返歌

「3曲目は、さっきボーカルを務めた咲にバイオリンを弾いてもらいます。そして、ゲストボーカルとしてこの人が歌うよ、どうぞ!」


 麻希の紹介に合わせてワーッと拍手が上がり、その中からギターを抱えた和馬が登場した。和馬、私のさっきの歌聞いてくれていたよね?


「みんなー、緑一色のボーカルの仁科和馬です! よろしく!」


 歓声が沸く。その中でちょっとだけハーレム野郎とか言ういじりも聞こえた気がした。


「というわけで、軽音部のよしみで別のグループの和馬君に来てもらいました。というか、恨むなら真琴を恨め! あいつの彼女は柚樹だぞ!」


 そして、柚樹にアイアンクローを食らう麻希。時間押してるんじゃなかったのか。


「まあ、そんなわけで俺がボーカルを担当します。作曲は咲、作詞は俺のオリジナル曲です。おい、お前ら早く位置につけ」


 和馬の声に渋々といった具合でじゃれ合いをやめる麻希と柚樹。それを横目に私はバイオリンと弓を構えた。

 譜面は全部頭に入っている。大丈夫、完璧だ。どんな歌詞であろうと、制して見せる。完璧なフィナーレに仕立て上げて見せる。


「それじゃあ行きます、『告白』!」


 そのタイトルコールを聞いたとたん、私の何かが逆立った。

 大丈夫だ。何も問題はない。そう言い聞かせても、何か不安が収まらない。

 イントロが始まる。不安がある。だけど私も盛り上げないと。ゆったりとしたリズムに合わせて体を揺らす用観客たちに指示しなくちゃ。Bメロ以降が私の出番だし。


「――」


 だけど。和馬が歌いだした歌詞に動揺する。それはラブソングだった。

 2曲続けてラブソングなんて! いや、そうじゃない。そういうことじゃないけれど。

 弓を構えなくちゃ。私は風花雪月のメンバーで、バイオリン担当なんだから。


「――」


 だけど、雑味が混ざる。綺麗な澄んだ音じゃなく、弦を抑えつけるような濁った音。ついさっきまでどんな曲でもきれいに弾いてやるって息巻いてたはずなのに、つかんだはずの感覚がいとも簡単に砕け散った。


「――」


 Bメロ。それって、それって。心当たりがあった。まるで私のことを歌っているみたい。和馬が書いた歌詞に心当たりが多すぎて、自分のことなんじゃないかって思ってしまうと、もうそれが止められない。

 そんなわけじゃない。これはただの歌だ。私が作曲して和馬が作詞したフィクションだ。これが和馬から私へのラブソングだなんてそんなわけがない。そう否定しようにも、すぐ直前に自分が和馬への心情を歌にしているから、ありえないなんてことも言えない。


「――」


 サビに入る。やめてよ、そんな風に好きだなんて言わないで。耳をふさいでしまいたい。だけど、私は演奏者だからバイオリンを手放すことは許されていない。

 気持ち悪い。気がついたら服が汗でびっしょりだった。指先まで濡れて滑りそうになる。この汗は、暑さのせいじゃない。いやそれもあるんだけど、そうじゃなくて、絶対冷や汗だ。


「――」


 回ってくる2回目のAメロ。落ち着け、バイオリンが遅れてる。それにここはバイオリンを弾かなくていい。一旦落ち着きなおすんだ。

 これは、ただの歌詞だ。私に覚えがあっても、和馬がそんな風に思っていそうだとしても、これはただのフィクションなんだ。書きやすさとして私と和馬というキャラクターを設定したから似ているだけなんだ。だから何の問題もない。そう思おうとしたのに。


「――」


 また私の出番が来た。手が暴れる。思う通りに弾くどころか、譜面をなぞるのですら難しい。

 だけど、和馬が歌う情景は私と和馬の思い出と酷使していて、違うんだって言い払おうとする度にどんどん深みにはまってしまう。違うんだって思っても、和馬が私のことを歌っているようにしか取れなくなってしまう。


「――」


 『告白』なんて言うタイトル。今日まで秘密にされていた歌詞。考えれば考える度そうとしか思えなくなっちゃって。

 ダメ。やっちゃダメ。私も和馬も、恋人関係になっちゃダメなの。好きだって気持ちを伝えられたらアウトなの。だけど、止められなくて。怖い。とてつもなく恐ろしいよ。


「――」


 もうCメロまで来てしまった。落ち着け落ち着けって言い聞かせる度に自分の手首が固まっていく。

 はっとした。この次は間奏だ。そして。


 バイオリンの音だけになる。私がふざけて作ったソロパートだ。


 音が遅れ出す。思い通りに弾けなくて、焦ってしまう。手が滑って力が入ってしまって。そして音が濁る。指板の指の位置もずれて不協和音になってしまう。

 違うんだ。これはフィクションだ。だから取り戻すんだ。あの感覚を。そう思う度に恐怖心が増えてどんどん遅れていく。気持ちは前に言ってるのに、完全に体が後ろへ後ろへと行こうとしている。


「――」


 ラスサビ。5分ある曲の最後の最後。ようやくここまで来たかなんてことも思う反面、まだこれがあるというのが大きい。

 どれだけ歌に出てくる『君』が私に近くても、どれだけ思い出が一致していても違うんだ。そう言い聞かせていても弓が暴れて、一瞬離れてしまった。慌ててメロディに戻るけど明らかに違和感があった。

 やめてくれ、和馬。そんな風に愛を叫ばないでくれ。私に似た『君』に自分が好きだって思いを伝えないでくれ。怖いから。底知れぬ何かを感じているから。


 終わる。もうすぐ終わる。後は短いアウトロだけだ。遅れた音でもなんとかなる。不協和音でもなんとかつなげればいい。

 短い、ほんの少しだけのアウトロを弾ききる。少しずれて、音もちょっと壊れながらだけれども、最後の長いビブラートを奏でて、そしてフィナーレを迎える。


 ようやく、ようやく終わった。曲が始まる前は絶対に成功させられるって、そう信じていたのに、いくらでも弾ける気がしたのに。だけど終わってみれば私は身も心もズタボロで。音なんて全然きれいじゃなくてとても成功したなんて言えないありさまで。

 長い長い試練がすべて。ようやく、終わりを見せた。そう思っていたのに。


「咲! 好きだ! 付き合ってくれ!」

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