第四話 呪われた少年
「こいつ、もう諦めて出てきたぞ!」
真っ先にファバ・ミナを笑う、グラーチ・シーン。
続いてフィリウス・ラテスが、呆れ顔を見せた。
「おいおい、ファバ。もうちょっと根性のある奴かと思ったのに……」
「期待外れでしたね。おい、ファバ! フィリウス様を失望させるなよ!」
ブラン・ディーリは、叱責するような言葉をファバに投げかけたが、当のファバは、キョトンとした顔を見せる。
「何を言ってるの? 僕は、諦めてなんかいない。ちゃんと言われた通りに、人形を持ってきたよ。ほら!」
「はあ? 人形を持ってきた、だと?」
眉をひそめながら、フィリウスは、ファバが差し出す人形に視線を向けた。
見たところ、少し汚れてはいるが、ごく平凡な普通のぬいぐるみだ。
「おいおい。こんなもの、どこから持ってきたんだ?」
「どこって……。儀式の部屋からに決まってるじゃないか」
言われてフィリウスは、グラーチやブランと顔を見合わせた。下見をした時には、何もなかったはずだが……。
彼らが困惑しているので、ファバはファバで「せっかく言われた通りに呪いの人形を持ってきたけど認めてもらえない」と悲しくなってしまう。これが問題の人形だ、と強く主張するために、ファバは説明を加える。
「これこそ呪いの人形だよ。だって、普通の人形じゃないんだから……。間違いないよ!」
弱気なファバにしては珍しく、語気を荒げていた。その態度を不審に思ったのか、グラーチが質問してきた。
「なあ、ファバ。『普通の人形じゃない』って、どういう意味だ?」
「これ、見た感じではタネも仕掛けもない、普通のぬいぐるみだけど……。僕が取ろうとしたら、目を見開いたんだよ。どういうギミックだろうね。物知りのグラーチなら、見当が付くかな?」
無邪気に答えるファバだが、彼の言葉が真実ならば、とてもグラーチは『無邪気』ではいられない。とりあえず、正直に思ったことを告げる。
「どういうギミックも何も……。呪いの部屋にあったのだろう? それが不可解な挙動を示したというなら、当然『呪い』というギミックなのだろうさ」
一瞬の沈黙の後。
「……え?」
グラーチの発言の意味を理解したのだろう。ファバは一言だけ漏らして、顔を青くした。
そんなファバを慰めるかのように、リーダー格のフィリウスが、彼の背中をポンポンと叩く。
「安心しろ、ファバ。それは偽物だ。呪いの人形のはずがない」
「フィリウス様の言う通りだぞ。だって、ぬいぐるみじゃないか!」
フィリウスに追従したブランの言葉を聞いて、改めてファバは、手の中の人形に視線を落とした。
「ぬいぐるみ……」
少しだけ顔色が良くなったようにも見えるが、まだ混乱しているようだ。
そんなファバの様子に、先ほど『呪い』と言ってしまったグラーチが、ブランの発言を補足する。グラーチから見て、あれではファバには通じていないと思えたからだ。
「ファバ、よく考えてみろ。そのぬいぐるみは、どう見ても、布で出来ている」
グラーチにしては珍しく、教え諭すような口調だった。
「噂で語られた木彫りの人形以上に、燃えやすい素材で作られているわけだ。それが問題の人形なら、とっくに燃えて、なくなっているはずだろう?」
「言われてみれば……」
少しは納得した様子だが、まだファバには、腑に落ちない部分があるらしい。
「でも、あの部屋には、これしか人形らしきものがなかったんだよ。これが呪いの人形じゃないなら、じゃあ、何が呪いの人形なんだ?」
聞かれてフィリウスたち三人は、再び顔を見合わせた。
そもそも最初から人形なんて残っていなかったことを、まだファバは知らないのだ。
そろそろファバにも種明かしをしてやろうか、とフィリウスが思った時だった。ブランが、新たな疑問を口にする。
「そのぬいぐるみ……。どこから出てきたんだろう?」
確かに、それはフィリウスもグラーチも、不思議に思うべき点だった。昨日の下見の時点では部屋になかったのだから、その後に誰かが持ち込んだとしか考えられない。
「ひょっとして……。誰かが『魔女』のことを思って、お供え物をしたのかもしれないなあ」
一つの可能性をフィリウスが口にすると、早速それにブランが反応した。
「フィリウス様の考えが正解なら……。おい、ファバ! お供え物なんて勝手に持ってきたら、それこそバチが当たるんじゃないのか?」
