歌を送る

 1曲目は、sqollさん作詞作曲、私編曲という扱いになっている楽曲だ。これは、sqollさんがまだ黎明れいめい期に発表した曲で、これによって一気に人気が出だしたと言ってもいい。そんな曲である。

 歌詞はよくありそうな、少年時代の多感などうしようもならない現状を憂って呪った曲だ。まだsqollさんがそこまで有名じゃなかったんだけど、ここぞという言い回しがとても気に入っている。バンドサウンドの揺れる音が歌詞ととてもマッチしているんだ。

 どうしたんだろう。今日の私はまったくもって調子がいい。実力の120%の力が出せている。昨日からずっと思い通りに弾けている。

 麻希のボーカルがはじけた。麻希の声はよく通る。観客とアンプにかき消されそうでもあるけど。でも、私の位置だと麻希もノリに乗っているのはよくわかった。私もかなり調子がいい。何だろう、4つの楽器のサウンドが1つになっている。陳腐な表現だけどそんな気がした。


 よし、ちょっとふざけてやれ。譜面とは違うベースを鳴らす。アレンジのラインがどんどん浮かんでくる。それを私はなぞるだけ。手がプログラミングされていたようにきっちりと、だけど機械的じゃなく、心を揺さぶるような。


「お前ら―、盛り上がってるかー!」


 感想で麻希が叫ぶ。それに合わせて体育館が最高潮に盛り上がる。私もカッコよく見えるようにかっこよくベースを振りまわした。え、弾かなくていいのかだって? そういう時があってもいいんだよ。そうやって振り回すのに合わせて観客が盛り上がっていく。弓を持ち出そうかとも思ったがやめた。やったことないし、このままで。

 流石にふざけていたのは間奏だけで、麻希が歌いだすと私もいつも通りベースを弾き出す。ラストに向けて麻希が声を張り上げ、深雪のドラムの動きが大きくなり、柚樹のキーボードがちょっと遅れだした。そして麻希と私がギターとベースを鳴らしていく。観客の掛け声が大きくなって、そして最後のジャンという音で1曲目は終わった。


「みんな、改めて来てくれてありがとうね。風花雪月のボーカルの水野麻希です」


 咲の声に合わせて観衆がワーッと騒ぐ。ベースを外して麻希に渡した。麻希はギターを柚樹に渡している。


「2曲目は、何とうちのベースの咲がボーカルを担当します!」

「こんにちは! 麻希に変わって新ボーカルに就任しました舞坂咲です」

「おいこら、勝手にボーカル乗っ取ろうとするな!」

「てへっ」


 どっと笑う。まあ、冗談なんだけどね。というか、マイクを渡してくれ。話が進まない。


「お前ら、夫婦漫才めおとまんざいもいいかげんにしろ」

「夫婦じゃない!」


 また笑い声。麻希とハモったせいか。


「まあ、時間がないんだし行くぞ!」

「はい! というわけで2曲目はバンドの攻勢を大きく変えまして、私が歌います。曲は『いつか嘘になる』、オリジナル曲です。どうぞ」


 ちょっと振り向くと深雪が小さく頷いてドラムをたたき始めた。ギターとベースが鳴らされる。私はイントロの間は待機だ。楽器弾きながら歌うなんて器用なことは私にはできません。

 速いテンポに観衆がどんどん盛り上がっていくのがわかる。そうして盛り上がっていくさなか、私はマイクに口をつけた。


「――」


 これは、私の心情を詠んだ歌。素直になれなくて、和馬に事を嫌いになりたくなくていつも和馬を傷つけてしまっている私の歌だ。和馬のことが大好きだけど、だけどその気持ちを認められない。そんな零れ落ちていく思いを曲にした。


 Bメロへ入っていく。ギターの和音がかっこいい。作曲したの私だけどね。

 私の歌声も、思う通りに声が出ているに違いない。自分が聞いている声と他人が聞いている声は違うという話だけど、それでも気持ちよく思いをメロディーに乗せられているし、観衆が熱狂しているのがそのいい証拠だ。


