私、ここにいたよ。


ひとり、ふたり、さんにん、よにん

夕暮れの通り道 光を食べたい夜闇達 高らかに歌いあげる

ごにん、ろくにん、しちはちにん

染まって染まってまっかっか

滴る血のように、燃え上がり溶け落ちる鉄のように

きゅうにん、じゅうにん

あの子もその子もまっかか

月が顔をだす頃はみんな手を繋いでさようなら


突如子供の連れ去り事件が街に冷たい刺激を走らせた。


「一丁目のかずくん一昨日からいなくなったみたいよ」

「誘拐か何かかしら、心配ね」


ひとりめは公園のブランコで


「しおりちゃんが幼稚園にずっとこないの」

「あら二丁目のとこの?きっと風邪よ。早く会えるといいね」


ふたりめは幼稚園の花壇で


それは徐々に近づいてきて、街の端から迫り来る。


「もう9人もさらわれてるわ」

「歌の通りなら最後はきっとあの子よ、可哀想に」


薄暗いこの場所には不穏な高揚があった。

ある子は一人でいるときに、ある子は親が玄関で誰かと話しているときに、

またある子は夕暮れに飲み込まれたように道で突然消えてしまった。


「子供が消えた後や直前に周りにいた大人には歌が聴えてくるだって

そしてみんなふ抜けになってその歌を歌って子供の存在自体を忘れてしまう」


様々な憶測が行き来して空気は灰の匂いがする。

大丈夫、私がこの子を守るから、絶対いなくなったりしない。私がそんなことさせない。


「おかあさん、みんななんのおはなししてるの?」

決まりが悪そうに近所のご婦人はちりじりになっていく。

「ううん、最近怖い人がいっぱいいるから

はるちゃんはおかあさんのそばを離れちゃダメよ」

「うん!」

連れ去りは順序よく綺麗にさらっていく。一週間ごとに一人ずつ。

音を立てずに静かな目で獲物を自分の口に誘い込む、まるで深海の狩人だ。


心配そうにはるちゃんは

「あいちゃんもまさきくんも全然あえないな」

「大丈夫よ、きっと具合が悪いのね。もう少ししたら来るわ」


もう会えないかもしれないのに、気休めのような軽い言葉で誤魔化している。

あいちゃんもまさきくんもいなくなる子はみんな艶やかな温かい黒髮に、目はさくらんぼが二つ丸く見開かれ、笑うとえくぼができる可愛らしい子ばかり。まるでうちの子を言っているようで最初身震いが止まらなかった。こんなときに限って旦那は海外出張で家を空けてるし、不安でたまらない。


「とうとう街の端まで来たわ」

「あの子で最後、もう終わりよ」


わざと聞こえるように言ってるのだろうか。街からは申し訳なさそうな安堵が満ち溢れて、灰の匂いが薄まっていた。うるさいうるさい、黙れ。まだ終わってない、勝手に終わらせるな。

言霊は私にまとわりつき生気を吸い取り、焦りと恐怖を植え付ける。

愛しの春風よ、吹き抜けてどこかに行かないで、守ってみせるから。


前の子がいなくなって七日経つ。その日は幼稚園も休ませて家を閉め切った。

チャイムにも電話にも出ず、何時間もただ何時間もこの子を抱きしめた。


「おかあさん、おかあさん」という呼びかけは私の弱さに力を与えほんの少し強く硬くなる。

カーテンから夕陽が差し込む。赤い赤い夕焼けが二人の顔わを真っ赤に染め上げる。




ひとり、ふたり、さんにん、よにん

夕暮れの通り道 光を食べたい夜闇のこども


遠くて近い脳内から響くように歌声が聴こえてきた、とっさに私はさっきより一層強く抱きしめようとした。けれど彼女は一人虚空に目を向け、腕の中から抜け出し玄関に向かって歩きだした。


「はるちゃんどこに行くの、待ちなさい、待って止まって」


呼びかけに応じて振り向くと今まで見た事ない様な優しい微笑みがかえってきた。

さっきまでとは比べものにならないくらい大人のような、何かを悟ったようなそんな顔だ。


あぁきっとさらわれた子はみんなこれを愛する人に向けたんだろうな。

腕を掴もうとしたらいけない。私を止めないでとそのさくらんぼは言っていた。

彼女はしっかりとゆっくりと歩みながら玄関の目の前まで行くと、頑丈に閉めたはずの扉が勝手に開いた。

私はその光景を眺めながらふと我に返り慌てて追いかける。そこにはいなくなった子供たちがいて、聖歌隊のように綺麗に並んで小鳥が鳴くように軽やかに唄っていた。


ごにん、ろくにん、しちはちにん

染まって染まってまっかっか

毒を持つ姫の林檎のように、聖女の悲しみの涙のように

きゅうにん、じゅうにん

みんな揃ってまっかっかみんな揃ったまっかっか

もうすぐ月が夜の裾をたなびかせ、夜闇が笑うから

手を繋いでさようなら、えいえんにさようなら


太陽が最後の光線を放って夜が溢れかえった。

そこには誰もいなくなっていた。

…誰もって、誰のこと?私ここで何しているんだろう。


ここで何をしていたかは思い出せないけど、涙が止まらなかった。

心にえぐれた傷ができたみたいで鼓動を打つたびに激しい痛みと動悸が襲ってくる。

きっとこの一瞬で何か起きたのだろう、でも記憶を辿ろうとすると大きな手で目を塞がれたみたいにかすかなものしか見えない。そして脳のどこか遠くから唄が聴こえてきた。

朧げではっきりはわからないけど、これだけはわかる。


さようなら。永遠にさようなら。


叶うならもっと私のそばにいて欲しかった

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私、ここにいるよ。 小河 @ua0-100

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