「今さら怖いこと、言わないでくれよ。それを言うなら、呪いの人形を持ち出すことこそ、バチ当たりな行為じゃないか」
ファバは、少し涙目になっていた。
「三人とも酷いよ……。僕は命令されて、それを守っただけなのに……。そんな僕が、呪われてしまうなんて……」
「いや、安心しろ。本物の『呪いの人形』なんて、最初っから、なかったんだから」
ようやく種明かしをするフィリウス。
昨日の時点で何もなかった、ということを正直に告げる。
すると。
「え? それじゃあ僕は、いったい何しに、あの部屋まで行かされたの?」
肝試しなのだから、特に具体的な目的などなくてもいいのだ。だが混乱しているらしいファバに、それを言っても通じないだろう。
グラーチは、もっともらしい理屈を述べることにした。
「呪いの部屋を探索することで、勇気を示す……。それが大切だったのさ」
「そうそう。グラーチは良いことを言うなあ。でも……」
ブランが、再び問題提起をする。
「そもそも、呪われる云々を気にするなら……。人形を持ち出したりしなくても、儀式があった部屋を荒らし回るだけで、呪われるんじゃないかなあ?」
言われて、ファバは、あらためて考える。
問題の『魔女』は、あの部屋で亡くなったという。しかも、呪いの儀式を実行中に。
だから『魔女の遺跡』の中でも、あの場所には特に、彼女の強い怨念が残っているはず……。
同じことを思い浮かべたらしく、少し神妙な顔つきで、フィリウスがファバに問いかける。
「一応、聞いておくが……。お前、その人形を持ち出しただけで、部屋の他のものには触っていないよな?」
いち早くフィリウスの意図を理解したブランも、補足するかのように、ファバを詰問した。
「大丈夫だよな? 部屋に染み付いた『魔女』の怨念を怒らせるような真似は、やってないんだよな?」
「それは……」
ファバは、言葉に詰まった。
何しろ、ありもしない人形を探せと言われていたのだ。探し回る過程で、当然のように、部屋の瓦礫を色々と動かしている。
今となっては『瓦礫』だが、あれこそ、かつては壁や天井の一部だったのだろう。あの部屋そのものを構成していたパーツの、いわば成れの果てだ。
つまり。
自分は、呪いの部屋そのものを無造作に――乱暴に――扱ったことになるのではないか……。
肯定も否定もしなかったが、今までで最も青ざめたファバを見て、フィリウスたちも理解したらしい。
三人は、少し深刻な表情になった。
ますます怖くなったファバは、三人に対して、もう一つの異変について告げる。
「でも、あれで僕が呪われるというなら、あの部屋で悪さをしていた君たちも、呪われるはずだよね? ほら、誰か知らないけど、一人か二人、先回りして三階に上がって……。僕を驚かせようと、大きな物音を立てて、騒いでいたよね?」
「はあ? いったい何の話だ?」
「それは……」
怪訝な顔をするフィリウスに対して、ファバは、階段の途中で上から聞こえてきた怪音について語った。さらに、おそらくブランあたりが先回りしたのではないか、という考察まで述べたのだが、
「そんなわけないだろう、ファバ。三人とも、ずっと、ここにいたんだぞ! 俺を巻き込むな!」
名前を挙げられたブランが、怒ったように拳を振り上げながら、バッサリと否定する。ブランも、少しずつ怖くなってきており、そんな話には関わりたくないと感じていた。だから「自分は違う、呪われたりしない」と言い聞かせるためにも、必要以上に強い口調になったのだ。
さらに、グラーチが冷静に指摘する。
「僕たちが事前に調べた限り、問題の部屋まで行けるルートは一つしか存在しない。お前が出発した時点で、僕たち三人はここにいたのだから、先回りなんて出来っこないさ」
「それじゃあ、あの物音は……」
それ以上、言葉が続かないファバ。
三人は三人で、考えてしまう。
もともとフィリウスたち三人は、この『魔女の遺跡』が呪われている、という噂を知っていた。ただし『呪い』なんて、真剣には信じていなかった。だからこそ「肝試しに相応しい場所だ」と思って、ここを舞台に選んだのだ。
しかし、理屈では説明できないような怪奇現象が、本当に起こったというのであれば……。
少しはファバを慰めようという気持ちもあったはずなのに、そんなことすっかり忘れて、フィリウスが語り出す。
「その物音の話もそうだが……。お前、さっき『その人形が目を剥いた』って言ったよな? そんな不気味な話、普通なら、ありえないぞ」
