよ」

 ゲルエイの意見に、レグは苦笑する。

「ええ、私も、そう思ってしまいました。だから、今日まで何度も問い詰めたのですが……。何かに怯える素振りを見せるだけで、答えようとしない」

 この時点では、レグは「息子ファバは加害者フィリウスに対して怯えている」と誤解してしまったという。つまり「実はファバは、フィリウスから、よほど酷くいじめられていたのではないか。迂闊なことを言うと、いじめが今以上にエスカレートする危険があるから、何も言えないのではないか」という可能性だ。

「でも、何度も聞いてみた結果……。今朝になって、ようやくファバは白状したのです。『魔女の遺跡』での肝試しの話を。そして『秋キャンプの転落事故も、呪われた結果なのだ』ということを」

 ああ、ようやく話が『呪い』の件に戻ってきた。

 ゲルエイは、そう感じた。

 時系列順ということで、秋キャンプの話より先に、肝試しについて聞いてしまったから、ここに話が繋がるのは、予想通りと言えば予想通りなわけだが……。

「息子から話を聞いて……。いや、もう、驚きましたよ。だって、私自身は、そんな『呪い』なんてものが実在するなんて、思っていませんでしたから。でも、息子が怪我をしたのは事実だし、それに……」

 レグは、ゲルエイに対して、すがるような目を向ける。

「……ゲルエイさんも『確かに呪いは昔から存在している』と言いましたよね。こうなると私も、息子の怪我は『魔女』に呪われたせいだ、って考えないと……」

 レグの言葉を聞きながら、ゲルエイは、少しだけ後悔した。

 こんな話の展開になるならば、最初に迂闊に『呪い』を肯定するべきではなかった。ゲルエイの言葉で、すっかりレグの中で「息子は呪われた」という考えが固まってしまったようだ。

 前言を翻すのも少し気まずいが、一応「まだファバが本当に呪われたとは限らない」というくらいは、言っておくべきか……。

 そんなことをゲルエイが考えた時だった。

「『魔女』の呪いですって? お二人さん、面白そうな話をしていますねえ」

 突然、レグとゲルエイの会話に割り込んでくる声があった。


 まるで示した合わせたかのような同じタイミングで、ゲルエイとレグが二人揃って、声の方角に顔を向ける。

 そこに立っていたのは、淡い茶色のパンツスーツ姿の金髪女性。ゲルエイの知り合いではないし、レグも「知らない人だ」という顔をしている。

「あんた、誰だい? ひとの話に、いきなり割り込んで来るなんて……」

 ゲルエイが尋ねると、金髪女性は、軽く頭を下げながら名乗った。

「申し遅れました。あっしの名前は、ディウルナ・ルモラ。街のみなさんに楽しんでいただきたくて、大衆紙を発行しているニュース屋です」

 妙な口の利き方をする女だ。

 それが、ゲルエイから見たディウルナの第一印象だった。

 女なのに男言葉を使う、という点で、ふと殺し屋モノクのことが頭に浮かぶ。だが、このディウルナには『裏の顔』なんてないのだろう。言葉遣いを別にすれば、ふんわりした髪型とか、やわらかそうな丸顔とか、いかにも「穏やかな女性」という感じがする。

 それでもゲルエイは、あまりディウルナに良いイメージを持てなかった。

「へえ、ニュース屋かい……」

 大衆紙を売り歩くニュース屋ということは、他人の醜聞や噂話を面白おかしく書き立てて、それをメシの種にしているということだ。占い師として適当なことを話して金を稼ぐゲルエイから見ても、胡散臭い仕事に思えるくらいだ。

 しかし、

「ええ、そうです。あっしはニュース屋です」

 ディウルナは、まるでニュース屋が誇らしい仕事であるかのような態度を見せていた。

「だから、ネタ探しのために、この南中央広場に来てみたのです」


 ゲルエイは知らないが、このニュース屋ディウルナは、最近モノクにつきまとっていた人物だ。今朝だってモノクに絡んで、モノクが頑として取材を拒否すると「ならば代わりのネタをよこせ」とまで言ったくらいだ。当然「ネタは自分で探せ」と突き放されたわけだが……。

 その結果、彼女は「人が集まる広場ならば、何かネタになりそうな話が転がっているかもしれない」と考えて、ここへ来たのだった。

「そして、来てみたら、お二人さんの呪い話に出会えたわけです。いやあ、これも巡り合わせってやつですかねえ?」

「何を勝手なことを……」

 ゲルエイは顔をしかめるが、ディウルナは、気にしていないようだ。細かい話を聞き出そうと、レグの方に話しかけた。

「どうです? 呪い云々でお困りでしたら……。その話を大衆紙に載せて、広く大衆に相談してみてはどうでしょう? 一個人からでは得られないようなアドバイスも、出てくるかもしれませんよ?」

 聞こえの良い誘い文句で、言葉巧みに相手を騙そうとする詐欺師と、同じ顔をしている……。

 ゲルエイは、ディウルナを見て、そう感じるのだった。

   

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