誰か、止めてよ
学校で一人になれる場所って、意外と少ないんだな。
そんなことを思っているのは、私が今現在人から逃げて来たからだった。
理由は言わずもがな。和馬の告白。しかも、公衆の面前で公開告白と来た。
これじゃあ、逃げられない。前みたいになかったことにするわけにもいかない。
何か結論を出さないといけないのはわかってるんだ。だけどさ、そんな簡単に認められるわけなくて。だから何もかも投げ出して一人になりたかった。
屋上って、実は用のない人は全然来ないよね。階段上るの大変だし、特に景色がいいわけでもないし。そんなことを考えながらフェンスにもたれかかる。
いっそのこと、このまま落ちてしまおうか。そんなことを思いついてしまった。まあ、そんなことを実行する勇気もなければ、思い付き程度の理由で死ぬなんてこともないんだけどね。
だけど、どうして私が自分の心情を歌った直後にそうやって告白してくるかなあ。わざわざ、歌詞まで作って、それに合わせて私のことが好きだなんて歌って、公開告白なんて。
うれしいって気持ちがないわけじゃない。そんな風に私のことを褒めてくれて、好きだって言ってくれて。だけどさ、それと付き合うかどうかは別問題じゃん。
あーあ、文化祭も結局逃げてきてしまったし、本当にどうしよう。軽音部も途中までよかったのにラストはぐちゃぐちゃでさ。私がすごくミスっちゃったし、嫌な空気になってないといいなあ。
私が嫌な空気にした張本人だけど。
*****
本当に私はどうしたらいいんだろうな。和馬は好きだけど、何度も言ってるようにだからこそ付き合えないし。それをずっと貫いてきたはずなのに。というか何をやっているんだろう。
完全に壊れちゃったな。和馬と気まずい関係には絶対なりたくなかったのに全部捨てて逃げてきちゃったからさ。今更同繕っても元の関係に戻れる気がしないんだ。いや、何も思いつかないんだけどさ。
ちょっと寒いかも。汗びっしょりで気持ち悪いし、風強くなってきたし。
これからどうしようかなあ。文化祭の片付けとかいろいろあるけど、さぼっちゃおうか。なんて、目先のことしか見れないんだよなあ。
選択肢は3つ。1、和馬の告白を受ける。でもその場合、そのまま破局してハイサヨナラってなってしまいそうだ。
選択肢その2。和馬の告白を断る。当然ギクシャクする。それと、この場合だと和馬に私の秘密を全部話すかどうかっていう問題もある。だけど、どっちにしても悪くなりそうな未来しか見えない。
選択肢その3は一番現状に近い。単純に逃げる。顔を合わせないように、態度保留。あるいは、どこか遠くに旅に出るとか。でもなあ、それだと絶対和馬は振られたって思うだろうなあと。
考えてもいい案なんて当然出るはずもなく。むしろ時間が消費されていて逆に追い込まれているのは理解しても動けず。
ん?