「――」


 舞台袖で聞いているはずの和馬に、私の歌声を届ける。自分の気持ちをそのまま伝えることなんてできないから、そうすれば壊れてしまう気がしたから、だから歌なんて言う婉曲した表現で私の気持ちを伝える。面と向かってじゃないことは謝る。だけど、私の心情もわかって欲しいんだ。少なくとも、私みたいに誰かに恋をするのに臆病な人もいるんだってことを。


 舞台の上を歩き回る。サビも終わって間奏に入った。出番のない私は観客たちを盛り上げていく。

 それにしても今日の私はどうしちゃったんだろう。みんなの前でボーカルとして歌うのは初めてだけど、楽しい。思い通りに歌えている気がして、そして、周りの音がよく耳に吸い付く。

 あ、麻希ちょっと音外したな? まあいい。それが気にならないくらい、私が上手く歌って見せるからさ。


 ねえ、和馬。今だけ、心の中で正直なことを言うよ。私は和馬のことが大好きだ。ちょっとうざいし、身長が低いのを気にしてるかもしれないけど、それを考慮しても私は和馬のことが好きだ。

 ふとした時に見せる笑顔とか、大事な時にいつも落ち着いてかっこいい姿を見せてくれるところとか、私は好きだ。なんだかんだ言いながら私に甘く接してくれるところとか、最終的には私を手伝ってくれるところとか大好きだ。一緒にくだらない話をして、馬鹿やって、バンド組んで。そういう何気ない日常を、これ以上ないくらい愛しく感じるんだ。失いたくないって思うんだ。


 2番が始まっていた。切なさが募っていく。失いたくないんだって思いが声質をちょっとだけ変えた。耳が澄んでいく感覚がして、深雪のドラムがよく聞こえる。今ならほんの少しの音のずれも捉えられる気がした。どんどん奥へ進んでいくたび、気持ちが大きくなっていく。


「――」


 私は、和馬のことが大好きだよ。それで、この今の幸せを手放したくないって、そう思ってるんだ。いつまでも続いてほしい、幼馴染としてつながっているこの関係を。恋人って関係は確かにとっても楽しいかもしれないよ。だけどさ、そんな一時の幸せに溺れて、長い時間を軽視したくないんだ。

 性格が悪いっていう自覚はある。だから、たぶん付き合ったら嫌な思いをさせてしまう。そうして、和馬に嫌われてしまう。それは嫌だ。それだけは絶対に嫌だ。

 なら、このままでいいじゃない。私の気持ちも和馬の気持ちも、きっといつかは嘘になるんだから。なら最初から嘘なんてつかなくて構わないでしょ。


 2番のBメロが終わって、間奏に入る。一番高い、盛り上がるところだ。麻希も調子に乗ってるし私も観客席に近づいて煽っていく。和馬への想いをしたためた曲が、こうやってみんなに受け入れられているのはうれしいな。歌詞聞こえてるのかどうか知らないけど。


 すっと一つ息を吸い込んで。そして、最後のさびへと向かって行く。


 和馬、私たちが変わらず好きでいられるためにさ。


 自分の歌声を思いっきりメロディーに乗せて。枯らすくらいまで遠く歌い上げる。


 私たちはずっとこのままでいようよ、ね。


「――」


 自分の想いを精一杯込めた、私のための曲。それも、もうすぐ歌いきりだ。そうして最後の一息を吐き出した。

 アウトロを、自分の歌声の余韻に浸りながら聞いていく。それにしても熱い。熱いね。今まで感じてなかったけど。この中じゃ相当汗びっしょりだろうな。でもまあ、とっても楽しいからいいや。軽音部として、風花雪月として文化祭のラストを盛り上げられたし、歌という方法だけど和馬に気持ちも伝えられた。あと、1曲、バイオリンを奏でればいいだけだ。


 曲が終わる。拍手が私たちに降り注ぐ中でマイクを咲に返した。


 思い通りに弾けて、思い通りに声を張り上げられて。もう失敗する気がしない。このまま、どんな曲だって、どんな思いだって奏でられる。和馬の作詞した曲がどんなものであれ、抑揚豊かに弾ける。そんな気がした。

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