つまり「普通ではない」と言いたいらしい。
説明不足な言葉だったが、長々と語る必要もないだろう。
リーダー格のフィリウスは、ポツリと一言でまとめた。
「ファバ。お前、呪われたな」
――――――――――――
その二日後。
宴の月の第二十九、月陰の日。
ファバを含む四人は、他の生徒たちと一緒に、騎士学院の秋キャンプに参加していた。
地方都市サウザの南――街を出て少し歩いたところ――に位置するこの山は、街の人々から『キャンプ場』と呼ばれている。中腹に開けた場所があり、景色も良いため、そこがキャンプ地とされているのだ。
今、彼らは、そのキャンプ地に向かって、山道を登っていた。まだ班行動ではなく全体行動の時間だが、同じ班である四人は、当然のように固まって歩いている。
「清々しい青空で、気持ちいいなあ!」
「まったくです。フィリウス様の言う通りです。こういう空を、秋晴れと呼ぶのでしょうね」
フィリウスの言葉に頷いてから、ブランは、彼らの後ろを歩くファバに、同意を求めた。
「なあ、お前だって、そう思うだろう?」
「う、うん……」
適当に返事をするファバ。
彼は、空を見上げるよりも、左右の景色に気を配っていた。
確かに、美しい自然の景色なのだろう。登山道の両側には緑の草木が立ち並ぶが、秋という季節だけあって、木々の種類によっては、葉が赤く色づいているものも見られる。
上空に視線を向ければ、雲ひとつない、澄み切った青空だ。
「少なくとも……。夜の闇より、気持ちがいいよね」
ファバは、正直な気持ちを口にしつつ、一応は「素晴らしい青空!」という意見を肯定したつもりだったが、
「はあ? お前、こんな場所で、何言ってるんだ?」
グラーチには小突かれてしまい、
「フィリウス様の気持ちに水を差すようなこと、言うもんじゃないぞ!」
ブランからは、鉄拳を食らってしまった。
「ごめん。僕が悪かったよ……」
殴られた方のファバが、謝罪の言葉を口にする。
空気を悪くするような発言だったのは事実だ……。ファバは、そう思ったからだ。そして、ついつい、うなだれてしまうのだった。
肝試しからの二日間。
ファバは、頻繁に「得体の知れない何かに、つきまとわれている」とか「正体不明の誰かに、見られている」とか、感じるようになっていた。
その傾向は、特に夜になると強くなり、時には、暗闇の中から白い人影が突然現れるような錯覚に襲われたり、寝ている間に何者かが部屋に侵入するような気配を感じたりもするのだった。
だが、ガバッと布団から飛び起きて、キョロキョロと周囲に目を配っても、はっきりした何かが視認できるわけでもない。だから、気のせいだと考えるしかないのだが、得体の知れないものへの恐怖心を、そう簡単に拭い去るのは難しかった。
そもそも発端が、あの『魔女の遺跡』――立ち入りを禁止されている屋敷――で行われた肝試しなだけに、何か起きても家族に相談することは出来ない。男手一つで自分を育ててくれた父レグに、あまり心配をかけたくないのだ。
一緒に肝試しをしたフィリウスたち三人に対してならば、特に秘密にする必要もなかったが、
「お前、何を馬鹿なこと言ってるんだ?」
「気が変になったのか? そういうのを幻覚って言うんだぞ」
「心が弱いから、見えないものが見えた気がするんだろう。幽霊の正体見たり枯れ尾花、って言葉を知らないのか?」
三人は相談相手になるどころか、むしろ「ファバを馬鹿にする材料が一つ増えた」という態度で笑うだけだった。
あの『魔女の遺跡』で部屋から持ち出した人形を見せた時には、三人だって「ファバは呪われた!」と怯えていたし、心霊現象にも肯定的な態度を示していたのに……。
ちなみに。
あの時の人形を、ファバは今でも大切にして、持ち歩いている。
フィリウスに「お前、呪われたな」と言われた瞬間には、怖くなって、思わず放り出してしまったのだが、
「案外、思い切ったことをするものだな。呪われた人形を、そんなに雑に扱うなんて……。人形の目が急に大きくなるなんて、呪いとしか思えないのに」
「本来の呪いの人形ではないにしても……。『魔女』の怨念が込められた部屋に供えられていた時点で、おそらく、その人形にも『呪い』が感染しているよなあ」
グラーチとブランに言われて、ファバは「それもそうだ」と思ったから、慌てて拾ったのだった。
だから今も、ぬいぐるみ人形は、ファバの背負った荷物の中に入っている。