ポケットが震えた。そう言えばスカートのポケットにスマホ突っ込んだままにしてたっけ。
電話だった。反射的に名前で切ってしまう。和馬の名前だった。
はあ、何やってるんだろう。切ったところで何かになるわけでもないのに。
延命治療ってのはあくまで命を延ばすだけで、病を治すわけではないのだ。死期が遠ざかり、その分苦しむだけなのに。
「あ、咲繋がったんだ」
「うん……。まあね」
今度の電話は麻希からだった。ダメだよね。和馬も麻希も私のこと単純に心配してくれているだけなのにって。
「今どこにいるの?」
「ごめん、ちょっと。1人にさせて」
「そう。まあいいけど」
電話越しなら顔を見られてないっていう安心感があるけどさ、面と向かって話す度胸なんてないんだ。そんなことを考えながらフェンスを弱く掴んだ。
「和馬から、伝えて欲しいって頼まれてるんだ。だから言うよ」
「……」
「まずはごめんって。あんなみんなの前で言ってしまったこと。だけど咲のことが好きで諦められないんだって」
私はどう対応すればよかったんだろうな。和馬が私のことを好きなことぐらい、とっくの昔に知ってたけどさ。だけど、どうしようもない怒りで肩が震える。
「たぶん俺の声じゃあ電話を切られるだろうからって」
「そう思うならかけてこないでよ! 何もかもわかんなくなる」
八つ当たりで麻希に怒鳴ってしまう。麻希が悪いわけじゃないのにさ。
「ごめんだって。だけど私も咲最近変だって思ってた」
「……」
「え、うん。和馬の言葉を伝えるね。咲は誰かの好意を避けてる。誰かに好きだって思われるのを怖がってるって」
「そ、それは……」
ある意味で正しかった。和馬の好意を避けて別のものにすり替えようとしているから。だけど、それは和馬だけだ。
眼下を人が通り過ぎていく。のんびりと誰かと話しながら移動する人、片付けに奔走する人たち。あれは実萌奈だろうか。麻希も和馬もここから見える位置にはいないようだ。ぼーっとする。
「それで、どう頑張っても逃げられない状態にすればきっと咲も俺の気持ちを正直に見てくれるんじゃないかって」
それは。
まあ、確かにそうだけどさ。ちゃんと見ようとしてなかったのはそうだけど。だけど。
だけど、なんだろう。結局私の信念がブレブレに思えてきた。
「ずっと前から好きでした。だからどうしても咲と付き合いたいんだって。自分の想いを伝えたいんだって」
「だからって、だからって私の気持ちはどうでもいいのかよ!」
グサッて、後ろから突き刺された。自分が投げたくせに。和馬の気持ちを押し殺してきたくせに。
あれは、麻希だろうか。一瞬だけちらっと歩く姿が見えた気がした。
「あ、ちょっとごめんね、和馬に聞かないと。でもその前に聞かせて。あ、これは和馬には伝えないから」
それだけで、麻希が何を言いたいのかはわかっちゃった。
「咲は、本当は和馬のことをどう思ってるの? 感情だけで答えて」
そんなこと。
そんなことわかるわけないじゃないか。そんな、単純に好きと嫌いの二言で言える話なわけないじゃん。
怖いよ、怖い。なんかもうそう思っているうちに、私の本心が何かわからなくなって。
「……好きだよ」
「ならもう1個質問。どうして、そのことを隠してるの?」
やっぱり、麻希も気づいていたみたいだ。私がその感情を隠していたって。
「……だって、私サイテーな人間だから。だったら、嫌われちゃうよ」
「別に、咲が記憶喪失だって知ったところで、私は嫌いになんてならないし、それは和馬だってそうだと思ってないと思う」
「麻希は何もわかってない! 誰かと付き合ったことなんかないくせに! 誰かに恋して別れたことなんてないくせに! だんだん疎遠になって口聞かない関係がどんなものかわかるわけないでしょ、ねえ!」
無言。それを言いことに麻希を叩いて。人を傷つけてまき散らして、何がしたいんだか。誰か、止めてよ。もう何もかも嫌だよ。
「私と元カレがどうなってるか知ってるでしょ! 和馬とあんな関係になんてなりたくない! 和馬はたった一人の幼馴染なんだよ!? 何人もいる元カノよりも大事なのに、そんな簡単な1人にしたくない!」
「それじゃあ、確かに私にはわからないよね。恋人なんていたことないし、誰かを本気で好きになったことないし」
あ、麻希ごめん。
なんてことも、心の中でしか言えなくて。
あれ、なんでだろ、全部言ったら涙が出てきた。あれ、嫌だよ。なんかとっても嫌悪感が出る。
「あ、そう、うん。わかった。あ、咲ごめんね。こっちの話」
何も言えずに。謝れずに。
「まあ、そういうわけで、私以外の人に頼む。ごめんね」
「え!?」
カツーンって何かが落ちる音がして。
「こんなところにいたんだ。心配してたよ、咲」
風が吹いて、足音がして。
気がついたら、肩に腕が回されていて。
和馬に抱きすくめられていた。
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