もしも信頼できる大人の相談相手がいたら、ファバだって「呪われたアイテムを保持するなんて、とんでもない! 自分から『呪い』を呼び寄せるようなものだ! すぐに手放せ!」と忠告してもらえたかもしれないが……。
心配させたくないから父親には話せない、と思ってしまった時点で、ファバの周りには、そんな『大人の相談相手』は存在しないのであった。
結局、まだ子供であるファバが自分だけで考えたために「乱暴に扱うのは良くない」というところで思考が完結して、呪いの人形を肌身離さず持ち歩くようになってしまったのだ。
今。
呪いに怯えるファバの気持ちなど知らずに、騎士学院の生徒たちは、秋キャンプを楽しんでいた。
陽気に騒ぎながら、山歩きの学生たちが、この山道で最も危険な場所に差し掛かる。
「みんな、気をつけろよ!」
先頭を行く引率の教師が一瞬、立ち止まって振り返り、全員に注意を促した。
この辺りは、道の右側に山の斜面があり、左側は崖といった感じの地形だ。自然の山なので、転落防止の柵なども設置されていない。もしも足を滑らせて崖から落ちたら、大怪我するのは間違いないだろう。
しかも、ここから先で道幅が急に狭くなる上に、大きく右へカーブするため、少しだけ「先が見えにくい」という状態になる。転落事故も多いと言われている場所だった。
もちろん、サウザの街の人々が、普通にハイキングで利用する山道だ。将来は騎士になろうという若者たちにとっては、たいした難所ではない。注意を怠らなければ、普通に通り抜けられるはずなのだが……。
「ひっ!」
ファバが突然、怯えたような声を上げた。
「なんだ?」
フィリウスたちが振り返ると、ファバは、ぶるぶる震えながら、前方を指し示している。三人は、ファバが示す先に視線を向けたが……。
「何もないぞ?」
「俺にもそう見えます、フィリウス様」
「おい、ファバ! また幻覚でも見てるのか?」
ファバが見つめているのは、ちょうど、見通しの悪くなる急カーブの地点だ。三人が見た感じでは、おかしなものは、何もない。それどころか、引率教師や一部の生徒たちは、すでに普通に、そこを通り過ぎていた。もしも何かあるならば、彼らが騒ぎ立てているはずだろう。
それでも、何の変哲もない場所に指を向け続けるファバ。彼を見ていると、フィリウスは、少しイライラしてきた。
「ファバ、いい加減にしろ!」
フィリウスは、掴みかからんばかりの勢いで、ファバに詰め寄るが……。
ファバは不思議に思っていた。
前を歩く人々は、なぜ平気なのだろう?
先ほどから、あのカーブに半分隠れるようにして、白い人影が、ひょっこり姿を見せているのだ。
他の人々には見えないのであれば、やはり、これは『魔女』の呪いなのだろうか。焼身自殺の際、彼女は白装束に身を包んでいたという話だから、あの白い人影は『魔女』の幽霊なのだろうか。
「なぜ、僕だけ……」
フィリウスたち三人にも、見えていないらしい。一緒に『魔女の遺跡』を
そんなことを考えるファバに向かって、怒鳴りながらフィリウスが向かってくる。
カーブ地点の人影を見つめ続けていたファバは、一瞬そちらから視線を外して、フィリウスの方に注意を向ける。だが、視界の端では、依然として白い人影を捉え続けていた。
いや『視界の端』どころの話ではない。みるみるうちに、視界の中の『人影』が大きくなった。
白い人影が、ものすごいスピードで、こちらに向かってきたのだ!
「来るなあああ!」
フィリウスが、ファバの叫びを自分に向けられたものと誤解して、手を振りかざした姿勢のまま立ち止まる。その間にフィリウスの横を抜けて、白い人影が、ファバのところまで辿り着いた。
ぼうっとした人影だが、これだけ近ければ、はっきりと見える。手も足も頭もある、人型の存在だ。もやもやとして実体がないようにも見えるのは、やはり幽霊なのだろうか。
「やめてくれええ!」
ファバの悲鳴も虚しく。
白い人影が、ファバを突き飛ばす。
「……!」
もう悲鳴すら声にならず、ファバは、頭の中だけで言葉にする。
ああ、幽霊なのに、この世の者に干渉できる程度には実体があるのか……。
そんな悠長なことを考えたのは、彼の現実逃避だったのだろうか。
突き飛ばされたファバは、崖から滑り落ちて、転落の途中で意識を失った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます